長文書く用のブログ

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私はデマというものが大嫌いです。話題としての都市伝説なんかはそれなりに楽しめますが、利己的な理由で流されるデマや、愉快犯的に流されるデマ、デマによって起こる風評被害というものに、激しく嫌悪感を覚えます。
と言うわけで、ちょくちょく目にするデマの検証を、折角だから記事にしようと思います。恐らく今後もこの手の記事は書きますのでシリーズとしました。ちなみに委員会には私一人しか居りません。

今回取り上げるのは、NHKで長年放送されているドキュメンタリー番組、『クローズアップ現代』において、過去の放送で、天安門事件における虐殺は無かった、と報じたとされるデマです。
今回このデマに巡り合った理由といいますのは、昨今巷で話題になっている、出家詐欺に関わったブローカーがやらせだったか否かです。
私はこの話題を見てから、過去にはどんな問題があったのだろうと、過去の問題を参照することで、ちょっとはこの問題が実際やらせだったかどうか、少しでも判断材料になればと思って、Wikipediaを参照しました。

問題をざらっと流し見していくと、以下の記述がありました。

2008年1月24日の放送で、1989年6月4日の未明に、中華人民共和国北京市の天安門広場で、中国共産党に対して、民主化要求し座り込みを続けていた学生と市民が、中国人民解放軍に弾圧された六四天安門事件では「大きな虐殺はなかった」とした。これは先立つ1993年6月3日(木曜日)放送の 「天安門事件・空白の3時間に迫る」と同じ主張であるが、戦車の下敷きになったり、銃撃を受けた多数の死傷者の写真と整合性がとれない、として批判が多い[14]。クローズアップ現代 Wikipedia
*Wikipediaの該当部分は私が編集して削除してあります。

しかし、私はこの番組を長年見ており、天安門事件で武力鎮圧による被害者がいないような放送があったとは記憶していませんでした。特に、二〇〇八年の時期はほぼ毎日見ていましたし、昨年香港デモを取り上げた際、ウイグル問題に言及する若者を取り上げていましたので、どうにも、この内容は信じがたいものがありました。

とりあえず、自分が見ていたであろう二〇〇八年一月二十四日のクローズアップ現代のページを参照します。
内容は『“中東の笛”疑惑判定の裏側』でした。審判の判断について取り上げた回ですね。あー確かにこんな回あったなと。スポーツに興味が薄いので記憶も薄っぺらいですが。
しかし、天安門事件に言及するような内容であるとは到底思えません。何じゃこりゃ、と思い、上記の出典にされているYoutubeの動画を見ることにしました。
これが酷いものでした。音声はぶつ切りで番組の本旨がよく分からないような編集で、終盤は誇張するように「大きな虐殺は無かった」をリピート。さらっとだけ見ると、さもクローズアップ現代が天安門事件での反政府デモ側の被害者がいないように編集されているわけです。
しかしよくよく動画を聞くと、54秒あたりから「長安街での武力衝突があまりにも鮮明」と言っており、武力衝突そのものについて番組で言及してたことが分かります。では、何故終盤で「広場での大きな虐殺は無かった」と番組で言っているのでしょうか?

答えは単純明快。
天安門事件での死傷者は、”天安門広場”ではなくその”周辺”で出ていたからです。
天安門事件、といえば、ついつい天安門広場で死傷者が出たように考えてしまいますが、ところがどっこい、そうではなかったのです。
そもそも、当時天安門広場にメディアが入れなかったことで、死傷者が出たことなどは明白だとして、広場で実際何があったのかはよく分からないままだったわけです。ポツポツと被害があったりなかったりの証言がありつつ、裏とりが出来ない。しかし、放送当時、広場に運よく入っていたスペインのテレビ局の記者と、広場にいた台湾人男性の証言を元に、広場での虐殺行為は実は無かったという新事実が判明したわけです。これは、当時としてはセンセーショナルだったことが想像出来ます。(一九九九年六月三日 クローズアップ現代
しかし、恥ずかしながら私も、天安門事件はてっきり天安門広場でデモ側が虐殺されたと思っていました。故に、私のような勘違いをしている人間だったら、上記の動画を見たら勘違いon勘違いをすること請け合いで、”クローズアップ現代は天安門事件の被害を隠蔽している!”となったのも頷けます。

という訳で、上記のデマによって勘違いをしてクローズアップ現代や、果ては国谷裕子氏をバッシングするのは、謂れの無い罪で石を投げる行為であり、名誉毀損以外の何ものでもありません。今までこのデマにだまされた人は自らの行いを省み、こんなデマあったんだと今知った方は、デマに騙されている知人友人親類がいれば、デマだと指摘してあげてください。

特に、荒れる話題なのであまり言及したくは無いのですが、強い嫌中を伴う右派の方々は、上記のデマを信じ込み、NHKを過剰なまでにバッシングしているように感じます。ありがたいことに、私の交友範囲ではそのような人はいませんが、身の回りにいたら、是非教えてあげてください。

まとめ
・天安門事件は被害者が出たのは広場外、広場での大きな虐殺は無かった
・クローズアップ現代がそれを過去に取り上げた
・天安門事件について知らない人が、誤解を誘発する動画を見て天安門事件の被害を隠蔽したと勘違いした
・この件の動画やデマが広く出回っているので、周りにデマを信じている人がいたら指摘しよう

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つい先日、レビューサイトにより近場のお食事どころを探しやすくなったという例を書きました。今回はそこにちょっとだけかするお話です。

ロングテールという言葉をご存知でしょうか?マーケティングの世界で使われる言葉なのですが、例えば小説の場合、伊坂幸太郎氏や村上春樹氏の小説は売れますよね。それに対して、需要はあっても圧倒的人気、とまではいかない商品は、ヒット商品よりもはるかに多くあります。
売れた数を縦軸にし、左からより売れた商品のタイトルを並べてグラフにしていくと、左側は縦に背が高く、途中がくんと下がって、あとは右へなだらかなくだり坂が続いていきます。
このグラフの形を、恐竜に準え、人気の商品を恐竜の体、尻尾の部分をそれ以外の作品と見たとき、この長い尻尾が、ロングテールなのです。
ロングテールは、かつての大衆向けの広告業界においては、費用対効果、つまり広告を打ってもターゲットになる分子が分母に対して小さかったため、あまり注目されてきませんでした。しかし、Googleのアドワーズという、検索したキーワードに対してあらかじめそのキーワードと紐付けされた広告を表示する広告サービスにより、このロングテールの見方は変わりました。インターネットは、テレビ、新聞といったマスメディアよりも、小さいが一定の需要であるロングテールを狙い撃ちできることが分かったのです。
これは、広告業界にとっても衝撃でしたが、ユーザーにとっても恩恵は計り知れません。ニッチな需要と言うのは何故ニッチになるか。それは供給量が少ないことも一因となります。供給量が少ないのはニッチなため、ニワトリかタマゴどちらが先かみたいな議論ですが、とりあえずそういったループ構造にあるため、中々サービスの多岐化、広告の多様化はされにくいのです。
しかし、インターネットによってニッチな市場を狙い撃ちできるようになると、今までとは違ってきます。ユーザーからすれば、今まで探すのが非常に難しかったものが、いとも簡単に見つかるようになるわけです。
こうして、インターネットによるロングテールの発掘は、双方に多大な恩恵を与えるように見えました。

しかし。その一方で、今度はそういった商品、サービスなどを選ぶ際、むしろ一本化、収束化が起こっているケースも存在します。
それは、レビューサイトにおける商品の選択です。レビューサイトは、人気のものをより注目させ、どのような選択肢があるかいまいち分からないユーザーにそれを提示します。
故に、ロングテールは、既に何を選びたいかある程度決まっている場合には非常に有効ですが、逆にどんな選択肢があるのだろう、と思ったときには、中々表に出る機会がありません。
結果、レビューサイトにおいては人気のものがより人気に、そうでないものは日の目を見ない、そういう傾向が出てきてしまいます。『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)の著者である中川淳一郎氏の言葉を借りるなら、「イケてる人をよりいけさせるツール」(ウェブを炎上させるイタいひとたち、宝島社新書)であり、レビューサイトの傾向に重なります。
ガラパゴス化されたものを一定数保護する一方、一強多弱を加速させやすいツール、インターネット。それは、一見歪んだ形のようにも見えます。

しかし、だからといってレビューサイトが問題だとかは、私は特段思っていません。私はレビューサイトを見る際、高い評価をつけたレビュアーと低いレビューをつけたレビュアーが、何を持って高評価、低評価にしているか確認しているため、商品や飲食店などのサービスを選ぶ際、結局、自分の趣向にあったものを選び取れていると感じているからです。
レビューサイトの多くは、レビューが参考になったかカウントするシステムを採用しています。Amazonしかり、価格.comしかり、食べログなどのグルメレビューサイトしかり。故に、このシステムが正しく機能している限り、レビューの星の数(=評価の高さ)だけでなくちょっとの時間レビューを読みさえすれば、自分のニーズに合ったものを選び出せるというわけです。
私は、選択肢の多様性というのを非常に尊重しています。故に、レビューサイトでどんどん人気のものが人気に、そうでないものはそうでなく、と言うのはやはり知る機会、出会う機会として勿体無い気がしますから、導入やとりあえず、と言うときは磐石な所をせめていっていいと思いますが、少しどこを注目すればいいか、自分なりのこだわりが分かってきたら、是非レビュー本文に目を通し、レビューを自分なり選ぶことをして欲しいなと思います。また、ITジャーナリストや作家の佐々木俊尚氏は、自分の趣味趣向にマッチするレビュアーをキュレーターとし、レビュアーの選んだものを後から追いかけることで、自分のニーズに近い選択をできるとも書いてあり、選び方は様々です。自分で選ぶって楽しいことです。

しかし、評価のカウントを参考にすることにも障害があります。それは”炎上”です。亀田製菓は、衛生問題が過去にあった韓国の企業と業務提携をしてからというもの、レビューでは散々かかれますし、先述の中川淳一郎氏は、朝日新聞の記事においてフジテレビデモにネガティブな発言を行ったため氏の著書のレビューが炎上、よしもとばなな氏がブログで訪れた店であまり褒められた態度を取らず、しかも店側に悪態をつく内容を投稿したことで、これまた氏の書籍が炎上、枚挙に暇がありません。
そういった場合、書かれるレビューだけでなく、レビューの評価にも炎上は反映されます。そういった場合、レビューを選ぶという行程が非常に敷居が高く、正直言えば面倒な事この上ないのです。もしそうなってしまったら、それはもう、ネットにおける災害のようなものと思って諦める(最も天災ではなく人災ですが)か、根気よくレビューに目を通すしかありません。理不尽な話ですよね、よく考えれば。しかし理不尽でどうしようもないのが災害足る所以であります。

ネットにおける選択肢は膨大であり、それ故選ぶ楽しさはつきません。複雑でとっつきにくい所もあるかもしれませんが、この時代だからある”選ぶ楽しさ”を今一度感じていただければなと思います。

まとめ
・ネットはニッチな広告を出すのに向いていて、それ故ユーザーも探しやすい
・一方レビューサイトは選択肢を収束させる側面も持つ
・しかしレビューサイトは中身のあるレビューや有益なレビューをフィルターできるので、それらに気軽に目を通し自分にあった選択もできる
・炎上している商品やサービスのレビューはどうしようもない。災害。

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