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 「私は、安定した天才である」「アフリカは野外トイレ(糞ツボ)」と発言した米国大統領 ドナルド トランプ・・・
正に人格破綻者の弁だろう、敢えて精神病だとは言わない。精神科の医師の中には、それを疑うとするご意見もあるようだが、彼の場合、どう考えても、精神異常なのではなく人格そのものが特殊で破綻しているとしか思えない。
 もし確信犯的に世界中を混乱に陥れ、その結果、それが米国の国益にかなうからとすれば、正に異常者のそれではなく、そもそも人格そのものが異常であり、これは破綻していると判断されるべきものだと思う。
 北朝鮮に対する武力攻撃に是非について色々なご意見があるだろうが、果たしてもし万が一、米国が先制する形で戦争を仕掛けた場合、北朝鮮は反撃しないとする達観論の上に立脚する危ういもので、これは過去にベトナム、中東などの紛争の時に米国に対して反撃していない事を鑑みれば、あり得るとした予想に上に考えられたもので、明らかに米国にとって都合の良い安易な理解でしかない。確かに北朝鮮には全面戦争を仕掛ける国力は無いと言うのは誰でもわかっていることだが、全面戦争とは大型のミサイルを打ち合うだけのものではない。もし、小生が金正恩なれば、米国だけに留まらず韓国や日本を攻撃するのにミサイルなど打ち上げない。圧倒的に数を持つ米国のミサイルに太刀打ちできない事は誰が見ても分かるからである。
 小生なれば、小型の潜水艦(100トン程度)のものを多く建造して、それに小型の核弾頭を搭載、隠密裏に敵本土近くまで潜航させて一気に浮上して沿岸近くで爆発させる、少なくとも沿岸部の大都市は相当の被害が見込める。あるいは10トン未満の木造船、つまり今日本海で密漁しているイカ釣り船のような小型の漁船に同様に小型の核弾頭を搭載して、日本の場合であれば原発銀座と言われる日本海側、福井県や石川県、新潟県の沿岸2キロ当たりで爆発させる。これで近畿地方は全滅する可能性が高い、同じことが米国でも言える。サンフランシスコ、あるいはニューヨークなどで同様の事が起これば米国の被害は天文学的になり、米国経済は一気に縮小するだろう、こうなれば戦争どころではない。
 また日本の場合、国土は小さいが、海岸線の長さは世界で第6位にあり、これをわずか数万人規模の海上保安庁で完璧に防御するのはほぼ不可能、海上自衛隊を含めても無理だろう、そうなれば、日本国内の北朝鮮親パに協力させて同じように小型のレーダーに映りにくい船で小型の核弾頭を上陸させてトラックで首都圏へ運び、どこぞのビルの上で破裂させる、東京のど真ん中でもし広島程度の核弾頭が破裂すれば東京の首都機能はほぼ壊滅する、当然、経済も甚大な被害を被る、ここまで行けば、北朝鮮は破滅するだろうが日本も米国も壊滅的な被害が予想される。こう言った手法の戦争ならば、勝利できないまでも一矢報いることが可能だ。
 つまりもし全面戦争に至った場合、日本も、韓国も当然、米国も甚大な被害を予測する必要があるが、米国の保守連中の楽観は嗤えてしまうほど無知な結論を導いている。
 大型の武器や武具で行うのが全面戦争などと言った楽観は排除すべきである。つまり戦争をもし仕掛けたら互いに甚大な被害が出ると言う意味である。
 更に韓国が北朝鮮に寄り添った世論があるとして批判しているが、これは同じ言語を話し同じ民族なのであって、できれば平和裏に解決したいと言うのは理解してやらねばならない。同じことがわが国で起こったとすれば当然だが、武力による統一など危険極まりない行為として唾棄されているだろう。米国にとってこの朝鮮半島問題は所詮、対岸の火事であり、他人事なのである。
 だからこそ、極東アジアに少々の被害が出ても近未来に於ける米国のリスクを回避する為なら先制攻撃も辞さないなどと言った暴論は飛び出すのである。
 この尻馬に乗った形の安倍晋三だが、日本にとってはこの問題は対岸の火事では済まない、直接的な被害が相当に出ると言う覚悟なしに武力による解決を支持するなどできるはずもない、これを無責任にもトランプを支持するなど、日本の為政者としては失格である。つまり売国的手法と言わざるを得ない。
 また何度も過去に書いたが、核武装して長距離弾ミサイルを何千発も所有する米国をはじめ、ロシアや中国、またEU諸国が自分たちの事を棚に上げて他国にはその所有を一切認めないと言うダブルスタンダードがまかり通る限り、北朝鮮が核武装する事を禁止するなど、できない話だろう。
 インドや、パキスタン、イスラエルなども国際法に抵触しても核武装しており、当時はともかく、今は一切の経済制裁を受けてはいない、つまり持ったもの勝ちと言う先例を作っているではないか、こう言った矛盾が指摘される限り、何処の国も北朝鮮の暴挙を批判できないししてはならない。
 日本も自国では核武装してはいないが、米国の核の傘の下にいると言う事がもし安全保障にとって必要不可欠だとすれば、その核の下にない小国にとって仮想敵国が米国だとすれば、この核武装論はあながち間違っているとは思えない。日米安保条約の最大の利点は、わが国は世界最大の軍事大国である米国を仮想敵国にせずに済んでいると言う一点に於いて機能している、もしわが国の自衛隊が仮想敵国に米国を考えていれば、今の軍事力では到底、戦う事など想像もできないだろう。自衛隊の基礎体力を今の数倍にしてもどこまで戦えるか?つまり日米安保条約と言うのは、そう言う意味に於いてだけ日本の国益にかなっていると言う意味である。
 米国と同盟関係にない国々にとって、米国を仮想敵国として万が一の際に対応可能な状態を作り出すとすれば、膨大な軍を準備するより、数十発の核弾頭と長距離ミサイル武装は格安で安易、北朝鮮にとってコストパフォーマンスに見合った安全保障環境を提供できる唯一の方法なのだろうことは容易に判断できる。
 米国の軍事力と経済力に国際世論は迎合する形で北朝鮮を非難しているが、深層心理的には、米国の独善に無理やり付き合わされていると言う感情があると思っている。だからこそ、北朝鮮への経済制裁の徹底は、できないのであって、抜け穴が出来てしまうのである。
 また中国やロシアにとって仮想敵国の最大の相手国は唯一米国であり、この米国の国益にかなう事は、逆に自国の国益を損なう事に直結しており、口先の協力と本音との間には大きな乖離が存在するのである。だからこそ、消極的協力でしかないのだ。
 この問題は、トランプの人格破綻が招いた米国の自業自得なのであって、もし戦争始めたらその責任の全ては米国民がその損害を補償する事になると言う事実を米国に理解させる必要がある。
 トランプは人格破綻者、安倍晋三は虚言癖の詐欺師、この二人が世界を不安定化させている。
 最初に申し述べておく、小生は、中国共産党も、その中国で育った今の中国人の傍若無人さも大嫌いだ・・・・・礼儀を知らず、大声で話し、更には、極端な反日教育を受けたとは言え、諸外国に旅をする機会に恵まれておりながら、その間違いを正そうともしない頭の固さもまた大嫌いである。
 
 日本に住む、華僑に何人かの知り合いがいるが、日本で教育を受けた彼らは常識や礼儀作法など、ごくごく平均的にな日本人と変わらない、つまり受けた教育によってこうも差が出るかと思うほど、今の中国人は礼儀を知らない。無論、中には、それなりの教育を受けて礼儀を重んじる人もいるのだが少数である。
 
 だから中国と言う国も、中国人も大嫌いである。
 
 しかし、だからと言って歴史に関わる事実は、あくまでも是々非々で語るべきで、情緒的な好き嫌いなどと言う様な感情論を排して考えねばならない。
 
 中国と、フィリピン、ベトナム、インドネシア、ブルネイ、マレーシアなどと領土問題を抱えているとされているのだが、わが国の報道は、中国が横暴であり、強行で他国が被害者であるとする内容が殆どである。
 
 しかし、中国が嫌いだからと言ってこの海域の歴史的背景が変わるわけではない。
 
 これを書くと、中国の代弁者ではないか?とコメントを付けるばか者がいるのだが、それは、この海域の特殊性を認識できていない無知から来るものでしかない。
 
 中国が勝手に引いた9段線が、現在の南シナ海の紛争の原因だとするのは、その前の歴史を認識していないから出る疑問であり、これは基礎的に間違った判断である。
 
 尖閣諸島問題を抱えるわが国は、敵の敵は味方と言う単純な外交政策で、これらの国々を使って中国への牽制としている。
 
 しかし、事実は、全く違うのである。この中国の一方的に引いた9段線だが、その前に台湾、当時は中華民国(蒋介石)が先に引いた11段線が基本になっている。この11段線は、戦後に引かれたものだが、当時、アメリカもフランスも、ドイツなどなど、欧米の資本主義国家は、承認しているのである。つまり台湾、中華民国の領海でありこれに伴う無人島群は、台湾の領土であり領海となったのである。
 
 更に、この台湾が、11段線の根拠とした、南シナ海の無人島群の領有にかかわるのは、実は、わが国であり、日清戦争の勝利に伴う台湾割譲に伴って、この海域の無人島群が付いて来たのである。オマケと言うわけではあるまいが、台湾割譲後には、当時の大日本帝国海軍が、この海域の領有をしていたのである。つまり、台湾に付属する無人島群であると言う前提を知る必要がある。
 
 当時は、EEZと言う概念がない時代だったが、戦後、この排他的経済海域が、この無人島群の存在をクローズアップさせる事になる。しかし、国際社会は、一つの中国を国連で認めた・・・・つまり台湾は中国の一部である事を国際社会が認めたと言う事になる。結果、台湾に付随していたこの海域の無人島群の領有は中国のものとなった。
 
 この一つの中国が出来上がったあたりから、ベトナムの領有権主張が始まり、現実に戦争に発展している。そして次々とそれらの領有を主張する国々が増加したと言うのが事実である。
 
 この背景には、中国海軍の侵出が米国の国益を損なうと判断した為に作られた緊張でしかない。
 
 この領海問題で南シナ海の緊張関係が出始めるのは、台湾が、一つの中国と言う国連決議の後からで、中華民国が事実上国としてなくなり、中国の一地域になってならである。つまり、同じ資本主義国家であった中華民国が領有する事、11段線を認めたものの、それを引き継ぐ形で領有を主張した中国に対しては認めないと言うダブルスタンダードが齎した、作られた緊張関係でしかない。
 
 つまり、蒋介石が領有を宣言したときは、西側諸国は、これを承認し、共産主義中国の場合、これを認めず、しかし国際法上、中国の内政であるから、干渉できないとなれば、この海域を巡っての領有権争いと言う緊張関係を作り上げるのが、得策と考えた米国ならでは謀略でしかない。
 
 ベトナムを除けば、この海域の主張に何ら根拠はなく、後付で作られた一種補へ理屈でしかない。ベトナムの場合、南沙諸島の領有に関して、旧宗主国であったフランスが領有していた時期があり、これを根拠に、ベトナム独立後、この諸島は、そのままベトナムに受け継がれたとしている。唯一、中国の領有権に対抗できる主張だが、日本が台湾割譲によるこの海域の無人島群をそのまま領有した事に対してそのフランスが一度も領有の主張をしておらず、日本の領有が正式なものである限り、これを受け継いだ台湾、つまり中華民国の主張を承認した、米国、仏国、独国、英国が、この海域の無人島群は、一つの中国を経て中国の領有と言う主張に矛盾はない。
 
 これに東アジアのインセンティブを確保し続けたい、米国が、中国を牽制する意味での緊張関係の演出で、これに乗せられる形で、わが国が、尖閣諸島問題もあり、先に述べた様に敵の敵は味方と言う単純な図式の外交政策による中国包囲網を作ろうとしている。これは、米国のアジア戦略の一端でしかない、その米国が、逆に中国と接近し、経済協力などを強化している影でわが国の中国投資は、低調であり、日本経済の陰りの一因となり始めている。
 
 つまり、わが国は、強硬姿勢を貫けば貫くほど、国益を損ない、その漁夫の利を掻っ攫う形で米国が中国経済に楔を打ち込むと言う状況になっている。
 
 イラク戦争の折も、またその前のイラン革命の折も、日本の出資を潰してその後の利権を米国を始め西欧諸国で分け合っている。つまりわが国は、海外に進出すればするほど、リスクだけを取らされて負債を抱えさせられているのである。
 
 中国と言う世界経済上、最大の市場に関わる大きな利権を日本が先鞭を付けて
あらゆる体制の違いによる損失を解決しながら作り上げた基盤を、横から掻っ攫うのは、米国の戦後に於けるわが国に対する姿勢である。
 
 これは昭和50年代から平成元年までの日本経済の強力な世界進出に対する米国の経済界による対抗策である。
 
 平成期には、常に後塵を配して不況からの脱出が出来ないままに、政治だけが突出して強い日本を演出する為に、その対抗相手を中国としているのは、明らかに間違いである。
 
 確かに、共産党中国は、政治的手法が極端で独善的に過ぎるが、これは米国も同様で、経済力と武力を背景にした外交政策は、遥かに米国の方が有利である。
 
 その格差を埋める形で、中国の海洋政策が立案されている事実は、相手が米国である限り、変更されることはあるまい。
 
 ある意味、ソ連崩壊と同様の道筋を中国もまた歩み始めていると言う意味である。突出する軍事費に財政の悪化を既に懸念する領域に達しているし、共産党一党支配にも陰りが出ている。財政の悪化がソ連崩壊の一旦であったことを見れば明らかで、米国に対抗する軍事力の保有は、膨大な軍事費の確保であり、これが国家財政を圧迫する、これは、ここ数年の米国も同様だが、経済的ポテンシャルの違いがあり、まだ中国に対抗する術はない。つまり、中国経済が崩壊する序章が始まっていると危惧している。
 
 ソ連崩壊の様なハードランディングした場合、世界経済の与える影響は最悪のシナリオで、米国もそれを望んでいまい。むしろ穏やかな形での民主化であり、そこにクーデターや内乱状態であってはならない。
 
 直接、米国が対峙せずに、間接的に日本にその一部を担わせるとすれば、尖閣諸島での小さな武力衝突だろう。
 
 この衝突を契機に米軍が、この海域でのイニシアティブを取り戻そうとするだろうと予測している。
 
 一部の知ったかぶりのシャングリラ ダイアローグなどを持ち出して、アセアンに於ける中国外交の稚拙を嗤う論調の記事もあるが、それこそ軽薄で偏見に満ちた論でしかない。
 
 南シナ海に於ける緊張関係は、この歴史的背景を理解しないと、また米国発の偽情報に踊らされてイラク戦争の二の舞をわが国が加担してその責任を追及されると言う状況になりかねないのである。
 
 中国は、嫌いである、中国人の礼儀のなさや、傍若無人の態度も気に入らない、小生は、今でも秋葉原あたりに出るたびに思っている。文化大革命以降に大人になった世代が中心のこの反日世代は、正に無礼の塊で、共産党も同様に、矛盾した体制にしがみ付き、ただ右往左往して権力保持だけを企図した内向きの政治手法も、また間違っていると思っている。早晩、この体制は、崩壊するだろうと思っている。
 
 しかし、歴史的事実だけは、是々非々で考えねばならない、そうでないと、間違った情報による軋轢が小さな紛争を生み、それが蟻の一穴となって大きな争いに発展しないとは言えまい、悲劇でしかない。
 
 どんな、屁理屈を重ね様が、この事実だけは、変わることはない。
 
 
 昨今、またぞろ、東京裁判史観を批判して戦後自虐史観の基礎になったなどと言う屁理屈を言う法律家がいるのだが、これは、何度も言うが、負け犬の遠吠えでしかない。ある意味歴史に対する悪意ある挑戦でしかない。
 
 何故なら、大日本帝国は、ポツダム宣言に於いて消滅し、無条件降伏したのである。無条件の意味は、いたって簡単である。戦勝国の恣意に任せて如何様でも、何をされても聊かも問題ないという事を当時の政府は、認めたのである。
 
 もし、マッカーサーの様な、極端な反共思想の持主がGHQの責任者でなければ、日本は、南北に分断されてドイツや韓国の様な状態になっていたかも知れないし、もし、リベラルな人間が上に立っていたら、天皇制すら存続していなかったかも知れない。つまり、そうなっていても致し方ないというのが当時日本の立場である。
 
 東京裁判が、勝者による一方的な、しかも事後法による法理を無視した不公正な裁判であったことは、法律から見れば、聊かも矛盾なく説明できるであろう。しかし、これは、法律問題ではないのであって、国際政治そのものであったと解釈すべき事象でしかない。
 
 東京裁判でインドのパール判事が、事後法で裁くことを批判し、全員無罪を主張したのは法律家として当然の行為だが、国際政治という場においては、ただ正論を述べるだけの法学者であったということに尽きる。
 
 しかも当時の日本政府は、この判決を受け入れることによって現在の国体を維持したのであって、もし事後法であるから無効だとすれば、はっきりと拒否すれば良かったのである。それで国際社会が納得したかどうかは計り知れないが、普遍的正義というのが存在するとすれば、それは受け入れられたはずである。しかし、人間社会に普遍的正義などあり得ないのであって、その様な理想主義による国際政治などあり得ないのである。
 
 米国のイラン攻撃は、明確に国際法に抵触すると世界中の大半の法学者が指摘しているが、批判はしてもそれを国際司法裁判所や、あるいは国連総会の俎上にあげる国家は存在しなかった。つまりこれが国際政治ということである。
 
 同様に東京裁判もあるいはドイツで行われたニュールンベルグ裁判も勝者による事後法で裁いたのであって、それが無条件降伏という意味である。ドイツは、東西に分断され、戦後何十年もの間、親子兄弟、親せきなどが東西に分かれて生活した。日本は、幸いにしてマッカーサーという極端な反共思想の持ち主が占領軍の責任者として君臨したために、ソ連の望んだ北海道すら渡すことはしなかった、
 
 もし、違う人が上に立っていたら、日本は分断されていた可能性が非常に高いのである。東京裁判史観という、この不公正な裁判結果を受け入れた事を、批判し、これを自虐史観だとする歴史家もし存在するとすれば、それは歴史に対する悪意あるバイアスのかかった愚でしかない。
 
 何故なら、東京裁判に戦争の総括を求めた我が国にとって、これを否定するということは、総括そのものを否定するということにつながり、そうなれば、あの大戦の責任のありかを有耶無耶にして、その罪から逃れようとする暴挙だと他国からは思われるだろう。
 
 ドイツのようにニュールンベルグ裁判だけにその総括を求めず、自らの手で戦後何十年も自国民を裁き続けた国との違いである。
 
 そのドイツですら、ニュールンベルグ裁判を法理的に批判する学者は存在しても、それを否定するという歴史学者は存在しない。
 
 それが我が国場合は、東京裁判だけに総括を求めておきながら、今さら、この歴史的な事象を批判し、挙句に否定するという事は、明らかに日本の近代史を愚弄するだけである。
 
 もし、批判し、否定するのであれば、これからでも当時の日本人を裁かねばならないのだが、遅きに失している。その大半の人々は、既に鬼籍に入り、また証人すら、殆ど生存していないからだ。
 
 戦前、政治犯を次々に監禁し暴行、中には謀殺された人々も少なからずいる、裁判なしに処刑された日本人すら存在している。これを権力の手先となって実行したのが、特別高等警察(特高)で、これらの刑事たちがいかに陰険に、しかも司法を無視して検挙して暴行、挙句に謀殺しているのである。
 
 更には、陸軍憲兵隊も同様で、徹底して反戦思想などの持主たちは、やはり司法を無視して検挙し、謀殺している。これらの実行部隊の中で戦後日本人の手で裁かれた人は一人も存在しない。逆に、戦後の占領政策の中で、彼らは、そのまま警察に残り、その手で日本人をGHQの手先となって検挙し続けたのである。これらの生き残りが、戦後においても、暴力的な取り調べでどれだけの冤罪を作り続けたのか!!
 
 裁くどころか新しい権力に阿ってすり寄り、そして権力をそのままに生き続けられたのも、東京裁判の判決を受け入れたからである。
 
 その殆どが鬼籍に入り、裁くことができない事を良いことに批判し、否定するなど、正に負け犬の遠吠えであり、卑劣卑怯な振舞であると小生は考えている。
 
 パール判事を評価する人が多いのは、戦後、初めて日本が彼に対して報償した外国人であることを見れば、日本人にとって良き理解者であると感じたからだろうが、小生から見れば、典型的な形式主義者である法律家だとしか見えない。国際政治というのは、法的な是是非非で成立しているのではなく、その時の力関係や思想、風潮なども考慮されて成立するのであって、もし法律論だけで成立するのであれば、それは単なる理想主義でしかない。
 
 再度、言うが、人間社会において普遍的な正義など存在しないのであって、だからこそ、混乱し、混迷し、そして矛盾だけが拡大するという社会が存在する・・・・だからこそ、歴史は面白いのであって、もし是是非非だけで人間社会が営まれていたとすれば、歴史など、年表を追っていくだけで終わってしまううのである。
 
 東京裁判史観は、自虐史観などではなく、戦後の日本が東洋の奇跡と言わしめた発展を遂げるための必然であり、平和国家を作り上げた礎であると言っても過言であるまい。
 
 つまらない過去に拘って、自虐だの、不公正だのと言った屁理屈は、今さら言っても意味がないのであって、無条件降伏という史実に対して真摯に向き合い、そして反省して、これらから先、日本が戦争に巻き込まれえず、戦争をしない国家を作り上げる為に何をすべきか真剣に考えるべきだろう。
 
 そういった意味において、集団的自衛権の武力行使は、あってはならない暴挙であると断言して終わりにする。

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日曜朝のフジテレビ「新報道2001」で、中韓日に於いて出来ないと自民党の議員や解説者が述べていたが、これは、歴史という学問に対する悪意を持った政治から判断した、暴論である。
 
 本来、歴史という学問は、歴史的事実に対して、それを証明する事であり、国々によって認識が違うとすれば、それこそ問題である。彼らが言う、不可能について、考えると、自らの政治的な認識に於いて、国民に対して、歴史認識を国家権力が恣意的に改竄するからこそ、不可能という結論に至ってしまう。自らに不都合であったり、権力としてその権力を行使するのに必要な、思想を歴史に求める姿勢こそ、批判されるべきであると認識している。
 
 どうも、第二次世界大戦や、太平洋戦争、日中戦争などの近代史に於いて、その認識が各国とも大きく違う現在のあり様は歴史学として考えれば、歪で不衛生であると思う。
 
 政治的な思想や哲学を歴史という学問に反映する、歴史認識は、不完全で、だからこそ、そういった外圧を排除する形で、純粋に各国の歴史学者、そして政治的な思想を持たない日中韓の研究者以外に、第三者の研究者、例えば、フランスや英国、米国などのアジア史、それも近代史を専門とする研究者を交えて、機関を作り上げ、そこで、徹底して研究したものを歴史認識の共通した学問として学校教育に生かせば十分に可能だと思っている。
 
 国民に対して、国家が何を求めるかとあまりに重要視すればするほど、歴史という学問は、洗脳教育につながりかねない、これを防止する意味でも、フランス、ドイツなど、歴史認識の共通を作り上げた国々を手本にして、極東アジア各国は、行動すべきである。日本に於ける、自虐性が高いとされる歴史認識が正しいのか、あるいは韓国や中国の歴史教育が反日的であることなどを、歴史の専門家諸氏が、政治哲学などを排除した上で協議し、互いの持ち合っている資料などの公開を促すことで、歴史学は大きく進むと考えている。
 
 従軍慰安婦問題、南京事件、中国での日本軍の行動、あるいは、日中戦争の事実、そして満州立国の本音、何故、太平洋戦争は、始まったのか、そういったテーマで専門家が政治的思想や哲学を排して、共同で研究する、十分に可能だと思っている。
 
 現在でも、日中間でも日韓でも、研究者による機関はあるのだが、互いの主張が大きく違うという状況から脱しえない、それは、そこに参加する研究者が、互いの国々が選んだ、政治学から見た歴史という学問を専門にした歪な状況が問題を複雑化している、むしろ国が係わらない状況を作り上げて純粋に歴史学の専門家を互いに出して、そこに他国の特にアジアからではなく、欧米の研究者を含めて、協議すれば、ある程度、公正で公平な歴史認識が作られると思う。
 
 最初から無理、不可能とすれば、それこそ、問題からの逃げであり、卑怯だろう、歴史認識に政治が係わる危険性を認識するべきで、この放送における解説者の結論は、完璧に間違っている。
 
 まあ、フジサンケイグループは、徹底した、自民党御用達の報道機関で、論説員も、その偏った思想に毒され、自己矛盾が理解できない馬鹿ばかりであるので、一種の反面教師として汚いもの見たさで毎週、見ているのだが、老母など、不愉快だから消してというほど、酷い。
 
 テレビの報道番組に憤ってもいたしかたないが、それにしても酷い認識であった。
 韓国の日本大使館前の路上に、従軍慰安婦をモチーフにした銅像が建てられ、この問題で、政府は、1965年の条約で既に法的には終わっているとした見解を述べ、野田総理は、何らかの措置を取る可能性に言及したが、この立像については撤去を求めた。
 
 この従軍慰安婦問題を取り上げると、必ず、下記の反論が寄せられ、堂々巡りになるので、ここでその反論に対してお答えする。
 
 以前にも詳細な資料に基づいて、慰安婦問題と南京事件については、書いているので、はっきり言って面倒臭いのだが、どうも一部保守系論客などが、世論を誘導するのも目的に確信犯的な暴論を主張して、ネット右翼と言う戦争を知らないあるいは、知る術の無い若者を中心にミスリードしていると感じる。さらにごく一部だが、国会議員の中にも、従軍慰安婦の存在そのものに対して否定的な論をお持ちの方が少なからずいるので、その議論が出るたびに日韓で不毛な論争を引き起こす切っ掛けになっている事が、極東の安定に逆の効果を齎していると感じる。
 
 まず、寄せられる反論について簡単に書いてみる。
 
 1、従軍慰安婦は、軍が直接関与したのものではなく一部悪質な民間業者
   女衒によって集められ、当時許可されていた遊郭経営者が管理運営した
   もので、軍がひいては、国家が行った事ではない。
 
 2、慰安婦は、玄人の女性(売春婦)が自らの意思であるいは、その保護者に
   よって売られたもので、当時の法律に違反した行為ではない。つまり人権
   侵害ではない。
 
 3、戦後、韓国で現れた元従軍慰安婦の中には虚偽の申告をしたものが少な
   からず存在し、それらの虚偽申告は、すでに明らかになっており、偽物で  
   ある。
 
 4、朝日新聞が60年代に取り上げた根拠となった、軍関与の資料については、
   それを取り上げた日本人が、偽情報を提供したもので、直接強制的な連行
   あるいは徴用は、無かった事が証明されている。
 
 5、軍隊は、あるいは政府は、この従軍慰安婦制度を、直接運営管理してはお
   らず、民間業者へ、軍がその料金を支払ったもので、そこで働く女性には、
   それ相応の対価を支払っている。
 
 大きく分けると、この様な反論が寄せられているのだが、これらは、既に、歴史学者の間では、既に決着のついた問題である。その決着とは、軍が直接管理運営し、女性を集める行為も軍が直接行っていた。これらの証拠は、既に公文書や資料が少なからず存在し、確定したものである。
 
 また、現在、我が国が主張する国家賠償に関わる条約、1965年に締結された日韓条約により、既に個人的な損害賠償責任も存在しないと言う見解についても、ここで、明確に国際的な解釈も述べてみたいと考えている。ただし、前にも述べた様に小生は、法律の専門家でもないし、国際法が、何処まで解釈されているかなど、法理に関わる知識は、持ち合わせていないので、あくまで小生個人の集めた情報によって、その情報をそのまま、記する事にする。
 
 まず、大きく分けた5つの反論だが、これにお答えする。この5つの反論には、明確な間違いが存在している。
 
 従軍慰安婦と言う言葉が、戦後作られたと言う造語であるとする指摘だが、これは、全くの間違いである。60年代に朝日新聞が取り上げた時に朝日新聞が作った造語であるとする、反論は、その時点で誤りで、50年代に週刊現代が、「従軍慰安婦」についての記事を特集した折に既に使っており、それ以前から存在していた事は、ほぼ間違いが無い。小生の個人的な経験で言っても、祖父が、この言葉を戦前から使っていた事を記憶していた事もあり、正式な言葉ではなかったかもしれないが、言葉として戦前から存在していた可能性が高い。
 
 さて言葉としての従軍慰安婦は、さておいて、まず、軍が管理 運営、あるいは、募集に関わる直接行動を取ったか取らなかったか、であるが、これも、既に多種の公文書によって証明されている。
 
 これは、小生が発見した資料ではなが、京都大学文学部史学科永井教授による論文に掲載された、徳島県警による資料(旧内務省資料)によると、昭和13年に徳島県で、許可の無い女衒(当時の女衒は、内務省による許可を得た者だけが行える資格業務であった)もぐりの女衒と言う意味である。二人の女衒が、徳島県内の農村で数名の女性(19歳から20歳)を募集し、保護者に金銭を支払った。これは当時、違法行為であり、取り締まりの対象とされた。逮捕拘留された二人の女衒は、「陸軍からの命で行った行為であり違法ではない」と主張した。これにより、当時の徳島県警は、旧内務省に伺いをたてた、その結果、旧内務省は、陸軍省に照会、その事実を確認したが、軍に対して「日本国内で、この女衒行為は、内務省の許可による権益であるとして正式に抗議した」とされている。この時に陸軍は、特別に許可を与えた訳ではないとして、その後、それら陸軍の名前を使っての女衒行為をしてはならない旨の内容を命じたと内務省に報告している。
 
 現実に二人の女衒は、数日で釈放され、これが陸軍による女衒行為であった事は、事実であると判明している。しかし、当時の法律では、女衒が集めた売春婦は、国外には移動してはならないとされており、当時の韓国は日本に併合されていた事もあって、韓国の売春宿あるいはキーセン宿に売り渡す事は合法だったが、満州やその他、諸外国に移動させる事は認められていなかった。
 
 軍が求めているのは、あくまで最前線基地での慰安婦であり、日本国内ではない。つまり、当時の法律でも従軍慰安婦は、違法であった事が既に報告されている。
 
 元々、従軍慰安婦を求めたのは、陸軍ではなく海軍であった。それは、当時我が国の租借地である青島(チンタオ)にあった海軍基地で、陸に上がった水兵たちが、地元にある売春宿で買春をして、性病を感染させられ、長期に渡って入院せざるを得ず、中には、運行そのものに支障をきたした軍船があり、これを重く見た海軍軍令部は、国内の売春宿経営者に基地近くでの営業を求めた事に端を発する。しかし、国内の売春婦で諸外国まで売春を行いに行く女性は、高齢なものばかりで、しかも少なからず性病に罹患しており、海軍軍令部は、若い女性で、未経験者を求めた。しかし、諸外国に女衒が売り渡す事は法律で厳しく禁止されており、集める事ができずに、軍関与の女衒たちは、日本国内での募集を徐々に諦めて、半島に移動して行く事になる。
 
 この折に朝鮮総督に対して、国内法を緩和して売春婦の国外売り渡しに関与させる。これを内務省は黙認する。慰安婦たちは、満州経由で最前線の送られたのである。これを国家関与が無かったとする、一部保守系論客たちはどう反論するのだろうか?できるはずはない、全て公文書に記載された事実であるからだ。
 
 更に、強制は無かったとするのも、既に否定されている。これも内務省におよる公文書記録から、当時の朝鮮半島は、我が国領土であるから、国内法が適用されており、その中で、警察の日誌の一部が残されている(大半は敗戦時に焼却処分されているのだが、奇跡的に残されたもの)これに駐在所の日誌があり、その中に、陸軍の許可を得た女衒が、村を回ったが、何処の家も扉を空けず、ノルマを達成できないとして駐在所に相談、駐在(日本人)は、それらの家々を回り、ドア口に経ち、警察である、ドアを開けろと命じる、当時の警察は、大変に恐い存在であるから、当然、農民はドアを開ける、すると警察官は、中には入らず、ドア口で立っていると女衒が「天皇陛下の皇軍が、若い女性を求めている。」と大声を出すと、その恐さに娘を差し出す。これは、強制とは言えないが、半ば強制であることに異論はあるまい。
 
 次に、もし従軍慰安婦が軍隊の正式な管理で移動させられていれば、その名簿が残されているはず、とする反論にもお答えしておく、確かに看護婦などの軍属は部隊編成が為されているから、記録が残されている場合が多いのだが、慰安婦に関する移動記録は存在しない、しかしここが、トリックである。彼女たちは、人間として送られたのではなく、兵站として移動させられたのである。これは、現在の防衛大学校の資料に、当時の駆逐艦や巡洋艦、あるいは、輸送船などに存在する送付物資の記録などに散見している。「ウメ、タケ、ハナ」と言った女性の名前が記録にあるのだ。つまり彼女たちは、物資として輸送され、戦地へ送られたのである。当然、部隊ではないし、正式な存在ではなかった事が伺わせる。
 
 更に、中野陸軍軍医中尉による日誌や、毎日新聞社などの検閲による掲載禁止写真などにも基地内にある慰安所の映像が残されており、その中に憲兵隊が管理し運営していた様子が残っている。更に中野氏に日記には、書くにも憚られるそれらの女性の細かい内容が詳しく書かれており、これは既に出版されている。
 
 これらの状況から、軍や国家の関与は、疑いの無い事実であり、強制的な連行や徴用に近い募集の事実も記載がある。
 
 また、当時の売春婦の売り買いの相場を最後に記しておく。吉原と呼ばれた当時の我が国では一番格式の高かった場所では、200円から300円が相場で、その他、日本国内でも200円前後である。朝鮮半島の場合で、釜山やソウルなどのキーセン宿などの場合で、100円から200円である。もしわが娘を苦界に沈めなければならないとすれば、国内のこれらの地に売った場合、相当の金銭が手に入るのに対して、最前線に送る従軍慰安婦の場合、許可を得た女衒が買い取り使った前渡し金は、20円前後で、これは当時の家政婦などの一ヶ月分の給与でしかない。つまり、戦後出てきた、高級将校宅での家政婦として、あるいは軍属として洗濯婦や下働きなどで募集した事は容易に想像できる。
 
 更に、当時の国内法で18歳未満の売春婦の募集はできないと厳しく制限されていたのに対して、朝鮮半島から送られた慰安婦の過半数が15〜16歳であった事も鑑みると、これは、売春婦として募集したと言うより、寧ろ下働きとして前渡を受けて応募に応じたとする方が遥かに合理的である。
 
 ただし、これらの記録は現在のところ発見できていない。何故ならば、敗戦時に殆どの公文書などを焼却処分しており、公文書にないからと言ってそれが罪を逃れるいい訳にはできないと考えている。
 
 この様に多くの資料や公文書が残されているからこそ、我が国政府は、強制的に徴用し、苦界に未成年の少女を送った事を認めているのである。更に史学者の間では既に決着のついた過去の問題であり、これを何らかの意図があってミスリードしているのが、保守系論客と右翼たちの姿である。これは歴史という学問に対す冒涜であり、また日本人として卑劣で卑怯な態度であると断じる。
 
 また、政府間で取り交わされた国際条約が、そのまま個人の賠償責任を回避できるかに対して、ドイツでは、妨げないとして、基金を作って戦後も賠償を続けている。そらが法的に正しいかは、小生には判断できないが、人間として、これらの賠償問題に政府は真摯に取り組むべきではないかと考えている。

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