サーキット観戦記

各地のサーキットでの色々な写真をアップして行きます

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全1ページ

[1]

祇園祭のお守り ケータイ投稿記事

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

「厄除けちまきと御守りは、これより出ます。明日は出ません、今晩限り、受けてお帰りなされましょ。」

祇園祭宵山での各鉾町では、浴衣を着た子供が歌いながら、ちまきや御守り販売、ろうそくの献火をお願いします。

祇園祭宵山での風物詩です。

厄除けちまきは有名ですが、鉾や山は中国や日本の神話や謡曲を題材して山車を作っており、その内容にのっとった御守りがあったりします。

32基もの山鉾がありますので全部紹介できませんがいくつか紹介します。明日?今日の宵山に行かれる方が居れば参考にして下さい。

船鉾(新町通綾小路下ル)
御神体が神功皇后、竜神、鹿島明神、住吉明神。
古事記、日本書紀に書かれた神功皇后が妊娠中にかかわらず、皇子が凱旋まで生まれぬよう祈願して、男装で海戦して勝利し、皇子を生んだ神話にちなむ。
神功皇后が安産の神様であるため、安産のお守り、岩田帯が授与される。

太子山(油小路通仏光寺下ル)
御神体が聖徳太子。
聖徳太子が四天王寺を建立するために自ら用材をお求め山城国に来た時の逸話を題材にした山。
聖徳太子ということで、知恵のお守りが授与される。

保昌山(東洞院通高辻下ル)
御神体が安井保昌。
和泉式部に恋し、和泉式部より紫寝殿の梅を手折ってきて欲しいと言われ、夜しのびこみ梅を取って来て恋が実る話を題材にした山。
恋が実ったことで、縁結びの御守りが授与される。

霰天神山(錦小路通室町西入ル)
御神体が天神様。
永正年間に京都に大火があったが、時ならぬ霰が降って猛火が沈下した。この時に一緒に振ってきた天神様をまつる山。
火除け、雷除けの御守りが授与される。

占出山(錦小路通烏丸西入ル)
御神体が神功皇后。
神功皇后が外征に際して肥後松浦の玉島川で鮎釣りをして戦勝の兆にしたという日本書紀の話より。
神功皇后が安産の神様であるため、安産のお守り、岩田帯が授与される。

橋弁慶山(蛸薬師通烏丸西入ル)
御神体が牛若丸、弁慶。
牛若丸と弁慶の五条大橋での戦いを表した山。
弁慶の両手首、両足首には縄があり「力縄」と呼ばれ巡行する。
弁慶の勇敢な姿にあやかり、心身ともに強健であるようにという願いの御守り。

鯉山(室町通り蛸薬師上ル)
御神体がのぼり鯉。
竜門の滝を登った鯉は龍になるという中国の登竜門の説話より。
登竜門にちなんで立身出世の登竜門の御守り。

その他には・・・
役行者山(室町通り三条上ル)
厄除け護符付きのちまき

郭巨山(四条通り新町西入ル)
金運の大判付きのちまき

画像は
保昌山の縁結びの御守り
橋弁慶山の弁慶の力縄
鯉山の登竜門の御守り
函谷鉾の厄除け粽

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

ブログサボり気味ですいません。

京都では鉾町にて鉾建てが始まりいよいよ祭本番です。

僕もちょっとお祭り関係者なんで毎日忙しくなって来ました。

祇園祭は平安時代に都に流行った疫病退散の祈願がルーツとされ、祇園社(八坂神社)の奉納からはじったとされています。

現在の有名な祇園祭は町衆の祭とされ都の町衆の財力にて発展して行きました。

織田信長が上杉謙信に贈った洛中洛外図屏風にも祭の様子が描かれています。

この祭は皇族や公家、武将の援助を全く受けずに発展して来ました。

これはこのお祭りが都の伝統産業であった織物、染物、飾り金具、など一流品を惜し気もなく使って言わば都のアンテナショップ的役割を果たしていたからです。

また都の人は町衆でも高い教養を持っている事をアピールするため、中国の故事を題材にした山や鉾が作られました。

こうして各鉾町では競って海外の良品の染織物を買って飾る様になりました。

現在の約30の山鉾があり中国、インド、ヨーロッパの国々から約300点の染織物を所有し飾られます。その中でいくつかは国の重要文化財にしてされています。

特筆するは、鯉山と鶏鉾に使われてる毛織物です。
この毛織物はベルギーブリュッセルの織物工房で織られたタペストリでデサインがギリシャ神話の逸話を題材にした物になります。

このシリーズの織物は祇園祭の他にも大津祭、長浜祭のダシの見送り幕に使われています。

近年、購入経路から日本に伝わった経緯等が調べられて意外な事実がわかりました。

時は戦国時代、1613年に伊達政宗の命をうけ支倉常長がフランシスコ会士ソテロとともにのヨーロッパに向かいました。太平洋を渡りメキシコ経由でスペインに到着。

スペインでは国王フェリペ三世に謁見後、ローマに移動しローマ法王パウリス五世に謁見。

ローマ、スペインでは国賓扱いで迎え、帰りに日本の国王にと、たくさんの財宝が与えられました、この中にベルギーブリュッセル製のタペストリも含まれていました。

当時タペストリは絨毯として地面にひくのではなく壁に飾る美術品として扱われました。

支倉がスペインに訪問した表向きの目的は貿易ルートの開拓でしたが、真の目的は伊達藩とスペインとで軍治同盟を結び幕府討幕が真の目的でした。

しかしこれはスペインから断られため実現しませんでした。

支倉がヨーロッパから帰国した時には徳川幕府も盤石になり鎖国政策もはじっていました。結局貿易も軍事も実現しませんでした。

さて持ち帰ったタペストリですが5点シリーズだった様です。しかし現在タペストリは伊達家には一枚も現存しません。

現在判明している所在は、
加賀前田育徳会に1枚
芝増上寺に1枚(ただし火災により焼失)
祇園祭鯉山に1枚
祇園祭鶏鉾・祇園祭霰天神山及び長浜曳山祭鳳凰山に分割して1枚
祇園祭白楽天山及び大津祭月宮殿山・龍門滝山に分割して1枚。

加賀前田育徳会所蔵のタペストリは三代藩主前田利常の時の伝来品とされ、図柄はギリシャの詩人ホメロス作のトロイ戦争を題材した叙事詩「イーリアス」の一場面でトロイの王子パリスと美女ヘレンとの出会い図。
このタペストリは江戸以前に伝来したタペストリでは唯一完全な形の壁掛けとして残っています。
ほとんど使用されず、保存状態もよく当時の彩色も鮮やかに残っています。

増上寺のタペストリは徳川家の菩提寺であったため前田家に伝来したのと同時期と考えられ、増上寺の本尊後ろにかけられてましたが、明治の火災で惜しくも焼失してしました。
残された写真で確認出来る図柄はトロイ戦争を題材した叙事詩「イーリアス」の中のトロイのプリアモス王が単身敵将アキレウスの幕舎を訪ね、王子エクトルの遺体返還を求める場面。
京都にある川島織物が所有するタペストリが構図が酷似しており同じ下絵から織られたのではといわれています。

この2枚は伊達家より徳川家に献上され、その1枚が前田家に譲られてたのでないかと言われています。

増上寺は徳川二代将軍秀忠以降の菩提寺(墓地)となっていますし、前田利常の妻は秀忠の次女ですので嫁入りに徳川家より送られたのではないかと推測されます。

残り3枚は各町が購入してお祭りに使われています。
まずは祇園祭の鯉山。
図柄はギリシャの詩人ホメロス作のトロイ戦争を題材した叙事詩「イーリアス」の一場面でトロイの王プリアモスと后ヘキューバを描いた図。
このタペストリをノミにて大胆に分断して山の胴掛け、前掛け、見送りにしたてなおして飾っています。

次に祇園祭鶏鉾見送りと長浜祭鳳凰山見送り
図柄はギリシャの詩人ホメロス作のトロイ戦争を題材した叙事詩「イーリアス」の一場面でトロイの王子エクトルとその后および子息との別離の場面を描いた図。
このタペストリは半分に分断してそれぞれの見送りにしたてなおして飾っています。

次に祇園白楽天山前掛けと大津祭月宮殿山・龍門滝山見送り
図柄はギリシャの詩人ホメロス作のトロイ戦争を題材した叙事詩「イーリアス」に続く「オデュッセイア」の一場面でトロイ陥落の情景を描いた図。
このタペストリもいくつかに分断してそれぞれの見送りや前掛けにしたてなおして飾っています。
このタペストリはトロイの木馬など重要な部分が描かれた中心部分ロストしており、他の山鉾町に売られその後の幕末の大火で焼失したかもしれません。

京都、滋賀のお祭り関係に点在している3枚は現在の各町内に渡った経緯ははっきりしていません。

現在の各町内はそれぞれの京都の商人より購入して使用するようになりました。
各町内が商人より購入した時期が1800年から1820年の間に購入されてました。

鯉山町にはこのタペストリの経路を物語る言い伝えがあります。

「奥羽のてんねん寺から京の寺町頭の天寧寺へ、織物を運んで山鉾町へ見送りとして売り込むためその寸法に合わせて切ろうとしたが・・・」

伊達藩の仙台およびその周辺にはてんねん寺なるお寺は存在しないのだが、会津藩の会津若松に天寧寺があり、京の天寧寺と密接な関係のある寺院があります。

タペストリが売買された1800年ころは天明の大飢饉あとになり、当時の天寧寺の住職は会津藩に信頼を得ており、住職をへて飢饉での財政難を乗り切るために売りに出されたのではないかと考えられています。

ちなみにタペストリ半分を金200両で購入したとの売渡証文がのこっています。

伊達藩から会津藩に渡った経緯はわかりません。でも徳川家、前田家にわたったタペストリと一緒に伊達家より徳川家に献上されたと考えると話がつながる部分が出てきます。

会津藩は織田、豊臣時代に近江日野出身の蒲生氏郷が基盤を築き、最終的には90万石の大名になり、会津若松城を築きました。しかし蒲生家は三代忠郷が25才の若さで亡くなり、会津蒲生家は絶えます。

その後会津藩は2代将軍秀忠の実子で家光を補佐した保科正之が会津松平家の藩祖となります。
前田家と会津藩は保科正之の次女が五代前田綱記に嫁いでます。
また蒲生家と前田家も関係では氏郷の娘が初代前田利家の次男利政に嫁いでます。
こうした関係で前田家、徳川家、会津藩は三者密接に関係しており徳川家から献上された3枚が会津に渡ったと考えても不思議ではないです。

5枚のタペストリにまつわる歴史ロマンです。

祇園祭では貴重な織物のため、現在は複製品を作成し使用しています。
本物は宵山の時に町会所に飾られます。宵山時に一度見学に行ってみて下さい。

画像1
祇園祭鯉山

画像2
祇園祭鶏鉾

画像3
祇園祭鯉山の見送り

画像4
祇園祭鶏鉾の見送り

画像5
大津祭月宮殿山の見送り

画像6
大津祭龍門滝山の見送り

画像7
長浜祭鳳凰山の見送り

画像8
祇園祭鯉山

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

イメージ 12

土曜日関ヶ原と大垣城に行ってきた。

関ヶ原はどこかの帰りに立ち寄ったり、三成陣跡だけを見学したことがある。

今回は大谷吉継のお墓参に行きたく、関ヶ原全体を巡ることにした。

まずは全体情報収集のため歴史民族博物館に立ち寄ってガイドマップをもらった。

歴史民族博物館からはまず徳川家康最終陣跡、田中吉政陣跡、井伊直政・松平忠吉陣跡、本多忠勝陣跡、藤堂高虎・京極高知陣跡、福島正則陣跡と東軍武将の陣跡を巡った。

各武将の陣跡は現関ヶ原の町中にひっそりと陣跡碑が立っていた。

地図上で見ると笹尾山と松尾山にはさまれてた平地にあり東軍は地形的に明らかに不利な場所。

松尾山の小早川、その北に陣取った脇坂、小川らが寝返らなければあきらかに挟まれてしまう陣だった。

結局は寝返りを信じて袋に飛び込んだってことか。

なお家康の最終陣地は終戦後に首実験した地であり、当初の陣は二キロほど東の桃配山に陣取っていて戦況が変わる後と陣を前に進めたとのこと。

東軍主要武将の陣跡を巡ってから、今回の最大の目的だった大谷吉継のお墓参りに向かう。

藤吉川の西にある小高い丘に陣取っていた大谷吉継は小早川の寝返りにより、側面から自部隊にいた脇坂、小川なども寝返って攻撃され陣奥の山中にて自害、その地にお墓がある。

東海自然歩道を通って山中に15分ほど歩いた静かな山中に大谷吉継の墓があった。

ここのお墓にはお参りする人が絶えず、僕がお墓にいる十数分の間に4組のお参り客が来られていた。

静かにお参りを済まして、一緒にご同行頂いたいしだみつにゃん、しまさこにゃんにも久しぶりの再会をして頂いた。

みつにゃんにしてみれば、大谷吉継を残し敗走した無念があったはず、ゆっくりと話していただいた。

久しぶりの再会をすまして、お墓の前方にある大谷殿の陣跡にも参詣して下山しました。

大谷吉継墓地を後にして西軍陣跡を回ってみた。

西軍陣跡は脇坂安治陣跡(途中で裏切ったが)、宇喜多秀康陣跡、小西行長陣跡、島津義弘陣跡と進み決戦地碑を経由して三成陣跡に・・・。

まずは小早川秀秋が陣した松尾山のふもとに陣していた脇坂安治陣跡から。

今は高速道路がすぐ脇に通る森の中にあるが、人気もほとんどなくひっそりとしていた。

宇喜多秀康陣跡は天満山のふもと、こちらは神社のそばに静かに石碑が立っていた。

宇喜多陣から北東に進み小西行長陣跡へ、小西陣の前には開戦地の石碑がある。

井伊隊・松平隊と宇喜多隊が発砲して開戦のきっかけになった地。

小西行長陣跡にはいしだみつにゃん、しまさこにゃんに小西陣見舞いをして頂いた。こににゃんが完成のおりにはまた陣行ってもらわねば。

小西陣のから北東に進む島津義弘陣跡に、神社の裏にあり。

島津陣の北が笹尾山の三成陣、島津陣から決戦地を経由して三成陣に笹尾山のふもとに。

笹尾山の三成陣は整備され防護柵などもつくられている。陣の一番左端に、嶋左近の陣がある。

しまさこにゃんには陣にお戻り頂いた。久しぶりの陣への帰還にさこにゃんもご満悦。

笹尾山を上り山上へ、三成陣跡へ。陣跡には全景を望むやぐらあり関ヶ原全体を見渡せる。三成はどう思って戦況をみていたんだろう。

山上には陣跡の碑が、みつにゃん、さこにゃんには陣にお戻り頂いた。

みつにゃん、さこにゃんは何を思ったのかな?

一日ぐるっと回ってみて、たた一日で決着がついたことが不思議な感じがした。

土曜日関ヶ原巡礼とあわせて大垣城の散策も行ってきた。

大垣城は第二次世界大戦までは現存天主ということで国宝指定されていたが大戦の空襲にて天主は焼失し、現在の天主は再現天主。

天主場内には資料の展示があり、杭瀬川の戦いのミニュチアジオラマもあった。

大垣城の周りはお城があるのが判らないくらい、民家が隣接しており天守閣の一角にのみ公園があるだけで当時をしのぶことが出来ない。

戦国時代には最重要拠点だった大垣城は戦いの城として利用されたが、1635年か戸田氏が大垣藩城主となり明治まで続いた。

天守閣横の公園には初代城主だった戸田氏鉄公銅像があった。

実は関ヶ原決戦前に三成はここに入り陣を引いた。関ヶ原決戦の前哨戦となった杭瀬川の戦いは関ヶ原での西軍唯一の勝ち戦。

みつにゃん、さこにゃんにはお供してもらって偲ぼうと思ったが本丸をしのぶ場所もなく、仕方なく天守閣をバックに記念だけしてきた。

大戦以前は天主だけでなく本丸や二の丸などのこっていたのだろうか?

いくら平城といえども天主の隣に道をはさんで民家はちょっと・・・。

せめて公園で周囲が囲ってほしいものだ。

ちょっと微妙だった。

画像1
徳川家康最終陣跡

画像2
井伊直政・松平忠吉陣跡

画像3
福島正則陣跡

画像4
大谷吉継の墓

画像5
大谷吉継の墓を参るいしだみつにゃんとしまさこにゃん

画像6
宇喜多秀康陣跡

画像7
小西行長陣跡に陣中見舞いするいしだみつにゃん、しまさこにゃん

画像8
島津義弘陣跡

画像9
笹尾山の石田三成陣

画像10
自陣に帰還したしまさこにゃん

画像11
三成陣跡でのいしだみつにゃん、しまさこにゃん

画像12
大垣城天守閣

土曜日の彦根

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

土曜日は朝からハードスケジュールだった。

朝から甲良町にある西明寺に行って来た。
湖東三山の一つ、何度も来た事のあるお寺。

入口で今回の目的である佐和山城の絵が有り公開されているかを確認。有り、公開しているとのこと、期待。
入山し、本堂へ。この本堂は信長の焼き打ちから焼け残った国宝の建物、三重塔も国宝。
本堂内の仏達と久しぶりの対面。十二神将は相変わらず綺麗だ。

堂内案内の方に佐和山城の絵を聞くと外陣に板絵がそれとのこと、板絵??

見てみると佐和山城合戦縁起とある。
違うやつだが見たことない。関ヶ原後の佐和山城合戦の絵だった。

なんか新しい発見だったが目的の絵とは対面出来ず、他にも西明寺あるからそちらかな?

西明寺から移動して佐和山周辺へ。
まずは佐和山城大手口へ、8号線をトンネルをくぐり、清涼寺のある佐和山の反対側に。こちら側には旧中仙道が通っており表玄関。今は草むらに埋もれた、案内杭のみで誰も気付かないかも。

清涼寺側に移動して前回に解らなかった疑問にトライ。
目指すは「左近の南天」と「血の池」。

左近の南天、境内にある大木かな?南天の木自体がわからん。

「血の池」はお墓のそばにある池。境内横にある現在の墓地には池がなく、本堂裏手の山肌にある古い墓に。山を途中まで昇ってみると本堂裏手に庭がありそこには怪しい池が…。
本堂横から裏手に潜入して血の池のような池発見。庭には卍の模様が書かれいた。

結局らしいしか確認出来ず(涙)

清涼寺を後にして戦国丸に移動、みつにゃん家臣団の友人と合流。
戦国丸では、本日新商品発売、先々週訪問時に試作検討した商品。
みつにゃん、さこにゃん、にゃんぶのペーパーウエイト。
石をベースにした手書きのにゃんこが書かれた商品、量産不可能なためそれぞれの武将の享年の数分になります。
さこにゃんは新デザインの槍持ちです。それぞれ手書きレアの限定ですのでお早めに。
因みにシリアルナンバー入りです。

この後、友人と城代とで、新作の検討会商品の検討意見交換を行った。また義の家臣団の通行証も検討しました。どちらも近々に発表されますのでお楽しみに。
新作商品についてはかなりレアでかつ人気必死の商品になりそうですのでお見逃しなく。

戦国丸を後にして彦根城へ移動、ひこにゃん3回目に行った。
博物館講堂での登場ではツーショットになった。
2週間ぶりのひこにゃん、むっちゃ癒される。やっぱりかわいいなぁ〜。
ツーショットして、餌渡して、いつものパターン。でも、めっちゃ落ち着く〜。
土曜はひこにゃんとは1回だけだったが満足。でも日曜も行きます。

画像1
西明寺本堂、国宝です。

画像2
佐和山城合戦縁起の佐和山城

画像3
佐和山城跡大手口

画像4
清涼寺七不思議 左近の南天?

画像5
清涼寺七不思議 血の池?

画像6
戦国丸新商品ペーパーウエイト みつにゃん

画像7
戦国丸新商品ペーパーウエイト さこにゃん

画像8
戦国丸新商品ペーパーウエイト にゃんぶ

画像9
3回目のひこにゃん お気に入りのハート

画像10
3回目のひこにゃん 特製の旗を持って

画像11
3回目のひこにゃん かばんの中からなに出すの?

全1ページ

[1]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事