高村光太郎連翹忌運営委員会のブログ

4/2は高村光太郎(1883〜1956)の命日、連翹忌(れんぎょうき)です。

智恵子

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智恵子の故郷、福島二本松でその顕彰活動に取り組む智恵子のまち夢くらぶさんの主催による「高村智恵子没後80年記念事業」。これまでに「智恵子検定 チャレンジ! 智恵子についての50問」、「全国『智恵子抄』朗読大会」などが行われましたが、その最後のイベントです。  

高村智恵子没後80年記念事業 智恵子カフェ

期   日 : 2018年12月16日(日)
会   場 : 二本松市市民交流センター 福島県二本松市本町二丁目3番地1
時   間 : 午後1:00〜
料   金 : 一般 1,000円  中高生600円
申し込み   : 智恵子のまち夢くらぶ 熊谷 0243−23−6743

内   容 : 
 第一部 紙芝居 「夢を描いた人 〜高村智恵子の生涯」
  読み聞かせ 坂本富江さん(太平洋美術会・高村光太郎研究会)
 第二部 智恵子カフェ
  智恵子スイーツパーティー 智恵子抄しゃべり場

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第一部が紙芝居だそうです。制作、そして演じられるのは坂本富江さん。明治末、智恵子が学んだ太平洋画会の後身・太平洋美術会に所属され、これまでも智恵子の生涯を描いた紙芝居を二本松で上演なさっている他、『スケッチで訪ねる『智恵子抄』の旅 高村智恵子52年間の足跡』というご著書もあり、今年は智恵子生家での個展も開かれました。

第二部は智恵子カフェということで、市内外のメーカーさんが作った智恵子の名を冠したスイーツを食べつつ、智恵子についての思いを語り合うそうです。

「ほんとの空」の下、安達太良山も雪化粧に被われているようです。ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

小生当市美術学校へ入りてより毎日先生と喧嘩腰にて勉強致し居り、面白き事かぎり無く候。小生は俗悪なる一種の亜米利加趣味を嫌ふこと甚だしく候。

散文「紐育より 五」より 明治39年(1906) 光太郎24歳

「美術学校」はアート・スチューデンツ・リーグ・オブ・ニューヨーク。現存します。入学前に約3ヶ月、助手として雇ってくれたガットソン・ボーグラムが教鞭を執っていました。他の生徒から人種差別的な嫌がらせに遭い、怪しげな柔道技でやっつけたというエピソードも残っています。生徒だけでなく、先生とも丁々発止だったのですね。

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昨日は護国寺で「第63回高村光太郎研究会」、今日は日比谷で「第12回明星研究会 シンポジウム与謝野晶子の天皇観〜明治・大正・昭和を貫いたもの」ということで、2日連続で都内に出ねばならず、それぞれ午後からなので、この際、ついでにいろいろ片付けてしまおう、と、都内あちこち歩き回っております。

昨日は、まず、駒場の日本近代文学館さん。来年1月に埼玉県東松山市で、光太郎と、同市に縁の深い彫刻家・高田博厚、さらに同市元教育長で、昨年逝去された田口弘氏の三人の交流について市民講座を持つことになり、そのための調べ物でした。


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「津村節子展」の方は、平成11年(1999)、智恵子を主人イメージ 5公とした小説『智恵子飛ぶ』を書かれた津村節子さんのご主人、故・吉村昭氏の文学館ということで、津村さんの故郷・福井県ふるさと文学館さんとの共同開催となっています。

津村さんのこれまでを回顧するコンセプトで、幼少期の通信簿や日記、長じて文学活動を始めてからの作品掲載誌、原稿、御著書、取材メモ、その他身の回りの品々など、様々な展示品が並んでいました。『智恵子飛ぶ』関連も。

図録が発行されており、購入して参りました。B5判63ページ、カラー画像も多く、津村さんご本人や、吉村氏、さらに加賀乙彦氏の文章が掲載されており、それがなんとたったの350円。超お買い得でした。


トピック展示の方は、9月に「前期」を拝見して参りましたが、先週から「後期」ということになっており、若干の展示替えがありました。

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特に興味を引いたのが『智恵子飛ぶ』のための取材メモ。曰く、

 昭和十六年私が女学校に入学した年の十二月八日太平洋戦争 智恵子抄を読んだのはその二年ほどあと 私は昭和三年に生れ 満州事変、日中戦争、太平洋戦争
 個人の自由はない 目的は一億一身勝利のみ 人間らしい感情を持つことは罪悪だった。
 世俗に背を向け尊敬と信頼と愛を抱き合いお互いの芸術の道に精進し共に伸びて行こうとする共棲生活に憧れ強い印象を受ける。
(略)
 しかし、なぜこのような理想的な二人の生活が破局に至ったのか。

その問いに、津村さんなりの答を出したのが、『智恵子飛ぶ』だったわけですね。

これからも、ご健筆を祈念いたします。

ところで、昨日は関連行事として、竹下景子さんによる『智恵子飛ぶ』の朗読会があったのですが、先述の通り、第63回高村光太郎研究会とかぶっていましたので、申し込みもしませんでした。その点は非常に残念でした。

「津村節子展」は12月19日(水)まで、トピック展示は来年1月16日(水)までです。ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

自然は極微の細胞にすら宇宙の大と威厳とを示顕してゐることを思へば、心を空しくして詩に斯の如く精進するものの必ず到るべき天地はおのづから開かれるであらう。

散文「菊池正詩集「北方詩集」序」より 昭和19年(1944) 光太郎62歳

『北方詩集』、元版は樺太在住の著者による非売私家版の詩集です。のちに内地でも刊行されましたが、そちらも稀覯書籍です。

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先週17日の新聞に、智恵子の母校・日本女子大学さんの元学長・青木生子さんの訃報が出ました。

朝、購読している『朝日新聞』さんの社会面で見つけました。 

青木生子さん死去イメージ 1

 青木生子さん(あおき・たかこ=元日本女子大学長・理事長、日本上代文学)14日死去、97歳。葬儀は近親者で営む。12月26日に東京都文京区目白台2の8の1の同大目白キャンパスで大学葬を行う予定。


『毎日新聞』さんの方が、よりくわしく業績等記述されているので、そちらも。 

<訃報>青木生子さん97歳=日本女子大元学長・国文学者

 青木生子さん97歳(あおき・たかこ=日本女子大元学長・国文学者)14日、死去。葬儀は近親者で営み、12月26日に東京都文京区目白台2の8の1の日本女子大・成瀬記念講堂で大学葬を開く。時間などは未定。
 東北大など卒。万葉集の研究で知られ、女子教育論も手掛けた。著書に「日本古代文芸における恋愛」「万葉挽歌論」など。93年に勲三等宝冠章。


青木さん、ご専門の上代文学以外でも、日本女子大さんに関する御著イメージ 2書が複数あり、当方、一冊持っています。平成2年(1990)、講談社さん刊行の『近代詩を拓いた女性たち 日本女子大に学んだ人たち』。同大の教養部での特別講義の筆録をもとにしたもので、智恵子にも一章割かれています。

基本的な論調は「伝説化された智恵子ではなく、できるだけ生身の人間としての智恵子を、女性として身近に引き寄せながら、彼女の生き方にまなざしを注いでみたいと思います」ということで、同大の同窓会誌である『家庭週報』などの記事を引用するなど、刊行当時としては、智恵子に関するあまり知られていなかった資料が提示されていました。

智恵子以外には、山川登美子、上代たの、平塚らいてう、丹下うめ、大村嘉代子、宮沢トシ(賢治の妹)、網野菊、原口鶴子、高良とみ、茅野雅子が取り上げられています。

残念ながら絶版となっていますが、古書サイト等で入手可能です。


ところで、同じ日の『朝日新聞』さんに、以下の記事も載りました。 

さくらさんへ、明るく別れの歌 ありがとうの会

 8月に53歳で亡くなった漫画家さくらももこさんをしのぶ「さくらもイメージ 3もこさん ありがとうの会」が16日、東京都港区の青山葬儀所で開かれ、約1千人が参列した。笑いを届け続けたさくらさんの意向で、会は「明るくなごやか」がテーマに。参列者はさくらさんの名前にちなんで桜色の小物を身に着けた。
 アニメ「ちびまる子ちゃん」で主人公まる子を演じる声優のTARAKOさんは、まる子の声で「天国へ行くあたしへ。そっちでもたまに、まる子描いてよね」と語りかけた。さくらさんから手紙で歌詞が届き、作曲を依頼された際のエピソードを披露したのは歌手の桑田佳祐さん。「またいつかお会いしましょう」と述べ、2人で共作したアニメのエンディングテーマ曲「100万年の幸せ ‼」を歌った。


亡くなった際には失念していましたが、さくらさん、明治大学教授の斎藤孝氏とのコラボで、平成15年(2003)、集英社さんから『ちびまる子ちゃんの音読暗誦教室』という書籍を刊行されています(著者名は斎藤氏のみのクレジット)。こちらも残念ながら絶版です。

基本、児童書ですが、古今東西の「名文」50余篇を紹介し、斎藤氏の解説に、まる子を主人公とした四コマ漫画が添えられています。で、光太郎詩「あなたはだんだんきれいになる」(昭和2年=1927)が取り上げられています。

   あなたはだんだんきれいになる

 をんなが附属品をだんだん棄てると
 どうしてこんなにきれいになるのか。
 年で洗はれたあなたのからだは
 無辺際を飛ぶ天の金属。

 見えも外聞もてんで歯のたたない
 中身ばかりの清冽な生きものが

 生きて動いてさつさつと意慾する。
 をんながをんな
イメージ 4を取りもどすのは
 かうした世紀の修業によるのか。
 あなたが黙つて立つてゐると

 まことに神の造りしものだ。
 時時内心おどろくほど
 あなたはだんだんきれいになる。


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この書籍、手許にありながらその存在を忘れており、さくらさんが亡くなってしばらくしてから思い出し、このブログでご紹介するタイミングを失って、「しまった」と思っていたところでした。

それが、青木さんの訃報と同じ日にさくらさんのお別れ会の記事が出、「このタイミングで紹介するしかない」と思い、本日、記述いたしました。何か不思議な縁を感じます。ともあれ、お二人のご冥福をお祈り申し上げます。



【折々のことば・光太郎】

感じてゐながら言葉でそれを捉へる事のむつかしさを詩を書くほどのものは皆知つてゐる。よほど素直な心と、美を見る感覚との優れてゐるものでなければ此の境にまでは到り得ない。

散文「八木重吉詩集序」より 昭和18年(1953) 光太郎61歳

昭和2年(1927)に数え30歳で早世した八木重吉は、それが出来ていた稀有な詩人の一人、というわけでしょう。光太郎ファンの当方にとっては、光太郎、あなたもですよ、と言いたくなりますが(笑)。

この前年、草野心平らの尽力で、山雅房から『八木重吉詩集』が刊行されましたが、さらに八木の未亡人・とみ子の編集による決定版詩集の刊行が企図されました。光太郎はそれに向けて上記の一節を含む序文を執筆、さらに題字候補ということで3種類の揮毫をとみ子に送りました。

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八木の詩の題名から採った「麗日」二種、やはり八木の詩「うたを味わう」中の短章の題名から採った「花がふつてくるとおもふ」。それぞれ味のある筆跡ですね。

結局、戦局の悪化等もあり、この時点では決定版的八木詩集は刊行できず、序文、題字揮毫ともお蔵入りとなりました。

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以前からこの件に関し、ちょこちょこ記述しておりましたが、いよいよ日にちが迫って参りました。 

高村智恵子没後80年記念事業 全国『智恵子抄』朗読大会

期   日  : 平成30年11月18日(日)
場   所  : 
二本松市コンサートホール 福島県二本松市亀谷1-5-1
時   間  : 午後1時から
観覧料金  : 1,000円

発表時間  : 『智恵子抄』、『智恵子抄その後』他、高村光太郎詩1作品の朗読と自分の想いを5分以内で
発  表  順  : 前半12名、後半12名を当日抽選で決定 追記 昨日電話があり1人多い25名となったそうです。
朗読者参加費 : 2,000円(小中学生1,000円)
表   彰  : 大賞1名  優秀賞3名  特別賞 奨励賞若干名

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初の試みということで、参加者が集まるかどうか不安視されており、そこで、これまで各地で「智恵子抄」系などの朗読をなさった下さった方々をご紹介したところ、けっこう釣れました(笑)。

仙台ご在住で連翹忌でも朗読をしていただいた荒井真澄さん、いわき市に住まわれ、同市の草野心平記念文学館さんなどのイベントに出演されている緑川明日香さん、埼玉にお住まいで、都内で朗読イベント等を主催されている詩人の宮尾壽里子さん。それから、郡山で活動されている宗方和子さんにも案内を送っていただいたところ、宗方さんが講師を務められているカルチャースクールでの生徒さんが数名。

先月中頃の時点で既に23名の応募があり、あと1名、というお話でした。

審査委員長は、福島大学名誉教授・澤正宏氏。その他の審査員には、太平洋美術会の坂本富江さん、地元二本松にお住まいの詩人・木戸多美子さんなど。

当方は入っていません。山吹色の饅頭を貰って「お主もワルよのう」とやりたかったのですが(笑)。ただ、過日行われた「智恵子検定 チャレンジ! 智恵子についての50問」の表彰式を兼ねるそうで、表彰状授与をせよと命ぜられておりますので行って参ります。

その他、アトラクション的に地元の琴の団体さんの演奏なども予定されているそうです。

ぜひ足をお運びください。


【折々のことば・光太郎】

詩人は機微を見る。寸言片語の間に底辺の全生活をも把握する。

散文「海野秋芳詩集「北の村落」序」より 昭和16年(1941) 光太郎59歳

海野秋芳は、大正6年(1917)、山形県出身の詩人です。結核のため昭和18年(1943)、27歳で早世しています。

海野の故郷・山形県西村山郡朝日町の朝日町エコミュージアムルームさんに、この文章の光太郎自筆原稿
収蔵、一般公開されています。

「全国『智恵子抄』朗読大会」に出場される皆さんには、光太郎の見た「機微」をぜひ表現していただきたいものです。

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日本女子大学校での智恵子の1級先輩にして、テニス仲間であった平塚らいてうが主宰して発刊し、その創刊号の表紙を智恵子が描いた、雑誌『青鞜』。その『青鞜』、そしてらいてうがらみの市民講座をご紹介します。

まず、秋田から。 
期   日  : 平成30年11月13日(火)
場   所  : 秋田県生涯学習センター3階講堂
 秋田市山王中島町1-1
時   間  : 10:00〜11:30
料   金  : 無料
講   師  : 秋田県生涯学習センター シニアコーディネーター 北条常久氏

北条常久シニアコーディネーターが、「県民読書おすすめ講座」で取り上げた瀬戸内寂聴の人生や作品を掘り下げて語り、恋と芸術に関する女流文学の旅へご招待する講座です。

なぜに寂聴? と思ったのですが、12月の講座は「『かの子撩乱』〜岡本かの子と夫・一平、息子・太郎〜」となっており、瀬戸内氏がお書きになった作品を基に、女性史的なアプローチというコンセプトのようで、今回も瀬戸内氏の小説『青鞜』を下敷きにされるようです。

講師の北条氏は、同じ「あきたスマートカレッジ」で、以前にも光太郎やその周辺人物に関わる講座をなさっています。



続いて、東京千代田区から。 
期   日  : 平成30年11月21日(水)
場   所  : 
千代田区役所401会議室 東京都千代田区九段南1-2-1
時   間  : 18:30 〜20:00
料   金  : 無料
講   師  : 森まゆみさん(作家、編集者)

「元始女性は太陽であった」という『青鞜』の創刊の辞が有名な平塚らいてう。『「青鞜」の冒険 女が集まって雑誌をつくるということ』の著者である森まゆみさんに、女性同士で地域雑誌『谷中・根津・千駄木』を発刊したご自身の経験を交えながら平塚らいてうの生き方を語っていただきます。

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平成25年(2013)に『『青鞜』の冒険 女が集まって雑誌をつくること』を刊行された、森まゆみさんによる講座です。


それぞれ、智恵子にもがっつり触れていただきたいものです。


【折々のことば・光太郎】

彼の詩篇が蒐められて今初めて詩集となる。ありし日の彼を思ひ出して、まるで炸裂した榴弾を見るやうな気がする。

散文「石川善助遺稿詩集「亜寒帯」序」より 昭和11年(1936) 光太郎54歳

石川善助は明治34年、仙台生まれの詩人です。漁船員や雑誌記者などの経験もありました。昭和7年(1932)、事故のため、数え32歳の若さで早世しています。

「炸裂した榴弾」。すごい比喩ですね。

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