|
貴乃花は、改革者なのか、部屋のホームページでも自らそれを否定している。彼こそ、恐らくだが純粋に美しい保守の姿に他ならなないのでは。
これに対して協会側はどうか?現実主義と言う名の既得権益に執着する醜い保守の典型だと言える。
小生から見れば、実のところ、どちらもどちらとしか思えない。貴乃花親方が目指す理想と歴史的な事実には大きな乖離がある、彼の目指す力士の姿に合致する力士が、歴史的に存在したか?と言う現実は彼をして見えていない、ストイックなまでの求道者、相撲と言う神事であり、格闘技であると言う相矛盾する理想と人間としての煩悩、あるいは欲望、相当に修業した僧侶でも小僧から修行を始めても、それを達成できる僧侶など、大変に数少ない。況やまだ十代の若者たちにそれを押し付ける無理は、貴乃花親方本人もまだまだ修行の道半ばではないのか?
しかも相撲と取り巻く歴史的事実を鑑みると、神話の世界ではともかくも、江戸期に今の相撲の在りようが出来上がったとすれば、相撲は、香具師や旅芸人と同様に勧進元つまり興業主によって呼ばれて祭りや当時のイベントで相撲を見せる事を生業にした大道芸人に近い存在でしかない。その中で実力のある力士たちを大名が抱えて士分を与えた上でその所有を大名同士で自慢し合ったと言う一種の大名のコレクションであり、この士分を与えられたことで傲慢無礼な力士たちが花街で狼藉三昧であった記述は江戸期の書物にも数多く存在する。江戸時代に年に一度、将軍家を招いた本場所が開催されたが、これをもって国技として存在しえたのでもない、相撲興行でどさ回りをせざるを得なかった一般の力士たちは、地方リーグの言わば二流選手であり、この江戸の本場所に参加できる力士をメジャーと言えば理解しやすいか・・・・士分に取りたてられたこう言った大名力士たちの中には極ごく少数だが、人間的に優れた者もいたが、それこそ、江戸期全体を見渡しても数人であろうと思う。その大半は、先に上げたような傲慢無礼、傍若無人と言った力だけで成り上がった不遜な人間であったのが事実である。つまり貴乃花親方が目指す理想の相撲と言うものは、歴史的には存在していない。いや、存在できない。精神修行を通してその煩悩を捨て去り、悟り、それこそ解脱する事など十代の若者にできるはずもないし、逆に言えば、そう言った覚悟をさせてはならない。ギラギラとした強くなりたいとする欲望と他者より強くありたいと言う煩悩が無ければ強くはなれない、つまり哲学的言えば、貴乃花親方の主張する相撲道は、それだけを取り上げても大きな自己矛盾を抱えている。精神的に美しければ強くなくても良いとなれば、格闘技としての相撲否定とつながり、どんなに卑劣であっても強ければ良いとなれば、神事としての相撲と大きな乖離を見せてしまう。つまり、抽象的な理想論でしかないのが貴乃花親方が目指す相撲の姿であり、これは絶対的に無理である。天国を現世に作り上げ様とする様なものでしかない。
この一種の理想論と空想論に揺れる貴乃花親方に対して現実主義でこれを否定する相撲協会と言う構図が、何となく協会側が悪党であり、貴乃花親方がその理想を追求する孤高の求道者であると映ってしまうのが今の状況であると判断している。どちらかに正邪を付けるのは殆ど不可能であり、協会と言う現実社会で多くの力士たちの生活を支えて関係者の生活を守るとなれば、理想論だけでは難しい側面もあり、他者から見えれば醜いと映る言動があってもそれこそ組織防衛なのだろう。ある意味、欲望に正直であると言える。
既に海外から力ある若者を集めてアスリートとしての力士を育てている現実、彼らには彼らの文化があり、宗教もある、この違いを貴乃花は、「肌、文化、宗教の違いを乗り越えて」とホームページに書き込んでいるが、この一言を見ても彼が思想的に混乱していると読み取れるではないか?
神事としての相撲は、神道としてのものであり、これを強制するという事は、宗教行事をそのまま強制することに繋がり、彼の言うそう言った違いを乗り越えると言う意味とは矛盾する。諸外国から相撲と言う格闘技に憧れて強くなりたいと言うぎらぎらとした欲望に対して、貴乃花親方の思想は、ある意味真逆でしかない。
また彼は、国技と言う言葉を多く使っているが、相撲が国技だとする法的な根拠は殆どない、あくまで自称、国技でしかない。明治天皇が相撲好きで、だから国技なのだと言わしめたと言うだけの根拠でしかない。神話の世界に出てくる神事、をそのままに盲信すれば、日本の武道として一番古い記述であるかも知れないが、それも持って国技であると胸を張れるような歴史的事実ではない。時代は天照大神にまで遡ってしまうのである。つまり神代の世界であり史実ではない。天照大神を邪馬台国の卑弥呼と言い換えて錯誤せしめたのは明治期以降の絶対天皇制への根拠として作り上げた偽りの歴史でしかないからだ。
国粋主義者や国家主義者、あるいは帝国主義者たちが統治の根拠をでっち上げた為に起こった矛盾を、洗脳をもって国民に錯誤せしめたのが相撲国技説であり、だからこそ大きな自己矛盾を抱えたまま、貴乃花親方の様な純粋な若者を捉えて少年のまま大人になってしまったと言うのがこの不可能な精神主義なのではないか?そうなると、彼に今必要なのは、その理想論の許す限りの中で現実をどう変えるか、江戸期にもそのような実例は存在しないし、さらに遡れば、もっと無理、つまり彼の理想を実現する為には、新しい制度を考えねばならないが、その具体的な方法や協会の構造について分かりやすく説明する必要があるしかし、彼のホームページでの発言は、抽象的な情緒論でしかない。大変に幼稚な理想論だけが述べられているに過ぎない。
また相撲協会側の罪は、現実主義と言う迷路に迷い込んで、全く改革できない、つまり自浄作用が働かない事が挙げられる。牛馬同然に力と暴力で弟子に接すると言う慣習が否定されている現在、多くの才能ある若者をわが国で集めようとしてもほとんど不可能であることは分かっているはずである、だからこそ、日本人力士たちはモンゴル人力士に勝てないのである。その精神力が全く違うからだ。ジャパンドリームの体現者としての朝青龍や白鵬、日馬富士、鶴竜の存在は、モンゴルの若者を奮い立たせるのだろう。わが国で言えば、日本人野球選手が、メジャーリーグで大活躍してMVPになり、リタイア後には殿堂入りを果たす、あるいはサッカーに於いて世界最高峰のイタリアやドイツ、イギリスやブラジルと言った強豪国で活躍して得点王や名選手に名前が挙げられるような事も同じだろう。つまりモンゴル人にとって日本の大相撲は、そう言った存在であると言う事になる、しかし彼らには彼らの文化があり、宗教も存在する。言語に違いも大きい、育った環境に於いては全く違うのであってほぼ同じと言うレベルではない。モンゴル国内にも多くの家族や親族、友人や知人がいるだろうし、彼らにもファンが存在する、だからこそ、強くありたいと言う気持ちは、日本人以上に強いのは致しかなたない、ここに日本の宗教行事に従ってその精神も強制するとなれば、一種の人権侵害と見做されても反論できないだろう。
この難しい問題に対する姿が、現実主義をひけらかして、対応をせざるを得ないとする協会と、いや、理想に近づける様に教育すべきだとする貴乃花親方との葛藤、これが真相だと小生は考えている。
もし、貴乃花親方を支持するなら、外国人力士の存在を否定した上で、そのあり様を作り直す必要があると思う、このまま外国人力の存在を肯定するのであれば、神事としての相撲をこそ止めて純粋な格闘技の優劣だけを競わせると言う方向にならざるを得ないのではないか?
小生の考え方は、今更、諸外国人だけにとどまらず、今のわが国に於いても若い才能あるアスリートたちにこの神事としての相撲を強制すればするほど、才能ある若者たちは相撲界に入ることは無いと確信している。収入だけではなく、どんなに一流の選手となっても部屋にいる限り親方に生殺与奪を握られている、挙句にちょっとした不祥事でも起こそうものなら、理事会や評議会、横審などから引退や廃業まで握られていると言う事実、もし野球界であれば、八百長や刑事事件などを引き起こさない限り、アスリートとしての実力を否定される事は無い、ゴルフやテニスも同様である、英国などのプロ選手の場合、その人となりや人間性より以上にその選手のアスリートとしての立ち位置を優先して判断されている。
つまり、かなり思想的にも行動的にもそれなりの自由が保証されている。同じ努力をするなら、どちらが良いか、人それぞれだが、恐らく自由を貴ぶ現在の若者であれば、その大半が相撲を選択しないだろうと思う。
本来、求道者と言う者は、他者にそれを求めてはならないのであって、それを他者に強制し始めた時に権力者としての煩悩が出てくるのである。貴乃花親方が、権力を得たいと考えているとすれば、他者か見る求道者としてのストイックである彼の姿は単なるパフォーマンスでしかなくなるのである。
テレビ朝日で一昨日、独占インタビューを二時間に渡って放送した、その中で貴乃花親方は、自身のブログ同様、彼の信じる相撲道について熱く語っている。今回の事件に於いて彼が何故、メディアに対して沈黙を通したのかも一定の合理性をもって語っている、理由についてはそれなりに理解できるが、彼が一種の内部告発者として協会の矛盾点や悪しき慣習について、そのガバナンスに対して信じる事が出来ずに事件そのものを司直の手に委ねたと言うのは、強ち間違いとは言えない、彼のこのインタビューで語った事が真実だとすれば、協会側の全く聴取に応じる事が無かったと言うのは、協会側の嘘と言う事になる。更に評議員に於いては、この事実を知りながら彼を罰すると言うのもどう考えても不公正で不正義だと言えるのではないか、更に根本的に間違っているのは、警察沙汰になっており、更には検察も調べに入っている段階で、横審にしろ評議員にしろ、あるいは危機管理委員会にしろ、全く法的権限のない民間人でしかない人々が同時進行として捜査をすると言うこと自体、大変に不見識でしかない。この相撲協会の対応だが、他の業界での不祥事と照らし合わせても、異次元の低俗さが現れている。事を置き換えてもらいたい、よくよくある話だが、苛め問題や校内暴力などで学校側に問題があった場合、被害者側が刑事告発して強制捜査に至っている場合に、もし別で教育委員会なり、学校独自で同時進行の形で独自調査をして、学校側の推論をあたかも結論の様に発表するのと同様の暴挙でしかない。もしこの様な事がまかり通ったら、司法への悪意ある挑戦であり、法治国家としてのガバナンスを否定する事に繋がる。この事件も司直の手に委ねた段階で、相撲協会は、独自捜査など、やってはならないし、させてもならない。
況や、中間報告とか最終報告などと言った対応そのものが不健全であり不見識であると言っても過言でない。
貴乃花親方が、協会の理事であり、役職にあるからと言ってその役員会、つまり理事会や協会に対して不信の念があり、協会のコンプライアンスに疑いがあるとすれば、司法が動いた段階まで沈黙を通すのは当然である。こう言った一種の内部告発の場合、この報告義務そのものが、無意味でしかない。民間企業に於いて、その役員の一人が企業経営について大きな疑義がありコンプライアンスを無視した経営が行われているとして、その判断を司直の手に委ねる場合、役員会に報告すると言いうのはナンセンスでしかない、こう言った勇気ある内部告発者の存在が無かったからこそ、昨今、企業におけるコンプライアンスに問題があって、企業経営そのものを悪くした例は、取り上げれば枚挙に暇がない。東芝の不正経理問題、神戸製鋼のデータ換算、日産や大手自動車産業なども同様の問題を抱え込んだ結果、経営に至る危機を生じているではないか、これらの企業に内部告発するだけの勇気ある役員が一人でもいれば、大問題化する以前に正常な経営に戻せたはずである。古くは、山一證券の倒産も同様で、一人として自分たちが行っている経営について法律に抵触している事を知りつつ、御身大切と言う利己によってあれだけの歴史ある企業を倒産させてしまったのである。
今回の問題も貴乃花親方と言う理事、つまり企業で言う役員の一人が協会の在りように疑義があり、今回の事件への対応そのものに不信感があれば、報告せずに司直の手に委ねたと言うのは間違っていない。これを批判する輩は、山一證券の役員たちと同様に最終的には自分の所属する組織を崩壊させる側の無能な連中でしかない。
ただ貴乃花親方の場合、流石に立派な横綱であった様に、真面目にストイックに問題を抱え込んで、その対応が政治的ではなく、直球勝負と言う単純さが逆に彼自身の立場を明らかに悪くしている。組織の役員としてもう少し政治的な言動をすべきであったと小生は思う、周囲にそう言った事を指導する人がいなかったのだろうと思う。
企業経営の玄人して長年、色々な事件に出会ったが、世の中はそれほど単純ではなく、どろどろとしており、だからこそ正論が通らないのである。
彼の場合も同じで、もう少し、側面から助成する人々を結集して協会側と対峙すべきであった。戦で言う調略である、そう言った事をしないからこそ、人気があるのだろうが、このままでは数の論理で彼は協会からは排除されかねない。
もし、それこそ部屋存続さえ危ぶまれる状況になった場合、評議員も横審も危機管理委員会も協会そのものも敵に回してしまっている現在、対抗のしようがない。これが現実の社会であり、理想とは程遠い現実なのである。大変に残念な結果にならない様に彼を側面から支援する人が現れる事を祈っている。
|
時事問題
[ リスト | 詳細 ]
|
「座して死を待つより一矢報いて」「領土と領海は、毅然とした態度で臨む」などなど、勇猛果敢な発言が多い、安倍晋三内閣だが、果たして本当に毅然とした態度で領海なり、領土、あるいは、排他的経済水域を守る気概があるのかを鑑みると、到底そうは思えない。
超保守と言われる安倍晋三内閣だが、例えば、日本海のEEZ内である大和海と呼ばれる漁場に於いて、北朝鮮の漁船群が2000隻と言われる船でその漁場を犯している、しかも結果的にそもそもの権利を有する日本の漁民を排除して
いると言う状況下で、一体、海上保安庁は何をしているのか、国際法を犯して日本の権益を侵害している犯罪集団に対して、放送で止めろと言う程度の措置しかとっていない、やっと検挙したのも漁業法違反ではなく漁民たちの避難小屋から器物を盗んだと言う容疑で窃盗罪を適用しての検挙に留まる。もし、これがロシアなどの強硬な国を考えるまでもなく、豪州やニュージーランドと言った割と穏健な国であっても、ここまで自国の権益を犯されれば、武力をもって排除しているだろう。かつて米国でもカナダの漁船が米国のEEZを犯して操業し続けた結果、数度の警告を無視して続けたカナダの漁民に対して米国の沿岸警備隊は発砲した、結果、カナダの漁師数人が死傷すると言った事件があった、当時のカナダ首相は強行に抗議したが、当時の米国大統領は、米国内の法律よって対処したものであり、違法操業したカナダ漁師の落ち度であるとしてその抗議を無視した。以降、カナダとの関係は長きにわたってぎくしゃくした関係になったのは有名な話である。
手法が正しかったかどうかは、ともかく、これだけ自国の権益に対して行政が厳しく対処すると言う事が毅然という言葉をなのであって、口先だけで毅然と対処すると言っても何ら効果は認められない。
尖閣諸島付近での中国政府の挑発行為についてもたびたび菅官房長官は毅然という言葉を使うが、精々中国大使を官邸に呼んで強く抗議する程度でお茶を濁しているのが実態ではないか、どこが毅然としているのか?
もし、北朝鮮の漁船団がロシアのEEZで同様の行為に及べばどうなるのか、容易に想像がつく、多くの北朝鮮漁船は拿捕され逃走すれば重武器で攻撃されて破壊されて犠牲者は相当の人数になっているはずである。そう言う想像が働くから、そうならない場所、つまり決して毅然とした厳しい対応をしないわが国の権益内で行っているのだ。同じことが中国のEEZ内で起こらないのも同様の理由である。日本の信じがたいほどの柔和主義が、超保守と言えども変えられないのは憲法9条があるからだと言う詭弁で、憲法9条を改正すれば、もっと具体的な毅然とした態度で臨めるのだと言う逆説的な説明をする大バカ者が少なからずいるが、憲法の所為ではない、為政者の国に対する責任感の問題であり、警察官が犯罪者に発砲する、これは憲法違反ではない、同じことがこう言った行為にも適応される、陸上に於いて、もし外国人、あるいは北朝鮮人や中国人が明らかな犯罪行為をした場合、それが武装した集団であれば、警察官は安全確保と維持の為に発砲するだろう、ともすれば、犯罪者の中には死亡する者も出てくるはずである。それが海上になると一気に弱腰になるのはどうしてか?憲法云々の問題ではない、為政者が本気で日本国民の経済的権益を守ろうと言う気概がないからである。
小生は平和主義者である。だが、国家と言う存在がある以上、そしてその権益に対立相手が存在する以上、これを死守するのは国家の役割であり、それこそ義務であるはずだ。これを国内向けに勇猛果敢な発言にとどめる無責任さは為政者として資格がないと言われても反論できまい。
保守主義者と言う言葉が適切かと言えばそれまでだが、どうも、戦前回帰などと言いながら、実のところ、国際的に強硬な意見を述べるのではなく、あくまでその強硬論は国内向けの陳腐なナショナリズムを高揚させて安易に国民の権益を国家権力が犯すことが容易になる為の一種の言葉によるトリックが、この強硬論に結びつくのではないか、小生はそう確信している。
つまり、超保守と言うのは、国内に向けてのみの保守なのであって、外に向かってのものではないと言う事である。
竹島問題も北方四島問題も政府は、絶対に真剣に返還させるとは考えてはいまい、恐らく返還に努力していると国民に見せかけるためのアリバイ作り程度の交渉であるために相手は本気にはならないのである、平昌五輪についても慰安婦問題での日韓合意への対立があり、その結果、せっかくの首脳会談の機会を延ばしてまでも安倍晋三はその開会式に参加しないと首相の周辺は言及している。しかし、竹島問題は領土問題で日本側の主張から見れば、韓国側の違法行為によって不法占領されていると言うのが本当ならば、この事をもってしても国際競技などへの対応はもっと厳しい問題になっているはずで、この問題は一時棚上げにして、互いに平和裏にスポーツの祭典を祝おうだからこそ、サッカーワールドカップの共同開催が可能になったのであろうし、北京五輪の時も尖閣諸島の領有問題は棚上げにして参加したのだろう。たかが慰安婦問題で変わった新しい政権がその理解を変えたからと言うだけで外交を停める様な低俗な毅然さなど、あってはならないのではないか?もし毅然というのであれば、五輪などの平和の祭典を持ち出すのではなく、真剣な外交交渉を経て行うべき政治の問題であり、五輪参加などを引き合いに出して政治問題化すれば、北朝鮮がこれを条件闘争の一部として外交カードに使っているのと同次元であり、見苦しい限りでしかない。
安倍晋三が開会式に欠席をするという事は、金正恩と同じ低俗な交渉だと為政者は認識すべき低俗な交渉であると言わざるを得ない。
大和海の話の戻ると、海保はもっと厳しい措置を講じる義務がある。わが国の漁民に近寄るなと要請するのは犯罪者が多いからこの地区に立ち入りをするなと地主にその所有を諦めろと言っているのも同様であるのだ。
犯罪者が多いからこそ、それこそ毅然として取り締まる覚悟を見せるべきである。一網打尽にする努力、こちらの命令を無視する輩には武器でもって威嚇、あるいは射殺する事も辞さないと言う覚悟である。
尖閣諸島も同様で、わが国の権益者たちつまり漁民は近寄ることもできない。犯す側の台湾や中国漁民はそこを無視して操業している。これは小笠原海域でのサンゴ漁にも同じことが言える。日本人漁民が保護し育成したサンゴを根こそぎ持って行く、これをただ見ているだけの海保、これの何処が毅然とした態度と言えるのか?安倍晋三よ答えてみるが良い!
菅官房長官よ、答えられるか!
答えられまい、それは彼らに何ら覚悟がないからであるのだ。
超保守主義者は戦争のできる国を目指すと橋下徹をして堂々と発言している。だから9条改正が必要なのだと、しかし、憲法を改正する前にできる事をすべてやった上で、それでもこの憲法では十分ではないと証明してこその改正であり、精いっぱいの覚悟をもって対処する事もなく机上の空論をもって、改正しろ、改正しろと言うだけで国民を納得させることはできないだろう、かれらこそ、その実態を知らない平和ボケの最たるものでしかない。
本気で、領土、領海、そしてEEZなどの正当な権益を守るのであれば現行法で十分に対処可能である。しかし厳しい対処など全くしていない。国際的非難を受けたくない、非難されるくらいなら国民の権益を少し我慢させた方が政権維持には役に立つ、この程度、認識と覚悟で政権にいる無責任さを国民はもっと憤るべきで、これで起こらない国民こそ、一番の罪びとであるのかも知れない。
|
|
「米国民は特に白人たちは、世界中の煩悩を寄せ集めた低俗な便所以下の存在でしかない」と誰かに言われれば、この差別主義者めと憤るだろう。
トランプはアフリカを世界の便所と発言したらしい、国連でも非難されている。当然である
そのトランプに小生からの言葉を進呈する。
「僅か百年前にアメリカ大陸に逃れた移民のせがれ風情があぶく銭を稼いで大統領か?????このような人格破綻者頂くアメリカと言う国こそモラルの破綻した低俗国家なのだ」
よくよく考えてさっさと辞任しろ!!!!!!
|
|
今日は、最初に日韓合意について小生の存念を述べる事にする。この合意について色々な意見がネット上でもメディアでも盛んに議論が行われているが、この合意を巡って、わが国や、国民の大多数の理解は、国家間同士の国際的な合意であり、これを履行しないと言うのは、あり得ない話だとして切り捨てると言うのがほぼ間違いない世論だろうと感じるのだが、本当に国家間合意と言うものが、政権が変わっても必ず維持されそれを必ず遂行しなければならないと言うのが国際的なコンセンサスなのであろうか?そもそも論として、考えてみる必要がある。
例えば、オバマ大統領が国際社会へ約束したあらゆる国際条約の大半をトランプ大統領は否定し、既に協定から脱退や、更には拒否の意思を表明している。もちろん、国際社会はこれを批判しているが、だからと言って米国の、国際的信用が厳しく断じられると言う事にはなっていない。
今回の日韓合意について考えれば、国際社会を巻き込んでと言うより、むしろ、日本と大韓民国との二か国がこの問題についてわが国で安倍晋三内閣と、韓国側は朴槿恵政権下で結ばれたものである。その後、朴槿恵大統領の失脚による政権交代で新たに政権を担う事になったのが、文在寅大統領が選出された、この新しい大統領は選挙中から朴槿恵政権下で締結された日韓合意について、破棄か、見直しと公約しており、この問題が日本の対応次第で両国の関係を混乱させることは分かっていた。報道も、評論家たちも政権が変ったとはいえ、国家同士で決めた事なのだから、その履行を努力するのが国際社会の常識だとして韓国側を厳しく批判するものばかり、しかし先にも述べたように過去にも米国の場合、共和党大統領から民主党大統領に変ると、全てではないが、必ず批准した国際条約ですら、その実行を拒否したり条約から離脱したり、とやりたい放題なのが国際社会では受け入れられている、これは必ずしも米国に限らず、ロシアに於いてもかつてプーチン大統領が政権を担ってからは、その以前の政権下で締結されたあらゆる条約の見直しを行い、その殆どを実行している。そのとばっちりを受けたのがシベリアなどの油田開発に於いてその利権を当時の権利者であった企業体との契約に基づいて莫大な円を導入したが、プーチンの一言でこの全てが再度国有化されて、契約そのものを無効とした。わが国の総合商社が被った被害は数千億円レベルになるが、日本政府は、あくまで民間レベルの契約について政府として抗議する事はなかった。つまり政権が変ると言うのはそう言った事であり、わが国様に政権そのものが自民党内のたらい回し的な思想的な変化なしに行われるものではなく、基本的政治姿勢が変化する一般的な他国の政権交代とは全く違った様相を呈するのは致し方ない。
だからこそ、米国が国際社会で影響力が強いからなのではなく、あくまで国際社会は、政権交代とはそう言った物だと言う理解が当然だとする常識がまかり通っているのが実情なのである。
同じように、ベネゼイラが反米的チャベス政権が誕生すると、国際資本下にあったベネゼイラの油田を一気に国有化して、国際資本を追放した、これは国際社会が大きく反発したが、それでも諦めるより仕方がないのである。同じことが南アでも起こっているし、大きく政権が変る時には当たり前のように起こり得る現実なのである。
相手が、わが国より弱い立場の韓国だからと言って、ただ単に批判を繰り返す政権の国際感覚の欠如こそ、逆に国際社会から嘲笑されていると言うのが銀実だろう。
更に、わが国は、過去に村山談話を始めとしてこの従軍慰安婦問題では、公式に謝罪していると表明しているが、とても謝罪とは程遠い、遺憾の意の表明であり、あるいはただ謝罪すると言い切って終わりと言う状況が事実である。
これは国際的文書から見れば謝罪には当たらない、よく企業がコンプライアンスなどに反して、その代表者が雁首揃えてずらりと並び、言葉だけで「遺憾の意を表明します」とか、「何々について謝罪します」とだけ言及しただけで記者会見を終了したら、世論はどう反応するだろうか?これらの言葉の後に必ず「申し訳ございませんでした」と付け加えて頭を下げて見せるからこそ、謝罪しているのだと伝わるのである。しかし、この問題について我が国政府は、一度たりとも正式に頭を下げていない。あくまで遺憾の意の表明であり謝罪すると言う表明に終始していると言うのが事実である。謝罪される側に立ってみれば、明らかに日本は謝罪していないと感じるだろう。もし、例えば、北方四島問題でロシア政府が、ただ単に遺憾の意を表明しただけで終わらせたとすれば、日本国民の世論はどう感じるだろうか?同じようにあり得ない話だが、韓国政府が竹島問題を謝罪するとして遺憾の意の表明を未来於いてしても、ただそれで終われば、真の返還が行われても、それまでの行為についてただ謝罪するだけで終われば、やはりわが国の国内世論は沸騰するだろうことは想像に難しくない。
もっと私的な問題として考えてもらいたい、交通事故の被害者になったとして、加害者が、「遺憾の意を表明」するだけで後は保険会社に任せっきりで謝罪がなければ、やはり憤慨するのではないか?それが被害者の意識と言うものだろう。謝罪するなら必ず、そのあとに申し訳ございませんでしたまで言及し頭を下げてこそ、真の謝罪なのであって、これまでわが国がしてきたのは、謝罪をすると言う事に対する言及だけであり、遺憾の意を表明するとしたその前の段階で終わらせている、これが相手の感情を逆なでしているのであって、感情に不可逆的だとか、あるいは最終的になどと言った論理では理解できないものなのである。
国際条約や国家間の約束事もまた、政権が大きく交代した場合、必ずその政権の政治的スタンスが反映されるのであって、それを履行しないからと言って国際社会からの信用度を貶める事にはならないのである。
もう少し、これが米国だったら、ロシアだったら、中国だったらと日本に影響力ある国々が同じことを何度も繰り返している事実に対して政府がどう対応して来たかを考えるべきである。
小生は、別段、韓国の態度を由としているのではない、国際社会の一般的常識の範囲ではないのかと言う疑義を持っているだけである。
トランプが、TPP交渉から離脱、温暖化によるパリ協定からも離脱、更にはユネスコからも脱退を言っている。これを徹底的にたたくメディアは見たことがない、これは別に米国に限られた事ではない。
政治家は、自分の所属する国家の利益をまず第一に考えねば、選挙の際の票には結びつかない。間接民主主義による政治家の限界がここにある。その宿命からはトランプも、プーチンも逃れることはできない。もし独裁的政権であっても民主制を採用している限り、選挙と言う手段によって国民から支持されねば、失脚する。だからこそ、外交を重視と言いながらも、一般的な政治家は、内側を常に意識する。
これは韓国の文在寅も同様で、国民の支持を確定させるためには、どうしてもその政策は内向きにならざるを得ない。これを、ただ国家間の約束だからと切り捨てる外交センスのなさは安倍政権において特に劣っていると思う。その原因は、極端な保守主義の為に、国民の支持率が下がれば下がるほど、政策立案が出来なくなると言う状況を齎すからで、それはそのまま安倍晋三は実のところ、国民からの信頼と言う点では、恐らく最低の為政者であると言う証左だと思っている。
戦後70年を過ぎて、その対象者が高齢に至っており、お為ごかしの謝罪と、僅か10億円の基金で終わらせようとすること自体、国家同士はともかく、被害者個人として許せると思っているとすれば、正に確信犯であり、歴史改竄主義と言う戦前美化がその思想の中心にあると疑っても差し支えない。これが日韓合意の正体であり、朴槿恵政権が断末魔のどさくさに紛れて一気に締結させたと言う逆に卑怯な手口で半ば強引に著名させたのも同じだろう。
ここにきて、安定した韓国の政権が、北朝鮮との平和外交に言及しても、なお、米国の好戦的挑発を支持すると言う安倍晋三の馬鹿さ加減は、逆に我が国の安全保障を脅かす事になると断言して終わりにする。
|
|
一年が過ぎるのがこうも早いと感じるほど、小生も歳を取ったってことだなと・・・ついに大晦日になった。明日は、平成30年の元旦である。
この一年を振り返って私事的には、持病が少しずつだが悪化、合併症もやはり徐々に進んでいると言う感じがしている。もはや手の打ちどころがないほどに大量の処方薬で何とか過ごしているって感じかな。
親父が死んだのは63才だったから、その年まであと一年半、おやじより一年でも長生きすれば、自分の責任は果たしたと思う昨今である。三人目の孫が誕生し、やっと男児であったので、鯉のぼりを郡上染めに注文した、かなり高価だったが、それでも残してやりたいと思う爺心である。
さて、今年一年の出来事の中で特出したニュースは、やはりドナルド、トランプと言うどうしようもない米国大統領が世界を混乱の極みに追い込んでいると言う事だろう。
彼をして、北朝鮮の金正恩をならず者だと揶揄しているが、どちらがならず者なのか、と問われれば、迷うことなくトランプの方がたちの悪いならず者だと答えておこう、独裁者である金正恩は極東アジアの不安定化を招いただけだが、トランプは世界中を混乱に陥れ、それでもなお、米国が一番と国益のみを重視する陳腐なナショナリズムと振りかざして低俗で軽薄な米国人から支持されている。支持している奴らにまともな知識人はおるまい。ヒラリークリントンや前オバマ大統領が、ユダヤ系の軍需複合産業との癒着との事実無根のデマを飛ばして人気を失墜させておきながら、その舌も乾かぬうちに、イスラエル寄りの極端な政策を矢継ぎ早に進めている。軍需産業の維持の為にどうしてもどこかで緊張関係を齎さねばならないと言う使い古したユダヤ財閥たちの手法をそのままに揺さぶる必要も全くない中東にまでその毒牙は齎されて、イスラエル、テルアビブにある米国大使館をエルサレムへ早々に移動すると言う、これは明らかに中東の緊張を煽るものであり、外交的には愚策でしかない。
北朝鮮に対しては中国とロシアと言う一筋縄ではいかないバックがある所為か、軍事行動に出られない、そこで新たな緊張を求めてイスラエル問題を取り上げたってのが真実だろう。どこかで軍需品の消耗を画策する必要があり、その矛先は北朝鮮より容易に煽れる中東をと言う短絡さが余りにも単純で笑う事も出来ない。
また北朝鮮問題は、北の挑発だと、わが国のメディアも米国寄りの報道が多いが、米韓合同演習や断首作戦とした金正恩の暗殺計画のリークと言った手法で敢えて挑発を繰り返しているのは米国ではないか?その尻馬に載ってわが国の暗愚安倍晋三もまた、ミサイル防衛の強化や自衛隊装備の強化などで軍拡に走っている。そしてその軍拡に必要な武器の殆どが米国からの輸入によるもので、この10年で数兆円規模の買い物をさせられている。果たして米国一辺倒の外交政策がわが国の安全保障に有意義なのだろうか?と言う疑問に具体的に答える与党議員は存在しない、安全保障の専門家と呼ばれるような議員や評論家の大半が米国寄りの政策を是とした上でつまり常に米国支持を結論としてそれに答えを求めると言う逆算でしか論じることができないので、その論は常に矛盾だらけ、その矛盾点を追及する野党もほとんど存在しないと言う政治の低俗化が、この安倍晋三と言う大バカを支持する結果となってわが国の信用も失われている。
米国との蜜月と言いながら、アジア外交は全く進展せず、ただ莫大な金をばらまいただけの愚策の連続、中国やロシアとの関係も微妙なままで北方四島問題も、尖閣諸島問題も進展がないままに右往左往していると言うのが事実、言っておく、北方四島は、日米安保条約がある限り、プーチンは返還する気が全くない、ただ返還協議を繰り返せばわが国から援助があり、ロシアの国益に合致するから言うだけの事であり、完全に安倍晋三達与党を馬鹿にしているのが事実、また中国との関係も尖閣諸島問題を棚上げにして経済的な結びつきについては、進展させると言う様な二枚舌外交をしているが、習近平にしてみれば、それこそ、ありがたい二枚舌であることは間違いない、北朝鮮問題も米国も中国も況や、ロシアが中に入って解決できる見込みは殆どない、この殆どないは北朝鮮が核開発を諦めて核弾頭の放棄と言う意味である。捨てる気のない相手にただ闇雲に捨てろと言うだけでは外交とは言わない、圧力外交と言うことばが独り歩きしているが、これはほとんど意味がない。既に相当の経済的制裁を加えられているが、現実に北朝鮮は国民蜂起も軍事的なクーデターも起こる気配すらない、時折でる脱北者たちの批判的な言動によって相当に人権迫害があり、餓死者も多く出ているとされているだけで、北朝鮮の現実を知るすべも殆どないのがわが国も、また米国も同様だろう、あえて言うなら、韓国にはある程度北からの情報が入っているのだろうが、それもかなりバイアスのかかった情報でしかない。
またミサイル生産の費用が莫大で、その資金を止めるとトランプなど、大バカな保守系政治家たちは述べているが、輸入品に頼っているのであれば、外貨は必要だろうが、その大半の原材料を国内で賄えるのであれば、外貨は必要ない、つまり外貨の流入を阻害しても、ミサイル開発は可能だという事だ。
また、中国が言う、最低限の援助を維持しなければ、北朝鮮が窮鼠猫を噛むの例え通りに暴発した場合、難民の大半が豆満江を渡って中国に流れ込むのは必定であり、これは国境を接しているロシアもまた韓国も同様である。つまり北が何らかの混乱を生じると、遠い米国や欧州は、直接的な被害を被らないからこそ、北との緊張関係を煽ることができているのである。わが国はどうだろうか、今でも5トンから10トン程度の木造船に乗り込んで冬の荒れた日本海で漁業をしている彼らの事だから命がかかれば、その小さな船でわが国に難民が押し寄せる可能性も否定できまい。つまり極東アジアの諸国は、それぞれに暴発させたくないと言うのが本音であり、軍事的解決など、考えたくもないと言う状況なのだが、安倍晋三は米国の軍事的挑発を容認し、わが国のメディアもまたミサイル実験をするたびに挑発だ挑発だとした報道で国民をあらぬ方向へ導いている。メディアまで米国に従属してジャーナリズムと言えるのだろうか?
米国の安全保障関係の上院議員が「東アジアの数百万人に危険が及んでも近い将来米国の危険性を打破する為なら、軍事加入も已む無し」と発言した。これこそ米国の持つ独善でありWASPと呼ばれる保守系の白人たちの本音だろう。彼らにとって東アジアなど有色人種でしかない、彼らにとって日本人はイエローモンキーであり、経済的に評価しているだけである。この差別意識が、あの発言に至ったのだと考えている。トランプも同様で、イスラム圏の入国を一部禁止と言う措置もテロリストの入国を阻止すると言う美名を掲げて低俗な米国人を騙しているが、米国で起こったテロの大半がホームグロウィンテロリストたちで、決してテロリストが入国して起こしたものではない、これはフランスやイギリスなどで起こっているテロもまた同じであるのだ。
国内にいて不平不満のある一部、イスラム教徒や反社会的な人々がISILやアルカイダと言う組織に憧れて起こすテロ、これは外国人の流入の様に簡単には取り締まれない。どこにどれだけ不平不満を持つ同国人がいるのか、把握するのは大変に難しいからだ、表立って活動している、わが国の過激派と呼ばれる共産主義者たちなら、まだしも、ごく一般的な生活をし、政治運動もせずにいる国民がある日を境に国家への不平を暴力的に訴える、これが米国で起きているテロの大半、反米思想を培った国々で出来上がった思想は、ネットと言うツールを使って世界中に伝搬し、それに影響を受けた若者や不平不満分子が突如変貌してテロリストになるのだから、トランプの主張する危険な国々の危険なのは、あくまで今まで行ってきた米国外交の稚拙さが齎したいわば自業自得なのであって、外国の所為ではない。
また、ミサイル開発を国連の常任理事会が禁止すると言いながら、自分たちは高性能のミサイル開発を続けて我々は良いのだとするダブルスタンダード、それこそいただけない不公正な元凶であり、もし世界中から弾道ミサイルを無くすと言うのであればともかく、自分たちは何千発ものミサイルを準備しながら、同盟国は良し、違う体制の国々は駄目だとする、こんな言い分が通るはずもない。
現実に北朝鮮は核開発もミサイル開発も止める気がない、
つまり米国の主張する半島の非核化は達成できない目標であり、その発言は空虚でしかない。
そのあとを追従するわが国の姿勢も独自外交を捨て去った亡国論の結果なのだと考えている。
かつて冷戦時代と言うのがあったが、強大なソ連と言う軍事的にも科学的にも米国に劣るとは言い難い敵があった時代、米国は日本に対して集団的自衛権の行使など要請もしていない。守ってやっているのだからお前たちも命がけで仕えろと言う論はなかった、むしろわが国が必要以上に軍に走ればブレーキを踏んだのが米国だろう、それがその強敵であったソ連が崩壊し、仮想敵国は中国に移った、中国の南アジアにおける9段線を否定して暴挙だと批判するのだが、蒋介石の11段線の折には批判もせずに唯々諾々として同盟国であった台湾、中華民国を支持していたのが米国であったはずだ、しかし一つの中国論によって台湾は国ではなく一地域となってその蒋介石による11段線を毛沢東の9段線と言い換えれば、そのままそれは暴挙だとするそれこそ二枚舌外交、これでは世界をして認めがたい不公正な外交政策と言わざるを得ない。何故、急に現在に至って世界中が南アジアへの中国進出を警戒しているのか、それは、蒋介石による11段線の時代は、排他的経済海域と言う概念がまだない時代で領海は僅か3海里であった。しかし米国が主張してこのEEZと言う概念が国際的に容認されると、この蒋介石による11段線は、そのまま南シナ海資源の大半を中国が独り占めしてしまう、そこで後出しじゃんけんさながら、この海域にある国々を味方にしてフィリピン、マレーシア、インドネシア、ブルネイなどを説得してこの中国の進出に対して異議を申し立てさせたのである。ベトナムだけは遥に以前からベトナムの物だと主張して戦争になっているから、そこは中国とベトナムで話し合うしかない。ベトナムの根拠は、ベトナムが植民地であった時代にその宗主国であったフランスが蒋介石の11段線を勝手に容認しただけでベトナムと言う国家が認めたわけではない、だから歴史的に見ればベトナムの領土だとするものであるから、対ベトナムに対して中国は真摯に対応すべきだろうと思うが、その他の国々は、ただのいちゃもんをつけただけのチンピラでしかない。特にブルネイなど、全く根拠のない主張を繰り返すだけで国際世論を味方につけるには程遠いのが事実だ。
この南シナ海には漁業的な資源も豊かだが、海底には多くの油田や天然ガスなどが埋蔵されていると言われているからなおさらだろう。中国の発展は、そのまま米国の危機と直結するからだ、既に米国の産業は空洞化しており、その大半の部品や組み立て工場が中国に進出しており、安い人件費や労働力確保の容易さ、そして公害規制もわが国や米国のように厳しい条件がない事で工場設置に金がかからない。設備投資が少なくて済むと言う意味である。同じことが、南米でもアフリカでも起こっており、その結果、米国の貿易収支は常に赤字になる、これもまた米国の企業経営者たちが如何に愛国心が欠如してグローバル化の名の下に海外進出を繰り返してきたかの証左であり、自業自得でしかない。
特に車産業、重工業などの部品の70%は中国で作られていると言われている。もし中国に経済制裁を課したら中国も大きな痛手を負うが、それ以上に米国内の企業は立ち行かなくなるのが必定であり、トランプがどんなに怒鳴ろうが罵倒しようが中国との関係を縮小する事は不可能である。つまり早晩、中国は、グロスで考えれば20年もかからずに米国のGDPを凌駕するのは当然のことである。更に中国が、共産党一党支配から抜け出して13億国民が、米国並みの生活水準に追いつくころには世界のGDP半分は中国の経済によると言われている。米国がどう頑張ろうがこの数値に粉飾はない。日本など、50年後には中国から歯牙もかけられない国家に転落しているだろう。下手をすると、もし朝鮮半島が統一されて韓国となっていたら、その韓国にすら置いてけぼりにされている可能性も否定できない。そして22世紀になるころには、世界の地下資源の大半をロシアに頼る事になり、米国は掘りつくした地下資源の枯渇によって産業の疲弊は著しく、失業者の累々たる屍の中で分裂しているだろうと予測している。
米国の最新性も、その経済力で世界中から優秀な頭脳と技術を導入できるからであり、その経済的な恩恵がなければ、米国の最新性は他国に追いつかれて追い抜かれ、恐らく世界の農業国としてしか生き残れないだろうと考えている。まあ、ユダヤ金融の中心地として生き残ると言う事も可能性としてはあるが、これはユダヤ財閥たちが中華系の華僑軍団より政治力が維持できればの話であり、中国が一気に伸びればユダヤ資本の入りこむ隙間は与えられないだろう、早晩、消え去るのがユダヤ財閥の正体だと思っている。
イスラエル寄りの政策を続ける米国だが、トランプによる発言はユダヤ人たちにとって決して有難いものではないと認識すべきで、中東でイスラエルが孤立化すればするほど、そして米国がイスラエルに肩入れすればするほど、世界中から再び、先の大戦前の様なユダヤ人バッシングが起こり、排斥され差別される事に繋がりかねないのである。ついにはヒトラーは正しかったのではないかとする論調すら現れる可能性もあり、そうなると元々独自の宗教観、排他性のあるユダヤ人たちのコミュニティーは、その地域から疎外され、差別を受けかねないのである、現実にロシアに於いて一部、そう言った動きが出始めており、中南米ではネオナチと言う思想主義者が徐々に増えてきていると聞いている。
この原因の大半が米国のイスラエル寄りの外交の結果であり、もしこれを米国のユダヤ人たちが望んだとすればその結果は自業自得なものになる。
戦前にユダヤ人差別を全くしなかったのはわが国だけであり、当時の列強国や米国に於いてもユダヤ人差別は堂々と行われていたのである。
その繰り返しと言う悲劇を齎さない為にはイスラエルもまた謙虚にこの地域に対する対応をしなければならない、神から与えられた約束の地などと言った伝説を振りかざして現実を無視するイスラエルの態度にはいささか問題が多いと指摘しておく。
トランプによる暴挙の一つにシリアへのミサイル攻撃が挙げられる、イラクの時もそうだったが、化学兵器、核開発などと言った偽情報を国際社会に齎してその攻撃を正当化すると言った軍事介入の大義名分、しかしその情報の殆どが米国が作り上げたフェイクであったことは既に証明された事実である、つまりアサド政権が化学兵器を使用したと発表したが、その証拠は示していない。使われたと言う事実が国際赤十字から齎されただけで、どこの組織が作ったものなのかも証明されていない。ロシアやバルト三国などのメディアによるとISILが保管していたものが使われたのでは、との発言もあり、更には反政府組織が割と簡単に作れるそう言った化学兵器を使用してアサド政権に揺さぶりをかけたと言うのもささやかれている。つまり、本当にアサド政権が使ったのか、米国はいまだに証拠を示してはいない。わが国のメディアは米国に追従するだけで現地調査もまた取材もしていない、危険で行けないと言うのが本音だろうが、だからこそ、米国から齎される情報に対して常に????マークを付けておくべきだろう。
世襲制の様なアサド政権が多くの人権侵害を行った事実は批判するべきだが、だからと言ってやってもいない事を何も証明なきままに攻撃する事を容認する態度はジャーナリズムとして聊か問題だと考えている。
どこがやったのか小生には判断できないが、世界中のメディアの報道を見ると、全く正反対の論が語られている、その中からどこがどんな色を付けているのか、国民性や国の同盟関係などからできるだけどちらの立場にも立たずに判断すると疑いは疑いなのであって、それが結論だとする事に聊か辟易としている。
かなり以前に、民主主義の限界と言う内容の記事を書いたが、民主的手法で選ばれた為政者が独裁者であった場合、国民がそう望んだ事であり、その責任はその国民にあるのだと、つまりヒトラーもそうだったがワイマール憲法下で選出された首相がヒトラーの最初であり、その独裁的性格をして当時の国民が大喝采で迎えた独裁者ことヒトラーなのである。
大多数の国民がそれを望めば意図の容易く独裁者が誕生する。これが民主主義の限界であり、民主主義が万能ではないと言う証拠でもある。この民主主義にしがみ付いてそれが唯一正しい政治手法だと考えている人間がいるとすれば、それこそ軽薄であるとしか言えない。
だからと言って独裁主義を認めているのではないが、独裁的な権力の集中をできるだけ排除する為に憲法の規定があり、例えば米国では大統領は二期までと規定され、権力の固定化を防いでいる、英国などの欧州もまた同様に権力に必ず歯止めがかかっている。それでは我が国はどうだろうか、権力側の都合で勝手に憲法解釈を変更し、挙句に権力の都合によって改正しようと目論んでいる。これでは権力の暴走を止めることはできない。しかも自民党内の規約でもあった総裁の任期は二期までとするのも、最近三期までとか、あるいは制限をかけないでと言う様な意見まで出ている。つまり自民党による一党支配を目論んでいるとしか思えないのである。
如何に権力が固定化すると不健全で腐敗するかは歴史が証明している。
森友問題も加計問題も根っこは同じである。中には安倍晋三が命じたのではないとして安倍晋三は無罪だとする論調のものもあるが、それこそ全く筋違いの論である、何故なら、何故、命令もないままに官僚と言う役人たちが安倍晋三の心中を慮って忖度し、彼に対して特権を与えたのだろうか、それこそ権力が安倍晋三に固定化しているからだ、彼に気に入られれば、それは即ち出世に繋がり、自分たちの個人的な利益になるからであり、それを証明するかのように国会招致され嘘ばかりの答弁をした財務省官僚が国税長官として栄転した。つまり安倍政権に寄り添えばそれが犯罪行為の片棒であっても必ず利益として帰ってくると言う事を安倍晋三をして証明して見せたのである。こうなれば官僚たちは安倍晋三に阿り、忖度して彼に有利な発言を繰り返す事になる。国民こそ良い迷惑であり、その負担になる税金をわがもの顔に使い続ける権力者と言うのが安倍晋三の正体なのである。
わが国の民主主義は根底から崩壊しており、国益より党益、そして個人の利益を優先する今の政治姿勢は、いち早く批判して徹底的に排除すべき問題なのである。
トランプと安倍晋三、世界を不安定にする嘘つき詐欺師と暗愚な為政者はこの百年の間、登場したこともない。
そろそろ消えてなくなって欲しい人間たちである。
長くなった、大晦日である、次の朝、平成30年が始まる、再来年の4月に天皇が退位し、新しい天皇が誕生する、そんな天皇になるのか分からないが、もっともの言う天皇であってほしいと考えている。
それでは、そろそろベッドに入ります。皆さまおやすみなさい。
|




