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西鉄グループ(西鉄バス・西鉄高速バス)の夜行塗装と言いますと、現在最も知られておりますのは上の画像の「白夜行色」でありまして、遠くは東京までこの姿を見る事ができております。 前回のNO.1989では、その「白夜行塗装」などをまといました純正夜行車両に関しまして皆様にご紹介しておりましたが、上の画像の三菱エアロクィーン(画像1、4302・BKG−MS96JP 画像2、4875・QRG−MS96VP)のように、「はかた号」専用車から採用されました岡本太郎デザインの「白夜行塗装」の姿が浸透している事も伺えるのではないかと思います。 さて、PART2最後の特集記事として前回より西鉄グループの夜行バス車両に関しましてご紹介しておりますが、今回は残念ながら平成27年に全廃となってしまいました「ムーンライト塗装」の車に関しまして、西日本車体(西工)92MCSD−2架装車に限りまして皆様にご紹介してまいります。 西鉄グループの西工92MCSD−2ボディは、いずれも平成8・9年式の三菱エアロクィーンとなっておりまして、年式からもわかりますように形式はいずれもKC−MS822Pであります。 台数は、平成8年式が6台、平成9年式が4台の計10台が導入されておりまして、「ムーンライト号」の他、後述のようにそれ以外の路線にも使用されておりました。 そもそも、この「ムーンライト塗装」の由来は名称の通り、昭和58年に本格的な夜行高速バスであります、平成28年に廃止されました福岡〜大阪線(当時)「ムーンライト号」の専用車として、西鉄バスで初採用されたものでありました。それとともに、共同運行会社であります阪急バスにも、その「ムーンライト塗装」が採用されまして、注目を浴びておりました。 また、その「ムーンライト号」では、当時は「ムーンライト号」を表します「MOON LIGHT」と言う表記も入れられておりまして、明らかに専用車である事を表すようになっておりました。 さらにこの塗装は、平成元年以降の夜行高速バスブームにも乗り、福岡など発着の西鉄バスの夜行高速路線でも採用されておりまして、この塗装にその路線専用車である事を表す表記が付くようにもなりまして、その路線専用車である事をアピールするようにもなっておりました。 しかし、ブームは去りまして、それと同時に不採算路線は徐々に廃止されて行きまして、それによりまして表記も省略されるようにもなりました。また、平成2年に採用されました、福岡〜東京線高速バス「はかた号」用の「白夜行塗装」が、名古屋線「どんたく号」などにも採用されるようにもなりまして、西工58MCから変わりました92MCによります「ムーンライト塗装」も平成9年式を最後に採用されず、以降は「白夜行塗装」での採用になっております。 では、ここからは92MCSD−2の「ムーンライト塗装」10台をご紹介してまいりますが、まずは平成8年前半に導入されました3台です。 3133 (最終配置・福岡高速営業所) 3134 (最終配置・西鉄高速バス福岡支社) 3135 (最終配置・西鉄高速バス福岡支社) これら3台は、いずれも「ムーンライト号」用として58MCからの置換用として導入されました車でありますが、それとともに東京線「はかた号」などの路線にも続行などで使用されておりました。 やはり、この塗装自体普段は大阪までしか足を運ばない車でもあった訳でありますが、東京でも見る機会があった事自体東京の方々もよかったのではないかと思うほどです。尚、これら車は「MOON LIGHT」と言った表記はない、塗装のみであるのが特徴です。 この3台のうち、最も最後まで残りましたのが若番の3133でありまして、本州以外にも九州内の路線でも活躍する姿が見られておりました。以下画像は、画像3とともに福岡〜延岡線「ごかせ号」、上の画像4・5では福岡〜宮崎線「フェニックス号(昼行便)」でありましたが、これら路線では「白夜行塗装」でも見られますが、「ムーンライト塗装」でも見られていた事がわかります。 そして、3134は平成20年より運行を開始しました福岡〜松山線「道後エクスプレス福岡号」にも使用されておりまして、画像のように道後温泉も経由する事から温泉マークまで入った方向幕が特徴でありました。しかし、平成22年に西鉄高速バスが撤退しまして、以降はこのような姿は見られなくなっております。 次は、平成8年後半に導入されました3台であります。 3174 (最終配置・西鉄高速バス福岡支社)〜リアのみ 3175 (最終配置・西鉄高速バス福岡支社) 3176 (最終配置・福岡高速営業所) これら3台も、58MCの置換用として導入されました車でありまして、当時運行されておりました「ムーンライト号」以外の路線の置換として使用されておりました。中でも、3176に関しましては、新製導入は旧荒尾営業所で熊本ナンバーでの登録でありまして「ちくご号」専用車として使用されておりましたが、その後は福岡高速営業所・博多営業所・北九州高速営業所を転々としまして最終配置は福岡高速営業所となっておりました。 実際にその3176では、当時運行されておりました北九州・福岡〜宮崎線「フェニックス号」夜行便でも画像のように使用されておりまして、この塗装の車が昼行・夜行ともに宮崎へも足を運んでおりまして、北九州ナンバーとしての姿も見られておりました。 尚、相方3175も高松線の初代専用車として西鉄高速バス北九州支社に所属しましておりましたが、こちらはNO.1988でもご紹介しましたように、運行開始直前に北九州支社所属のまま福岡支社に配置される事になった事から福岡ナンバーとなっておりまして、上の画像のように○北がその証となっておりました。 次は、平成9年に導入されました4台をご紹介します。 3241 (最終配置・西鉄高速バス福岡支社) 3268 (最終配置・西鉄高速バス福岡支社) 3269 (最終配置・博多営業所)〜画像なし 3270 (最終配置・西鉄高速バス福岡支社) これら4台も、58MCSD−2が運行されておりました中国・四国方面に運行されておりました車両の置換用として導入されました車でありました。しかし、これら路線もその後廃止・西鉄の撤退と言う形になりまして、以来本州・四国・九州内の昼行・夜行路線に使用されておりました。 このうち、3269に関しましては、平成15年に中国自動車道で発生しました「はかた号」の事故によりまして残念ながら廃車になっておりまして、わずか6年と短命となっております。 画像は、平成21年撮影の、10台の中で最も若い3270の東京線「はかた号」の続行シーンであります。本当に、この姿は最後の画像(両備バスの三菱エアロクィーンとの並び)とともに懐かしくも感じさせられる所でもありますが、よく見ますと「5号車」と書かれている所から多く続行便が運行されていた事も伺えるような姿でもありましょうかね。 さて、こちらは平成26年に撮影しておりました旧福岡高速営業所(那の津4丁目)内に駐車しておりました「ムーンライト塗装」の廃車となりました画像です。この撮影時は車籍がありました3241と、廃車となりました3135の姿がありました。 3241の側面〜リアの姿です。この姿を見る限りはまだ現役であった事を伺えさせる姿が見られておりました。しかし、ナンバープレートが薄くなっている姿が、17年間このナンバーで登録させている事を伺わせるような姿も見られておりました。尚、この車が西鉄グループでは最後に残りました「ムーンライト塗装」でしたが、翌平成27年に廃車となっておりまして、これに伴いまして「ムーンライト塗装」は全廃となっております。 一方、こちらは離脱しました3135であります。この撮影時、残念ながらナンバープレートが外されておりまして、この後廃車処理をなされる方向へと進む事になるようでした。しかも、その下の画像にありますナンバープレート部分を見ますと、「福岡22か57−04」の跡が見られておりまして、こちらも18年間もそのナンバーを貫いていた事を伺わせるような姿が見られておりました。 (ナンバー跡) 本当に、この「ムーンライト塗装」も西鉄グループの代表的な夜行高速バスの塗装でもあっただけに、この塗装が姿を消した事は本当に残念に思います。やはり、「白夜行塗装」が一般的である事を思いますと仕方がない所でもありますが・・・。私個人としましては、現在の車両にせめてラッピングでもいいですので復活していただければとは思いますが、とにかく伝統的な塗装でもある訳ですのでそうなる事を願いたいものではあります。
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アーカイブス(バス)
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当ブログでも番外でもご紹介しましたように、平成27年より運行が「再開」されております、北九州〜別府・大分線高速路線バス「ゆのくに号」が、来る4月1日にダイヤ改正を行う事が明らかになりました。 この改正では、北九州市内の停車地を追加、さらに行橋今川停車をこれまでの大分方面乗車のみ・北九州方面降車のみから両側から乗り降り可能に、また運賃を1500円一律に固定、そしてこれまでの予約制から非予約制に変更される事になりまして、北九州市内から大分方面への利便性に特化したような形となるようであります。 また、停車地追加に伴いまして、以下のような停車地となるようでありまして、小倉〜小倉南インター間にあります停車地におきまして追加される事が明らかとなっております。 【新停車地】
砂津〜小倉駅前〜平和通〜三萩野〜片野駅〜北方駅〜競馬場前・北九州市立大学前〜守恒駅〜徳力公団前駅〜徳力嵐山口駅〜中谷〜[小倉南インター]〜(九州自動車道)〜[北九州ジャンクション]〜行橋今川〜(東九州自動車道〜宇佐別府道路〜大分自動車道(速見ジャンクション〜))〜[日出ジャンクション]〜(大分自動車道)〜高速別府湾APU〜[別府インター]〜鉄輪口〜別府北浜〜高崎山〜大分トキハ・フォーラス前〜大分新川 しかし、それとともに以下画像の大分事業者の3事業者が撤退、それに伴いまして上の画像の西鉄バス北九州(画像は7612・日野LKG−RU1ESBA)の単独運行となりまして、運行本数もわずか4往復に減便となる事が決まっております。 (画像1、西鉄バス北九州、7614・日野LKG−RU1ESBA) (大分交通、大分200か・422、三菱BKG−MS96JP) (大分バス、12720・日野KC−RU3FSCB)〜予備車、高速車最古参による運用 (亀の井バス、大分200か・250、三菱KL−MS86MP) 今回の減便の要因は、利用者低迷とともに、全国的に問題となっております人手不足が要因ともされておりますが、私自身も、この情報を知りましてこれからご紹介します前身の北九州〜大分線の二の舞にでもならないかと気になる所でもありまして、さらに利用客が減る事となりますと・・・と言う事さえも考えられます。 さて、ここからは東九州自動車道が全線開通していなかった頃に運行されておりました、前身の北九州〜大分線に関しましてご紹介してまいります。 この路線は、22年6月に3往復にて運行を開始したものの、当時の所要時間が約3時間20分もかかりまして、加えてJRの特急「ソニック」・「にちりん」の存在もある事や、運行区間も半分が一般道路を経由する事もありまして利用客が伸びず、23年3月末には運行会社でありました大分交通が撤退してしまいまして、本数も1往復減便の2往復となりまして運行されておりました。 それでも、平成23年4月の改正におきまして停車地に温泉施設などが存在しております「大平樂(たいへいらく、福岡県上毛町)」を乗降可能の停車地に加えたりもしまして集客に尽力を得ておりましたが、結局利用者は伸びずに平成23年9月に運行終了と言う結果になったものでありました。 運行終了時の停車地が以下の通りでした。砂津〜中谷・高速別府湾APU〜大分新川間は「ゆのくに号」の停車地に類似しておりますが、それでも高速道路が全通しておりませんでしたので停車地の中には乗車・降車のみで行橋や宇佐の方にも停車してもいました。 砂津〜小倉駅前〜三萩野〜競馬場北九州市立大学前〜徳力公団前駅〜中谷〜行橋営業所(構内) 〜大平樂〜宇佐(猿渡)〜高速別府湾APU〜別府自衛隊前〜鉄輪口〜横断道路観光港入口〜別府北浜〜大分(トキハ・フォーラス前)〜大分新川
使用車両は、以下の車両がこの路線におきまして使用されておりました。このうち亀の井バスにつきましては、当時亀の井バス最古参であった車が使用されておりまして、運行終了後しばらくは福岡線「とよのくに号」や「ゆふいん号」に運行するなどして残存しておりましたが、結局は廃車となりましたし、西鉄バス北九州の画像の車に関しましても後に廃車となっておりまして、現在は在籍しておりません。 (西鉄バス北九州、3331・三菱KC−MS829P) (亀の井バス、大分22か17−86、日野U−RU2FTAB) この路線には、私自身乗車した事ありませんでしたが、以前私の友人は以前この路線に乗車しておりました。しかし、利用者は2回とも一ケタ台であったとの事で、やはり「ソニック」や「にちりん」の存在を思いますと、正直なぜこの路線を開設していたのだろうかと疑問に思ったほどでありました。 その後、平成27年に「ゆのくに号(当初は愛称なし)」が運行を開始しまして、一昨年暮れにはノンストップ便も新設しまして北九州〜大分間が2時間を切る所要時間が生まれるに至りまして、東九州自動車道開通効果が期待されておりましたが、結局は前回ご紹介しましたように遅延も見られます上記のルートのみとなりますので、今後どうなってしまうのか気になる所ではあります。 この当時は、高速道路網がしっかりとしておりませんでしたので、利用者に関しましては当初から少ないのでは?と予想されていたほどでしたが、現在のように高速道路網が整備されて(とはいえ片側1車線の区間がほとんどですが・・・)いるならば、JRとの対等もできていたのではないかとも思うだけに、今回の改正は残念に思います。当ブログでは、先日私も利用しましたので後日その乗車記をご紹介しますが、やはり今後4往復のみとなりますとご紹介しました以前運行時の二の舞にならないか気になる所ではありますけどね・・・。
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そんなこの「ごかせ号」に使用されております専用車と言いますと、NO.1862でもご紹介しましたように上の画像の三菱エアロクィーンが使用されております。 これら車は、いずれもKC−・KL−規制車が使用されておりまして、いずれも偏心3列シート車となっているのが特徴であります。また、テレビ・DVD視聴のためにこれら車に使用されておりますモニターはこれまではブラウン管でありましたが、現在は液晶式に改められております。 その回でもご紹介しました、「ごかせ号」専用車であります。現在、平成9年式1台、平成12年式2台、平成15年式1台の計4台が延岡営業所に所属の上運行されております。特に、平成9年式の車に関しましては今年で21年になりますが、現在も元気な姿が見られております。 (宮崎22か11−10、KC−MS822P) (宮崎200か・・28、KL−MS86MP) (宮崎200か・・29、KL−MS86MP) (宮崎200か・137、KL−MS86MP) しかし、この「ごかせ号」には過去にはご紹介しますような車も使用されておりまして、上の画像の専用車が運行されていた頃にも予備車として「ごかせ号」に使用される事がある事もありまして、続行として使用されている姿さえも見る事もできておりました。 では、過去に私が撮影しました、かつての専用車をご紹介します。まずは三菱エアロクイーン(宮崎22か・935、U−MS729S)であります。 この車は、平成2年運行を開始しました、延岡〜大阪線「ひえつき号」専用車として運行しておりましたが、平成5年には路線自体は休止となりまして、以来この車は「ごかせ号」の続行便として使用されておりました。特徴は、独立3列シートであったのが大きな特徴でありまして、この車自体元々が夜行専用車であった事から仮眠室も設置されているのも特徴でありました。 一方、こちらはいすゞガーラスーパーハイデッカー(宮崎22か11−15、KC−LV782R1)です。 この車は、平成8年式でありまして、元々は宮崎〜福岡線「フェニックス号」で使用されておりましたが、平成20年に導入されました新車の影響で延岡に転属されまして、画像のように「ごかせ号」に使用されておりました。その後、再び貸切高速営業所に転属されましたが、富吉車庫に移転後まで至る長い休車の末、平成27年頃に廃車となっております(一日一鉄バス参照)。 この他にも、西日本車体(西工)架装のSD−Iも存在しておりましたが、残念ながら廃車になっておりまして、見る事はできません。その車も、導入当初は専用塗装車でもありましたので(その後標準塗装に変更)、一際目立つ車であった事を覚えております。 今回は、私自身がこれまで収めておりましたこの2台をご紹介しましたが、いずれの車も見ていて懐かしさを感じてしまいます。冒頭でご紹介しておりましたように、現在は三菱エアロクィーン4台がこの路線におきまして運行されている訳でもありまして、それとともに福岡〜延岡間の足を支えております。これら車も、いつまで活躍する事になるのかはわかりませんが、その時まで元気に活躍していただきたいと思います。
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当ブログでは、NO.1902などにおきまして、サンデン交通のADG−規制以降の高速・特急車に関しましてご紹介しておりました。 サンデン交通におきまして現在運行されております高速路線バス・特急バスは、上の画像にもあります下関〜福岡線「ふくふく天神号(下関230あ50−02、日産デPKG−RA274TAN)」、そして下関〜山口宇部空港線の2路線のみでありまして、福岡・山口宇部空港へ行かれる方が利用されております。 しかし、以前はその回もご紹介しておりましたように、昼行路線は下関発着では山口・広島・北九州空港方面、宇部発着では北九州方面へ運行されておりましたし、夜行路線に関しましては東京方面やこれからご紹介します大阪方面へも運行されておりまして、サンデン交通の高速路線網も各地に存在していた事が伺えてもいました。 これら使用車両は、ADG−規制以降の車は福岡線・山口宇部空港線に転用されておりましたが、KL−規制車に関しましては、番外でもご紹介しましたように特別支援学校のスクールバスに転用されておりまして、現在も別用途におきまして使用されております。 さて、先述のようにサンデン交通ではかつて夜行高速バスが運行されておりまして、大阪線「ふくふく大阪号」に関しましては平成25年6月末に路線が廃止されるまで運行されておりました。今回はかつての画像を使用しましてこの路線に関しましてご紹介してまいります。 「ふくふく大阪号」は、下関・宇部・山口〜神戸・大阪間を運行されていた高速バスでありまして、平成元年より運行を開始しまして、当初は阪急バスとの共同運行と言う形で運行されておりました。 その後、平成12年に阪急バスが運行から撤退しまして、サンデン交通の単独運行、さらに平成17年には神戸乗り入れ(当初は三宮駅前→後に三宮バスターミナル停車)、平成20年・22年には新車(三菱エアロエース)が導入されまして、経営努力がなされておりましたが、結局平成25年6月30日を持ちまして、運行廃止と言う事になったものでありました。 この廃止に関しましては、かつて大阪方面〜福岡方面に運行されておりました高速ツアーバスの中に下関経由便も運行されておりまして、そう言った流れにあおられた事などの理由が挙げられているようでありました。また廃止末期には「ふくふく大阪号」の利用者も年間1万人を切っておりまして、それによりまして赤字続きなどもあった事も理由の一つであったそうであります。 さて、廃止末期には画像の三菱エアロエース2台(いずれもBKG−MS96JP)が使用されておりました。特に先述のように50−88に関しましては平成22年に導入されていた車でありましたので、「ふくふく大阪号」には3年ほどしか使用されておりませんでした。 (下関230あ50−45) (下関230あ50−88) この車の特徴は、独立3列シート・後部トイレ付きではあるものの、マルチステレオ・テレビ等の装備は省略されておりまして、装備が簡素化されておりました。やはりそう言った所も経費削減と言う所も感じさせる所でもあったようでもあります。 また、その三菱エアロエースが運行されていた以前には画像の三菱エアロバスの貸切からの改造車が使用されておりました(下関230あ32−51、KC−MS829P)。この車の特徴は、床下に仮眠室が追加設置されておりますし、従来の4列シートから独立3列シート・後部トイレに改造を施していたのが特徴でもありました。 (仮眠室部分) 尚、この撮影(平成22年撮影)時は、下関市内の特別支援学校のスクールバスの運用に使用されておりまして、実際にコースを表すと思われる「C」がそれを物語っておりました。 さて、これら夜行用車両の特徴としましては、側面デザインに大きくフグ(フク)が描かれていたのが特徴でありました。やはりこう言ったデザインを見ましても、車体を大きく利用していると言ってもよかったですし、下関と言えば・・・と言う印象がよくわかるのではないかとも思います。 尚、この「ふくふく大阪号」の運行を持ちまして、サンデン交通の夜行高速路線バスは全て姿を消しまして、あとは昼行路線専門に変わる事になりまして、冒頭でご紹介しました2路線が現在運行されております。また、専用車両でありました三菱エアロエースに関しましても他社に移籍しておりますし、特別支援学校のスクールバスに転用されていた車も廃車になっているなど姿も見られなくなっておりまして、廃止後の流れもまさに「かつて」と言う所まで来ております。 本当に、この夜行高速路線バスの存在は、サンデン交通にとりましてもシンボルなものではなかったかと思います。やはり近距離の路線ではなく長距離の路線でもあった訳でもありましたからね。やはり、先述のように専用車も姿を消すなどしておりますので、もう名残と言うものは見られなくなっている訳でもありますが、この画像で「かつて」存在していた事を存じていただければと思う所ではあります。
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この「ひとよし号」は、平成16年の九州新幹線の新八代駅〜鹿児島中央駅間の部分開業時に運行を開始した路線でありまして、その部分開業時に人吉産交を全便経由しておりました熊本〜鹿児島線「きりしま号」が一旦廃止された事から、それを代替する形で登場しましたのが「ひとよし号」でありました。 しかし、利用客低迷等によりまして末期には多良木発着人吉経由で1往復残っておりましたが、残念ながら以下画像の貼り紙からもわかりますように平成26年8月に廃止されておりまして、結果人吉産交発着の高速路線バスは姿を消してしまいました。 けれども、人吉インター発着では鹿児島・宮崎方面発着便で合計22往復残されておりまして、毎時間1・2本の割合で運行されておりますので、今後も熊本方面へは人吉インターよりの利用となりますので、今後も利用していただければと思います。 一方、人吉より南側でも同様にかつて路線が存在しておりまして、それが今回ご紹介します人吉〜鹿児島空港線でありました。 人吉〜鹿児島空港線は、「ひとよし号」と同様、平成16年の九州新幹線の新八代駅〜鹿児島中央駅間の部分開業時に運行を開始しました路線でありまして、その部分開業時に人吉産交を全便経由しておりました熊本〜鹿児島線「きりしま号」が一旦廃止された事から、「きりしま号」を分断させる形で運行を始めましたのが人吉〜鹿児島空港線であります。 (鹿児島空港) 運行本数は、当初は12往復でありまして、産交バス・旧いわさきバスネットワーク・南国交通の3社で運行されておりました。しかし、平成20年に鹿児島空港を経由します熊本〜鹿児島線が試行運行を開始した事に伴いまして6往復に減便されまして、その後さらに新生「きりしま号」として本格運行を開始した事に伴いまして、この路線は運行終了となりました。 しかし、その後しばらくは臨時運行としてこの路線は残されておりました。けれどもその臨時運行もなくなりまして、結局この人吉〜鹿児島空港線は運行されなくなりましたが、現在その代替策は先述の「きりしま号」が人吉インター〜鹿児島空港間で行っておりまして、3社とも以下画像の4列シート・トイレなしの車両において運行されております。 (九州産交バス、熊本200か12−82、ヒュンダイLDG−RD00) (鹿児島交通、鹿児島200か・879、ヒュンダイADG−RD00)〜平成26年、旧いわさきバスネットワーク時撮影 (南国交通、鹿児島200か15−72、三菱QRG−MS96VP) こちらの画像は、平成19年に撮影しておりました、人吉産交でのいわさきバスネットワーク便の休憩シーンであります。画像からもわかりますように、三菱エアロバス(鹿児島22き・685、U−MS826P)が駐車しておりまして、この後鹿児島空港へ向けて運行する事になる姿でもあります(画像が乱れまして申し訳ありません)。 所で、この車は現在も20年経過しました今でも健在でありまして、現在は鹿児島〜川内線「せんだい号」、画像の鹿児島〜串木野新港線「こしきじま号」などに使用されておりまして、まだまだ健在な姿を見せているようであります。この撮影は今年撮影ではありますが、上の画像のように過去にはそう言った路線に使用されていた事がお分かりいただけるのではないかとも思いますね。 尚、ご紹介しておりますように、人吉〜鹿児島空港線の代替策は「きりしま号」が担っております。実際に、当ブログでもNO.1846でもご紹介しましたように、私が利用しました際に人吉インター→鹿児島空港間での区間で多くの方が利用していた事がありました。やはり、この専用車自体も4列シート・トイレなしという事もありますので、多く利用できる分、人吉〜鹿児島空港間の区間利用も担っている事がわかるのではないかと思います。 (九州産交バス「きりしま号」行先サボ)〜「人吉IC→鹿児島空港経由」と書かれているのもわかります この人吉〜鹿児島空港線も、12往復も当初は設定、加えまして運行終了後もしばらく臨時便として残っていただけに、それが見られなくなったのは残念でならない所でしょうか。それでも、ご紹介しておりますように現在は「きりしま号」8往復が人吉インター・鹿児島空港経由で残っているだけに、今後は人吉市内へは入らぬども、人吉インターでの引き続きの利用をしていただきたいとも思う所であります。
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