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今回の訪問時におきましても、宮崎交通に所有しております昭和年式を中心としました多くの古参車両の姿を見る事ができておりまして、それは今後も富吉車庫で撮影しました画像を中心にご紹介していく予定であります。 中でも、昭和年式と言いますともう平成が30年になっている事からもわかりますように、最も若い昭和63年式でももう30年は経過しております。それでも、これまで多く導入されていた事もありまして、廃車は徐々に進んでおりましてもまだまだ多くの車が残ると言う結果となっております。 実際に、上の画像の車は昭和62年式の日野レインボーでありますが、画像の車(宮崎22か・760、P−RJ172BA)のように31年も経過しましてもまだまだ健在な姿が見られておりまして、丸目1灯と言う全国的にも珍しい分野になっているこの車の存在を伺わせております。 さて、今回ご紹介しますのは、昭和年式がまだ多く残る中、平成年式でしかもKC−規制車であります宮崎交通で初めて導入されましたノンステップバス2台におきまして廃車が発生しましたので、これら車に関しまして皆様にご紹介してまいります。 宮崎交通では、平成11年にノンステップバスを初導入しておりまして、宮崎駅前に存在しておりました旧宮崎自動車営業所に2台新製導入しておりました。これら車は日野ブルーリボン(KC−HU2PMCE)でありまして、宮崎22か11−33・宮崎22か11−34と登録されておりました。 以来、宮崎市内の路線におきまして2台とも運行されておりましたが、平成22年に揃って延岡営業所に転属しまして、画像にもありますように延岡駅〜九州保健福祉大学方面を中心としました路線バスに使用されておりまして、学生さんなどと言った多くの乗客を運んでおりました。 (宮崎22か11−33) (宮崎22か11−34) こちらは現在ディスカウントストアとなっております、旧延岡整備工場の画像でありますが、この時は宮崎22か11−34が「ひむか」用の三菱エアロエース(宮崎200か・366、QRG−MS96VP)と並んでいる姿を収めておりました。延岡営業所も、現在の場所になる以前は市内複数箇所に配置されていた訳ですのでわからなくはない姿であったでしょうか。 その後、この2台は再び宮崎地区に戻っておりまして、宮崎市内を中心とした路線バスで使用されておりましたが、昨年訪問時に画像のような姿となっておりました(番外参照)。この姿を見ますと、方向幕や広告類は取り外されておりまして、この姿からも残念ながら離脱となったと言われてもおかしくはなかった姿でしたが、結局は2台とも正式に廃車となったようでありました。 (幕や広告が外された、宮崎22か11−33) (整備中の宮崎22か11−34) 今回富吉車庫訪問時の2台であります。ナンバーも外されておりまして、この時点でも廃車となった事を表す姿でありましたが、宮崎交通の車は路線車でも20年以上は持つのが普通ではあるようですが、これら車に関しましては18年で廃車となった訳ですので、宮崎交通の路線車としては短かったかなと思いがちではあります。ただ、全国的にもこういった初期タイプは廃車となる機会が早いそうでしたので、そう思いますと仕方がない所でもありましょうか。 (宮崎22か11−33) (宮崎22か11−34) (リアの2ショット) 本当に、この2台は宮崎交通の先駆けのノンステップ車であったように思います。何と言いましても、現在はこの宮崎交通をはじめ全国の事業者でも多くが見られるようになっている訳ですのでわからなくはない所でしょうか。本当に宮崎の低床車両の礎を築いていたこの2台ではありましたが、やはり従来の路線車よりは短い一生ではあった訳ではありますが、とにかくこの2台に関しましてはお疲れさんと言いたいと思います。
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コウさんの一日一鉄バス(バス)
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これによりまして、西日本車体(西工)架装車のC−Iボディは廃車が進んでおりまして、既に92MCは全廃、02MCに関しましても廃車が始まっておりまして、それほど純正車両の割合が高くなる要因ともなっております。 さて、このC−Iボディの前に存在しておりましたのが上の画像のS型ボディ(福岡22か53−19、三菱U−MS826P)でありまして、いずれも三菱エアロバスのシャーシとなっておりましたが、そのS型ボディも早くに姿を消しておりまして、これら車も西肥自動車や日田バス・亀の井バスなどと言った事業者に移籍しまして第2の車生を送ってもいましたが、その後移籍先でも全廃に至っております。 (西肥自動車、F500・U−MS726S) (日田バス、461号・U−MS726S) (亀の井バス、大分200か・172、U−MS726S) そして、この移籍車は大分バスにも1台移籍車がかつて存在しておりまして、それが今回ご紹介します車であります。今回の「一日一鉄バス」では、その移籍車両でありました車をご紹介してまいります。 大分バスには、画像の車(42156・三菱U−MS726S)が移籍してきておりましたが、この車は平成4年式でありまして、平成15年に九州急行バスから大分バスに移籍してきた車でありましたが、移籍当初は大分〜熊本線特急「やまびこ号」に使用されておりまして、その後「やまびこ号」に新車が導入された事で佐伯営業所に転属しまして「佐伯急行(さざんか号)」に使用されておりました。 この車の装備は、九州急行バス時代の装備を残しておりまして、中央部にトイレ、偏心3列シート・ビデオ・マルチステレオも装備されておりまして、ビデオ・マルチステレオに関しましては大分バスに移籍しましても「やまびこ号」時代にも使用されていたようであります。 また、九州急行バス独特の引戸式の荷物扉や、S型の初期導入車両の証しでありますグリル上部にあります行先表示器がそれを物語っておりまして、こういった名残がありますと、前事業者の特徴がわかる部分ではないかとも思う所ではないでしょうか。 この車は、佐伯営業所転属後には「佐伯急行」以外にも、佐伯地区のローカル路線でも使用されておりまして、画像の行先がそれを物語っておりました。ちなみに、この撮影は平成25年撮影でありましたが、この頃は貸切からの改造車であります西工58MCC−I架装車も存在していた頃でありましたので、その下の画像でもわかりますように、佐伯営業所では画像のような並びも見られておりました。 (12638(日野U−RU2FRAB)との並び) その後、低床新車の相次ぐ導入に伴いまして、この42156は廃車となりまして、残念ながら現在は伺う事はできません。確かに、これまでも当ブログでもご紹介しておりますように低床車両が現在まで相次いで導入されている訳でもありますので、それほど置き換えが進んでいた事も伺える所でもあります。 私自身も、これまで「佐伯急行」として使用されている姿など収めてはいましたが、それでも撮影する機会が少なかった事が悔やまれる所でした。こうして見ましても「EXPRESS OITA」の大分バス高速・特急塗装がよく似合っているのではないかと見ていて思うほどでもあっただけになおさらかとも思う所ではありましたけどね。現在は、大分バスでもS型ボディ自体少なくなってきているのが現状でもありますので、そう思いますとこの姿も貴重な姿かとも思う所ではあります。
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これら車は、左から・・・ 佐賀200か・560(日産デU−RA520TBN)
の以上5台であります。佐賀200か・547(日産デPKG−RA274TAN) 佐賀200か・597(三菱U−MS726S) 佐賀200か・478(三菱U−MS715S) 佐賀200か・504(日産デPKG−RA274TAN) このうち、左から2〜5番目の車は、佐賀県玄海町にあります九州電力玄海発電所の特定輸送用の車、一番左の車は、同じく玄海町内の小学校が統合された事で運行されております玄海町スクールバスの車となっておりまして、それを表す黄色いステッカーが以下画像のように貼ってあるのがわかるのではないでしょうか。 また、以下画像右の・547と上の画像の・504につきましては、新製から特定貸切に使用されておりますので、同じボディ(西日本車体(西工)E型)で運行されている緑の塗装の高速用と比べますと一味違った印象である事がわかるのではないでしょうか。 また、いすゞガーラ(佐賀200か・635、PKG−RU1ESAJ)も玄海発電所の特定貸切車として主に使用されておりまして、それに関しました行先(「唐津駅直行」)の文字がそれを表しております。それにしても、この車は元は移籍車でありながらもこのような車がこう言った用途に使用される事は、正直うらやましいと言ってもいいでしょうか。 さらには、同じ特定用途で小型車も存在しておりますが、中でも手前のトヨタコースターは特に目を引きます。この車は、今年導入した車でもありまして、こちらも玄海発電所特定貸切用として使用されている車でありまして、特徴としましてリアに観音扉が設置しております。また、画像左側の三菱ローザ(KK−BE64EG)については、平成22年に3台導入した車のうちの1台でありまして、この車を含む2台が玄海発電所特定用、1台がグループ内で経営しております昭和幼稚園の送迎用に使用されております。 本当に玄海原子力発電所の送迎運用があったり、学校・幼稚園のスクールバスの運用もあったりと、昭和バスの特定貸切としては色々存在しているのがわかります。それにしても、経年の車両もあれば新車で導入された車両もあるなど、年の差はだいぶ違う事もわかるのではないでしょうか。それでも、連日運行されておりますし、多くが唐津市内にお住まいではないかと思われる発電所職員の通勤のため、学校が一部統合された玄海町の子供たちのためなどを思いますと、この運用もわからなくはないのではないでしょうかね。 【現況】 その後、画像1の5台に関しましては、西工E型2台(佐賀200か・504、佐賀200か・547)はこれまでもご紹介しておりますように路線化改造が行われておりまして、結果西工E型の特定貸切車はなくなっております。 (佐賀200か・504) また、それ以外に3台に関しましては残念ながら廃車となっておりまして、現在昭和バスにおいてその姿を見る事ができません。 尚、佐賀県玄海町はその後「玄海みらい学園」と言う小中一貫校となりまして、スクールバスの運行は一部以下画像の自治体による運行に変更されておりまして、画像の日野ブルーリボン2を5台所有しているそうであります(それ以外は近隣のタクシー・バス事業者による運行)。 また、昭和バスによります玄海発電所送迎運用は現在大型車に関しましては以下画像の日野セレガ・いすゞガーラの貸切車による運行に改められておりまして、近年導入の新車も送迎において使用される姿を見る事ができるようになっております。そのため、最後の画像のように様子が変わっている事も伺えております。 (佐賀200か・923、いすゞQRG−RU1ESBJ) かつては、玄海発電所に使用されております車と言いますと、ご紹介しておりますように古参車両中心のいわゆる「お下がり」の車が中心でありました。しかし、今は上の画像・以下画像のように大きく変化が見られているのが現状でもあります。特に画像の「セレガーラ」ばかりとなりました姿がそれを物語る所ではありますが、それだけ多くの方々が通勤している事が伺えるような姿ではないかと思ってならない所ではありますけどね。 平成23年、番外より引用
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これら3台には、HID付の角目1灯のヘッドライト・AMT(自動変速マニュアルトランスミッション)が装備されているのが特徴でもありまして、運転もAMTでもある事から比較的しやすくなってもおりますし、視認性なども大幅に向上しております。 一方、新車とともに移籍車両も最近は導入されておりまして、最近は東京都交通局(都営バス)からの 移籍車も導入されておりまして、画像2の復刻塗装を施しました車(835号・日産デKL−JP252NAN改)も車内の改装を行った上で、同様に佐賀市内におきまして運行されております。 そして、かつて平成10年から13年にかけましても、中古車両の導入が行われておりまして、これらに関しましても都営バスからの移籍車でありました。 これら時期に導入されました中古車両は、日野ブルーリボンや富士重工架装の日産ディーゼル車と言った大型車、そして今回ご紹介します以下画像の三菱エアロミディと言った中型車両が導入されておりまして、これら車も古参車両の置き換えに貢献しました車でもありました。 (726号・三菱P−MK117J)〜平成10年移籍導入 ちなみに、平成13年以降都営バスからの移籍車の導入は、東京都からの事情もありましてありませんでしたが、平成26年に都営バスからの移籍車の導入が再び行われておりまして、画像2の835号のように佐賀市内で運行を始めております。 さて、今回「一日一鉄バス」バス編でご紹介します車は、翌平成11年にその都営バスから中古導入されました、三菱エアロミディMK(735号・P−MK117J)をご紹介してまいります。 この735号は昭和62年式でありまして、新製導入時より南千住営業所に所属しておりまして、営業所管内の路線で運行されておりましたが、平成11年に他の2台とともに佐賀市営バスに移籍しまして、以来佐賀市内の路線を運行しておりました。 この車の塗装も、平成10年に移籍導入されました画像3の726号とは異なりました塗装となっているのが特徴でありまして、この年より採用されました新塗装を採用しております。よく見ましても、画像1とは見た目が違っているのがお分かりいただけるのではないかと思います。また、窓も他の三菱エアロミディMK路線車では多く見られますサッシ窓ではなく逆T窓であったのも特徴でありました。 その後、周りの同形式の車が新車導入に伴いまして廃車となって行く中、結局この735号が最後に残りました同形式の車でもありました。けれども、平成23年にいすゞエルガミオ新車の導入に伴いまして残念ながら廃車となってしまいまして、結果都営バスからの移籍車であります三菱エアロミディMKは全廃となってしまったのでありました。 私もかつてこの車には乗車した事がありましたが、やはりサッシ窓ではなく逆T窓と言うのが珍しい所ではなかったのではないかと思います。本当に都営バス時代はどんな活躍をしていたのかは私も存じませんが、こういった窓の装備が都営バスであったと言う名残が出ていてよかったのではなかったかと思う所であります。 この三菱エアロミディMKも、東京・佐賀といい活躍をしていたのではと思う所であります。考えてみましても、この735号の場合は24年も運行していた訳ですから、経年であったと言われてもおかしくはなかったでしょう。本当に、現在はいすゞエルガミオなどと言った中型ノンステップ路線車が最近は多く導入・運行されております佐賀市営バスではありますが、この車の存在も存じていただければとも思う所であります。
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長崎〜名古屋線「グラバー号」
長崎〜大阪・京都線「オランダ号」 長崎〜別府・大分線「サンライト号」 におきまして運行されております。 これら路線は、いずれも独立3列シート車におきまして運行されておりまして、車内にはサービスコーナーが見られておりますし、BS放送などと言った装備もあるなど、各社コストダウンによりまして数少なりました装備が引き続き見られております。 そんな使用されております車両も、長崎バスでは他社に比べまして早く、長崎バスではわずか10年ほどで廃車になりまして売却されると言った姿も見られるのが現状でもあります。 さて、今回「一日一鉄バス」でご紹介しますのは、現在のモデル(とはいえ初期モデル)で最初に導入されるも、その後10年で廃車売却されました日野セレガ(4601・PKG−RU1ESAA)を皆様にご紹介してまいります。 この4601は、長崎バスではこのタイプでは最初に導入されました夜行用日野セレガでもありまして、平成18年末に導入されました。ちなみに、この年はちょうどADG−規制からPKG−規制に変わった直後でもありましたが、この年の末に導入されたと言う事でPKG−規制車での導入となっておりました。 この4601はこの後導入されます他の「セレガーラ」とはデザインが少々違っておりまして、白地に赤・青の「トリコロールカラー」が、画像1・画像8の増備車では方向幕下のフロントグリル部分に付いているのに対しまして、この車にはついていないのが特徴であります。尚、フロントグリル部分に付いていない代わりにLEDオーナメントランプの左側上部に「トリコロールカラー」は見られておりました。 また、側面・リアの行先はサボ式となっておりまして、以降の車が幕式・あるいはLEDの行先でありますので、そう言った所も以降の増備車とは違った所を見せておりました。尚、長崎バスでも前面幕式・側面・リアサボ式となりますと「エアポートライナー」に使用されておりますいすゞガーラや廃車売却となりました日野セレガRを伺わせる所でもあります。 さて、こちらの画像は平成19年に松ヶ枝営業所小曽根車庫で撮影したものでありますが、この時にはまだ三菱エアロクイーン(左・5801、右・5901、いずれもKC−MS822P)が松ヶ枝営業所に所属していた頃でありまして、当時はこのように所有していた事が見ていてわかるのではないでしょうか。尚、既にこれら三菱エアロクイーンはすでに廃車売却されておりまして、11年前からしますと全ての車に変化が出ている事もわかります。 尚、長崎バスでは翌平成19年に導入されました、同じく日野セレガの4701(形式同)、夜行用初のいすゞガーラとなりました画像1の2716(PKG−RU1ESAJ)が昨年廃車売却となっておりまして、他社にて活躍する姿もあるようであります。本当に、冒頭でも述べましたように、長崎バスは置き換えのサイクルが早いなと伺わせる所ではありますけどね。 この車に関しましては、長崎バスでは最初に導入された車である事もありましたし、かつデザインも異なる車でもありましたので、大変印象に残る車でもありましただけに、正直「サンライト号」でも乗れればとは思っていただけに残念ではありましたけどね。この車は、おそらくは他社に売却されているのではないかと思われますが、とにかく第2の車生でも引き続き元気に走っていただければとは思います。
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