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病室の窓から見える空は、こうも蒼く澄んでいたのかと、私は驚いた。
きのうまでの、あの絶望に満ちた私は、もうそこにいなかった。 一晩でこうも変わる己が恥ずかしかった。 夢の中で、上野の西郷隆盛像にそっくりの男が現れて言った。
「啓天愛人、運命を信じ人を愛しなさい。 死ぬかゆこたあ、尊かちゅうこつござんで、天がおはんのいまずいの努力ば認め、もうよかと認めてくれたのござんで。 人を怨んではんもはん。人を怨んではなりません」 ノックもなく、友人のB君が入ってきた。
B君は、私の存在はどこへやら、やおら政治や経済の話を始めた。 「きのう、株で20000円ばっか儲けた。でもって、その金でおまえの見舞い金にしたわけだ。遠慮なくとっておいてくれや」 すまんな、と礼を述べると「今度、競馬でお前の香典代くらいは儲けるからな、心配すんな」とほざいた。 じゃあなと、言いたいだけ口にしてさっさと去った。 いつもとは違う無遠慮振りに意表をつかれたが、どこか清々しかった。 彼が株や馬券買いに熱を入れていた話は、これまでに聞いたことがない。おそらく嘘だろう。 代わってA君が花を脇にかかえ、丁寧にノッックして入室してきた。
彼は私のこれまでの実績を褒め称えた。残された家族もさぞかし悔いはないだろう、と言ってくれた。 「おまえひとりの考えか」と尋ねると「いや、会社の連中やおまえの奥さんやお子さんたちも、おそらく同じでしょう」。 「帰ってくれ」。 私は急に気分が悪くなってどなっていた。 「どうしたのです、急に」 A君は動転した様子で「また来ます」と震えて出ていった。 「生きたい、死にたくない!!」
医師から余命いくばくもない進行性のガンと告知されたときの心境にもどっていた。
あの時、これからの治療継続を問う医師に「手術で私を殺してください」と無理難題を訴えていた。 「どうして、おれが・・・・・・!!」という気持ちで錯乱していた。 会社でのストレスや食事の不摂生、喫煙や深酒が悪かったのか、だったらおれだけが悪いのではない、 社会や会社、家族の協力不足じゃないかと怨んだでいたものだ。 織田信長は、宮廷に近い明智光秀を疎んじたという。 「こざかしい奴め」。 やっと開いた己の心境を、生身の人間からあえて言われることがこうも不愉快なのか、 私にも理解しがたい。
「今日から誰にも会いたくない、ひとりにしてくれ、死んだら家族だけに知らせてくれ、面会謝絶」
巡回に来た看護師に、食いつくように吠えていた。 |
超短編小説
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中学2年生の斉藤君は思いました。
「なんとか、入院中の母を勇気づけたい」 そこで、父に相談しました。 「期末試験で一科目くらい50点以上をとってみろや。母ちゃんも喜ぶど」 斉藤君は恥を忍んで、大沢君の家を尋ねました。
大沢君はクラス一の優等生で、生徒会長もしています。 「狙うのは歴史がよかんべ。チョー暗記科目だからな。それに、外山先生が出しそうな問題はおよそわかるしな」 出そうな問題はわかるというのです。 優等生はヤマ勘の名人でもあるんだな、と妙に感心しました。 大沢君が問題と解答を考え、斉藤君はそれを一生懸命に暗記しました。 ところが、そこがとても好きなのですが、外山先生はとてもいい加減な先生で、 当日になって、期末試験はやらずにこれまでの成績で評価するということになりました。 「でも、試験はしないとは言ってないど。よく勉強しておけ」 そういうことで、斉藤君は50点以上とれた科目はひとつもなく、学期を終えました。 新学期にはもう歴史はなく、地理に変わってしまいました。 担当はやはり外山先生です。 おれみたいな成績が悪いやつは運もないな、斉藤君はどうでもいい気分になりました。 「きのうと変わらないおまえがいちばん安心するよ」と母が笑ってくれました。
言っている意味はわかりませんでしたが、母の笑顔に、斉藤君はほっとしました。 成人して、斉藤君はいま、町の鋳物工場で働いています。
東日本大震災の余波で計画停電があり、工場長は仕事の振り分けに苦労しています。 電力会社からの停電の予定は前日に決まります。停電のはずがなかったり、振り回されています。 斉藤君は、外山先生の顔と電力会社のマークが重なりました。 「斉藤、笑っている場合じゃないど、このままでは工場がつぶれるかもしれないど」 機械が止まって真っ暗の事務所で、工場長はタバコを不味そうに吹かしながら、言いました。 「どうでもいいですよ、こんなおれでも中学を卒業できましたから」 工場長はポカンとして、吸いかけのタバコを灰皿に投げ込むと、 「おい斉藤、大丈夫かい、いよいよ頭がへんになったんじゃなかんべ、ね?」といぶかいながら、 やおら茶碗に手を差し出しました。 「少なくと一週間単位で計画を立てて欲しいですよね。計画を立てたら、なにがどうあろうと計画通りやる。これが必要です。発電量をフルに利用しようとするから、かえって混乱して、不安を与えるんじゃないですか?」 「いいこと言うなあ、今日の斉藤はどうしたんだい?」 工場長はさも旨そうにみたらし団子を大口を開けて頬張りました。 いつもの工場長の大食いぶりに、斉藤君はほっとしました。 |

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コメント(6)
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小石をふみふみ山羊が現れて、言う。
「君のこと、忘れていないからね」 小学生の頃、私は山羊の餌係だった。それなのに、山羊は私が乳房に触るのさえ嫌った。
兄が乳搾りの名人だった。 その山羊に、初めての子供が産まれた。 じつにかわいい奴だった。 親山羊は、心配そうだったが、子山羊は私になついて遊んでくれた。 でもその子はオスで、しばらくしてよそのおじさんがひきとっていった。 「オスは、殺されて肉になるのよ」 姉が言った。 「豚や牛とは違う、山羊は肉になんかなるものか」。 泣いた。とにかく別れがつらかった。 かたわらの石を拾って、子山羊の姿が消えた方に向かって投げた。 ある日、近くに住む同級生とつまらない理由で喧嘩した。
空襲で東京から疎開してきた子だった。 都会の子は往々にしてませている。 勉強もよく出来た。 当てるつもりがない小石があてをはずれて額にあたって血が噴き出した。 「石を投げるのは卑怯ものだ」とその晩、ひどく親父に叱られた。 中学生になって、兄、姉たちと草津方面に二泊のテント旅行をした。
白根山のお釜周辺を、子ヤギのように跳ねて歩いているうちに、坂をお釜に向かって走り出した。 前のめりにバランスを崩し、リュックの重さもあり、ブレーキが利かない。 「後ろに倒れろ」という大きな声が後ろから聴こえたが、もう遅い。 大きな石につまずいて一回転し、さらにズズッズとお尻で這った。 ズルズルズル 下方に、硫黄をたっぷり含んだのミルク色と青色とが混じるお釜が大きな口を開けていた。 「殺される」と観念した瞬間、メエーという呻き声が聞こえた。 無数の小石が突っ張る足先を抑えて笑っていた。 「助かった」。 擦り傷だけで済んだ。 子山羊が言う。
「石となって、君のすぐ近くにずっと生きていられて感謝してるよ」 |
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68歳、これまで生きて歳数を時間に換算すると何時間と何分になるのだろう。
時間ほど宝であり、無駄であり、これほど曖昧なものはない。 長かったり短かったり自由自在なように思える。 あの事件は私にとってまるで昨日のように浮かんでくる。
私の薬局業の始まりは34歳、都心からはるか離れた郊外、町田市だった。
売上は今と同様に上がらなかったが、若さがあった。 都心に通う同年代の客との交際と助けあう零細店の姿は懐かしい。 その閑静な商店街に、私にとっての大事件は突如として起こった。
「お父さん、大変」
その朝、路地で、町の有力者とタバコをくわえながらのんびりと話し込む間をぬって、妻の大声が飛んできた。 その10分後には、車の運転手になっていた。 そこに来てから2年、まだ町の隅々すら知っていない私が、横浜の地を、容易に運転できるはずがない。 後部席にはまさに隣、店のすぐ隣の本屋さんの奥さんが不安そうに乗っている。 自分よりは運転がうまいと思ってくれている妻には感謝するが、運転にはまるで自信がない。 行き先は会社務めで不在のご主人の実家近く、横浜市小机の産院である。 走りだしは、奥さんの指示で順調であった。 「大丈夫ですか?」 「ええ」 「忙しいのに、悪いですねえ」 「いや」 ふたりだけで、小部屋に、運転席と後部座席のこんな近くで話したことはない。 そんなのんびりとした時間も、「痛い?」という呻きにもみ消された。 「もう、産まれそう」の叫びに我を失った。 そうだ良く考えれば、ふたりだけの乗車ではなかったのである。 いま、まさにこの世の空気を触れんばかりの胎児も乗っていたのだ。 「もう少しですよ、頑張ってください」 と言ってみたものの、運転する腕が震えるのを抑え切らないほど、動揺した。 ケイタイもカーナビもない、昭和の終わりかけ、56年の話である 妻の指示を期待したが、どうにもならない。 奥さんはすっかり奥さんの世界へ入り込み、陣痛に耐えていた。 私は私で、道案内を失って、勘頼りの世界に迷い込んでいた。 三人の間に、真空の時間が流れた。 「この信号は?まっすぐですか?」 「ああ、もうダメ!」
もしかして、目的の産院からどんどん離れている方向へ車を進めているのではないか? 不安がハンドルさばきをも狂わせていた。 後続車の警笛音も、おぎゃあとしか耳に入らない。 「産院、産院、とりあえず産院だ」 そのとき、運よく産院の電柱標識が飛び込んできた。 案内板に従って走った。 後ろを振り向く余裕はまるでなかった。 「どこだ。どこだ。産院はどこだ?!」 「派水しちゃったわ」 あとで思えば、妙に落ち着いた声だったような気がするが、そんなことはあとでわかったことである。
「二人目で余裕があったったわ」と奥さんはうそぶいたが、そんなことは私にとって慰めにはならない。 「産声は聴いたの?」と嗤って妻は問うたが、聴こえてきたような気がする。いや、聴こえた。 おぎゃあ、と。自分の破裂しそうな鼓動だったかもしれないが。
産院の玄関に飛び込むと、私はクラクション盤を激しく叩いた。
出てきた看護師の姿に、開放感で気を失いかけた。 「こ、ここの産婦人科じゃないらしいのですが、う、産まれてしまったので、よ、よろしくお願いします」 タンカーだったか、電動椅子だったか、二人が運ばれていったことは、うっすらと覚えている。 車から離れられなかった。 「大丈夫ですよ、産まれるにはまだもう少し時間がかかりますよ。中にはいってお待ちください。ご主人」 看護師がにこやかにドア越しに声をかけた。 「いや、夫ではありません」と言う気力はもう残っていなかった。 またまた後日談になるが、無事に女の子が産まれ、行くべき産院はそこからもう10分も走れば到達したのだ。
たった10分、というが私には、永久なる時間に思われたのは、確かである。 時間は長くも短くも、その姿を変える化け物である。
その化け物のなかで、私は生きている。 残り少ない人生であるが、どうということはない。 |
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新米インフルエンザウィルスは嘆いた。もう死んでしまいと泣いた。
「どうした?、新米」番頭格のウィルスがにんまりとして尋ねた。 「ぼくの好きな山本君が死んでしまいました」 新米は大げさに思い出し泣きした。
「困った奴だ、気のいいのにもほどがある。B君に入り込め。そろそろワクチンの効果が切れるころだ」 「いやです。B君の家は金持ちのくせして、いちはやくワクチンを打つのに、学校の給食費を払わないのですよ」 「山本君はそんなに貧乏だったのか?」 「それはもう。お父さんは病気で療養中ですし、お母さんは晩まで近所のスーパーで働きどおし、部活でくたくたの身で山本君が朝晩の食事の用意をしていました」 「そんな根性では、ウィルスの世界を渡れないぞ」 「だから、もう終わりにしたいのです」 そこへ主人ウィルスがのこのこと帰ってきた。 「どこで、なん日も店をさぼってきたのです?」 番頭と大奥が眉間を狭めて言った。 「うん、永田町まで。あそこはいいぞ。不養生な連中が多い」 「ぼくは死にたい」 新米は、反省のない主人の表情と弁解に、また大袈裟に泣きだした。 「どうしたのです?いったい」 主人が怪訝そうに番頭に尋ねた。 こうこうしかじかですと、時間がもったいないといわんばかりに、番頭が説明した。 「わしが永田町界隈で徘徊してはいかんかな?」 「彼らはインフルにかかっても、熟議をさぼって静養する時間がたっぷりあるでしょう。不公平です」 新米の身で主人に食ってかかった。
「おお、有望なやつだ。ウィルスはこうあらねばならん」と嬉しそうに、にっこりしながら主人が言った。
きょとんとして新米は泣きやんだ。 「ウィルスの将来は明るいですね」と大奥ウィルス。 「なにを奥様までが!?」 番頭は頭を両手抱えてみせた。
「人間は、やっとのこと遺伝子操作がどうのこうのと偉そうだが、私たちは遺伝子そのもので、人間進化の主ですよ。新米のようなウィルスが増えれば、人間社会の暮らしもよくなります。さあさ、揃って夕食にでも出かけましょう。赤坂界隈にでも行きますか?あそこにも美味しい宿主がいっぱいです」 歩きながら新米が主人に尋ねた。 「ウィルスが進化の主とは、証拠があるのですか?」 「あるとも。家系図によると、わしの祖先は平安朝の公家だったらしい。土に埋葬されて多くのウィルスを放出したんだね。子孫が長い年月を経て、今のわちきがいる」 さも高貴な風流人らしく、とぼけてみせた。 「ぼくもいつかは山本君のような優しい子どもに生まれ変われるのですね?」
「おお、なれるとも、山本君から遺伝子をもらったからね」 |


