山梨県偉人伝 幡野康利(はたのやすとし)『山梨百科事典』山梨日日新聞社刊
生、1837(天保8).6.24−歿、1890(明治23).11.5
甲斐国都留郡賑岡村畑倉木戸狩(大月市)の彦治郎の長男として生まれ、25歳のとき弟宇平と大阪大丸呉服店の甲斐網買い継ぎをおこない、その傍ら地域産業の振興を図り、伝統ある郡内織りの改良を志し、染色の堅牢を第一条件とし、広幅杉あや織りの洋ガサ地の製織を完成、文明開化の流れにのりその声価を高めた。そのため長崎でオランダの染法を学び、1885(明治18)年、農商務卿西郷従道から功労賞を受け、郡内洋ガサ地の始祖である。 <羽田富士男氏著>
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郡内の偉人
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山梨県の偉人たち 加賀美郷右衛門(かがみごうえもん)郡内『山梨百科事典』山梨日日新聞社刊 一部加筆
生、1859(安政6)・7−歿、1938(昭和13)・7。
富士吉田明見の名家に生まれ、特産洋傘地の創始者であり、郡内機業の中興の視である。
1877(明治10)年に機業界に身を投じて以来、旧来の手織り機による絵甲斐絹から新織物の工夫をしてコハク織りの試織に成功したが、市場において人気出ず失敗に終わり、のち都留物産会社を興して、はじめて撚糸機を郡内に導入し双糸の生産に着手し、コハク織り洋ガサ地を産みだした。1904(明治37)年、ニューヨーク万国交易博において入賞以来、日本郷右衛門の名は国の内外に知られた。またフランス製ジャカード機の装置を入手して絞り織りの創始者でもあった。
<斎木高明氏著>
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