ここから本文です
白州 武川 歴史紀行 真実を求めて

書庫郡内の偉人

記事検索
検索

全1ページ

[1]

山梨県偉人伝 幡野康利(はたのやすとし)

『山梨百科事典』山梨日日新聞社刊
 
 生、1837(天保8).624−歿、1890(明治23).115
甲斐国都留郡賑岡村畑倉木戸狩(大月市)の彦治郎の長男として生まれ、25歳のとき弟宇平と大阪大丸呉服店の甲斐網買い継ぎをおこない、その傍ら地域産業の振興を図り、伝統ある郡内織りの改良を志し、染色の堅牢を第一条件とし、広幅杉あや織りの洋ガサ地の製織を完成、文明開化の流れにのりその声価を高めた。そのため長崎でオランダの染法を学び、1885(明治18)年、農商務卿西郷従道から功労賞を受け、郡内洋ガサ地の始祖である。           <羽田富士男氏著>

山梨県偉人伝 幡野弘毅(はたのこうき)

『山梨百科事典』山梨日日新聞社刊
 
 生、1858(安政5).127−歿、47(昭和22).531
甲斐国都留郡島田村(山梨県上野原町)の人。
1875(明治8)年以来小学校教員、1880(明治13)年同地方の民権政社相愛社に入社し、
4回愛国社大会に古家平作とともに出席、翌年10月自由党員となり、1882(明治15)年鶴北自由党の結成に力を尽くした。のち1884(明治17)年転向して北都留郡書記、1908(明治41)年には北巨摩郡長となった。<飯田文弥氏著>
 

山梨県の偉人たち 加賀美郷右衛門(かがみごうえもん)郡内

『山梨百科事典』山梨日日新聞社刊 一部加筆
 
生、1859(安政6)・7−歿、1938(昭和13)・7
富士吉田明見の名家に生まれ、特産洋傘地の創始者であり、郡内機業の中興の視である。
1877(明治10)年に機業界に身を投じて以来、旧来の手織り機による絵甲斐絹から新織物の工夫をしてコハク織りの試織に成功したが、市場において人気出ず失敗に終わり、のち都留物産会社を興して、はじめて撚糸機を郡内に導入し双糸の生産に着手し、コハク織り洋ガサ地を産みだした。1904(明治37)年、ニューヨーク万国交易博において入賞以来、日本郷右衛門の名は国の内外に知られた。またフランス製ジャカード機の装置を入手して絞り織りの創始者でもあった。
                     <斎木高明氏著>

全1ページ

[1]

過去の記事一覧

甲斐国志
甲斐国志
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

最新の画像つき記事一覧

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事