|
大分川の河口から大分空港までの間には、日本でももうここにしかない、ホーバークラフトによる運航を行っております。 はじめにホーバークラフトと言うのは、海上はおろか、基本的に平坦な陸上をも航行できるものでありまして、以下画像1・2のような船体下の黒い部分(スカート)を浮かせまして、船体にあります大きなプロペラを使いまして航行するようになっております。また、それによりまして最高速度は90キロも出るようになっている事から高速航行が可能となっておりまして、まさに陸海を巧みに操る船と言ってもいいかとも思います。 このホーバークラフトは、大分交通の関連会社であります、大分ホーバーフェリーが運航を行っておりまして、所要時間は約30分で大分基地から大分空港までを運航しておりまして、最高速度は先述のように約90キロによる航行を行っております。 また、定員は1隻100〜105人と少ない訳ではありますが、小ぶりな中でも早く行く事ができる分ましなのではないかとも思います。 今回私は、大分空港にあります乗り場に行ってみました。乗り場は見た限りではシンプルな感じにも見えますが、そんな中に画像1・2のような大きなホーバークラフトが停泊している姿が印象的でありました。 また、ここから大分空港までは画像のように専用通路も備えておりまして、もちろんエスカレーターも付いている事から、トランクを持っている方にとっても優しいと言ってもいいのではないでしょうか。 一方、大分側では大分川河口にて、ホーバークラフトの航行する姿を撮らえる事ができました。が、船自体が速い事もありまして、結局画像のように後姿しかうまく撮れなかったのが残念ではありましたけどね。 その先には、ホーバー基地がありまして、巧みに船が登って行く姿は、まるでイルカがスイ〜っと陸に上がってきた感じにも見えておりまして、まさに水陸両用だと言うのを実感した姿でもありました。 尚、大分駅からは、やはり大分交通が連絡路線バス(大分22か18−70、U−RH1WFBA)を運行しています。塗装もホーバー連絡バスらしさがよく出てていいのではないでしょうか。 今回、ご紹介しましたように見る事ができましたが、一番の印象は、速いと言うのもありますが、かなりの騒音である事、これにも尽きるでしょう。大分川河口にて、私も航行シーンを見る事ができた訳ですが、飛行機みたいに大きな音が出ている所は、まさに飛行機と言ってもいいでしょう。確かに、ホーバークラフトは航空機の分類にも入るので仕方ないですけどね・・・。 また、この運賃は片道2980円、往復(2枚つづり)5200円と割高でもあります。バス(エアライナー)が大分(大分駅、新川)から1500円ですから、それからすると倍近い値段である事はやはり速い分仕方ない事と言っていいでしょうか。 とにかく、最初に述べましたように、日本ではもうここしかありませんし、営業用ではそのわずか4隻しかありません。この貴重なホーバークラフトをいつまでも残してほしいものであります。 【現況】 その後、掲載の翌年であります平成21年に大分ホーバーフェリーは経営難に伴いまして廃止されまして、その結果38年によりますホーバークラフトの運航に幕を閉じておりまして、日本の営業用で使用されますホーバークラフトの運航自体から姿を消しております。 (旧大分ホーバー基地) (当時あった貼り紙) それとともに、使用船に関しましても悲しい末路となっておりまして、最新船ドリームサファイア以外は情報によりますと中国を経由しまして熊本県八代市の八代港に係留されていたそうでありますが、その後八代港において解体されたそうでありますし、ドリームサファイアに関しましては以降は行方不明となっているそうであります。 (ドリームサファイア) 現在の旧大分ホーバー基地は、基地の建物自体は解体されているそうでありますが、現在も隣接します駐車場は大分交通の「エアライナー」利用者向けの駐車場として活用されておりまして、現在も「大分旧ホーバー基地」と言う名称として「エアライナー」の発着地として存在しておりまして、運賃は大分駅など大分市内も含めまして1550円となっております。 (大分旧ホーバー基地)〜正面に建物がありました (ホーバー基地バス停) (大分交通「エアライナー」大分200か・874、日野2TG−RU1ASDA)〜このほど導入新車 (同、大分200か・725、日野QTG−RU1ASCA)〜「ラグビーワールドカップ」ラッピング 尚、画像8にあります大分市内〜ホーバー基地間で運行されていた直行バスも廃止されておりますが、その専用車に関しましては現在はグループ会社の大交北部バスに移籍、現在は中津市のコミュニティバスの専用車として引き続き使用されております。 一方、大分空港側のホーバー発着場に関しましても、現在乗場自体は解体されておりますし、かつてのホーバークラフトがやって来ていた所には駐車場となっておりまして、各地大分ホーバーフェリーとしての名残は残しつつ、様々な活用が見られているようであります。 (旧ホーバー乗場部分) (現在は駐車場に活用) 本当に、早いもので大分ホーバーフェリーの廃止から今年で9年になる訳でありますが、やはり大分基地〜大分空港間が30分と言うのは「エアライナー」の半分で行く事ができていた分良かったのではないかと思います。しかし、財政難によりまして廃止、そして廃止後の末路を考えますと、このホーバークラフト自体早く行く事もできる魅力的な航路でもあっただけに、正直残念でならない所には間違いない所でもあります。 |
航空・船舶関係
[ リスト | 詳細 ]
|
今回ご紹介します話題は、沖縄でのすべての日程を終えまして、これから福岡へと戻るまでの姿を、那覇空港内の姿とともに皆様にご紹介してまいります。尚、那覇空港内の画像に関しましては、初日の画像も含めております事をご了承ください。 前回番外の投稿に引き続きまして、糸満バスターミナルから那覇バスターミナルまでバス移動、最寄りの旭橋駅より「ゆいレール」に乗車しまして那覇空港へと向かいます。 那覇空港へやってくる際には、那覇空港に隣接する所に自衛隊の基地もありますので、以下の画像にありますように自衛隊基地としての姿も見る事ができます。この沖縄と言いますと、アメリカ軍の基地もある訳でありますが、自衛隊の基地もある事がおわかりいただけたのではないかと思います。 さらに、「ゆいレール」の車両基地を経ますと、那覇空港の駐車場を経まして、その下の画像にもありますように那覇空港駅・那覇空港のターミナルへとやってまいります。本当に、これから約1時間少々でこの地を発つ事になると思いますと、正直寂しい感じではありましたけどね。 (「ゆいレール」那覇空港駅) (那覇空港ターミナル) 那覇空港駅を降りまして、那覇空港2階へ通路がありますので、那覇空港2階へやってきました。ただ、この2階は画像にはありませんがおみやげ物などが販売されている所でありますので、手続きを行います航空カウンターはその上の3階で行う事になります。 初日の那覇空港到着時にご紹介しました1階が画像のようになっております。その下の画像の奥には到着ロビーとなっておりますので、この姿を見まして沖縄に着いたんだなと言う印象が暑さとともに出ていた事が懐かしく思う所であります。 画像は3階のカウンターであります。ここには全日空(ANA)のカウンターや、日本航空(JAL)・日本トランスオーシャン航空(JTA)などのカウンターが設けられておりまして、この時は多くの方々が利用されておりました。尚、国際線やLCCターミナルに関しましてはこのターミナルビルと別の所にありまして、このターミナルとはかけ離れております。 今回搭乗の搭乗券であります。今回往路はスカイマーク便でありましたが、復路はANA便を利用させていただきました。それにしても、搭乗券を見ましてもシンプルな搭乗券と言う印象が出ておりますが、この搭乗券でも便や時期によりましては高い価格である時もありますので、そう思いますとシンプルとは言ってられないものである事には間違いないようであります。 3階の出発カウンターから2階に降りてまいりまして、私が一番嫌な場所の保安検査場を経まして、出発ロビーへとやってまいりました。このロビーは、那覇にやってきた際にも通った場所でもありましたが、また来るとなりますと今度は帰る事になるのかと言う事を実感する所でもあります。 このロビーには、様々なものも販売している所があります。画像のスペースでは、おみやげ物の中に沖縄県内の「利き塩おかき」も販売されておりまして、県内各島の塩を使ったものも販売されておりますし、そばに関しましても、同様に大東島のそばなども販売されてもいまして、まさに最後のお土産購入処と言う姿を見せておりました。 (「利き塩おかき」)〜県内各島のものがあります さらには、免税品も販売されております。こういったものは、外国人の方が特に利用されているようですが、日本国内の8%の消費税が免税されている訳ですので、その分安くなっている分利用しやすいのではないでしょうか。 そして、東京モノレール・京浜急行の乗車券売機であります。京浜急行の券売機に関しましては、1000形電車をモデルにした形となっているのが特徴でもありまして、こう言う所が目立つうえにユニークささえも感じさせられます。もちろん、両きっぷとも全線分購入する事ができまして、京浜急行の場合は相互乗り入れしております都営地下鉄線や京成線などの切符も販売しておりますし、乗り換えましてJRの切符も両線で発売しております。 (京浜急行アップ) こうして、私達は1216便に搭乗します。この日のこの便は満席でありまして、画像のように多く並んでいる姿が見受けられるのではないかと思います。尚、ボーディングブリッジを通りますと最後の画像にもありますように「またんめんそ〜れ」と書かれました文章が印象的ではありました。 今回搭乗機は、画像にありますボーイング737−500型機でありまして、子会社のANAウイングス所有の航空機であります。それにしても、同じボーイング737型でも最近多く見られておりますボーイング737−800型機のような1ランク上の飛行機ならば多く搭乗できていた訳ですが、こればかりは仕方がない所でもありましょうかね・・・。 この飛行機には画像にありますように「 〒 」マークのステッカーが貼り付けてありますが、これは郵便貨物を運ぶ事を許可された飛行機である事を表しておりまして、地方路線も就航する事もありますこのタイプの飛行機であるならば、特に重要な存在である事もわかるのではないでしょうか。 機内に入りまして、画像の安全のしおりを収めておりましたのでご紹介しますが、基本的に緊急時の対応や脱出方法などが記載されております。こうして見ましても、言葉は書いていない訳ですが、それは離陸前にありますCAさんの緊急時の案内をしっかりご覧いただきますとわかるのではないかとも思います。 また機内には、ANAの機内誌「翼の王国」が置かれておりますが、ここにはANAグループの使用機材の案内が記載されております。その使用機材には、2年前利用した際(NO.1727参照)と同様、「スターウォーズ」にありました「ミレニアム・ファルコン」が未だに表示されておりまして、この「ミレニアム・ファルコン」はANA所有なのか?とさえも突っ込む所もありましたけどね。 (「ミレニアム・ファルコン」あります) こうして、約1時間30分ほどで福岡空港に到着しまして、さらに帰路につく事にもなります。それにしても、福岡空港に着いた時の一言が「寒い!」でしたが、実際に沖縄と福岡とは15度もこの日の気温差がありましたので、それを見据えて那覇空港で着替えてはおりましても、それでも足らないくらいの姿がこの時にあったほどでした。 (手荷物引き渡し場) 今回を持ちまして、沖縄の話題を終えますが、本当にいい訪問でした。何と言いましても、私自身にとりましても念願の訪問でもありましたので、尚の事良かったとは思っております。ご覧の皆様も、行かれる機会があります方は是非とも行かれてみては?とも思いますし、沖縄でしか見られないものもありますので、そう言った所も見てみてはいかがかとも思います。もちろん、私自身も今後機会がありましたら再訪したいとも思っておりますけどね。
|
|
当ブログでは、番外におきまして、「昭和60年当時の那覇〜主要4都市(東京・大阪・名古屋・福岡)の航空時刻表を見て」と言うタイトルで、私が所蔵しております昭和60年当時の時刻表に記載されておりました主要4都市の時刻をご紹介しておりました。 前回もご紹介しましたように、現在はLCCの就航もありまして、以下の表のように主要4都市から多くの路線が就航しておりまして、時期や早期予約によりましては往復1万円以内で利用する事も可能となっております。そういった事から、より沖縄に行きやすくなった事が伺えるのではないかとも思います。 【東京(羽田・成田)】
(羽田) ANA 12往復 JAL 12往復 SKY 6往復 (成田) ANA 1往復 ジェットスター 5往復 バニラエア 2往復 【大阪(伊丹・関西)】 (伊丹) ANA 3往復 JAL 3往復 (関西) ANA 4往復 JTA 3往復 ピーチ 3往復 ジェットスター 3往復 【名古屋(中部)】 ANA 3往復 JTA 4往復 SKY 3往復 【福岡】 ANA 9往復 JTA 6往復 SKY 4往復 ピーチ 2往復 しかし、当時は画像のように本数も少なく、かつ運賃も割高でありました。価格を見ましても東京へは37000円台でもありましたので、より飛行機利用はできにくかった事もわかるのではないかとも思います。確かに、昔は飛行機を利用するだけでも珍しい時代でもありましたので、よりそう思う所ではなかったかとも思いますね。 さて、今回皆様にご紹介しますのは、同じく昭和60年の時刻表に記載されておりました、那覇空港などからの当時の離島路線、及び時刻に関しました話題であります。 沖縄県内には、大小の島に空港を設けている所が存在しておりまして、最も東にあります北大東島から、最も西にあります与那国島まで空港が設けられております。これらは救急患者向けの民間飛行場として整備された空港も存在しておりまして、最後の画像の日本トランスオーシャン航空も運航します、本州との直行路線もあります宮古島や石垣島をはじめ、人口が少ない先述の北大東島など、フェリー以外の交通機関として存在しております。 以下画像は、昭和60年当時の時刻であります。当時は宮古・石垣・粟国・久米・北大東・南大東・慶良間・下地・多良間・波照間・与那国各島にローカル路線が運航されておりまして、宮古・石垣各島以外はすべてプロペラ機による運航でもありました。 また、慶良間(ケラマ)以外は、日本トランスオーシャン航空の前身であります南西航空による運航でありました。この南西航空は、平成5年に現社名の日本トランスオーシャン航空に改称されておりまして、かつての姿は復刻塗装で明らかになっていたのが記憶に新しい所でもあります。 尚、一部の離島路線に関しましては平成4年に子会社の琉球エアコミューターに移管されておりましたが、粟国・波照間各島への路線はその後運休となっておりますし、訓練施設も設けられておりました下地島への路線も平成6年に休止となっております(ただし、平成30年に新しくなりまして再開予定との事です)。 さらに、那覇〜ケラマ線は「公共航空(公共施設地図航空)」と呼ばれます事業者が運航されておりました。その運航も、時刻表に記載されている事からわかりますように「不定期路線」として存在しておりまして、運休する時もあったようであります。ちなみに、この路線は翌昭和61年に休止されておりまして、以来慶良間島への路線は運航されておりません。 ご紹介しましたように、この時刻からも各離島へ路線が存在していた事がお分かりいただけたのではないかと思います。中には、観光客が利用する路線として成長した路線あれば、利用客低迷や過疎化で縮小・休止・廃止された路線も存在しているのも現状でもあります。本当にそれぞれ分かれた現在でもある訳でありますが、これからも存在している路線はさらなる利用を望みたいですし、現在ない路線に関しましてはこれで覚えていただければとも思います。
|
|
現在、沖縄県那覇市の那覇空港からは東京(羽田・成田)・大阪(伊丹・関西)・名古屋(中部)・福岡と言った主要4都市へ多くの本数が運航されておりまして、その分観光客をはじめとした方々がこの沖縄の地を訪れるようになっております。 最近は、LCCの就航もありまして、運賃も安価で利用する事ができるようになっております。時によりましては、LCC利用である場合は往復1万円を切る時もありますし、大手の事業者でも早割ならば片道1万円未満で利用する事ができるようになっておりますので、これまで行く事が難しかった所でもあるだけに、より近くなった事が伺えております。 現在の、LCCを含みます先述の主要都市への本数は以下の通りとなっておりまして、特に東京方面が多くの本数が運航されている事がわかります(各社、コードシェア便も含みます、また本数は10月27日現在です)。 【東京(羽田・成田)】
(羽田) ANA 12往復 JAL 12往復 SKY 6往復 (成田) ANA 1往復 ジェットスター 5往復 バニラエア 2往復 【大阪(伊丹・関西)】 (伊丹) ANA 3往復 JAL 3往復 (関西) ANA 4往復 JTA 3往復 ピーチ 3往復 ジェットスター 3往復 【名古屋(中部)】 ANA 3往復 JTA 4往復 SKY 3往復 【福岡】 ANA 9往復 JTA 6往復 SKY 4往復 ピーチ 2往復 (全日空(ANA)、ボーイング737−800型機) (日本航空(JAL)、ボーイング737−800型機) (スカイマーク、ボーイング737−800型機) (ジェットスター、エアバスA320型機) (ピーチ、エアバスA320型機) 以上が、主要4都市の就航路線及び機種(いずれもイメージです)でありますが、一部事業者では掲載機種以外にも大型の機種が運航されている場合もありますので、それに関しましては時刻表を参考にしていただければとも思います。 また、この路線の中には日本航空グループの日本トランスオーシャン航空(JTA)も就航しております。これは、これまでのJAL路線を継承したものでありまして、画像のボーイング737−400型機にもありますように塗装はJALと同じ塗装ではありますが、運航はJTAと違った所を見せております。 さて、ここまでが主要4都市の本数の現状でありますが、ここからは昭和60年の時刻表を参考にしました当時の本数をご紹介してまいります。 昭和60年と言いますと、8月には日航ジャンボ機墜落事故もありまして、航空業界も悲しい時があった年でありましたが、その年の時刻表(時刻自体は秋発行)では以下画像にもありますように、現在よりは非常に少ない本数である事が伺えておりました。 それによりますと、東京(羽田)発着の場合は、JAL・ANAと合わせましても9往復、大阪(伊丹)発の場合も合わせまして6往復、名古屋(小牧)発が3往復、そして福岡発着が7往復と、これまで少なかった事が伺えております。 また、時刻表を見ますと使用機材におきまして、「SR」・「LR」・「TR」・「D10」と書いてあるのがわかりますが、「SR」・「LR」が「ジャンボ機」と称されておりました、ボーイング747型機でありまして、「SR」が短距離向け(Short Rangeの略)、「LR」が長距離向け(Long Rangeの略)を表しておりました。 さらに、「TR」がロッキードL−1011型機を表しておりまして、通称「トライスター」と称しておりましたので「TR」、「D10」がダグラスDC−10型機を表しておりましたし、さらに今は日本の空で見られなくなりましたボーイング727型機(「B2」)が名古屋空港から運航されておりまして、当時はそう言った旅客機が各地から沖縄へ向けて就航していた事がわかります。 そして、運賃も当時は24700円〜37300円と言う運賃でありました。現在は、冒頭にもありましたように1万円を切る価格となっている便も見られておりますので、当時からしますと破格であった事もわかりますし、どれだけ飛行機が程遠い乗り物であったかが伺えるのではないかとも思います。 今回は、昭和60年当時の時刻表を参考にしまして、主要4都市〜沖縄への姿をご紹介しましたが、本当に少なかった事が伺えております。当時も、航空各社では沖縄へ行こうとのCMが放映していたようでもありましたが、現在は上の表にもありますように、本数が多く、より利用しやすくなっておりますので、機会がありましたら利用していただければとも思います。
|
|
この10月、私は沖縄旅行に行ってまいりました。 今回は家族との旅行でありましたが、私自身初めてとなります沖縄の地がどんな所だろうかと言う期待を込めました旅行でもありました。 当ブログが交通系ブログでもありますので、これに例えまして沖縄と言いますと、沖縄本島中南部を中心に路線バスが発達している所でもありますし、那覇市内におきましてはモノレール「ゆいレール」まで運行されているなど、本土に匹敵するような所でもあります。 そんな沖縄の話題を今回からご紹介してまいりますが、今回は沖縄への導線となりました、スカイマーク運航の沖縄那覇空港への搭乗記をまずはご紹介してまいります。 画像は、福岡空港国内線ターミナルであります(以下画像2は平成28年撮影)。今回往路ではスカイマークを利用する事になりますが、チェックインはクレジットカード払いでもありましたので、自動チェックイン機におきまして簡単に済む事ができました。 (自動チェックイン機) 今回往路のチケットであります。今回の福岡空港発は夕刻17時10分発509便でありましたが、実は昼まで仕事でありましたので、仕事を終わらせてからの沖縄旅行となっておりました。この日が休みであったならば、まだ早くに出ていたのですけどね・・・。 さて、航空機利用となりますと必ず私が一番嫌な場所を通過しないといけません。それが画像の保安検査場でありますが、何と言いましても荷物を出したりするのが面倒な所ではあります。とにかく、何とか抜ける事はできましたが、隣のレーンでは「ピー」っと鳴っていたりしていましたので、なんとかそれを抜けてよかったとは思います・・・。 保安検査場を抜けますと、搭乗口まで行かないといけませんが、搭乗口までの所には、昨年利用時にまだ工事中の段階でありましたテナントの姿を見る事ができておりまして、喫茶店をはじめとするお店ができておりました。本当に、昨年まではまだそう言ったお店が少なかっただけに、より利用しやすくはなったのではないかと思います。 (ANA FESTA) (ドトールコーヒー) (ViTO(ヴィト、アイスクリーム店)) また、昨年まで売店であったお店には、画像のようにワインショップが設けられておりまして、店員の方が試飲させている姿が見られておりました。私も白ワインをいただきましたが、正直おいしかったですけどね。本当に、保安検査場を抜けますと、様々な姿がみられている事がわかりました。 こうして、搭乗が始まります。今回は5番搭乗口からの搭乗でありますが、液晶案内板の天候を見ますと、那覇市の気温が32度と、非常に暑いのがわかります。 (液晶案内板)〜那覇市の天候を見ますと最高気温32度との事 所で、スカイマークの地上職員が着用されております福岡ソフトバンクホークスのピンクのレプリカユニフォームでありますが、よく見ますと背番号は「737」とあります。これは使用機材がボーイング737−800型機から取っているためでありますが、存じない方であったならば「なぜ737なの?」と思われた方もいらっしゃるのではないかと思います。 今回の搭乗機、ボーイング737−800型機であります。その下の画像では機内も掲載しておりますが、この飛行機、前回の東京行き(NO.1825参照)の時と同様、座席下にはコンセントは装備されておりませんでした。実は画像の濃紺シートとなりますと、初期導入にあたりますのでコンセントは装備されていないそうでありますので、正直はずれだったのかなと思う所でもありましたけどね・・・。 (機内)〜シートは濃紺色 さて、いよいよ509便は那覇空港へ向けて出発しますが、ちょうど隣では福岡空港へ入ってまいりました同型機(JA73NA)の姿を見る事ができました。このスカイマークの飛行機も、各地へと運航されている訳でもありますので、それらを支えますボーイング737−800型機の存在も大きいのでは?と思います。 離陸する前に、先に離陸します全日空(ANA)のボーイング787型機(787−8・JA821A)や、日本航空((JAL)のボーイング777型機の姿を見る事ができておりました。以下画像のANAのボーイング787型機には、「ドリームライナー」とも称されておりまして、前方には「787」と大きく描かれている事もわかります。 (「ドリームライナー」アップ) (JAL、ボーイング777型機) さて、いよいよ離陸であります。今回搭乗機は、調べますとウイングレットにスペードが表示されている事、またシートが濃紺シートである事から、JA737Rと3番目に古い機種(2008年受領)でもありました。それにしても、前回搭乗時がJA737Qでありましたので、なかなか古い機種にあたっているなと実感する所ではありましたけどね。 こうして、離陸しました。今回は滑走路北側から飛び出しておりましたので、まっすぐ南へと進む形となっておりました。画像は福岡県久留米市付近でありまして、画像22は久留米インター付近でありましたが、九州自動車道の姿を上から見たのはグーグルでの画像が主でありましたので、実際に見るとリアルな感じが伺えます。 (久留米インター付近) しかし、この日は南九州で天候が悪かった事から、熊本県に入った付近から雲に覆われてしまいまして、以降沖縄にたどり着くまでは下の姿を見る事はありませんでした。正直、天候が良ければどこを飛んでいるのかがわかっていただけに、これが見れなかったのが残念でありました。 さて、機内では前回の東京行きでも見られておりました無料サービスが行われておりまして、画像のネスレ「キットカット」、「ネスカフェ」が配られておりました。「キットカット」はよく見ますと、スカイマークのイラストも見られておりまして、オリジナルな印象さえも感じさせられます。ちなみに今回も私はいただきましたが、機内で食べるチョコレートはおいしかったです。 (「キットカット」) (「ネスカフェ」) こうして、福岡空港から約1時間20分、沖縄那覇空港に到着しました。既に空港は真っ暗となっておりましたが、そんな中でも様々な飛行機の姿を見る事がありました。やはり沖縄の空の玄関口でもありますので、賑やかな事もわかります。 飛行機を降りまして、出口へと向かいます。その前に手荷物を取りに行く訳でありますが、それまでの通路が長く感じました。しかも、その間には併設しております搭乗口もありますし、売店もありますので、途中で立ち寄りしてしまう所ではありましたけどね(那覇空港に関しましては後日改めましてご紹介します)。ちなみに、通路には画像のように花の姿も見られておりまして、利用者を出迎えております。 そして、ようやく手荷物引渡場へやってきましたが、既にベルトコンベアは回っておりました。結局は最後に近くなってしまいましたが、手荷物を受け取りまして出口へと向かいます。 画像が到着口であります。まだここまでは空調が効いておりまして涼しかった訳でありましたが、その下の画像の到着ロビーを出ますと、非常に暑かったです。やはり、この時期でも本土で言いますと9月くらいに相当する気温でもありますので、この時間(夜7時)でも暑いのもわかりますけどね・・・。 今回は、初搭乗となりますスカイマークの沖縄那覇空港への搭乗記をご紹介しましたが、最も悔やむ事となりますと、初期導入の機種に再び当たってしまった所でしょうか。やはり、個人的にはコンセント付きの機種に当たりたかったですけどね。それでも、早割で購入となりますと、LCCに近い値段の安価で利用する事ができますので、ご覧の方々も利用したいと思います方は、是非とも利用されてみてはいかがかとは思います。
|



