河野談話を守る会のブログ

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  まっとうな歴史研究を「自虐史観」として攻撃してきたのは誰か?

これまで右派は、満州事変にはじまる14年間の戦争について、まっとうな歴史研究の成果を「自虐史観」と述べて攻撃してきました。

「「侵略戦争」発言は自虐史観だ」とか
「南京虐殺があったというのは自虐史観だ」とか
「慰安婦の被害を述べるのは自虐史観だ」とか

皇軍(日本軍)の非道行為を少しでも指摘されるとそれを「自虐だ」と非難するわけです。「南京虐殺があった」と書いている本に「自虐史観」とレッテルを貼って価値を全否定することを、何かに憑かれたように一生懸命やっています。

「戦争にどちらが正義とは無いことを連合国視点で書いているから自虐だ」とか
植民地支配でインフラ設備が進んだことや欧米列強からの独立が早まったことを教えないから自虐」とか
「日本にも正義があったのに、自虐史観を教えている」とか・・・。

中には「自虐史観は、日本人の自信を失わせてはフヌケ化・無気力化する、とんでもない宗教であり、自虐史観の宗教から目覚めてもらっては困る勢力が、これまで日本で幅を利かして支配していた。」などというまったく根拠のない陰謀論のようなものを唱える人々もいます。

「自虐史観の宗教」というのですが、しかし、こうした理解はまったく逆であるというしかありません。
むしろ、「自虐史観」という言葉の方が神社本庁という宗教団体によって使われ、宣伝されてきた言葉です。
それをまず示しておきます。


        『神社新報』が使い広めた思想としての「自虐史観」攻撃

 『神社新報』は神社本庁の機関紙です。この機関紙が60年代から使っていたのが、「自虐史観」という言葉です。1965年(昭和40年)8月14日の【若木談話室】は「・・・当時を闇黒のように言う自虐史観は誤りである」と書いています。



藤岡信勝が『自虐史観の病理』を書く30年も前に「自虐史観」という攻撃的な言葉が発明されていたわけです。

その後、1967年9月2日の【維新の志士にまなぶ】(鳥巣通明)という記事でも、「もう自虐史観から解放されてもよいのではないか」という主張があります。
(注 下村博士の説を紹介している文章なのですが、下村博士という人が誰で、いつ何を言ったのか、はまったく分かりません)

「自虐史観」でキーワード検索すると1946年〜2007年までで、55件の記事が見つかりますが、それ以外にも「自虐」「歴史」は約90件あり、例えば1958年(昭和33年)の【若木論壇 歴史教育協議会の声明に駁す】という記事には「自虐的な歴史教育に血眼になったのは誰か」という文章があります。

さらに1959年(昭和34年)7月18日には、村尾次郎が「日本政府罪悪史」という言葉を使いながら「歪んだ自虐主義に陥るだけ」と主張しています。

村尾次郎は、あの皇国史観平泉 澄の弟子であり、当時文部省の教科書調査官に就任し、家永三郎が執筆した『新日本史』を検定で不合格処分にしました。さらに後の右翼教科書『新編日本史』の執筆者でもあります。

そのあたりの事情はすでに書いていますので、読んでおいてください。

ですから、「自虐史観の宗教」という上記の主張は誤りであり、逆に「自虐史観などと攻撃をする側が、神社本庁という宗教の影響を受けている人々」なのです。「信者さん」と言った方がよいかもしれません。ネトウヨに神社の信奉者が多いことはすでに述べました。日本民族の中で、原理主義的な神道信者が暗躍しているというのが、現代の世相なのですhttps://blogs.yahoo.co.jp/kounodanwawomamoru/65835486.html

それから、言うまでも無い話ですけど、1950年代とか、60年代には「南京虐殺を唱えるのは自虐史観だ」「慰安婦問題を唱えるのは自虐史観だ」とかいう主張はありません。そういう具体的なものがなくて、ただ自虐的だと言っています。具体的な主張が出てくるのはずっと後の話です。


  
     
            自虐史観」という主張の展開

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「自虐史観」という言葉は、当時東大の教授であった藤岡信勝が1997年9月に『自虐史観の病理』を書いて一気に有名になりました。しかし、それまでにもこの言葉とその思想は、『神社新報』で使われ、やがて神社界に近い関係にある「日本を守る会」や「日本を守る国民会議」など右翼団体の人々によって広まりました。その様子を探ってみます。

例えば、1993年(平成5年)9月13日、当時の細川首相が「侵略戦争」発言したことに、反発した千人規模集会が、千代田区の日本工業倶楽部大ホールで開かれました。【日本は侵略国ではないー細川内閣糾弾国民集会】と題されています。

小堀桂一郎、中村粲、佐藤勝巳、加瀬英明、黄文雄、小田村四郎(元行政管理庁事務次官)、松永永芳(前靖国神社宮司)、泉谷達(ビルマ独立参加)、黛敏郎、佐藤和男、など右翼運動を知っている人間ならおなじみの名まえが登壇しています。この時、満場一致で採択した案文が「詔勅否定」「英霊冒瀆」「国益毀損」「自虐史観強制」の断固糾弾、責任を追及する、というものでした。(『神社新報』h5-9.20)

「詔勅否定」とか「英霊冒瀆」とか神道信者以外には意味がない言葉に加えて、「自虐史観」が入っています。
それにしても今頃「詔勅」とは、なんてファナチックな人々なのか?いまだに天皇を神にしておきたいわけです。そういう人たちだけが「侵略戦争」を否定したいわけです。

この細川首相の「侵略戦争」発言の際には、右翼団体、靖国を含む神社、産経新聞、正論など・・・・から激しい非難が沸き起こり、自民党議員たちも<歴史検討委員会>を造りました。その会議の席上で、後の首相の橋本龍太郎は「細川発言は・・遺族として耐えがたい。東京裁判に毒された歴史観を立て直し、正しい歴史観を確立してもらいたい」と発言しています。


藤岡信勝は「「東京裁判=コミュンテルン史観」と呼ばれるのがふさわしい暗黒=自虐史観・・・」(『自虐史観の病理』p254)と書いていますが、「東京裁判史観」という言葉も、「自虐史観」と同じ意味合いの言葉で、しばしばいっしょに使われています。

それから、安倍首相は2013年4月23日の参議院予算委員会で「侵略の定義は、これは学界的にも国際的にも定まっていない」と発言しましたがそれは、1994年の<歴史検討委員会>の勉強会ですでに主張されていることです『大東亜戦争の総括』P330)。初当選したばかリの安倍議員も、<歴史検討委員会>の一員でした。ちなみに、その10年も前の『神社新報』1982年(昭和57年)9月13日1面の葦津珍彦の記事<日本は列国植民地か 検定教科書の不見識 上 独裁政権下の歴史観>が、すでに「侵略の語は国際的意味が固まらない」と主張しています。しかしこれはただの不見識な意見というしかありません。

この<歴史検討委員会>の勉強会の特徴の一つは、一人もまともな歴史学者を呼んでいないことです。

多くが<神政連>や<日本を守る国民会議>など右翼団体の参加者や親派であり、学者であっても英文学をやってる人とか、産経記者を呼んで、彼ら好みの歴史を語らせるという歪んだ形の勉強会でした。講師は思い思いに、妄想的に処理された歴史修正主義論説を語っており、「東京裁判史観」であるとか、「WGIP」とかをいたるところで述べています。
「東京裁判史観」という言葉は、小堀桂一郎(『大東亜戦争の総括p329)、大原康雄(『大東亜戦争の総括p373)たちが述べ、佐藤和夫は、「東京裁判史観」を述べると同時に、「自虐的な史観」と述べています(『大東亜戦争の総括p202)。1994年12月には産経新聞の安村廉も、社会党を批判しながら「自虐的な史観」と述べています『大東亜戦争の総括p405)

これよりも約10年前の1984年(昭和59)4月20日、この<歴史検討委員会>の中心にいた奥野誠亮衆院議員(当時、元特高警察課長)は、<英霊にこたえる会>の第10回総会で、

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『神社新報』s59−4.30 3面)

と述べています。「自虐精神」という言葉とWGIP論につながる「占領政策の後遺症」という言葉に注目していただきたい。

なぜWGIP論を唱えた江藤淳は自殺したのでしょうか?
そもそも、WGIP論はどういう経由で造られたのか?

その秘密もいずれは明らかになるでしょう。しかし、その前に「自虐史観」という言葉についてです。

これまで、当会では、様々な論説や運動が神社界から飛び立ったことを証明してきました。
例えば、「美しい国(すばらしい国)」という主張
WGIP論の元となる「日本人は占領軍に洗脳されている」という主張もhttps://blogs.yahoo.co.jp/kounodanwawomamoru/66051391.html
神社界から飛び立ったもののひとつです。
「慰安婦問題否定論」は神社界によって育てられhttps://blogs.yahoo.co.jp/kounodanwawomamoru/66002276.html?type=folderlist、神政連は、「慰安婦問題」を歴史教科書から削除すべく暗躍していましたhttps://blogs.yahoo.co.jp/kounodanwawomamoru/66029472.html

そして今回は「自虐史観」という言葉とその背後の思想も、神社界の産物だということが明らかになったわけです。

次回は藤岡信勝と日本会議、神社界との関係について述べることにします。





     








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2017/11/19(日) 午後 6:27 [ 河野談話を守る会 ] 返信する

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