道祖神に導かれ

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村意識が強かった時代には必ずといっていいほど村境にあった石仏,

村への邪霊の進入を防いだり、五穀豊穣や子孫繁栄を願って築いた石仏,

旅人の行路の安全を守る石仏、

作者もなく雨や風雪に晒されて耐える石仏、

自然に溶け込み、私たちの身近で親しみやすい石仏、

多くが戦後の区画整理で移動されてしまった石仏、

でも捨てられてはいないはずの石仏、

そんな道祖神さんたちを探して、会ってみたくなりました。

http://img.blogs.yahoo.co.jp/ybi/1/5e/bf/kouma_p/folder/1488326/img_1488326_49819914_1?1180960622
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町なかの案山子

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案山子(かかし)は字のごとく、道案内が主たる役目です。
田畑に立って鳥たちを掃うばかりではありません。
掃うのではなく、人間たちとうまく共存して生きなさいよ、と諭してもいるのです。
地蔵さんに仕えるパート労働神でもありますから。
画像のように商店街に案山子があってもなんら違和感がありません。
大型店を喬木(高木)とするなら、
商店街は灌木(低木)の群れであり、木もれ日に育つ雑草の類です。
野原に忽然として高木が現れることはありません。
雑草や低木がせっせと土をやわらげ栄養分を蓄え、
そこに高木が根づき、やっとこさ大きく成長できるのです。
人におけるその様は、戦後や震災の復興に見てとれます。
根幹たる人の絆づくりに商店街が大きな役目をなしました。
商店街の活性なしに、大型店の隆盛は長く続きませんよと、
町の案山子たちが訴えているようにも思えました。

 

江戸六地蔵

街道の要所にあり、旅人の安全や江戸の街を護ったとされる江戸六地蔵はたったの五体ですから、
散策ついでにぜひ寄ってみてください。
普通の石の地蔵さんと異なり、座像でも2mを超す銅製ですからすぐわかります。
 
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画像は旧甲州街道の大宗寺内にある地蔵です。
ここには閻魔堂があって、閻魔さんがいるのは当然として、
そばに奪衣婆(だつえば)が安置されているので妙に好奇心(?)を誘います。
奪衣婆は閻魔大王に仕え、三途の川を渡る亡者から衣服を剥ぎ取り、罪の軽重を計ったとされています。
客の衣を脱がすのがうまいことから、内藤新宿の妓楼では商売神として「しょうづかのばあさん」として慕われてきました。
ばあさんの画像はまたいずれ.
 
 
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画像は旧東海道の東品川にある、品川寺(ほんせんじ)境内の地蔵です。
五体実存する江戸六地蔵のなかで、唯いつ笠を被っていません。
し、しかもこの地蔵、後ろに回り込んでも許してくれるのです。
うれしいですね、地蔵になった気分です^^

巣鴨・真性寺

住まいや職場が変わると、そのたびに、息抜きというか遊ぶ場所も変わってきます。
地の利が悪くなると、向足がつい億劫になりがちですからね。
上京してからのわたしの場合、独身寮の関係で、それまでの赤羽・池袋界隈から巣鴨・水道橋に移動しました。
今でこそ巣鴨は、高岩寺(延命寺)のとげぬき地蔵で有名になりましたが、
当時は中山道の出入りの名残でピンクサロンが立ち並ぶ歓楽街でした。
お金がないくせして、ホルモン分泌旺盛な独身男性には刺激が強すぎるくらいのネオンの眩しさでした。
現在は「おばあちゃんの原宿」としてすっかり様変わりしました。
衰退する商店街が多いなかで、商店の皆さんの機転と努力には頭が下がります。
商店街はJR巣鴨駅から、都電荒川線・庚申塚駅(約800m)へとつながっています。
多くの参拝客は巣鴨駅から高岩寺くらいで終わるのですが、わたしは庚申塚側から入って巣鴨駅に抜けるのが好きです。
特に理由はありません。
大好きな三猿さんがいる猿田彦神社が庚申塚駅のすぐ前で迎えてくれるからかもしれません。
三猿さんに挨拶してから高岩寺へ、そして最後に江戸六地蔵の一つがある真性寺に寄ります。
途中に多くの商店が立ち並ぶのですが、寄るときりがありませんので、塩大福あたりを土産にして終わります。
江戸六地蔵の紹介は今回で三か所目(深川、浅草、巣鴨)が終わりましたので、残すところは二つ(新宿と品川)です。
数が合いませんが、実存する地蔵はそれでいいのです。
本当に六ヶ所にあったのか?あったとしたらどこの街道の守り地蔵だったのか?品川の地蔵だけに笠がないのはなぜ?、
謎が多くて楽しいです。
 
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妻との徘徊もどき

結婚してから抑えてはいるが、わたしの徘徊趣味は今に始まったことではない。
まだ這い這いの時分に、行方不明になった話は、母からよく聴かされた。
その事件の結末は、ただ納戸の奥に寝ていただけという、お粗末な一件なのだが。
今でも寝るのは好きだ。つまらない本やテレビを見るくらいなら、寝た方が得と思っている。
計画がない休日は昼頃まで寝ることが多い。
徘徊もどきするわりにはひどい方向音痴とも自覚している。
地図は北を上にして描かれいることは知っているが、現地では東西南北がわからなくなる。
こちらが東とすれば、南はどちらかな?といった具合である。
麻雀ふうに東南西北(とうなんしゃあぺい)と右回りすることにしている。
こんな調子で、学生のころ、よく山歩き出来たもんだと、妙に関心することしばしば。
都会での徘徊といっても今は、地蔵探しとか、ちゃんとした目的があるので徘徊とは言えないのだろうが、
だらだらと、ときには人に尋ねて歩くのも好きだ。
つい先ごろ妻と、江戸六地蔵のひとつがある、東浅草の東禅寺を訪れた。
ここには、アンパンで有名な銀座木村屋総本店の創業者夫婦の胴像もある。
浅草から15分くらい歩き、足の悪い妻にはちょうど良い距離である。
「のどが渇いた。ちょいと休もう」と茶屋に誘ったのはわたしのほうが先だったのは情けない。
妻には申しわけないが、案内しながらでは、徘徊にほど遠くい気分で、いまひとつ醍醐味に欠ける。
ここに行くにはこの道をこう行けば近道だろうと思いながら、
回り道して迷うとか、袋小路に入り込むのが面白いのだ。
当たり前のことだがあくまで、徘徊もどきは単独に限るのである。
寝て食って徘徊とくれば、認知症の条件がいくつか揃う。
幸いにまだ、警察ざたになったのは、高速道路でのスピード違反の一回しかない。
わたしが行方不明になったら、警察に連絡する前にまず、
納戸か屋根裏の物置を探せと家族に言い聞かせておかねばなるまい。
 
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この世はわかったようでいて、わからないことだらけです。
まして、人体は・・・・・・その不思議なこと
 
私たちは地蔵を石のかたまりとして目にしますが、本来は心の中にいて姿を見せません。
宗教では地蔵とか道祖神と呼ばれ、天と地のにいて、その橋渡しが大きな役目です。
 
境と言えば、医学的にも大変重要です。
心身は多くの体内反応で成り立っています。そのほとんどが正と負の協調や競争です。
例えば意思とは関係なく働く自律神経は交感神経と副交感神経という相反するふたつの平衡です。
刺激の伝達(パルス信号)にしても、それぞれ相反する伝達物質(遊離アミン)があって、
その場、その状況での上手な選択があって初めて機能を発揮しています。
また外界との協和をもたらす免疫反応も、リンパ腺だけでなく多くの細胞が関与し、細胞どうしの協力が重要です。
ひとつ誤ると外敵は容易に侵入しますし、場合によっては自分自身の細胞をも攻撃してしまいます。
ホルモンや体内酵素の働きとて同じで、必ず相反する働き物のぶっつかりあいです。
現在、リウマチや認知症、パーキンソン氏病などなど・・・・・・難病と呼ばれている疾患のほとんどは、
この神経や免疫機能、ホルモンや酵素反応の異常から発生してくるものと言っても、過言ではありません。
 
相反するふたつの反応や物質、これをうまく選択することによってわたしたちは健康でいられます。
どちらを選ぶか、その岐路(境)に立ち、導くのが地蔵というわけで、
 
地蔵は、宗教だけでなく医学的にも、大変大きな存在と言えます。
 
 

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