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右派論壇ーとりわけ産経「正論」は、「歴史問題」に関して日本政府の海外活動を誘導して来た。これと共鳴している安倍政権が外務省を使って国連や米国を舞台に歴史認識を積極的に発信を始めたのである。その中心は言うまでもなく、「慰安婦」問題である。

安倍政権以前も外務省は、日本国にとって不利な海外での歴史認識を抑制する機能を果たしてきた。やがて第一次安倍政権での米国下院決議の際にはかなり露骨なロビー活動があり、44万8000ドルがロビー会社に支払われたと産経新聞は伝えている。(下①)

    ☆ではどのようなロビー会社を日本は使っていたのだろうか?

現在は産経新聞社で、会社の方針に沿って歪曲した「慰安婦」関連記事を量産している古森義久記者が、まだ毎日新聞社に在籍していた時代に書いた『ワシントンレポート ジャパンを叩け! 特派員だけが知っている米国最新情報』には、70年代から80年代にかけてのジャパン・パッシングに抗して日本政府が使っていたおよそ16社のロビー会社の名前が挙げられている。古森によれば、日本政府は金に「糸目を付けず」これらのエージェントを使っていたという。

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 PHP研究所 (1983/8/11)













●ダンザンズキー・ディッキー・タンディンクス法律事務所
●ダニエルス・ホーリハン・バルメター法律事務所
●日米貿易協議会
●ホーガン・ハートソン法律事務所
●クラドウホス・ブラシェアス法律事務所
等 の名前が見られるが、この内、ホーガン・ハートソン法律事務所は慰安婦問題でも使っている。(下の①)


             ☆ 最近の「歴史戦」予算


外務省では平成 27年(2015年)度予算から、最重要項目「戦略的対外発信」予算が始まっており①日本の「正しい姿」の発信(歴史認識を含む)②日本の多様な魅力の更なる発信、③親日派・知日派の育成に資する事業等を実施するため、約500憶円の予算がつけられている。

『「戦略的対外発信」と外交実施体制の強化』 http://www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/rippou_chousa/backnumber/2015pdf/20150302056.pdf
●産経新聞2014/8/28

                       外務省 27年度予算

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(『27年度予算概算要求』 http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000050188.pdf )

500憶円全額が、「慰安婦」問題に使われているわけではないが、ODA資金の流用や外交機密費などの流用も考えられ、かなりの金額が「慰安婦問題を否定するための活動」に費やされていると言えるだろう。

具体的にみることにするが、ここで記録した内容が全てではない事は予め断っておきたい。





 ① 2007年3月1日〜8月31日  44万8000ドル
第一次安倍政権におけるロビー活動

【慰安婦決議阻止へ4200万円 日本政府 米ロビー会社に支払う】産経新聞
2009.8.29 21:50

 【ワシントン=有元隆志】米下院で慰安婦問題に関する対日非難決議が審議されていた2007年、日本政府が決議の採択を阻止する活動の一環として米国の有力ロビー会社を使い、半年間で約45万ドル(約4200万円)をこの会社に支払っていたことが29日までに明らかになった。会社側が米司法省に提出した資料から分かったもので、当時のチェイニー副大統領や下院関係者への働きかけを示す記録も含まれている。

 このロビー会社は「ホーガン&ハートソン」。同社は元政府高官ら共和、民主両党の関係者を抱え、所属弁護士も1100人以上にのぼるという。資料によると、日本政府は07年3月1日から8月31日までの間に、同社に44万8000ドルを支払った。


2009.8.29 




その経過を伝えた 朝鮮日報 の記事である
 

 朝鮮日報
2012/07/23
【コラム】「下院121号決議」と日本の失策

2007年7月30日は、韓国の外交史に記録されるべき日だ。この決議案は民主党のマイク・ホンダ議員が発議したもので、第2次世界大戦当時の「性的奴隷(慰安婦)」に対する日本政府の謝罪を求めている。米国は以前から、韓日の歴史問題には介入しない姿勢を貫いてきたため、この決議は異例ともいえる。

07年初めごろには、この決議案の採択を楽観視する人は多くなかった。同様の決議案は1990年代から何度も推進されたが、常に「未決」の書類箱に入れられたまま破棄されてきた。米国の政界に浸透した日本のロビー能力は、越えられない壁のように思えた。

だが、日本の政治家たちが犯したある決定的な失策が、同決議案の推進を加速化させる結果となった。
07年6月14日、国会議員45人を含む日本のオピニオンリーダー63人が米紙「ワシントン・ポスト」に掲載した「事実(The Facts)」と題する意見広告で「軍の慰安婦(comfort women)募集に強制はなかった」と主張したのだ。

これは、在米韓国人団体が同紙に掲載した広告「慰安婦に対する真実(Truth)」に反論するものだった。日本側はまた、米国が1945年に日本に進駐した後「慰安所(comfort station)」の設置を日本側に要請したとも主張した。

これを機に、米国国内で逆風が吹き始めた。米国の多くのオピニオンリーダーたちが、日本に背を向けたのだ。日本を訪問した当時のディック・チェイニー副大統領はこの広告に不快感を示し、掲載の経緯を把握するよう求めた。ナンシー・ペロシ下院議長も、この広告を機に決議案の採択を決めた。

下院121号決議の対策委員会を立ち上げ活動してきた在米韓国人たちが、この広告に憤った下院議員たちと相次ぎ接触した結果、広告掲載からわずか1カ月半後に、それまで不可能と思われていた決議採択が実現した。

日本は近ごろ、5年前のこの失策を繰り返して米国人の怒りを買っている。日本外務省は、米国市民権を持つ在米韓国人たちがニューヨーク州に建立した「性的奴隷の追悼碑」を撤去するよう要請し、米国社会の反発を招いた。

クリントン国務長官が「慰安婦」の代わりに「強制的な性的奴隷」という言葉を使うよう部下に指示したのも、こうした日本の動きに不快感を抱いたため、との見方が強い。スティーブンス前駐韓米国大使も先ごろ、韓国メディアとのインタビューで「当時、性的奴隷になることを強制された韓国人女性たちが、痛ましい被害と残酷な人権侵害を受けた」と述べた。

こうした状況は、日本が戦時の性的奴隷問題を認めず、問題の火消しを図ろうとすればするほど米国国内で反発が強まる、というパターンが定着しつつあることを示している。めったにないこの状況をどう国益に結び付けていくのか、韓国政府と民間団体は真剣に考える必要がある。       
 

李河遠・政治部  



この下院決議の際には加藤良三駐米大使がペロシ下院議長ら五人の下院指導者にあてた書簡を送ったとロイター通信が伝えている。加藤は、決議案が採択されれば「永続的で有害な影響」があると述べたという。






    
  ②2012年9月からの1年間、1社には52万3000ドル(約5337万円)、もう1社には19万5000ドル  =計71万8000ドル


http://japanese.yonhapnews.co.kr/relation/2014/02/07/0400000000AJP20140207000700882.HTML

日本政府が慰安婦問題でロビー活動=米議会専門紙
2014/02/07 09:38
【ワシントン聯合ニュース】第2次世界大戦中の旧日本軍慰安婦問題をめぐり、日本政府が米政界に対し組織的なロビー活動を展開したことが確認されたと、米議会専門紙ザ・ヒルが6日(現地時間)付で報じた。
 同紙によると、日本政府はワシントンにある少なくとも二つの業者に依頼し、慰安婦問題に関する米政界の動きを綿密に把握した。
 たとえば1社の資料には、昨年7月に共和党議員らが在米韓国系団体のリーダーらと会った席での発言内容が記された。橋下徹大阪市長の発言に触れながら慰安婦問題を取り上げたロイス下院外交委員長の発言や、これに対する別の議員の反応などが具体的に記録されている。
 また、慰安婦強制動員に対し日本政府に正式な謝罪を求める慰安婦決議の議会通過6年を記念した行事に関し、決議通過に主導的な役割を果たした日系のマイク・ホンダ下院議員やロイス委員長らの発言内容を記録した。このほか、米国内での慰安婦関連の広告や法案、記念碑などに関する資料も収集した。
 もう1社も、昨年5月にロイス委員長が橋下市長の慰安婦発言を強く批判した下院演説の内容などを報告した。
 米司法省の資料によると、日本政府は2012年9月からの1年間、1社には52万3000ドル(約5337万円)、もう1社には19万5000ドルを支払った。
〜(略)〜


この時期、日本政府はホーガン・ロヴェルズ法律事務所を使っていた。
 
●2013年の「ベトナムの声」の声明

2013年、朴クネ前大統領が訪米した際、そのタイミングに合わせて 在米ベトナム人団体(というふれこみの)「ベトナムの声」が声明を出した。その際に同席し、「ベトナム戦争中の韓国軍兵士による性的暴行について、朴大統領は謝罪しなければならない」と主張したのがノーム・コールマン元上院議員であった。

しかしこの人物は日本政府が雇ったロビイストであると[朝鮮日報日本語版]と[韓国版世界日報]は伝えている。

韓国軍の性的暴行、謝罪求めた人物は日本政府が雇ったロビイスト(朝鮮日報日本語版)

朴槿恵(パク・クンヘ)大統領の訪米に合わせ、「ベトナム戦争中の韓国軍兵士による性的暴行について、朴大統領は謝罪しなければならない」と主張したノーム・コールマン元上院議員は、日本政府が雇ったロビイストであることが分かった。コールマン元議員は15日、在米ベトナム人団体「ベトナムの声」が関連記者会見を開いた際、朴大統領に謝罪を要求する映像メッセージを送った人物だ。ワシントンの外交消息筋によると、元議員は世界各地に拠点を持つ「ホーガン・ロヴェルズ法律事務所」に所属するロビイストだという。同法律事務所は日本政府が従軍慰安婦問題に対応するため雇ったロビー業者だ。

朴槿恵大統領が米国ワシントンに到着して翌日の15日(現地時間)。有力経済紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)に朴大統領の顔写真が入った全面広告が載せられた。朴大統領訪米を歓迎する広告ではない。広告の半分を占めた尋常でない表情の東洋系おばあちゃん4人の顔写真と「朴大統領が性的暴行被害者に謝罪する時だ」というタイトルの下に「韓国軍が犯した性暴力のベトナムの被害者が勇気を出して謝罪を要求する」という説明が書かれている。誰が出した広告か。「ベトナムの声」(Voices of Vietnam)という団体だが、米国ではほとんど活動がなく、広告もなかった幽霊団体である。

この団体は、独自のサイトまで開設した。サイトには、「ベトナム戦争時に韓国軍によってなされたレイプや性的暴行を受けた何千人ものベトナムの被害女性たちの証言を保存する団体」と紹介されている。1969年の米陸軍監察官報告書や朴大統領と国連総長に送る嘆願書などの資料4件のせている。最初の文は去る13日になってようやく掲載され、嘆願書が作成された日付がそれぞれ15日、14日であり、即興感は否めない。

少なくない広告費を誰が出したのか。いくら交渉をよくしてもWSJに全面広告を出すには6,7万ドル(7000万ウォン前後)がかかる。市民団体が、それも新生組織が短期間で用意するのは容易ではない金額だ。ニューヨークで活動する韓国人団体である市民参加センターのキム・ドンソク常任理事は、日本が背後で操っていることを疑っている。根拠は。15日、「ベトナムの声」主催でワシントンのナショナルプレスビルで開かれた記者会見である。この日の会見では、コールマン元上院議員が画像のインタビューに出て、この団体を支援した。彼は「日本政府に慰安婦関連のリンゴを要求する韓国もベトナム戦性的暴行について謝罪しなければならない」と述べた。そして彼は、日本政府が、以前から慰安婦問題と関連し、雇用したロビー会社「ホーガンロベルス」所属なのだ。

韓日両国は歴史問題などで過去3年半の間中断された韓・中・日の首脳会議の再開と韓日首脳会談の開催のために水面下の接触している。また、韓米首脳会談の主要議題の一つである北朝鮮の核問題は、日本の懸念事項でもある。今では、日韓両国が相手国を刺激しないようにこれまで以上に注意しなければならない時期だ。日本が慰安婦問題を隠ぺい朴大統領の訪米に合わせて、私たちの不快な過去を取り上げたものであれば稚拙極まりないと言えよう。

パク・ヒジュン論説委員 
世界日報/Naverニュース(韓国語)(2015-10-16 22:23)



③ 金額は不明

http://japanese.joins.com/article/269/197269.html

日本、月に3、4人がワシントンで「外交ロビー活動」
2015年03月04日08時47分 
 
中央日報/中央日報日本語版


3日午後、ソウル都染洞の外交部庁舎では、シャーマン次官の発言に関する記者の質問が続いた。魯光鎰(ノ・グァンイル)外交部報道官は「過去の問題に対して韓米が立場を共有しているという点をもう一度確認した」という言葉を繰り返した。「韓国政府はシャーマン次官の発言をどう判断するのか」という質問に対し、「シャーマン次官の発言に対し、問題がある、ないと判断するのは適切でないと考える」と答えるにとどめた。 

  2日(現地時間)の米ワシントンも同じだった。米国務省のハーフ副報道官は定例記者会見で、「シャーマン次官の発言は決して政策の変化を反映するものではない」とし「シャーマン次官の発言は特定の人物や国を想定したものではない」と釈明した。会見中に韓国に友好的な「東海(East Sea、日本名・日本海)」という表現も使った。国務省は海外記者室に出した別の論評では「村山元首相と河野元官房長官の謝罪は、日本が周辺国との関係を改善するにおいて重要な契機となった」と強調した。 

  このように韓米外交当局はシャーマン次官の発言の波紋を収拾しようと努める姿だ。にもかかわらず、韓日中の歴史紛争に対する米国の視点が変わったという懸念は強まっている。 

  国立外交院のキム・ヒョンウク教授(米州研究部長)は「シャーマン次官の発言の背後には、日本の緻密なロビー活動により変わっているワシントンの雰囲気がある」と述べた。実際、米シンクタンクを往来する国内の学者は最近、日本のロビー活動の力を実感すると伝えている。匿名を求めたある国際関係専門家は「安倍政権に入った後、日本政府・議会の関係者がほとんど1カ月に3、4人の割合でワシントンを訪問し、自分たちの立場を説明している」とし「日本が資金を出す共同プロジェクトも多いが、何よりもワシントンの人たちと日本政府の間で疎通が可能なチャネルが多数形成されている」と伝えた。 

  米国で親日性発言も増えている。デニス・ブレア笹川平和財団理事長は1月8日、「日本は過去にぞっとするような問題を起こしたが、韓国もベトナム戦争で非常に無慈悲だった」と述べた。ブレア理事長は米国家情報局(DNI)局長出身だ。 

  朴振(パク・ジン)元国会外交統一委員長(現韓国外国語大客員教授)は「韓日関係でワシントンのオピニオンリーダーと韓国政府の間に認識の違いがあるのは事実」とし「米国は韓日関係が歴史問題でこじれるのを望ましくないと見ているが、これに対して我々の立場を正確に知らせて理解させる公共外交を強化する必要がある」と強調した。





④1996年頃
(金額は不明)
日本が韓国の「慰安婦決議案」提出を阻止、米国にこっそりロビー活動、96年の米文書で明らかに―中国メディア

日本政府が1996年、韓国が国連に慰安婦問題の決議案を提出することを阻止するため、米国に対して積極的なロビー活動を展開していたことが分かった。環球網が伝えた。

【その他の写真】

9日付韓国聯合ニュースが米国務省が公開した機密解除文書を引用して報じた。それによると、96年2月28日、当時のクリントン政権の実務担当者が外交電文の中で、「日本は韓国が国連人権理事会(UNHRC)に慰安婦問題の決議案を提出することに憂慮を示している」としたほか、「韓国が決議案を提出した際には、米国は韓国および日本の官僚と米国が発揮すべき役割について協議する必要があると考える」と伝えた。

その2日後の3月2日の外交電文には、「米国大使が日本大使とニューヨークで会う予定。日本大使は米国務次官、東アジア太平洋担当の国務次官補とも会いたがっている」と記されていた。

これに対し、聯合ニュースは、日本が当時、韓国が慰安婦問題を国際問題化しようとしていることを察知し、これを阻止するために直ちに米国に対してロビー活動を展開したことで、韓国は当時、決議案を提出しなかったと報じている。

(編集翻訳 小豆沢紀子)



⑤ 裁判費用
2000年〜2003年  計約1億5千万円
(うちODA予算から約6千万円)

http://www.47news.jp/47topics/e/261836.php
米弁護士報酬にODA予算 慰安婦訴訟で6千万円 
2015/02/07

アジアの女性が第2次大戦中に従軍慰安婦として働かされたとして、日本政府を相手取り米国で起こした賠償請求訴訟で、在米日本大使館が、依頼した米国人弁護士に支払った報酬のうち、約4割を政府開発援助(ODA)予算から経費として支出していたことが6日、外務省への取材で分かった。外務省の資料によると、見込み額も含め6千万円と算出できる。
 ODAは、途上国の発展や福祉の向上を目的とした資金・技術協力だが、先進国での弁護士報酬に充てられていた。専門家は「本来の目的と異なる。政府の自己弁護にODAを使うのはおかしい」と疑問視する。
 外務省会計課は支出を認めた上で「在外公館の経費にODA予算を支出するのは国際ルールに基づき、問題ない」と話している。
 訴訟は、米国外での行為を裁くことができる「外国人不法行為法」に基づき韓国、中国、台湾、フィリピンの15人が2000年9月、ワシントン連邦地裁に起こした。
 米司法の管轄権の有無が争点となり、01年10月の一審は訴えを退けた。最高裁は06年2月、「政治問題に介入できない」として却下し、日本政府の勝訴が確定した。
 外務省アジア大洋州局地域政策課の資料「米国における元慰安婦による訴訟」によると、同大使館は現地の顧問弁護士に弁護を依頼。00年10月からほぼ毎月、数万〜数百万円を支払った。
 00〜03年の報酬は見込み額も含め計約1億5千万円と計上していた。うち4割がODAからとも記載されているため、約6千万円となる。外務省によると、会計課の記録は破棄された。終結した06年までを含め、実際の支出総額は不明だ。
 神戸大大学院の 高橋基樹 (たかはし・もとき) 教授(国際開発学会会長)は「国民の税金でまかなわれるODAは開発と貧困削減のために使うべきであり、国民からも途上国の人々からも理解を得られないのではないか。援助と経費をきちんと仕分けるべきだ」と指摘している。
(共同通信)



北海道新聞 2015年2月7日朝刊37面ODAで弁護士報酬 在米大使館 慰安婦訴訟に使用
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                            (写真は https://togetter.com/li/783588 から)




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     エロ・グロ・ナンセンス
第10巻でもっとも迫力があるのは、日本軍の残虐行為を描いた①斬首②銃剣術の刺突③妊婦の腹裂き④女性器に一升瓶を押し込む4コマ続きだろう。しかし①〜③は洋の東西を問わず流通してきた残虐物語の定番と言える。②の代わりに赤ん坊を空中になげ、銃剣で刺すシーンが入ることもある。われわれの世代だと、どこかで見聞きしたはずだ。
マニアの間では起源をめぐるろんそうも起き、赤ん坊を放り上げるのはトルコ軍かロシア軍の得意技らしいと書いた論文を読んだことがある。
そこで元兵士に聞いてみると、彼は銃剣を構える動作を試みた後、「技術的に無理だと思うよ」と答えた。マスコミで流通している斬首写真の多くは、日中戦争期の中国の特務工作部が、アマ俳優を使って撮影した「やらせ写真」であることが立証されているが、さりとてこの種の行為がなかったとは言えまい。
しかし④は見聞きした記憶がなく、ゲンの作者が思いついた空想シーンと断じてよいと思う。念のため友人の医師に聞いてみたが、「物理的に不可能」という返事だった。
  (『慰安婦問題の決算』(p116)



これは秦郁彦の「慰安婦」問題がらみの最新作『慰安婦問題の決算』のp116である。最初に書かれている「第10巻」というのは、『はだしのゲン』第10巻の事だ。要するに『はだしのゲン』に書かれている内容を秦郁彦が否定的に扱っているのである。

             


問題視しているのはこのシーンである  ↓


皇軍が戦争中にやったことをゲンが話しているシーンである。嫌なシーンだが、皇軍がしばしばこの手のことをやっていたのは、多くの記録が物語っている。


              ① 「銃剣術の的にした話」
                


例えば、「銃剣術の的にした話」は、皇族である三笠宮崇仁も戦地で陸軍参謀時代に同僚から聞いたという。

  
































                                     ( 『This is 読売』1994-8 )

<殿下にインタビュー>

「最近の新聞などで議論されているのを見ますと、なんだか人数のことが問題になっているような気がします。辞典には、虐殺とはむごたらしく殺すことと書いてあります。つまり、人数は関係ありません。私が戦地で強いショックを受けたのは、ある青年将校から『新兵教育には、生きている捕虜を目標にして銃剣術の練習をするのがいちばんよい。それで根性ができる』という話を聞いた時でした。それ以来、陸軍士官学校で受けた教育とは一体なんだったのかという疑義に駆られました」(p56)





        ②捕虜を試し切りしたり銃剣で刺すのは
        よくあることだった

十二月十三日 天気晴朗
一、本日正午高山剣士来着す
  捕虜七名あり 直に試斬を為さしむ
  時恰も小生の刀も亦此時彼をして試斬せしめ頚二つを見込(事)斬りたり
                                    (第十六師団長、『中島今朝吾日記』より)


陸軍の兵士が、その五人を鉄の垣根のところへ連れ出し、江へ面して手すりに向こうむきに並ばせては、後ろから銃剣で突き刺すのである。その様子は、とてもまともに見ていられない。海軍中尉も、この様子を見て「とても後ろから斬りとばすことはできない」とやめてしまった。
               (『偕行』1985年1月号 P32「住谷盤根氏の回想」)


一将校が軍刀で日本刀の切味を試さんとしたら少しのすきをみて逃げ出したのを自分と××君と二人で追い・・・(略)・・・
             (『南京大虐殺を記録した皇軍兵士たち』 P36「斉藤次郎陣中日記」


十一月二日、夜半、中国軍正規兵一名を捕えた。
朝、小隊長伊藤少尉が、軍刀の試し切りをすると斬首する。
               (山本武『一兵士の従軍記録』


陸軍第五十九師団師団長陸軍中将藤田茂筆供述書「俘虜殺害の教育指示」
「兵を戦場に慣れしむる為には殺人が早い方法である。即ち度胸試しである。之には俘虜を使用すればよい。4月には初年兵が補充される予定であるからなるべく早く此の機会を作って初年兵を戦場に慣れしめ強くしなければならない」 「此には銃殺より刺殺が効果的である」
   (『侵略の証言−中国における日本人戦犯自筆供述書』新井利男・藤原彰編)

鬼になる洗礼
 昭和7年(1932年)1月のある日だった。入営して二ヶ月にもならない。兵舎から200メートルほど離れた射撃場からさらに100メートルの所に、ロシア人墓地があった。その墓地に三中隊の60人の初年兵が集められた。大隊長や中隊長ら幹部がずらりと来ていた。「何があるのか」と、初年兵がざわついているところに、6人の中国の農民姿の男たちが連れてこられた。全員後ろ手に縛られていた。上官は「度胸をつける教育をする。じっくり見学するように」と指示した。男たちは、匪賊で、警察に捕まったのを三中隊に引き渡されたという。はじめに、着任したばかりの大隊長(中佐)が、細身の刀を下げて6人のうちの一人の前に立った。だれかが「まず大隊長から」と、すすめたらしい。内地からきたばかりの大隊長は、人を斬ったことなどなかった様子だった。部下が「自分を試そうとしている」ことは承知していたろう。どんな表情だったか、土屋は覚えていない。彼は、刀を抜いたものの、立ちつくしたままだった。「度胸がねえ大隊長だナ」と、土屋ら初年兵たちは見た。すぐに中尉二人が代行した。 ヒゲをピアーッとたてた、いかにも千軍万馬の古つわもの、という風情だった。こういう人ならいくら弾が飛んできても立ったままでいられるだろうな、と思った。その中尉の一人が、後ろ手に縛られ、ひざを折った姿勢の中国人に近づくと、刀
を抜き、一瞬のうちに首をはねた。土屋には「スパーッ」と聞こえた。もう一人の中尉も、別の一人を斬った。その場に来ていた二中隊の将校も、刀を振るった。後で知ったが、首というのは、案外簡単に斬れる。斬れ過ぎて自分の足まで傷つけることがあるから、左足を引いて刀を振りおろすのだという。三人のつわものたちは、このコツを心得ていた。もう何人もこうして中国人を斬ってきたのだろう。
首を斬られた農民姿の中国人の首からは、血が、3,4メートルも噴き上げた。「軍隊とはこんなことをするのか」と、土屋は思った。顔から血の気が引き、小刻みに震えているのがわかった。そこへ、「土屋!」と、上官の大声が浴びせられた。 上官は「今度は、お前が突き殺せ!」と命じた。

・・・「ワアーッ」。頭の中が空っぽになるほどの大声を上げて、その中国人に突き進んだ。両わきをしっかりしめて、といった刺突の基本など忘れていた。多分へっぴり腰だったろう。農民服姿、汚れた帽子をかぶったその中国人は、目隠しもしていなかった。三十五、六歳。殺される恐怖心どころか、怒りに燃えた目だった。それが土屋をにらんでいた。
目前で仲間であろう三人の首が斬られるのを見ていたその中国人は、生への執着はなかった、と土屋は思う。ただ、後で憲兵となり、拷問を繰り返した時、必ず中国人は「日本鬼子」と叫んだ。「日本人の鬼め」という侵略者への憎悪の言葉だった。そう叫びながら、憎しみと怒りで燃え上がりそうな目でにらんだ。今、まさに土屋が突き殺そうという相手の目もそうだった。
恐怖心は、むしろ、土屋の側にあった。それを大声で消し、土屋は力まかせに胸のあたりを突いた。
         (『聞き書き ある憲兵の記録』朝日新聞山形支局「元憲兵 土屋芳雄の話」)


秦は「①〜③は洋の東西を問わず流通してきた残虐物語の定番」と述べ、得意の「どこにでもあった論」で誤魔化そうとしているが、到底誤魔化せるようなものではないだろう。


               ③赤子を銃剣で刺し殺す話
赤子を銃剣で刺し殺す話も、創価学会青年部が熊本第6師団の元兵士の回想を集めた『揚子江は哭いている』はこう書いている。 

 

      
 日本軍の急進撃のため、路傍に取り残されて泣いている赤ん坊がいた。母親が殺されたのか置いて逃げたのかわからないが、一人ぽつんと残されていた。その子を歩兵の一人が、いきなり銃剣でブスリと、串刺しにしたのである。
 赤子は、声を出す間もなく、即死した。
 突き刺した兵は、さらに、刺したまま頭上に掲げた。それも誇らしげに・・・。「やめろ」という間もない、アッという間の出来事であった。
                    (『揚子江は哭いている』P93〜P94)




           ④「一升瓶を女性の性器に叩き込む残虐行為」



「④は見聞きした記憶がなく、ゲンの作者が思いついた空想シーンと断じてよい」と秦は書いているが、”バカを言うな”と言うしかない。

秦は色川大吉が戦時中の出来事を半自伝的に書いた『ある昭和史 自分史の試み』を読んだこともないのだろうか?
秦にとっては、歴史学者として先輩になるわけだが。






このブログではすでにここに書いている。

                  
               (『ある昭和史 自分史の試み』p68)


まさに『はだしのゲン』が描いた通りのシーンであり、『はだしのゲン』の作者である中沢啓治はこうした話を読んだり、出征兵士から聞いていたのかも知れない。近現代専門の歴史学者秦郁彦よりも漫画家中沢啓治の方が歴史に詳しいという事実に我々は失笑せずにはおれない。

この色川大吉の話は吉田裕教授(近現代専門の著名な歴史学者)『天皇の軍隊と南京事件』に引用している。秦の「見聞きした記憶がなく」や「ゲンの作者が思いついた空想シーンと断じてよい」は、秦の不勉強から生じた見解であると断じてよいだろう。

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                                             (吉田裕『天皇の軍隊と南京事件』


『はだしのゲン』への攻撃は在特会とその周辺がはじめたことである。まるで歴史資料を知らないレイシストたちが、日中戦争時に皇軍兵士が犯した罪悪について無知なのはまだしも教育の弊害として情状酌量の余地がないでもないが、専門研究者であり近現代史について数多くの著作をし、南京事件に関しても本を書いている秦がそれに同調し、「見聞きした記憶がなく、ゲンの作者が思いついた空想シーンと断じて」しまうのは甚だしい不見識である。

また、たとえ色川の『ある昭和史 自分史の試み』を読んだこともなく、あるいは読んだが失念している場合でも、日中戦争史の強姦で、異物を女性器に入れて殺害する行為は、様々な著作物に書かれていることなので、「性器に一升瓶を入れて殺す」もあったかも知れないと考えるのが正しい考察の仕方であろう。

例えば、秦が『現代史の争点』P10で、「シンドラーとは比較にならぬほどの義人」「インパクトと説得力を持っている」と高い評価を与え、*関西の新聞に「資料的な価値は高い」とコメントしたという「ラーベの日記」には、
1938年2月3日
局部に竹をつっこまれた女の人の死体をそこらじゅうで見かける。吐き気がして息苦しくなる。七十を超えた人さえなんども暴行されているのだ。
                             (ジョン・ラーベ『南京の真実』P222)

と書かれている。

                *http://www.history.gr.jp/nanking/rabe.html 南京大虐殺に関する資料は全て
                イチャモンをつけるという東中野センセイの姿勢をよく表している文章だが、秦
                 のコメント自体には違和感はない。



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                                                                                       (『現代史の争点』)


自分がこれほど高い評価を与えた「ラーベの日記」を、まさか読んでないなんてことは無いだろう。

さらに秦は『南京事件』(p121)に「小原立一日記」を掲載しており、「殺して陰部に木片を突っこむ」と書いている。

十二月十四日

最前線の兵七名で凡そ三一〇名の正規軍を捕虜にしてきたので見に行った。色々な奴がいる。武器を取りあげ服装検査、その間に逃亡を計った奴三名は直ちに銃殺、間もなく一人ずつ一丁ばかり離れた所へ引き出し兵隊二百人ばかりで全部突き殺す・・・・中に女一名あり、殺して陰部に木片を突っこむ

自分でも皇軍が女性の陰部にいたずらをする例を書いているのである。

南京事件では強姦が嵐のようになされており、家族を殺された夏さんの母親も性器にビンを押し込んで殺害されたという。https://blogs.yahoo.co.jp/kounodanwawomamoru/64396076.html

しかし、秦郁彦は「見聞きした記憶がない」ようである。歴史学者という肩書に恥ずかしくないのだろうか?



【備考】その他「強姦殺人+性器へのいたずら」

川沿いに、女たちが首だけ出して隠れているのを引き揚げてはぶっ殺し、陰部に竹を突きさしたりした。杭州湾から昆山まで道端に延々とそういう死体がころがっていた。昆山では中国の敗残兵の大部隊がやられていて、機関砲でやったらしいが屍の山で、体は引き裂かれて、チンポコ丸出しで死んでいた。そのチンポコがみな立ってるんだ、ローソクみたいに。「チンポコ3万本」と俺たちはいっていたが、3000人以上はいたろうな」(p46)
『証言記録三光作戦―南京虐殺から満州国崩壊まで』 森山康平 1975「第10軍に従軍したカメラマン河野公輝の話」



もっと残虐な行為をする者もあった。妊娠している婦人を連行して全裸にし、大きく膨らんだ腹に刀で突き立てる者、木の間に女の両手両足をゆわえ、子宮に手榴弾を指し込み爆発させる者等・・・・・とにかく手当たり次第に、女という女には、ありとあらゆるいたずらをしたのである。女たちにどれほど酷い事をしたかという話しが、兵隊仲間で興味本位に、しかも得意げに語られていたものである。(元軍曹T氏)

(月刊誌『潮』1971年7月号、特集「大陸中国での日本人の犯罪=100人の証言と告白」より)


支那の時より軍紀は概して良好で、それにそんな悪いことをする間もないほどの急進撃だったからな。女の死体の陰部などに竹の棒をさし込むような凌辱を加えられてあったのを一度だけ見たけれど、あんなことはさすがに嫌な気がして面をそむけちまった。
                                        昭和17年、シンガポール
(鮎川信夫著『鮎川信夫著作集第七巻』思潮社、1974)


変態性欲的行為トシテハ勿論其例ハ多クハナイ。其ノ例トシテハ死人ノ陰部ニ悪戯セルモノ(男女)捕虜ノ陰部ニ特ニ悪戯スル者(即チ陰茎ニ油ヲ注ギ是ニ点火セルコト)或ハ他兵若クハ支那人(殊ニ夫ノ前)ニ見ラレツヽ性交セル者、或ハ性交ニテ足ラズ虐待シ或ハ是ヲ銃殺セル者等ヲ挙ゲル事ガ出来ル。亦支那婦人中ニハ金ヲ貰ヒテ陰部ヲ見セル悪風ガアル。兵モ是ニ興味ヲ感ジ脅迫ノ上見ルコトニ止マラズ遂ニ強姦ニ及ンダ例モアツタ。上海事変ノ時ニハ女ノ乳首ヲ切リ取リ紙ニ包ミテ持チ歩キタル兵ガアツタト聞イタ。今度ノ事変ニハ女ガ逃ゲテ居ラナカツタカラコンナ例ハナカツタト思フ。
  (『戦場心理ノ研究 』 p78 https://blogs.yahoo.co.jp/kounodanwawomamoru/64338135.html)


銃剣で突きさしたり、妊娠している女の腹に刺して子供を引きづり出しました。私も4,5人やりました。相当残酷な事をしたもんです
               連続強姦殺人で死刑になった小平義雄談
『新評』1971年8月)


 
それにしても、敵側の惨虐は報道し得ても、「皇軍」の残虐は報道できない―。

 町はずれの路傍で姑娘が、地べたに腰をおろしていた。近づいてみると、上衣はつけていたが、下着も下穿きも脱がされていた。二十歳前後だろうか。その頃流行の断髪姿、顔立ちも整った美人だったが、兵隊に犯されて立つ気力を失ってしまったのだろう、手だけはわずかに動いて、眼は大きく開いていたが、どこをみているのか、うつろな瞳だった。通りがかって兵隊がやったものだろう。裸の股の間に棒キレがさしこまれていた。 女はそれを抜いて捨てる気力もないようにみえた。兵隊たちが立ちどまって覗きこんでいた。そのとき、小隊長らしい将校がやってきて、兵隊に向って「かたづけろ!」とどなった。

 いったいどこへ片付けろというのだろう。病院もなければ、住民もいない。手当するようなところもない。数人の兵が姑娘をかついで行った。

 夕暮どき、私は兵隊たちにきいた。
 「あの女、どこへかたづけた!」
 「焼いちゃいました。あんな恰好でころがっていたのでは、死んでも浮かばれないでしょうから、マキを積んで、その上にのせて、焼いちゃいました」。

 彼女は虫の息だったが、たしかに生きていた。すると、彼女は生きたまま焼かれたのである。

『侵掠』小俣行男P53〜P54)
(追記2018-3-9)


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『証言記録三光作戦―南京虐殺から満州国崩壊まで』 森山康平 1975

元宇都宮の第114師団で重機関銃部隊の一等兵田所の話

昭和12年12月の南京で

「女が一番の被害者だったな。年寄りから何から、全部やっちまった。下関から20人くらい受け持たせてね。倉庫のまわりなど、日当たりのいいところを選んで、木っ葉などをぶらさげて場所をつくる。赤ケンといって、中隊長のはんこがある紙を持った兵隊たちが、ふんどしをはずして順番を待つんだ。いつか、女の略奪班長をやったことがあるけど、ゆくと、女たちはどんどん逃げる。殺すわけにはいかないから、追いかけるのに苦労したもんだよ。支那の女は技術はうまいね。殺されたくないから、必死なんだろうけど、なかなかいい。なにしろ上陸以来女の身体にさわったこともないんだから、いじくりまわしたり、なめまわしたりする。私らは、よく“なめ殺す”といったもんです」(p18)


「強姦をやらない兵隊なんかいなかった。そして、たいていやったあとで殺しちまう。パッと放すとターッと駆けていく。そいつを後ろからパーンと撃つ。憲兵にわかると軍法会議だからね。殺したくないけど殺した。もっとも、南京にはほとんど憲兵はいなかったけど……」(p22)


昭和13年、中国の別の場所
「南京に二か月ぐらいいて、徐州に向かったんだけど、このときだったな、股裂きをやったのは。ある部落で、みせしめのために女を柳の木に縛りつけ、両足首にまきつけたロープを2頭の馬の鞍に結び、左右からムチをくれると股から乳房のあたりまで肉がさける。骨があとに残るんだ。それを部隊みんなでみている。中隊長もみてみぬふりだった。将校だろうと下士官だろうと、文句をつけても「ウシロダマ(後ろ弾)だぞ」とおどしちゃう」(p51)


昭和12年 中国

(第10軍に従軍したカメラマン河野公輝の話)
「川沿いに、女たちが首だけ出して隠れているのを引き揚げてはぶっ殺し、陰部に竹を突きさしたりした。杭州湾から昆山まで道端に延々とそういう死体がころがっていた。昆山では中国の敗残兵の大部隊がやられていて、機関砲でやったらしいが屍の山で、体は引き裂かれて、チンポコ丸出しで死んでいた。そのチンポコがみな立ってるんだ、ローソクみたいに。「チンポコ3万本」と俺たちはいっていたが、3000人以上はいたろうな」(p46)

「蘇州の女というのがまたきれいでね。美人の産地だからね。兵隊は手当たりしだい強姦していた。やったあと必ず殺していたな」(p47)



「たいていやったあとで殺しちまう。パッと放すとターッと駆けていく。そいつを後ろからパーンと撃つ」

「兵隊は手当たりしだい強姦していた。やったあと必ず殺していた」

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今国会で
「かつてですね、私がNHKに圧力をかけたという、まったくこれは捏造の報道をされたことがあります。・・・」と主張した安倍。
これに対するリテラの記事
引用

(略)

 だが、朝日が弱腰になっただけで、安倍氏が番組に圧力をかけたことは事実だ。現に、同番組の取材を受けた市民団体が NHKを訴えた裁判の控訴審判決では、裁判長が「制作に携わる者の方針を離れて、国会議員などの発言を必要以上に重く受け止め、その意図を忖度し、当たり障りのないよう番組を改変した」と指摘。さらに判決理由の要旨では「安倍氏は、いわゆる従軍慰安婦問題について持論を展開した後、NHKが求められている公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘した」とされている。

 判決では安倍氏らの圧力を「認めるに足りる証拠はない」としたが、官房副長官直々の「公平中立に報道しろ」という言葉は圧力そのもの、政治家による番組介入であり、恫喝にほかならない。

 しかも、朝日は安倍氏らが圧力をかけたことを裏付ける証言を番組放送時のNHK放送総局長から得ており、録音テープも残されていた。その中身についてはジャーナリストの魚住明氏が「月刊現代」(講談社)で公表もしており、そこで放送総局長は安倍・中川両氏との面談の仔細な状況を語り、「脅しとは思った」「圧力とは感じる」と述べている。

 そして、放送総局長は、朝日記者の取材に対し、安倍氏との面会時のようすを、こう証言しているのだ。

「先生はなかなか頭がいい。抽象的な言い方で人を攻めてきて、いやな奴だなあと思った要素があった。ストレートに言わない要素が一方であった。「勘ぐれ、お前」みたいな言い方をした部分もある」

「勘ぐれ」──。安倍首相が恫喝のために吐いたこの一言は、いわば「忖度しろ」と言っているのと同じだ。加計学園問題における「総理のご意向」という言葉が思い返されるようだが、安倍首相はこうやって昔から、直接的な指示ではなく「勘ぐれ」というような直接的ではない脅し文句によって、圧力をかけたり忖度を引き出してきたのではないのか。

その上、この放送総局長への取材録音テープだけではなく、同番組を「改変」した当事者である担当プロデューサーだった永田浩三氏も圧力の事実を告発している。朝日がこの番組改変問題報道で最終的に及び腰になってしまったのは情けないかぎりで徹底的に闘うべきだったが、こうした証言が示すとおり、NHK番組改変問題は安倍首相が言うような「捏造の報道」などではけっしてない。安倍首相が番組に介入し圧力をかけたことは紛れもない事実だ。
(略)


  <NHK番組改変事件>
安倍晋三や中川昭一が、NHKが放送した「問われる戦時性暴力」(「女性国際戦犯法廷」)の番組内容に介入したという事件。今日では安倍政権や自民党が「公平中立にしろ」と道機関に圧力をかけ、内容に干渉するのが当然のようになされているが、その先駆となった事件と言える。2005年(平成17年)安倍、中川がテレビ番組内容を改変させたと朝日新聞が報道。中川は当初、「公正中立の立場で放送すべきであることを指摘したのみ」と言い訳していた。またこの件では安倍に近い歴史家秦郁彦が番組に登場している。】

『「NHK番組改編事件」と「編集権」』
http://www.ritsumei.ac.jp/…/sansharonshu/assets/file/2009/4… 
右派はWGIPを攻撃するが、実は占領下の「編集権」の亡霊を蘇らせようとしているのは、自民党である。

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さすが、外交の専門家。
その辺が弱いところだから、助かるよ。

【要するに、「署名なしの合意」は、政権が替わればもう一度、新しい政権と確認し合わねばならないという事。政権交代後、もし破棄されても文句を言うような筋合いではない】(実際には韓国は破棄さえしていない)

ビジネスジャーナルの孫崎享の記事

『公式文書すらない日韓合意、韓国の見直しを非難する安倍首相のほうが異常で非常識』
文=孫崎享/評論家、元外務省国際情報局長


    〜略〜

 ここで国際約束の形式について考えてみたい。

(1)条約
この際国会の批准を必要とする、つまり、国会という意思決定機関の承認を得ている。

(2)行政レベルでの合意書
外務大臣等の署名を行う。行政機関同士の合意はあるが、国家の承認を得ていないため、国家同士の合意とまではいえない。

(3)署名なしの合意
西側社会においては口頭約束と、署名入りの約束の間の法的効力には大きな差がある。

 これらの差異は当然、合意の効力の有効にも関係する。(2)や(3)の拘束は基本的に行政機関の存続期間に限られる。もし新たな政権に順守を求めるなら、新たな政権と新たな約束を取り付けるより方法はない。例えば日米安全保障関係には「日米同盟未来のための変革と再編」(通称2プラス2合意)という極めて重要な文書が05年10月29日、ライス国務長官、ラムズフェルド国防長官、町村外務大臣、大野防衛庁長官の間で署名されているが、日本側の政権が交代するたびに日米間で順守を確認してきている。

 今日の西側諸国の体制は民主主義である。つまり国民主権である。ここにおいては、主要政策は選挙後変更されることは十分に想定される。特に政権交代があったときはそうである。

   〜略〜



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