本論4

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 釈尊が誕生したのは、紀元前563年で入滅したのが紀元前483年、インドは当時バラモン教が

支配する時代であった。釈尊もまた、カーストで言うクシャトリア(貴族)の身分をもつ王族として

育っているのだから、当然、宗教的には、このバラモン教の宗徒であったと考えた方が、自然である。

彼の教えは、その弟子達の口伝により、伝えられたものであり、彼をして、直接記述したものは、

無いと歴史的には考えられている。その口伝を纏めたものが経典であり、俗に三千巻と言われるが、

その殆どは、釈尊が入滅して後に開催された、仏典結集により纏まられたものであり、必ずしも

釈尊の言ったことと一致しない。紀元前300年頃にアショーカ王により仏教が保護され、第2回

仏典結集が行われ、上座部仏教が主流となり、これがスリランカに伝わる。

この時代から、釈尊の教えをどう解釈するかで、仏教内部に論争が激化し、諸部派の分裂がおこる。

紀元後、仏像の製作が始まり、大乗仏教が中国に伝わるのが1世紀頃と考えられている。釈尊の入滅後

五百年以上の年月が経ってからの伝来である。 

中国に伝わった仏教は、儒学やバラモン教(後のヒンズー教)などを縫合して、宗教性を顕著に

していくのである。中国に伝来した仏教は、中国独自の哲学や思想を縫合し、更にインドで主流となって

いた、ヒンズー教を取り込んで独自の発達をして行く。この仏教が日本に伝来したのは、538年ころ

と考えられている。

日本に渡った仏教は、最初学問仏教として、南部六宗となり平安時代に、天台宗、真言宗が密教として

発展する。この頃から、神仏習合が一般化し、鎌倉期に、浄土宗、浄土真宗、臨済宗、曹洞宗、時宗、

等が現れ、民衆に広がる。

この中で、臨済宗が禅を広め、禅文化が栄える。江戸期に入ると黄檗宗が現れて、概ね日本の仏教は

この宗派によるところが顕著である。

さて仏教の歴史については、概ねこう言った発展をして来たのだが、日本の場合、中国でかなり、

アレンジされた仏教が伝わった経緯があり、その経典も、中国文字であるために、経典としての価値観

より、中国の最新の文化輸入の意味合いが顕著であり、結果、飛鳥時代から奈良時代に掛けての仏教は

学問としての意味合いが強い宗教として発展したのは、平安期以降である。釈尊の教えを、どう

解釈するかと言う、命題についても、中国で解釈された、経典によった為に、本来の釈尊の教えから

逸脱したものも少なくない。この為に、地獄や極楽、霊や死後の世界、輪廻転生などの釈尊から

見れば矛盾した教えが蔓延しているのである。 更に、全てが無であり空であると教えた釈尊が、

言うはずの無い思想も存在する。それが、修行である。

釈尊は言う、断食などで自らの身体を痛めつければ、身体を壊す、つまり琵琶の弦の様に、締めすぎれば

プツリと切れてしまう。逆に緩みすぎれば、ベロンベロンと響かず、中道と言う意味を知れ。と

つまり、密教などの厳しい修行は、身体を壊すだけでなく、心も壊していくと教えている。

般若心経で、弟子、舎利子に対して、釈尊は、こう教える。聴覚も視覚も、味覚や触覚、それを

司る身体も、また考えを司る、心も考えも、そして時も世界も社会も、また教えや、全ての事象は

無であり空であると。仏教で欲望を煩悩と言う、この煩悩は、俗に百八あると言われるが、その全てを

捨て去れと教えるのである。

本能的な、欲望から、名誉や学問、そして、悟りたいと言う心も、煩悩であると看過されるのである。

こうなると、禅修業など、凡そ悟りたいと言う欲望に毒された姿と看過される可能性もあるのである。

仏教は宗教となって、矛盾を抱え込んでしまった。

それでは、釈尊の教えは、宗教なのか? 恐らく、人が生きる為に必要不可欠な、知恵であり、

そして、思想でもあり、更に哲学であったと考えられる。

釈尊の教えは決して難解なものでは無い。弟子達とその後の中国の僧侶により難解にされたと考え

られる。何故、難解になったのか、それが、僧侶達の名誉欲であり、向上心と言う煩悩である。

釈尊は、生病老死の4つの苦しみ(人間が生れ落ちてから、背負う苦しみ)からどうやって、心を

守るか、と言う命題に、簡潔に答えたのである。

それが、煩悩を消し去る事であり、そして決して消す事の出来ないものである。であるから、

足るを知る事で、貪欲にならず、それにより、煩悩の苦しみを軽く出来ると教える。

その方法が、舎利子に教えた、無であり空である。無とか空は、無いと言う事ではない。

空しい、無意味であると思った方が理解しやすい。

この様に考える事ができうれば、煩悩に懊悩する事も無く、心安らかに、その生病老死の苦しみを

受け入れられる。

ここから、判断すれば、人の生も死も、無であり空であるのだから、死後の世界など、考える必要は

ないのである。 極楽に行きたいから、善行を尽くすと言う事すら、煩悩であり、釈尊に近づこう

とする心もまた、向上心であり、それは、即ち煩悩である。

悟りたいと言う心も同様に煩悩であり、悟りたいと思えば思うほど、その結果は空しいものになる。

悟るというのは、自らの力で、切り開く境地であり、それを教える事は、誰にもできないのである。

その教え自体が、空であり無であるからだ。

その結論は、自然であれ、そして必要以上に貪欲にならず、足るを知った生活の中で、自らが結論する

しかない。その結実した姿が悟りである。

釈尊の教えは、宗教でなく、人間が生きて行く、哲学である。

恐らく、仏教はファンダリズムを鑑みれば、今の仏教の全てを否定せざるを得ないであろう。

古代宗教の中で、ファンダリズムが叫ぶ事がないのは、原典に戻ると、仏教は宗教である事を、自らで

否定する事になるからであろうと考えても差し支えない。

日本の場合、この様に、中国で歪に偏向された、宗教としての仏教が伝わり、その結果、極楽へ行く

を命題に、死後の世界を模索してきた。日本人にとって、仏教は、死と深く結びつき、発展して来た

結果、葬式仏教などと言われる存在に成り下がってしまった。特に成仏と言う言葉の意味の履き違え

は著しく、成仏とは、死ぬと同義ではないのにも関わらず、成仏つ言えば、死ぬ事であり、平安に

死後の世界へ旅立った事を意味する様になっている。しかし成仏をは、仏に近づくことであり、

それこそ、悟ると言う結果から導き出されたものである。

霊の存在も同様で、全てが無であり空であるとすれば、霊の存在も死後の世界も存在せず。況や、

人間を裁く、神などの絶対権力を有する存在など有り得ない。

日本人にとって、仏教は、死後先祖の霊に導いてくれる、案内人であり、極楽で再会する為には、

善行を続ける必要があり、これが宗教的な道徳を生んできた。これが、原始的に地方地方で、

崇められた神と一体となり、神仏同拝として江戸期までの千年、日本人の宗教観を作ってきた

のである。

維新後、仏教の虚無性と儒教の基本を捨て去り、国家神道を儒教のいい所取りで、その神話に、

併合し、新たな宗教的な道徳を為政者は作り上げたが、現実には、その事が、更に日本人の宗教離れ

を加速させた。神道については、後日、詳細に述べるが、これは確かに宗教であるものの、凡そ

原始的な宗教から発展できておず、この事が、明治以降の日本人の価値観を偏向させた事は、否めない。

本来、仏教こそ、ファンダリズムを必要としており、その原典復帰ができれば、早晩、オームなどの

仏教系カルト教団は、壊滅するであろうと考えられる。

釈尊の、教えた事を読めば読むほど、ほぼ完璧な哲学である事が理解できるのである。

    資料については、明治学院大学 教授、武光 誠先生の書籍を学ばせて頂きました。
 5世紀に神の啓示をモハメッドが受けて、世界に広がった、正に大宗教である。

モハメッドは裕福な商人の子として生を受けた。キリスト教徒は全く逆の意味を頂く絶対神を頂く。

神の名は、アラー、ユダヤ教やキリスト教の影響を強く受けているが、神は人を愛していないかの様な

厳しさで、戒律を求める。 この厳しさが、排他性を強くしている事は否定できない。

イスラム教が世界に伝播する状況下に於いては、その殆どが戦争による、攻めて駆逐するこの方法で

アジア諸国特に、南アジアをその勢力下に置いた結果、人口を膨大なものにした、この伝播の折

異教徒は殺せ、と叫んで侵攻したのである。この宗教は、この原典に帰ると、その排他性は、更に

激しくなる。 このファンダリズムが、一部の過激なイスラム教徒をしてテロに走らせるのである。

豚肉に限らず、肉類は、その許可のあるものしか食さないと言う戒律は、わりとストイックに守られ

飲酒の禁止、ラマダンと言う断食の習慣など、人の生活に、厳しい制限を与える。 破戒は、即ち

死を意味する場合が多く、人を愛し、許すキリスト教の神とは、到底同じ神とは、思えない存在である

しかし、モーゼが受けた啓示による、ユダヤ教、イエスが救世主として使わされた、キリスト教、

と同じ絶対的な神を拝する。 この事が、この3つの宗教を、1500年に渡って戦わせた。

同じ神からの啓示にたいする解釈の違いが、お互いの理解を難しくした。その結果が、長い宗教戦争

となって、今尚、続いている。

また、それを奉じる国家の近代化が遅れた所為もあってか、その国家群は、宗教国家である場合が多く

その戒律を国民に強制する。キリスト教国などは、その発展により、政教の分離が進んだ為に、憲法に

キリスト教の色は、拭えないものの、その憲法下に於いて、信教は自由であるが、イスラム教徒の

多い国家は、それを認めない場合が多いのである。この排他性が、争いを生む事になる。

ベルギーの新聞が、イスラム教の教祖であるモハメッドを風刺した漫画を掲載した事で、世界を

巻き込んだ騒ぎになったことは、耳に新しい、これがキリストやモーゼ、あるいは仏陀である場合

恐らく、不快に感じる信者はいるだろうが、国家を挙げての騒ぎになりはしない。

イスラム教は、それだけ原始的な要素が強い宗教であると言える。

モハメッドを批判する本を書けば、その首に懸賞が掛かるのである。 この様に、古代の単純さを

そのまま21世紀に受け継いだ唯一の宗教と言えるかもしれない。

欧州や、米国、この日本にも、そのモスクは存在し、その国々での宗教の自由を享受しながら、

自分達は、その批判を受けつけないと言う態度は、度を越している。その点に於いては、反省すべきで

その反省がなければ、世界的な理解を受けることは難しい。

この様に、人の生活を、厳しい戒律で縛りつけ、それを他にも強制する様な、無頼な宗教であると

言える。イスラムの神による祝福を受けずとも、立派に生き抜き、そして人類に貢献する人のほうが

遥かに多いのであって、むしろ、その戒律により、イスラムからは、偉大な化学者や哲学者、

あるりは、政治家は現れないのである。 それは、ありもしない絶対的な神の存在に対する、矛盾を

矛盾として理解できないからであり、その神から離れられない限りに於いて、人の存在を、存在として

認めることが不可能であるからである。 中世までのキリスト教と同様に、宗教から、離れて自己を

見つめ、人間とはと言う命題に、真摯に対応する必要がある。

もし、この事を否定すれば、その発展はあり得ない。イスラム教徒の大半は、その厳しい戒律を

守りさえすれば、神の許しを受けられると言う思いの中で、自己啓発が出来ないでいる。

これが、国家の体制や、科学技術の発展、経済の偏向を呼んで、貧富の差を激しくしている、一因に

なっており、確かに欧米による、利権の簒奪は、歴史上事実であるが、その後の発展を妨げているのは

この宗教による所が多いのである。

世界3大宗教の中で、最も危険で、過激な宗教であることは、否定出来まい。

小生は、宗教は、歴史上最も有効である、洗脳行為であり、その事態は、正に危機感を増大させる

詐欺と同様の手口であると、考えているが、その最も顕著に現れているのが、イスラム教である。

自分達の宗教を、一度離れて、外から見つめなおす必要があると存じる。
 キリスト教について、その功罪を延べて行く, この宗教は、ユダヤ教から発展した一神教である。

全能なる神の名は、エホバ、旧約聖書の創世記から始まる神話はユダヤ教と同じくする。

神の第一声は「光あれ」で、ここから6日掛けて地球を作り、動植物を作った、7日目に休んだ事

から、その日を休息日と決めた、1週間である。 神の姿に似せてアダムを作り、その骨を使って

イブを作った、2人をエデンと言う豊かな土地に住まわせたが、禁断の実を、蛇に唆された、イブが、

アダムと共に食し、欲望が芽生えた事で、エデンを追われた。 この罪により、イブは女として、

産みの苦しみを、神の罰として永遠に受ける事となった。 唆した蛇は、その罰として、地を這う事

になる。 この冒頭の物語は、ユダヤ教と同様である。 キリスト教は、ユダヤ教にある、救世主誕生

の神話から、聖なる予言日に誕生した子供が、聖霊によって成長し、イエスと名乗って、広めた、

いわば、ユダヤ教に於ける、新興宗教である。 ただ、ユダヤ教と大きく違うのは、ユダヤ教の神

は、厳しく人間を罰する神であるのに対して、キリスト教のエホバは、その罪を許す神であり基本は、

人類愛に支配されている。 

キリスト教の功罪の内、功について言えば、この人類愛、全ての人を愛せよと言う教えであろう。

また、人の罪を許す神である為に、その神の精神を人間にも強制した事で、汝、隣人を愛せよと言う

教えにより、争いを厳しく禁止した事であろう。 (歴史上、キリスト教ほど戦いを続けた宗教は、

イスラム教だけである)

罪を数えるときりが無いが、その代表と感じるのは、その偽善性である。 神の下に、平等と言いながら

他宗教を否定し、イスラムとの戦いに明け暮れ、膨大な血を流している。 この宗教戦争は、千五百年

続き、今尚、終息を知らない。 また、人を裁けるのは神だけといいながら、人が人を裁き続けている

現実に矛盾を感じず、許すと言う二文字を忘却している。 この矛盾を屁理屈で正当化する事で、

ヒトラーやブッシュの様な権力ボケした、危険人物を数多く排出している。


つまり、完璧な人智の及ばない、絶対的な神を頂いた事で、信者は常に罪の意識に苛まれ、結果として

キリスト教徒の大半は、自己嫌悪感を心中にトラウマとして持つ事になり、それが、教義に対する

居直りに発展する事で、凶悪な、あるいは精神病質な犯罪の増加を促している。

この手の犯罪は、他宗教下の国々では少数である事を見ても、如何に、人間が生きて行く上で、

大きな矛盾を含んでいるかが判ろうと言うものである。

この様に宗教が国是となり、一地域だけに留まらず、全欧州から米国、あるいはその植民地で、

進行されているのかが理解いただけるであろう。

宗教を為政者が利用する事は、どの地域にあっても同様の事がみうけられるが、キリスト教の場合、

宗教が国家を作っって行ったと考えて良い。 中世においては、国王すら、法王には逆らえず、

その法体系も聖書抜きには考えられなかった。 16世紀に入って、モンターニュの登場で、欧州は

初めて、神の意思から離れて、自己の心を見つめる事が可能になったと言って過言で無い。

そのモンターニュですら、その罪に慄きながら、随想録を書き続けた。

彼の文章にこう言うものがある。

「私は、敬虔なキリスト教徒であるが、美しい夫人を見ると、その髪に触れたいと思い、裁判官として

神に誓って、公正にその裁きを決定する努力をしているが、相手が、自分より家柄が良く、権力を持って

いる場合、その裁きはどうしても、偏見に満ちてしまう。」

彼が登場するまで、欧州では、この手の文章を発表したら、異教徒と看做されて、迫害を受けていた

であろう事は想像に難しくない。 それ程、聖書は神聖で、絶対であった。

神の目線、常にその言葉に怯え、そして、苦しむ人間像が、このモンターニュの随想を読むと理解できる

この様に、人とは? あるいは人間の存在とは?と言う様な、根幹に至る、思想や哲学は、彼の登場まで

欧州では有りえべからざるものであった。 常に、神の意思が優先されるからである。

この後、思想や哲学に於いて、神の存在を考えずに人間そのものを見つめる事に芽生える事になり、

近代に於ける欧州は、次々と神から離れた思想や哲学が登場してくるのである。

しかし現代に於いて、ファンダリズムが叫ばれ、一部に原典回帰の動きが出てくると、その排他性を

著しく拡大させて、他宗教との軋轢を容認する動きが登場する、これが現在の米国のネオコンの

思想に繁栄している。 サミュエル、ハンチントンは、「分断されるアメリカ」でこう述べている。

米国、建国の思想は、WASP(白人 清教徒)による、この文化が、現在崩れ去ろうとしており、

これが、国家を分断させる可能性を否定できない、米国は、このWASPによる、思想を国是として

再建すべきである。

これが、他宗教を容認してきた米国の現在の姿である。 無論、サラダ国家である米国が一応の

思想で統べる事など出来はしないものの、この思想は決して少数ではなく、かなりの人々を、

納得させている事も事実である。

逆に、宗教戦争を歴史的に経験して来た欧州は、キリスト教離れが進み、無宗教の墓所や、

施設が増加している。 教会の強制的な押し付けた文化も否定され始めており、 そこには、

米国の様なファンダリズムの台頭は見られない。

キリスト教は、熱心になればなるほど、その排他性が極端に現れ、その排他性が敵を求める様に

なるのである。

この様にキリスト教には、矛盾した二面性があり、この矛盾を払拭できない限り、危険な宗教で

ある事は、理解いただけるだろう。

天と地と聖霊の三位一体が、その矛盾の原点である。
 宗教には、大別して一神教と多神教に分ける事が出来る。 概ねユダヤ教から分かれたキリスト教や

イスラム教は一神教の代表であろう。 ギリシャ神話に登場する神々は無論、多神教の元祖であろう。

世界の趨勢で行くなら、ヒンズー教を除けば、概ね一神教が多いようである。 仏教は多神教でもなけ

れば、一神教でも無い、大変に特殊な宗教であると言える。 この一神教の考えが、著しく間違って

いる為に、世界を不安定にしていると言っても過言で無い。

一神教の矛盾点を考えてみる。この神は、人間が到達できる存在で無い為に、その教えに完全に随える

人間は存在しない、その事が人間とは、罪多き存在であり、その罪を許すのも、許さないのも神の

一存で決定される。この神は絶対的な存在であり、その存在を否定した主観に、その許しは裁きに

変わる。 その為に一神教を奉じる信者たちは、自らの心の中を鑑みるに、神の存在抜きには、判断

できない、その為に自己分析が公平にならない、自己の正邪を判断するに、神の目線でしか判断できない

からだ、これが自己矛盾を増大する。 中世の思想家、ミシェルド、モンターニュが登場する以前に

は、ギリシャ哲学まで遡らねば、神を抜きにした自己分析はありえない。このモンターニュの登場で

西欧哲学は、公平性を求める事が可能になったと言える。 これは、イスラムやユダヤ教に於いても

同様で、神の存在を否定した哲学や思想はあり得ないのである。 この事が、神の正義を互いに押し付け

合う事になり、結果として宗教的な紛争をしばしば、引き起こしている。この一神教に比較すると

多神教は、その教義を、神話に置くものが多く、その為に登場する神々は、凡そ人間的であり、

絶対的な存在で無い場合が多い、 神にも序列があり、神を神が罰すると言う事もやってのける。

この多様性は、宗教的な寛容さを含み、その寛容さが争いを回避する。 ヒンズー教が、仏教やイスラム

と紛争を抱えるのは、宗教を目的にしたと言うより、寧ろ政治的な側面が大きいのを見ても理解できる

と考えられる。 日本の神道もまた、この多神教の一種であると考えられるが、その発生は、他の宗教と

は、かなり違う。 日本書紀や古事記に代表される、天皇家の家系を基にした神話を中心に発展した

ものと、自然を司る神々に対する、恐れや敬慕の感情を吐露したもの、物の怪や妖怪などを、その

対象にしたものなど、多種多彩であり、統一的な教義や経典が存在しない。 更に地域性もそこに

包括しており、これが日本独自の文化体系を作ったと言える。 仏教を中国から伝えられて以降

神社が廃止されず、仏寺と同次元に存在しうる事ができたのは、偏にこの大らかさであろう。

神仏同拝は、千五百年近く、我が国の伝統であった事を見れば明らかである。

家に仏壇と神棚が同居しているのである。 この様に宗教との関わりが、年中行事的な国は、恐らく

我が国しかない文化であろう。 この事が日本人を宗教的に寛容な思想を作り続けたと言う事であり

その為に、無宗教な国家として世界に知られている。 しかし、それを恥じる必要は無い、一神教に

拘り、その排他性で、他宗教を否定し差別することより、その異文化を素直に受け入れられるからで

ある、日本が、明治維新後急激に発達したのは、日本人の持つこの、多文化の吸収に、異物感が

なかったからだ。 これにより、日本人は、ナイーブにその多文化を受け入れ、咀嚼した結果が

この文明大国を作り上げたのだろう。 自国の持つ宗教に拘ることなく、そのまま受け入れる。

それが他国には真似ができないのである。 その寛容さが、国家神道の強制によって硬直し、その為に

他国文化への差別意識の増大、排他的な政策により、侵略戦争を容認する思想が罷り通った。

敗戦後、敗戦に対する反省をしたものの、文化的な反省をして来ずに60年が過ぎ、最近、再び

国家神道的な、硬直した思想が罷り通り始めている。 こと、宗教に関する限り、江戸時代までの

日本人の寛容さが、思想的には争いがなく、文化的な差別を呼ばない。日本人は、戻らねばならない

宗教に慣用であった、あの時代に、そして、その寛容さで靖国の問題を考えねばならない。
 

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