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真っ青な空。とても蒸し暑い。
原爆投下があった日はこんな日だと聞いていた。
タイムスリップしてあの日の広島に来たかのように思え、暑いのに寒く感じる。
長崎の原爆資料館を中学の時に見ていて、あそこに行った時と同じ感じ。
子供の頃から何度戦争の夢を見ただろう。ここを訪れたのは自分への義務。
きっと感情の起伏が激しい1日になるだろう…と気を引き締めた。
□平和の鐘
平和への願いを込めて鐘を鳴らしてきました。鐘には世界地図が刻まれていました。
この願いが音となり、世界中に平和が響き渡りますように。
□広島原爆資料館
ここでもちきんは閉館時間を間違いダッシュで見てまわりました。
最低2時間は欲しかった。後ろから警備の人に追い立てられながら…。
こちらは有名な建築家がデザインして建てられています。
印象的だったのは広島市長が核保有国に宛てて送り続けている手紙。
虚しさを十分に表現する展示だったと思います。
実を結ぶ日が来ることを信じたい。
□爆心地
近代的なビルと道路の隙間に立っている爆心地の碑。
ちょっとしてる間に見過ごしてしまいそうな場所にある。
この真上で原子爆弾が炸裂したんだ…と空を見上げた。
音も熱も臭いも感じられるような気がした。
□広島の「火」の話
ここに世界平和への道がはっきり見えていると感じました。
平和記念公園の火の由来はTV番組で去年初めて知りました。
この火は爆心地に家族の無事を確認に戻ったひとりの日本人男性が
復讐の炎として絶やすことなく灯し続けた、恨みの炎が始まりだったのです。
彼は家族の無事を求めて家のあった場所に戻るのですが、その壊滅的な被害からその行方を悟ります。
家の跡地から火種をとり、いつかアメリカにこの炎で復習することを決意します。
終戦後、彼は農業で生計をたてながら「いつの日か…いつの日か…」と
その復讐の火を何十年も絶やさず灯し続けます。
しかし、戦争が終わり狂気の時代が過ぎ、自然と共に生きる平和な日々の中、
彼は恨みから少しずつではありますが、解放されていったのです。
そしてその復讐の炎は、ついに平和の灯火へと変わりました。
□様々なモノこと
被爆した女の子が治るようにと毎日折り鶴を折り続けながらも報われづに亡くなったこと。
戦時中に日本の占領下から多くの朝鮮の人が勤労奉仕などの名の元に広島で被害にあったこと。
捕虜のアメリカ兵も被爆して亡くなり、その最後を投下後に捕虜になった兵士が看取ったこと。
原爆投下後草木は生えないと思われていた広島に希望を与えた新しい命の木。
近代的なビルを背景にあの日から時間が立ったことを思わせながらも立ち続ける原爆ドーム。
緩やかに静かに流れる川も多くの人が飛び込んで互いにおぼれ死んだ川。
ここの土も多くの人のかけらと共に一瞬で舞い上がり消え去った。
全てがたった数十年前にこの日本の広島や長崎でおこったことなのだけど…。
ここに立つと自分はこれでいいのかと問わずにはいられない。
多くの犠牲の上に今があり、本当に多くの人々が望んだ平和な時に私は生きている。
もっとできることがあるはずなのに…そう思い申し訳なさでいつも苦しくなる。
ただ戦争や犯罪とは、人間の負の感情が火山のマグマようにいつも吹き出し口を求めている結果、
どこかで噴火したもので、誰かを非難または死刑にすることによって解決するものではないと
考えるため、常に自分の足下にもマグマとして存在することを自覚し、
ひとつのため息やただの視線さえ、その活動を左右すると思って、自然や人やそして自分にも
本当の意味で優しくなりたいと思っている。究極に難しいことなんだけど。
場所:広島
日時:2004.SUMMER
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