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今日は3月3日、、、雛祭です。
陸には現在、縁の無い話です。
今日の萩は雪がチラついております。
この辺では3月に雪が降ることを最後のはげ山隠しと言います。
本日はホントーに久々にこのブログの趣旨である“歴史”について語ろうと思います。
萩から約一時間、車を東へ走らせると山陰の小京都“津和野”があります。
元寇の折、防長の要として築城したのが発展の始まりとし忠臣蔵でも裏話がありまた森鴎外の出身地でもある。津和野大社が建立されており日本五大稲荷の一つとして毎年多くの参拝者が訪れる賑やかさと山中のヒッソリさを兼ね備えた観光地である。
日本は種子島(鉄砲)の伝来と共にもう一つこの国に浸透したものがある。
キリスト教である。
キリスト教の伝来については皆様お詳しいと思いますのでここでは説明を省きますが江戸時代鎖国後にこのキリスト教は国内において完全に弾圧された。このキリスト教弾圧は明治までも続きここ津和野でも悲しい歴史が残っている。
長崎に大浦天主堂がある。江戸時代キリスト教弾圧にも関わらずヒッソリとキリスト教徒は宗派を護り続けていたが(隠れキリシタン)元治元年にこの大浦天主堂が完成すると長崎に隠れキリシタンが集まった。これが明るみとなり1867年(慶応3年)に“浦上4番崩れ”なる事件が起きる。4番とは過去に3回起きており崩れは大量の検挙者により組織崩壊を表す。
キリスト教徒の弾圧は明治政府に引き継がれた。明治政府は政策過程に神道を国家宗教と定め廃仏稀釈を設け仏教の崩壊を目論んだ事は以前に話したがこのキリスト教などは特に邪魔であった事だろう。
明治元年西暦1868年にこの浦上キリスト教徒3414人を一斉検挙。全国22箇所に配布した。そのうち津和野に153人が流された。
この津和野・・・古くから藩学により独特の神道国家であった。その教えは強固とも捉えることが出来る程で森鴎外からもその独特制は感じとれる。
キリスト教徒の処分を決める会議で説得して改心させるべきという案に対し強硬派が多人数の逮捕者を処罰したそうだ。
幼い子供から老人までそれは惨い拷問で改心させようと津和野も面目を掛けて行ったが強硬な精神力を持ってして受け入れないキリスト教徒は凄惨な拷問の結果36人が殉教した。他でも600人以上が殉教しているところ拷問をしたのは津和野だけではないが幼子に対してまでもした凄惨な拷問は今でも語り継がれ拷問が行われた峠に地元の人達はいまだに恐れを抱いて子供達を近ずけさせないとか・・・。
萩でも昨年、この浦上4番崩れの殉教者達の遺骨を受け取りに長崎から子孫にあたられる方たちが訪問された。遺骨は鶴江台という小高い山の上に無造作に埋められていた。如何に当時キリスト教徒に対して弾圧が厳しかったかが伺われる悲しい事件である。
今現在も、宗教の違いにより迫害、戦争と世界中で起きている。我々日本人からすれば考えも及ばない馬鹿げた事と一笑しかねないが過去にこの日本でもこのような凄惨な事件があった事、我々は忘れてはならない。
本日の陸の孤島的妄想ショットは・・・
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