高村光太郎連翹忌運営委員会のブログ

4/2は高村光太郎(1883〜1956)の命日、連翹忌(れんぎょうき)です。

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昨日は福島県双葉郡川内村に行っておりました。同村の名誉村民で当会の祖・草野心平が生前に愛し、歿後はその顕彰を兼ねて行われ続けている、天山祭り。今年で54回目だそうで。しばらく欠礼しておりましたが、久しぶりにお邪魔いたしました。

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本来の会場は、心平の川内村での別荘的な天山文庫でしたが、一昨日の時点で天気が怪しいというので村民体育センターに変更。

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当方到着時にちょうど始まったところで、主催者挨拶の最中でした。

実行委員長・井出茂氏。かつてご自宅の小松屋旅館さんで、心平を偲ぶ「かえる忌」も主催されていました。今年、復活させるそうで。

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遠藤雄幸川内村長。ご挨拶の中で光太郎にも触れて下さいました。

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来賓挨拶。心平が主宰していた同人誌『歴程』の新藤凉子代表。

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心平遺影に献花。

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その後、さまざまな皆さんによる心平詩等の朗読。

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まずは川内小学校の6年生児童が自作の詩を。

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詩人のいとうのぼる氏、声優の本間ゆかりさん、同じく栗原康子さん。ライヤーという楽器を伴奏に、心平詩を中心に。

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いとう氏と本間さんは、昨年山梨県立文学館さんで開催された「歿後30年 草野心平展 ケルルン クックの詩人、富士をうたう。」の開会式にもご出演されました。

いとう氏、自作の詩の朗読も。「私の獏は」と題する詩で、光太郎智恵子にも触れて下さっています。

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『歴程』同人の皆さんも、心平詩を。画像は連翹忌にもおいでいただいた事のある伊武トーマ氏。

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この後、樽酒の鏡開きが行われ、お弁当が配布、それをいただきながら懇親会的な。当方、遠藤村長、井出氏、伊武氏など、旧知の方々と久闊を除させていただきました。

アトラクション的に、郷土芸能「西山獅子舞」。詩の朗読をした川内小児童も再度獅子頭をかぶって登場。頼もしい限りです。

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東京芸術大学邦楽部ご出身で、福島大学などで講師をなさっているという、尺八奏者のブルース・ヒューバナー氏。すばらしい演奏でした。

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というわけで、大盛り上がりの天山祭。泉下の心平も喜んだことでしょう。というか、どさくさに紛れてゴザの上にあぐらをかき、ドブロクの茶碗を傾けていたのでは、と思いました(笑)。

末永く続けて行っていただきたいと存じます。


【折々のことば・光太郎】

「智恵子抄」は徹頭徹尾くるしく悲しい詩集であつた。

雑纂「詩集「智恵子抄その後」あとがき」より 昭和25年(1950) 光太郎68歳

『智恵子抄その後』は、この年、戦時の休業から復興した龍星閣によって刊行されました。一昨年、龍星閣主人・澤田伊四郎にあてた、同書に関わる光太郎書簡等が澤田の故郷である秋田県小坂町に寄贈されています。

「詩集「智恵子抄その後」」とありますが、実際には散文の方がページ数が多く、「詩文集」というべき書物です。

そのあとがきに、昭和16年(1941)刊行の『智恵子抄』が、「徹頭徹尾くるしく悲しい詩集であつた」と書いた光太郎。智恵子に対する贖罪の書、それまでの自分の生き様(世間と没交渉)に対する訣別の書、そしてもちろん最愛の妻・智恵子への挽歌、いろいろな意味合いを含めての万感の思いがこもった一言と思われます。

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