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(二)むらと水
ため池は灌漑範囲より高い場所に築かれている為、村の中ではなく隣接する村の中に造られる場合もあった。池尻村の田地は村内のため池と隣接する甘山村や半田村にあるため池とによって灌漑されていた。又、池尻村内には東野村などの下流の三か村を灌漑する大満池が有った。
ため池の多くは、谷筋を流れる水を堰き止めて造られる。その為堤防を高くして貯水量を増加させようとすると、池の上流側の田地も水につかる。そのため村境や隣村にあるため池では、しばしば境界争いが起こった。
○ 池尻村の用水
池尻村の地形は東池尻・西池尻集落の間の、狭山池中樋筋が通る低地と、東西の段丘に分類できる。標高の高い田地を灌漑するため池は、より上流に造られるために、池尻村の東を灌漑する新池・櫃池などのため池、村の中央を灌漑する口ばみ池や蓮池、西側を灌漑する西新池など、地形に応じてため池が築かれ、灌漑に利用された。
狭山藩の絵図が江戸時代の中頃作られて居ます。そこには洪水で池の土手が決壊して池が出来ました。「口ばみ池」と言われるもんのです。別名が「御庭池」とも言います。
東除川よりかさ上げして、水路が造られて居ます。
「蓮池」は水路がはっきりしない池です。水が湧いて造られて居ます。
狭山池に土砂が溜まってきた時は、はす池には、水が溜まらないと言われて居ます。
○ 川の利用
池尻村は狭山池の北に位置し、東西を東除川・西除川にはさまれて居ます。このような立地から、狭山池とは暮らしの様々な場面で関わりを持っていました。狭山池水下の村々は、番水を通じて西除川を利用していたが、池尻村は川を耕地として利用した。又製油の為に水車を設置するなど、多様な水利用をしていました。川に接する村ならではの利用方法があった。
○ 大満池と池尻村
大満池は池尻村の北辺に位置して、狭山池中ひの水を一旦貯水して、池の東北に在る牢樋から、中樋筋の村に配水される他、北野田村・南野田村・阿弥村三か村の用水地でも在った。
大満池も貯水量を増すと、上流側の池尻村田地が浸水する為、池尻村と三か村の間で、池の
貯水量を巡る論争が何度か起こった。
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