韮崎市の家塾 武田秀治法印家塾『韮崎市誌』中巻 第二章 学校教育 第一節学制以前の教育 一部加筆
下条南割村。法印歴代家塾を開き郷党の教化をなしたが、その創始の年時を知るよしがない。第一四代秀海(安政六年没)の時最も盛大であった。第一五代秀穏、第一六代栄秀に至り、維新後之を閉した(家塾・寺子屋詞・参照)。
解説 法印は武田信武の六男信行(秀潮)を祖とする当山派修験(醍醐寺を本所とする高野山系の山野において霊験を得る法を修する験者)であって、永寿山文殊院と称し、本尊を開運不動尊とする、武田家代々の祈願所である(『甲斐国・社記寺記』)。
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