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熊野までの道筋は、先達が案内します。絵図ではこの様に高級な方がお参りすると説明しています。
又絵図の上部には、「月輪」「日輪」も描かれて、陰陽道の考えが入っており、山・川や男・女の様に相対するように描かれています。これが参詣曼荼羅の原型です。
来世に浄土の世界に生まれ変わることを説明しています。観音信仰の中で、十一面観音菩薩信仰で補陀洛浄土へ誘う内容です。
他には、阿弥陀信仰では「阿弥陀浄土」、真言宗では「蜜厳(みつごん)浄土」の信仰が出ています。
1052年からは末法の世界へ入ると言われて、この世では救えないと考えています。来世に浄土を求める動きが多く成りました。その中で観音信仰が、生きている内に補陀洛へ向かえる様に準備する事だと教えています。その結果自殺が増えています。大門前の詳細では、船に乗って観音浄土へ向かう事が描かれています。
来世に浄土を迎える為に、生きている内は良くないが、死んで初めて観音様の世界へ行けるとといています。当時の歴史観が見れて面白い。
「施福寺曼荼羅」が在ります。室町後期の作です。
西国三十三箇所観音霊場の第四番の札所です。伽藍の配置が、曼荼羅として描かれているので動かして書かれています。千手観音の信仰で、周りにお堂が配置されています。
左の一番下には、和泉国大津の浦が書かれて、法海上人が浜で千手観音を見つけた故事が書かれています。大津浦から延々と、大津川を越えてお寺までが書かれています。お寺の入り口には、仁王門が在ります。この曼荼羅にも日輪・月輪が描かれています。しかしこの画では、日輪・月輪が反対に書かれています。四種類残っている物の中で古いもので、「茅渟(チヌ)の海」(大阪湾)から20kmも在ります。代表的な物です。
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