山梨県の偉人たち 加賀美光章(かがみみつあき)『山梨百科事典』山梨日日新聞社刊 一部加筆
生、1711(宝永5)・2・15−歿、1782(天明2)・5.29。
字は太章または小膳。号は桜(土烏)。幼くて神童と言われ、後に甲斐国小河原村(現甲府市)山王権現の福祠官である加賀美尭光(たかみつ)に養われた。
17歳の時、京都に遊学して歌、国学、神学、経学、有職故実、天文暦術などを修めた。
28歳で家名を継ぎ山王神社の祠官となり、塾を開き「環松亭」と称した。高弟には山県大弐、上野広俊・志村天日、古屋蜂城、内藤花渓などがある。
1767(明和4)年3月8日、山県大弐が罪を得たのに関連して、子の光起とともに捕えられて江戸に送られた。8月21日無罪放免となって帰郷した。
著書著書には「神学指要(1巻)」「神学寺衡(1巻)」「大疑録好弁評」「桜(土烏)文集(3冊)」「神代諸説(1冊)」「甲斐国御牧考(1冊)」「歌集」など多い。
環松亭での教授は、需学、神学、兵書、音楽、有職故実、天文暦数、詩歌、書法など多方面にわたった。儒学は朱子学である。神学では日本書記会読親条を設けて毎月6回3・8の日を定めてともに熟読した。尊王思想はそこに生まれた。 <清水茂夫氏著>
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