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駅弁立ち売り60年、5月で幕 美濃太田 夫婦の松茸飯
初見翔 2019年5月23日11時24分 

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観光列車の停車中、駅弁を立ち売りする酒向茂さん(中央)=2019年5月18日午前、岐阜県美濃加茂市のJR美濃太田駅、上田潤撮影


JR美濃太田駅(岐阜県美濃加茂市)には、全国で数少ない駅弁の立ち売りが残っている。
手がけてきたのは、老夫婦が営む駅弁屋「向龍館(こうりゅうかん)」。
名物の釜飯をホームで60年売り歩いてきたが、高齢化と客の減少で5月末で店をたたむことになった。

「体がついていかんようになった」
 
「1個ください」「はいよ」――。
18日、季節限定の観光列車が美濃太田駅に到着すると、「松茸(まつたけ)の釜飯」(税込み千円)を求める列ができた。
各務原市の小椋明子さん(53)は「小さい頃、ここを通ると必ず父親が買ってくれた。それが楽しみで……」。
 
駅弁が20個くらい入る箱を首からさげて売ったのは酒向(さこう)茂さん(75)。
「平日は1日5、6個しか売れないけど今日は特別だよ」。
閉店の貼り紙をしてから客が増え、東京から買いに来た人もいたという。

 父和男さんが1955(昭和30)年に創業し、茂さんも高校卒業後に手伝い始めた。
木曽川の「日本ライン下り」の最寄り駅。
70〜80年代には駅弁が1日に300〜400個売れた。
「えらい人出で、駅前に送迎バスが何台も並んどった」。

だが、自家用車の普及で客は減り、列車の停車時間も短くなった。
ライン下りも7年前に休止。
従業員は30人ほどいたが、数年前からは妻の素子さん(72)と2人で切り盛りしている。
 
茂さんは朝4時半に起きて、駅近くの本店で釜飯を仕込む。
タケノコや鶏肉とともに甘めに味付けした駅弁は、昔と同じレシピのままだ。
年中無休。
営業時間の午前9時から午後4時にとまる列車は、停車時間の短い特急を除いて約30本。
エレベーターと階段を使ってホームを行き来しながら売り込む。
 
「おかげさんで病気した記憶はないけどな。70を過ぎて体がついていかんようになった」。
昨年、のれんを下ろす決断をした。
駅の売店を閉めた後も、本店は仕出屋として営業を続け、観光列車がとまる6月1日はホームで臨時営業する。

「休日に何をしますか」。
そう尋ねると、「お母ちゃん(素子さん)孝行しないとな。よく働いてくれたから」。
素子さんは「この年まで元気でやれると思わなかった。なんやかんや言っても楽しかったね」と話している。

列車の高速化・コンビニ進出、老舗に打撃
 
ホームで駅弁を立ち売りする光景は姿を消しつつある。
JR6社の駅構内で営業する駅弁屋などでつくる日本鉄道構内営業中央会によると、昭和40年代初頭は全国で430社ほどの駅弁屋がホームに店を構え、ほとんどが立ち売りをしていた。沼本忠次事務局長は「立ち売りが一番の収入。ホームが勝負だった」。
だが今は、会員の駅弁屋が100社を切った。
立ち売りをしているのは人吉駅(熊本県)や折尾駅(北九州市)などに限られる。

沼本さんは「イベント的にやるところを除けば2、3社くらいではないか」。
JR東海によると、管内で15年前に10軒ほどあった在来線ホームの駅弁屋は、今は4軒のみ。
立ち売りは向龍館だけだ。
 
激減した背景の一つが列車の高速化だ。
乗車時間が短くなって、車内で駅弁を食べる機会が減少。
駅構内にコンビニエンスストアや飲食店が増えたことも乗客の選択肢を増やした。
駅弁を積んだ立ち売りの箱は20〜30キロあり、腰への負担が大きい。
高齢化も相まって売り子のなり手がいなくなった。
鉄道に関する著作が多い、放送大学の原武史教授(日本政治思想史)は「全国的にJRの系列会社がつくる弁当が増え、老舗の駅弁業者が撤退している。
今まで続けたこと自体、よくやってきたと言うべきだろう」と話す。
(初見翔)






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