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(一) 水田稲作と感慨の始まり
皆さんはご存知のように、狩猟時代より、人間が自ら土地を耕して田を創ったのは、弥生時代に
入ってからです。
稲作には、水田稲作と畑稲作が在ります。畑稲作は古く中国や東南アジアで、焼畑稲作が始まり
ました。畑作は豆やジャガイモ・稲を造ってきました。歴史的には、古くさかのぼれます。
水田稲作は、10〜20年前頃から、中国大陸では、一万年前までさかのぼれると言う事が、判って
きました。揚子江流域では、一万年以上の栽培の歴史が判ってきました。それが日本へ入って
きたのは、焼畑農耕が早いと思います。水を張らないで子株を栽培してきました。
縄文稲作栽培が、縄文時代前期の5000〜6000年前確認できます。
しかし水田稲作は、今見られる物は、従来通り弥生時代に中国・朝鮮を経由して入ってきています。
水田稲作は元々野生に在った物を栽して、稲に育てた物ではなく、中国大陸で栽培されたものが
育って、それが入ってきました。紀元前500年(今から2500年)前に、それは起こりました。
歴史家の先生たちの中では色んな意見が在り、科学的な検証が行われています。
2500年前には、中国経由で北九州に入り、瀬戸内海を経由して関西から東北へ広がっていき
ました。
稲はアジアモンスーンの土地で育って、寒い寒冷地で育ってきました。現在では普通に育って
います。品種の改良が行われて、北海道でも明治20年頃には入っていきました。
熱帯性植物が、東南アジアで起きて、改良されていきました。
その中では水田耕作については、水が必要でした。その後水との戦いが起こり、水を求めて水田が開発されていきました。
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