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それが上の画像にあります、日産ディーゼル(現・UDトラックス)のボンネットトラックでありますTWでありました。 このTW(TW53)は、調べますと昭和47年に製造開始されましたトラックでありまして、今から30年前の昭和59年に製造を終了しましたトラックでありました。 特徴は、何と言いましてもボンネットタイプであるのが大きな特徴でありまして、このボンネット内にはV型8気筒エンジンを備えております。やはり、現在のようなキャブオーバータイプ(エンジンが運転席下にあるタイプ)とは違いまして、前にあるタイプでありますので、この時代からしますと本当に珍しい車である事も言えるのではないでしょうか。 さて、このダンプカーの年式に関しましてはわかりませんが、末期タイプでありましても、先述のように昭和59年には製造は終了しておりますので、製造から30年は経過している事になりますので、まさに貴重な車であると言ってもいいのではないでしょうか。 それにしても、私が小さい時には近くにダンプ運搬業者の車庫がありまして、その所有車の中にこのTWも所有しておりましたし、それ以外にも各地でこのボンネットダンプカーTWの姿がありましたので、小さい頃には本当によく見ていたものです。 しかし、その後ダンプカーも新しいタイプに各地変わってしまいましたので、今回のこの目撃は本当に懐かしいものを見たなと言う印象でした。ましてや福岡の都心で見ていた訳ですので、他の所ならば排ガス規制等で走る事さえないでしょうから、より貴重な姿だったと言ってもいいかと思います。 本当に、このTWダンプカーから発せますエンジン音も、昔よく聞いていた音と変わる事もなく、独特の甲高いエンジン音でもありました。今後この日産ディーゼルTWダンプカー自体、あとどのくらい活躍するのかはわかりませんが、30年以上経過しておりましても、一年でも長くこの福岡の地で活躍を続けていただきたいと思いますね。 (注)事業者名・番号等は編集時に処理しております。
また、画像が乱れている部分もあります、ご了承ください。 |
自動車・トラック関係
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また、この工場そばの道路を歩いてまいりますと、画像2のように伊佐セメント工場の事務所がありまして、セメント工場の中枢となっている所も見る事ができます。 さらに、工場沿いの住宅地を歩いてまいりますと、今度は以下画像のように宇部興産の子会社でもあります、宇部マテリアルズの工場もありまして、この伊佐セメント工場周辺にはそういった施設も揃っている事もわかるのではないかと思います。それにしても、住宅地の姿を見ますとまるで城下みたいな印象さえも感じられる所でもあります。 (宇部マテリアルズ工場) (工場近くの住宅地) そんな宇部興産・宇部興産の子会社の工場がある所に、今回ご紹介します「宇部興産専用道路」の姿も見る事ができまして、今回美祢側の姿を見る事ができました。 この宇部興産専用道路に関しましては、当ブログでもNO.1428でもご紹介しましたが、この道路は昭和42年着工、昭和57年に全線開通しました全長約28キロの日本一の専用道路でありまして、正式名称は「宇部興産 宇部・美祢高速道路」とも呼ばれております。この中には全長1020メートルもある「興産大橋」と呼ばれる橋もあるなど、専用道路にしては正直ここまでしなくてもとさえも思うほどの道路でもありまして、後述のトレーラーもこの道路で見る事ができます。 実際に、画像は美祢側で見られる場所からの撮影を行っておりますが、専用車両や指定車両しか通る事ができない道路でもありますので、そう言った車両の姿が頻繁に見る事ができます。やはり「頻繁」でもありますので、ここから宇部まで多くの車両が移動している事が伺えるのではないかとも思いますね。 (インターチェンジ部分) (立体交差部分)〜橋の反対側に車両出入口もあります また、上の画像のように立体交差となっている部分は、まさにバイパスみたいな印象さえも感じられるのではないかと思います。まさに正式名称の「宇部・美祢高速道路」の意味も分からなくはないのではないかとも思いますね。ちなみに、上の立体交差部分の横にはインターチェンジもありまして、指定車両が一般道へと入っていく姿、逆に一般道から専用道路へ入っていく姿も見る事ができます。 さて、この専用道路にはNO.1428でもご紹介しておりました、日本唯一であります「ダブルストレーラー」の姿も見る事ができます。このトレーラーは、全長約30メートルもありますので、一般道の通行はできませんが、このように専用道路を往復しております。 そのトレーラーの詳しい姿が以下画像です。これは宇部側の姿をご紹介しておりますが、この宇部側では踏切もあるなど、変わった姿も見る事ができますが、美祢側では残念ながら上の画像のような姿しかみる事ができません。それにしても、改めましてこういったトレーラーが使用されているのもわかるのではないでしょうかね。 (いすゞギガ)〜最新タイプ (ケンワースT608)〜新タイプ 私も、宇部興産専用道路の宇部側の姿を見る事ができておりましたが、今度は採掘されている側であります美祢側の姿も見る事ができましてよかったと思います。加えまして、画像でもご紹介しましたように住宅地にも隣接している場所にそう言った工場があるなど、宇部側とは違った姿も見る事もできましたが、それほどの対策がなされている事も、かつて鉄道がメインだった時代とは違う部分ではないかとも思いますね。
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先ほどの番外でもご紹介しましたように、三重県伊勢市の伊勢神宮は、20年に一度、神様がお引越しされます「式年遷宮」の年となっておりまして、実際に全国各地より足を運ばれております。 また、その記事では貸切バス編としてご紹介しておりましたが、ここでは自家用車編としてご紹介します。 今回の参拝時には、以下画像の地元三重ナンバーの他、最西端が画像にはありませんが岡山ナンバー、最東端が後述の宇都宮ナンバーまでの姿を見る事ができました。また、それ以外にも画像にはありませんが、静岡・長野・富山・新潟の各ナンバーの姿もありまして、高速(「伊勢自動車道」)を使いまして多くの方が見えられている事を伺わせるほどでありました。 それでも、一番多かったのが近畿地方のナンバーの車でありました。おそらくは「名阪国道」あるいは「新名神高速道路」を使って伊勢自動車道を利用されていたのではないかと思いますが、距離がそれほど離れていない分、割合が高かった事もわからなくはないでしょうか。 (なにわナンバー) (神戸ナンバー) また、遠く関東地方のナンバーも見られておりました。今回は横浜・最東端の宇都宮ナンバーの車をご紹介しますが、本当に遠路はるばるハンドルを握られてこられたドライバーの方にはさぞお疲れさんと言いたいほどでもありました。 (横浜ナンバー) (今回撮影最東端、宇都宮ナンバー) 本当に、各種交通機関を使って来られている事がわかりますが、それでも伊勢神宮の駐車場では画像のようにこの撮影日が平日であったにもかかわらず90分待ちと言った事もあるなど、駐車場確保も難しい事もわかりました。それでも、ETC装備車であるならば何らかの割引が付く訳ですので、どうしても自家用車で来られる方を思えばわからなくはないでしょうかね。とにかく、今後も自家用車で行かれる際には、是非とも気をつけて行かれていただきたいと思います。
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実際に本社のあります佐賀県唐津地区では貸切車を使用しました特定車としても使用されておりますし、画像のように福岡県福岡地区では画像の博多駅筑紫口や福岡空港などでこの塗装の車を多く見る事もありまして、それほど団体客も多く利用されている事もわかるのではないかとも思います。 さて、今回ご紹介します画像は、その昭和バスに社用車として使用されていた車でありまして、しかも、塗装が上の画像のような貸切塗装であったのが特徴でありました。しかし、残念ながらその車は経年(!?)によりまして廃車、今回その「廃車回送!?」シーンを佐賀県唐津市内で見る事ができておりました。 この廃車になりました車は、ダイハツミラでありまして、調べますとおそらくは1990年代中盤から後半にかけて製造されたタイプ(平成6年〜10年の間)のようでした。 実は、この車に関しましてご紹介されていた方がいらっしゃいましたので、その画像(ひいろ〜さんのブログ)を今回作成時に引用させていただきましたが、よく見ましても貸切塗装をうまくまとっていた事が見ていてわかるのではないでしょうかね。やはり、社用車と言いますと多くは白一色の塗装のイメージが多いのですが、この場合は貸切塗装でありますので、貸切関係の営業を中心にこの車でなさっていた事もわかるのではないかとも思います。 もちろん、貸切関係の社用車でありますので、貸切事業本部(福岡営業所内)が存在します福岡地区を中心に使用されていたのではないかと思いますが、まさかこの廃車車両が唐津市内で見る事ができた事には驚きでありましたし、たまたま別の撮影でカメラを持っていたためにこうしてシャッターを押す事ができただけでもよかったと思っています。 それにしても、このような姿は残念としか言えようがないでしょうか。このあとこの車は解体されたのではないかと思いますが、他の車とともにこうして運ばれていく姿もより残念に思う所でもあります。とにかく、もう10数年間は稼動していた訳ですので、とにかくお疲れさんと言いたいとも思います。 (注)今回の掲載に関しまして、ひいろ〜さんから画像を提供させていただきました、本当にありがとうございます。
また、解体業者の名称もトラックの車体に表示されておりましたが、今回の作成に際しまして処理させていただいております。 |
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山口県宇部市の話題を現在ご紹介しておりますが、今回どうしても見ておきたかった場所がありましたので、仕事関係の所用が終わりましてから出向いてまいりました。また、それとともに現在番外でご紹介しております宇部岬セントラル硝子廃線跡探訪も、同様に今回の姿を見てから出向いておりました。 さて、今回どうしても見ておきたかった場所とは、宇部新川駅より南側にあります「宇部興産専用道路」でありましたが、この専用道路には一般道路と交わる所になぜか踏切が、そして日本唯一であります「ダブルストレーラー」と呼ばれるトレーラーがこの区間で走っておりまして、このトレーラーは一般道路を走る事ができないトレーラーでもあります。 このトレーラーが走ります「宇部興産専用道路」とは、昭和42年着工、昭和57年に全線開通した全長約28キロの日本一の専用道路でありまして、正式名称は「宇部興産 宇部・美祢高速道路」とも呼ばれております。この中には全長1020メートルもある「興産大橋」と呼ばれる橋もあるなど、専用道路にしては正直ここまでしなくてもとさえも思うほどの道路でもありまして、先述のトレーラーや指定車両しか通行する事ができなくなっております。 (画像は美祢市伊佐町、中国自動車道上のバス車内より撮影)〜高速路線バスの広島方面進行方向左側から見る事ができます。 この道路建設の経緯も、当時旧国鉄が行っていた労働ストライキによって、運行が不安定になっていた事から効率化のために建設される事になったとの事でありまして、これが建設される経緯になった事は残念な事であると言えます。また、専用道路を走る事や「ダブルストレーラー」で運行する事もありまして、結局は費用が鉄道よりもこちらの方がかからないとも言われております。 そんな日本唯一であります、「ダブルストレーラー」や踏切を先述のように見てまいりましたので、今回特集ではご紹介したいと思います。 まず、画像は宇部興産の本社であります。ここが宇部興産の中枢でもありまして、この本社から南側に宇部興産の工場・専用道路などの施設が広がっております。尚、画像にはありませんが、本社の左側部分にはかつて宇部港駅と呼ばれる貨物駅も存在しておりまして、そこから工場内へ側線が広がっていたようですし、本社前も線路が存在しておりました。 実際に、道路沿いには画像のように工場が広がっております。まさにこの宇部地区も、学生の方ならば特にご存知でありましょう、「瀬戸内工業地域」の中にありますのでわからなくもないでしょうか。尚、旧宇部港駅からの鉄道の側線も、現在の歩道の左側にあります駐車場になっている部分とともに、かつては線路が続いておりました。 途中で、その線路跡をまたぐ事になります。そのまたぐと言う事は、かつては踏切があった部分でもあった訳ですが、かつての鉄道の名残がこう言った所で残されていたのもわかります。ちなみに、肝心の「踏切」はまだあと400メートルほど先です。 そして、進みますと「50メートル先遮断機あり」と書かれた表示を見る事ができます。そこをさらに進みますと、その下の画像にあります踏切に着く事になります。 この踏切は、よく見ましてもアスファルトの道路同士となっているのもわかります。実際に、画像8では左側の直進方向が一般道、画像9が左右の方向が一般道でありまして、それらをまたがるのが、「宇部興産専用道路」と言う形になっております。 (左側の直進方向が一般道、それにまたがるのが宇部興産専用道路) (左右の方向が一般道、それにまたがるのが宇部興産専用道路) さて、そんな中遮断機が降りました。これからダブルストレーラーのお出ましであります。 今回最初に撮影しましたダブルストレーラーは、いすゞギガのトレーラーでありました。このタイプは最新タイプでありますが、よく見ましても大変長いのもわかるのではないでしょうか。 実際に、これらダブルストレーラーの全長は約30メートルと長く、積載重量も1台だと約35〜40トンに対しまして、このような2台だと約70〜80トンとかなり多くの積載が可能になります。また、画像でもわかりますように、一般の登録ナンバーはなされておりませんので、一般の公道を走る事は事実上不可能でもあります。それでも、全長約30キロもの「宇部興産専用道路」を毎日往復しているのであります。 今回の「踏切」からの撮影では、他にも画像の車の撮影を行う事ができました。 (いすゞギガ(先代タイプ)) (同(先々代タイプ)) (三菱スーパーグレート) と、ここまで国産車両を撮影する事ができましたが、実はこの宇部興産専用道路を走りますダブルストレーラーには外国産のトレーラーも走っておりまして、それがここでご紹介しますアメリカのケンワース社のトレーラーであります。やはりアメリカのトレーラーと言いますと、公道でも30メートル前後のトレーラーが走る姿をテレビで見る事もありますが、そう言った高馬力のトレーラーがこの宇部興産専用道路でも走っている訳ですので、より圧巻さを感じるのではないでしょうか。 (ケンワースT401)〜旧タイプ (ケンワースT608)〜新タイプ これらダブルストレーラーが積載されております、セメントの半製品「クリンカー」は、踏切を抜けますと沖の山石灰石荷卸設備に到着、ここで荷卸を行う事になります。そして、すぐに再び美祢市の伊佐鉱山へ向けて戻って行く事になります。それにしても、その下の画像でもわかりますように、かなりの全長である事がわかるのではないでしょうか。 今回のこの「踏切」は、かつて放送された番組でこの姿を知った事から、絶対に今回の訪問で見てみようと思い実現したものでした。実際に、このトレーラー自体計約40編成もありますし、1台あたり一日に数往復も走ると言う事ですので、頻繁にこの「踏切」を使用するのもわからなくはありません。ご覧の皆様も、これに関しましてどうかはわかりませんが、この地でしか見られない日本唯一の圧巻な姿をぜひともご覧になって見てはいかがかと思いますね。
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