今日は完全フィクション。
手話通訳者としてどうありたいか。どう終わりたいか。
それを小説にしてみた (笑)
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私はろう者。耳が聞こえない。世間一般で理解されやすい言葉で言うなら、聴覚障害者だ。
だが私は、自分を「障害者」とは思っていない。生まれた時から聞こえない。だから、何かが「欠落している」とは思わないし、人から同情されるのも大嫌いだ。
ただ、世の中は聴者(耳が聞こえる、いわゆる普通の人)中心に回っている。我々ろう者は聴者との会話に難儀をするのも事実だ。
我々ろう者は、話すことはできる。聴者の中には「ろう者は話すことはできない」と思っている人もいるが、これは間違いだ。「ろうあ者」という言葉でひとくくりにされてしまっているからだろう。「ろう」は耳が聞こえないという意味で、「あ」は話せない、という意味だ。別々の意味なのに、「ろうあ」という一つの単語になってしまっていることの悪弊だ。
持病の腰痛治療に行くと、医師や看護師とは筆談で会話する。この筆談というやつがやっかいだ。面倒で相手の聴者も嫌がるし、タイムラグが生じるため「会話」とはちょっと違う感じになる。
私は話すことができる。聴者と同じにようには話せない。生まれつき聞こえなくて自分の声を自分の耳で聞くことができないため、ろう者独特の発声になる。しかし、相手が慣れてくればほぼ問題なく聞き取ってくれる。
私が話す→医師が聞く→医師がパソコンに文字入力する→私が文字を読む→私が話す
この繰り返しで会話する。
医師がキーボード入力している間、待っていることになる。
数年前から、手話通訳者派遣制度を利用するようになった。市役所福祉課が、我々ろう者とのやりとりにメールを使ってくれるようになったからだ。メールが認められる前はファックスするしかなかった。ファックスが面倒だったから、以前は制度を利用していなかった。
病院に手話通訳者を派遣してもらうようになると、医師との会話がスムーズになった。従来のように、医師のキーボード入力を待っている必要がない。医師が話すと、手話通訳者が同時通訳してくれる。
だが、一つ問題があった。手話通訳者は女性ばかりなのだ。腰痛がひどくなると痛み止め注射を打ってもらうが、注射を打つ時、下腹部を露出しなければならない。手話通訳に来てくれた女性に理由を話し、注射の時だけ、診察室を出てもらうようにした。男として、女性に下腹部を見られるのは苦痛だからだ。できることなら、痛み止め注射の時は看護師も男性であって欲しい。
地元ろう協忘年会で久しぶりに森野氏に会った。森野氏は長年ろう協の会長を務めた人物で顔が広い。腰痛治療の話題になった時、森野氏が、
「手話通訳者派遣申し込みをする時、たいしを指名してはどうか」
と言った。たいしの噂は聞いている。男性の手話通訳者だが、他の手話通訳者たちから激しく嫌われている人物だ。しかし、森野氏は「噂のような人物ではない」と言う。森野氏がそこまで言うなら、と考え、たいしを指名してみた。
実際に会ってみたら、確かに、噂とは違った。「すぐにキレる」と聞いていたから警戒していたが、たいしは終始笑顔で、むしろ明るい性格なのではないか、と思った。
しばらく治まっていた腰痛がまたひどくなってきた。久しぶりに市役所福祉課にメールして手話通訳者派遣を申し込んだら、返信がきた。
「実は、たいしさん、お亡くなりになりまして・・・・」
驚いた。先月病院に来てもらった時は元気そうだったが・・・・
心にぽっかりと穴が空いた気持ちになったのは、自分でも意外だった。病院で診察を待っている間、たいしと様々な話をしたことが思い出される。一度ぐらい、「いつもありがとう」と感謝の気持ちを伝えておけばよかった。
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