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○ 大門
高野山の西側に位置する総門で、正面玄関に当たります。現在の大門は、宝永2年(1705年)に
再建された物で、標高800m以上の高所に建てられた建築物としては珍しい物です。重要文化財に指定されています。
仁王様は、天野山金剛寺と同じ仏師が造った物といわれています。
江戸時代の仏師法橋運長と康意の作です。
大門から東の方へ300m歩くと、こんもりとした森が見えます。世界で残されている唯一の密教伽藍です。
○ 大塔
弘法大師の高野山開山の目的は、真言密教の根本道場として伽藍を創設する事でした。
先ず講堂(現在の金堂)を創設、次いで鎮守として、高野明神(現在の御社)を勧請され、引き続いて大塔その他が建立されました。
金剛界を象徴している密教伽藍が、奈良や京都に無い物が残されています。
全員参加の中で、世界遺産として保存されました。
○ 御影堂
弘法大師は、承和2年(835年)その生涯を閉じています。
真如親王が描かれた、弘法大師の御影が秘仏として境内に祭られています。弘法大師の偉大な
歩んできた足跡を残しています。
紀伊徳川公が壇主と成り再建されています。
○ 徳川霊台
徳川家康・秀忠の霊を弔う為に造られた、日光東照宮と同じような霊屋が造られた物です。
寛永10年(1633年)から10年間掛けて完成したお堂です。重要文化財に指定されている二棟の
建物です。家康の建屋には鳥居が造られていますが、秀忠の建屋には在りません。家康は権現様と言われる様に、神様と成っています。
江戸時代初期には、高野山でもゴマすりをして、お堂を建てています。そこには位牌堂が組み込まれています。寛永年間の京都の仏師が参加して造られています。信仰の上で浄土として造られて、史跡に入っています。
○ 金剛峰寺
江戸時代末期の建物で、和歌山県の文化財と成っています。
文禄2年(1593年)豊臣秀吉の母君の菩提寺として応其上人に命じて青巌寺として建立しています。それが金剛峰寺と成りました。
明治2年(1869年)明治政府より命じられて、青巌寺と興山寺を合併して、寺号を金剛峰寺と改めて総本山として高野山を代表することに成りました。
山全体を金剛峰寺と言っていたが、地理上では、高野山金剛峰寺と空海が変えています。
山号は高野山です。本来は地名の如く言われていますが、高野であります。
4000ヶ寺の総本山です。世界遺産に含まれて居ます。
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