高村光太郎連翹忌運営委員会のブログ

4/2は高村光太郎(1883〜1956)の命日、連翹忌(れんぎょうき)です。

智恵子

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岩手県花巻市の高村光太郎記念館さんからの企画展情報です。 

高村光太郎没後六〇年・高村智恵子生誕一三〇年 企画展 智恵子の紙絵

期 日 : 平成28年7月15日(金)〜11月23日(水祝)
時 間 : 8:30〜16:30
場 所 : 高村光太郎記念館(花巻市太田3-85-1)
概 要 : 彫刻家で詩人として知られる高村光太郎の妻、智恵子。その智恵子が晩年制作していた紙絵を展示する企画展。

入館料 : (高村光太郎記念館・高村山荘):一般550円、高校生・学生400円、小中学生300円
連絡先 : 高村光太郎記念館 0198-28-3012


 彫刻家で詩人として知られる高村光太郎。その妻、智恵子は雑誌『青鞜』創刊号の表紙絵を描き、新鋭の画家として注目されるなか光太郎と出会い、結ばれました。結婚後、智恵子は自身の油絵に対する芸術的苦悩や実家の一家離散が重なり、心の病に侵され睡眠薬で自殺を図ります。一命は取りとめたものの長い療養生活に入り、その後回復することはなく、昭和13年に入院先のゼームス坂病院でこの世を去ります。享年数え53歳の生涯でした。
 晩年の智恵子は作業療法として身の回りにあった色紙や包装紙など、様々な紙をマニキュア鋏で切りぬき、台紙に貼りつける「切り抜き絵」を多く制作します。それらは光太郎ただ一人に見せるために作られました。後に光太郎は智恵子の遺作となった切り抜き絵を「紙絵」と名づけました。太平洋戦争の空襲で光太郎はアトリを全焼し自身の作品の多くが焼失しましたが、智恵子の紙絵は花巻など地方に疎開させていて難を逃れました。
 智恵子が生み出し、光太郎が守り抜いた紙絵、紙絵の疎開先であり、詩集「智恵子抄その後」が送り出された当地で開催する企画展で、繊細な表現と独自の色彩感覚を持つ智恵子の紙絵をご覧いただき、光太郎と智恵子の思いを感じていただければ幸いです。

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というわけで、智恵子生誕130年を記念し、紙絵の現物が展示されます(複製も)。

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過日、その打ち合わせのため、記念館のスタッフお二方と共に、千駄木の高村家に行って参りました。紙絵の大半は今も高村家に保管されています。

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一昨年、光太郎の令甥にあたり、永らく高村光太郎記念会理事長を務められていた写真家の高村規氏が亡くなり、今は令息でやはり写真家の達氏が高村家を守られています。

搬入、搬出の日程やら、展示方法等の確認などをして参りました。額装はせず、そのまま斜めに置いて展示すること、作品保存のため、2週間くらいのスパンで作品を入れ替えること等々。紙絵は昭和11年(1936)〜同13年(1938)の間に制作されたと推定され、80年が経過しようとしています。もともと高級な紙を使用しているわけでもなく、一日出せばその分褪色するという、非常にあえかな作品です。そのため、展覧会等で現物を出す場合には、照明を落としたり、その照明も熱を発しないものにしたりと、細やかな配慮が必要です。

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現物の何枚かを、手に取らせていただきました。見たことは何度もありますが、触れるのは初めてで、感動しました。約80年を経た智恵子の息遣いが聞こえてきそうでした。

また近くなりましたら改めてご紹介しますが、信州安曇野の碌山美術館さんでも、この夏、智恵子の紙絵現物が展示されます。こちらは「夏季特別企画展 光太郎没後60周年記念 高村光太郎−彫刻と詩−展」(7/23〜8/28)においてです。

さらに智恵子の故郷・福島二本松でもこの秋に歴史資料館さんで、企画展「智恵子と光太郎の世界展」があり、そちらでも(或いはそれに合わせて智恵子記念館さんで)紙絵の現物が展示されます。

以前にも書きましたが、色彩の美は複製で感じられるものであっても、紙絵の現物は、厚さ1ミリに満たない中にも紙の重なりによる立体感が感じられ、これは複製にはないものです。

いずれかの機会に、実際にご覧になることをお勧めします(欲をいえば、3つの機会とも)。


【折々の歌と句・光太郎】イメージ 8

よび鈴をそつと鳴らして逃げし子はいま横丁をまがらんとする
大正15年(1926) 光太郎44歳

昭和20年(1945)の空襲で全焼した駒込林町のアトリエ。上記の実家とはほとんど背中合わせのような位置関係でしたが、実家は焼け残り、アトリエは灰燼に帰しました。

玄関入り口には紐を引くと中でカランと鳴る呼び鈴があったそうで、それを鳴らすと光太郎か智恵子が玄関脇の小窓を開けて顔を出したそうです。

大正末にはすでにピンポンダッシュの悪戯があったのですね。90年前にそんな子供が近所にいたんだと思いつつ、千駄木の街を歩きました。

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まずは一昨日の『読売新聞』さんの夕刊。品川にある「レモン哀歌」詩碑をご紹介下さいました。 

タイムトラベル 高村智恵子記念詩碑 夫婦愛を刻む「レモン哀歌」

 JR大井町駅から歩いて10分の住宅街に、高村光太郎(1883〜1956年)の詩が刻まれた碑が立っている。妻の智恵子がレモンを口に含んだ最期の姿を詠んだ「レモン哀歌」だ。
 一帯は、智恵子が晩年、精神を病んで入院した病院の跡地。1938年(昭和13年)に52歳で亡くなるまでの4年近くを、ここで過ごした。光太郎が見舞いで持ってきた菓子の包み紙や千代紙を切り貼りし、「紙絵」に没頭したという。作品は1千数百点に上る。
 病院はその後移転し、建物は解体された。地元有志の「品川郷土の会」は当初、土地の所有者から許可を得てレモンの木を植えたものの育たなかったため、寄付金を募って黒御影石製の碑を建てた。
 高さは、智恵子の推定身長に合わせ150㌢。刻まれた文字は、光太郎の自筆原稿を拡大したものだ。各地のファンが訪れているためか、碑の前にはいつもレモンが供えられている。同会の土屋恒行・名誉会長(91)は「碑に刻まれた詩を朗読すると、書物とは違う感慨があるのでは」と話す。
 詩にこんな一節がある。
 <わたしの手からとつた一つのレモンを あなたのきれいな歯ががりりと噛(か)んだ>
 今年は智恵子の生誕130年。切なく美しい夫妻の最後の時間に思いを巡らせた。

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記事にあるとおり、碑のある場所は智恵子終焉の地・ゼームス坂病院跡です。

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「ゼームス坂」は、ジャーデン=マディソン商会の長崎支社(グラバー商会)の社員として幕末に来日し、明治期に海軍省に雇われたイギリス人、J.M.ジェームスが坂の下に住んでおり、私財を投じて道路の整備を行ったことからついた名です。

「グラバー商会」というと、すぐ世界で最も有名な秘密結社―矛盾していますね(笑)―・フリーメーソンと関連づける向きがありますが、どうだったのでしょうか。

病院は大正12年(1923)の開院。当時としては珍しい開放病棟を採用していたとのこと。セレブ対象の小規模な病院で、昭和9年(1934)に亡くなった光雲の遺産が、智恵子の入院費用に充てられたそうです。

当方、この碑のある場所にはもちろん行きましたが、それも20数年前。しばらく行っていません。また、機会を見つけて行ってみたいと思っています。


続いて、6月1日発行の『広報にほんまつ』。智恵子の故郷だけあって、随所に詩「あどけない話」に出て来る「ほんとの空」の語を使って下さいます。安達太良山山開きレポート他もう1件。 

絶景ほんとの空に出会った  第62回安達太良山山開き

 5月15日、日本百名山で知られる安達太良山の山開きが行われました。雲一つない青空に恵まれた今回の山開きには、県内外から約12,500人が訪れ、新緑の安達太良山を楽しみました。
 吾妻連峰、猪苗代湖、磐梯山、蔵王連峰など360度見渡せる大パノラマに、登山者らは足を止め記念写真を撮るなどして、雄大な景色を思い思いに楽しんでいる様子でした。
 山頂では、先着3,000人に山開き記念のペナントが配られ、安全祈願祭や恒例のミズあだたらコンテストも開催されました。50人が参加したミズあだたらコンテストで、ミズに選ばれたのは、山田ちあきさん(宮城県角田市)、準ミズには関本恭子さん(福島市)が選ばれました。風もほとんどなく快晴の天気となったこの日は、登山シーズン到来を迎えるに相応しい一日でした。

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にほんまつのほんとの空とつながってる

インタビュー/青年海外協力隊 マラウイ・青少年活動 本田 藍(ほんだらん 二本松市金色)

“Just stay, just living”
マラウイの人は家族のことをよく質問してくるのですが、はじめの頃、こんなやり取りがよくありました。
マラウイ人:「兄弟はいるの?」
本田:「お兄ちゃんがいるよ」
マラウイ人:「何をしているの? Just stay? Just living?」
本田:「仕事してるよ。Just stay? って何?」
マラウイ人:「仕事がないから家にいるってことだよ」
マラウイでは高校を卒業しても仕事がなく、ただ生活しているという方が多いようで、そのような人たちのことを“Just stay, just living”と言っているようです。

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マラウイ人の気質や慣習、独特の料理等
基本的にマラウイの人たちは穏やかでゆったりしています。日常の小さなことにも楽しみを見つけるのが上手で、よく笑います。音楽と踊りが大好きで街中にはいつも音楽が流れ、踊っている人がいます。 マラウイの食事は「シマ」と呼ばれるメイズの粉をお湯でといて練ったものに、トマトや葉物、豆などを煮込んで塩と油で味付けをしたおかずを合わせるのが一般的で、お肉は高級品なので週に1,2回しか食べません。また、日本の中古車がマラウイ国内をたくさん走っていて、企業の名前やステッカーなどがそのまま日本語で書いてあることに驚きました。

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福島県人としての誇り
マラウイに来て、2011年の東日本大震災を知っているマラウイ人に出会いました。私の出身地、福島も被災地の1つだということを話すと、「街は大丈夫なのか?」「放射能は大丈夫なのか?」と心配してくれ嬉しくなりました。同時に、日本から遠く離れたこの国にまで広がるほど大きな災害だったのだ、ということを改めて認識しました。福島は、震災後日本だけにとどまらず、世界中から多くの支援や応援を受け、少しずつ復興の道をたどってきたと思います。このような状況の中でアフリカのマラウイという地に来るチャンスを与えられた今、日本ではなく福島に行ってみたい、と現地の人に言ってもらえるような活動ができたらと思っています。

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安達太良山の中腹にある、国際協力機構(JICA)二本松青年海外協力隊訓練所から巣立っていった隊員の方のレポートですね。

他の隊員の方に関する話題を、以前、このブログでご紹介しています。

「にほんまつのほんとの空とつながってる」、いいフレーズですね。


【折々の歌と句・光太郎】

まど近くなくなる蛙我が宿の夜をゆかしみ来る友もがな
明治33年(1900) 光太郎18歳

そろそろ入梅かな、という感じの天気予報ですね。当方自宅兼事務所の網戸にも、アマガエルがやってきます。

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智恵子関連で2件、ご紹介します。

まずは福島から。今週はじめの『福島民報』さんの記事。 

福島の県立図書館 企画展示多彩に 来月1日まで

 福島県福島市の県立図書館は7日、各種企画展示を始めた。いずれも6月1日まで。 
【受賞児童図書展】各賞に輝いた絵本や児童書、紙芝居など76点を展示している。昨年の日本絵本賞を受けた、あきびんごさん著「30000このすいか」(くもん出版)などを紹介している。一部は貸し出し可能。 
【高村智恵子生誕130年 「ほんとの空」の下で】二本松市出身の洋画家・高村智恵子が今月、生誕130年を迎えるのに合わせ催した。智恵子が表紙を描いた「青鞜 第一巻一号」(復刻版、明治44年)をはじめ、夫光太郎が著した詩集「智恵子抄」(白玉書房、昭和22年)など5点を展示している。他に、智恵子に関係する書籍約100冊を貸し出している。 
【時事展示・今改めて考えよう防災と復興支援】熊本地震を受けて展示した。防災の知恵をまとめたハンドブック、東日本大震災でボランティア活動をした人が体験をまとめた本、九州の文化や歴史についての書籍など約150点を特集し、貸し出している。 
 この他、暮しの手帖社関連の書籍などを集めた「本のひろば」、「特殊文庫・貴重資料コーナー」など、多彩な展示をしている。

というわけで、福島県立図書館さんの「ミニ展示」で智恵子関連が取り上げられています。報道が先行し、同館のサイトでは昨日になってアップされました。

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「智恵子に関係する書籍約100冊を貸し出している。」は、今に限ったことではないと思うのですが……。



もう1件。福岡小倉から。映画館・小倉昭和館さんで、昭和32年(1957)の東宝映画「智恵子抄」がかかります。 

名画をフィルムで  〜原節子特集〜

期  日 : 2016年5月14日(土)〜27日(金)イメージ 1
会  場 : 小倉昭和館 福岡県北九州市小倉北区魚町4-2-9
 第1週  「お嬢さん乾杯」  10:00/13:30/16:55 
       「小早川家の秋」 11:40/15:05/18:30
 第2週  「智恵子抄」 10:00/14:05/18:05
       「娘・妻・母」 11:50/15:55

「智恵子抄」
監督:熊谷久虎  脚本:八住利雄
出演:原節子、山村聰、青山京子、太刀川洋一、三津田健、三好栄子、柳永二郎
◆昭和31年に他界した詩人で彫刻家の高村光太郎が亡くなった妻・智恵子を悼んで発表した同名詩集の映画化。高村の一周忌に映画化され話題となった。高村は智恵子と出会い生きる喜びを見出していくが、二人の幸せな愛の暮らしは長くは続かず…。美しくも儚い智恵子を演じる原節子に心打たれる。(1957年/98分)

関連行事
 5月22日(日)シネマトーク
 「殉愛 原節子と小津安二郎」著者の映画評論家 西村雄一郎さんを お迎えしたシネマトークを行います。
  「智恵子抄」  10:00〜11:40
  「娘・妻・母」  11:50〜14:40
  シネマトーク  14:10〜14:40
  「智恵子抄」  15:00〜16:40 
  「娘・妻・母」  16:50〜18:55
  「智恵子抄」  19:00〜20:40
 ※当日鑑賞券でお聞きいただけます。


昨年の原節子さんご逝去を受け、もう半年以上経ちますが、やはり大女優、いまだに追悼イベントが行われています。

東宝映画「智恵子抄」にもふたたびスポットが当たるようになり、ある意味ありがたいところです。7月には鎌倉市川喜多映画記念館さんで、現在開催中の展示「鎌倉の映画人 映画女優 原節子」の一環として、秋には智恵子の故郷・二本松の歴史資料館さんで開催される企画展「智恵子と光太郎の世界展」に伴って、それぞれ上映されます。また近くなりましたら、ご紹介します。


【折々の歌と句・光太郎】

わが心ゆたかにさめて朝の陽のかがよふ時し牡丹花咲く
昭和20年(1945) 光太郎63歳

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画像は光太郎筆の水彩画。短歌ともども、空襲で駒込林町のアトリエを焼け出され、疎開した岩手花巻での作です。

花巻に向けて東京を発ったのが、5月15日。この日を記念して、花巻では「高村祭」が毎年行われています。明日、14日はそれに合わせ、郊外旧太田村の山小屋(高村山荘)に移る直前に暮らしていた、花巻病院長・佐藤隆房邸の公開があります。当方、それに間に合うよう、今夜、池袋発の夜行高速バスで花巻入りします。

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このところ、智恵子の故郷・二本松ネタばかりですが、もう1日、おつきあい下さい。 

高村智恵子生誕130年記念事業 智恵子生誕祭 琴の調べ

智恵子が少女時代に親しんだ琴の音色が奏でる生誕祭。
お茶を飲みながら庭園を眺めると、まるで智恵子がそこにいるようです。

期  日 : 2016年5月20日(金)〜22日(日)
場  所 : 高村智恵子生家 智恵子記念館 福島県二本松市油井字漆原町36
時  間 : 午前の部 10時00分〜12時00分  午後の部 13時00分〜15時00分
内  容 : 琴の生演奏と呈茶のふるまい
※入館料が必要です。お茶は別料金となります。また、期間中は奇跡といわれる「紙絵」の“実物”展示をしますので、併せてご覧ください。

問い合わせ 智恵子記念館 電話:0243-22-6151 文化課文化振興係 電話:0243-55-5154

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昨年までは、市としては智恵子生誕記念のイベントは行われていなかったようですが、今年は生誕130年の節目ということもあるのでしょう、市が主催でイベントが行われます。先月の「広報にほんまつ」では、「生誕祭」という名称にもなっていませんでしたが、こうした方がすっきりしますね。

合わせて智恵子記念館さんでは、智恵子作の紙絵の実物展示が行われています(通常は複製)。5月24日(火)までだそうです。


さらに国道4号線沿いの「道の駅「安達」智恵子の里下り線」では、「情報コーナー 『高村智恵子』紹介コーナー」が設置されているとのことです。 

情報コーナー 『高村智恵子』紹介コーナー設置

今月5月は道の駅「安達」智恵子の里 のサブネームでもある、
『高村智恵子』さんの生誕月です。
そこで、今月は智恵子さんを多くの方々に知っていただきたい!!との思いから紹介コーナーを設置いたしました(#^.^#) 智恵子記念館とも連携しております。。。
是非、この機会に『高村智恵子』を深く知ってください❤



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下記は、今月号の「広報にほんまつ」に載った広告。

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同じく今月号の「広報にほんまつ」には、二本松駅前の大山忠作美術館さんでの「二本松さくら展」についてもまた記事が載りました。

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こちらの会期は、5月8日(日)までです。

いろいろご紹介しましたが、よろしくお願いします。


【折々の歌と句・光太郎】

聖院の屋根に日のさす暮の春             明治42年(1909) 光太郎27歳

「春の暮」でなく、「暮の春」。いかにも晩春の風景画のようですね。 

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昨日は、東京下町区域に出かけておりました。

メインの目的は葛飾区立石のプラネターリアム銀河座さんでのプラネタリウム上映「智恵子抄と春空」の拝見でした。

京成電鉄の青砥駅で下車、案内にしたがって歩くこと数分、いかにもプラネタリウムというドームのある建物が目に入り、すぐにわかりました。

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こちらは證願寺さんという寺院に併設されているという珍しいプラネタリウム施設です。


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ところが、会場は、通りから見えたいかにも、という建物ではなく、寺院の庫裡のような棟でした。


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この中にドームがあるのです。驚きました。

始めにこの季節の星空が投影され、今見える惑星や星座の説明。プラネタリウムを観るのは数十年ぶりでしたが、機器やソフトの進歩はすごいものがありますね。昔は投影中もドームの内側にうっすらと線が見えたりしていたような気がしますが、そんなこともなく、本当に星空を観ているような感覚でした。

その後、「智恵子抄と春空」。こちらはスライドショー的な形での上映でした。「智恵子抄」中の絶唱の一つ、「あどけない話」を軸に、春の空についてのお話がなされました。


   あどけない話イメージ 10

智恵子は東京に空が無いといふ、
ほんとの空が見たいといふ。
私は驚いて空を見る。
桜若葉の間に在るのは、
切つても切れない
むかしなじみのきれいな空だ。
どんよりけむる地平のぼかしは
うすもも色の朝のしめりだ。

智恵子は遠くを見ながら言ふ、
阿多多羅山(あたたらやま)の山の上に
毎日出てゐる青い空が
智恵子のほんとの空だといふ。
あどけない空の話である。


日本人の感覚では「春」といえば「霞」ですね。

しかし、気象用語では「霞」の語は使われず、「雲」か「霧」、あるいは「靄」だそうです。地面に接していないものが「雲」、地面に接していて、視界1㎞以下なら「霧」、それ以上なら「靄」。「春霞」というのは文学としての表現であって、科学的な用語ではないとのこと。勉強になりました。

その「春霞」も、湿気によるものではなく、この季節に大陸から飛んでくる「黄砂」によるもものだというお話でした。この季節に飛来が多く、何とアメリカ大陸にまで到達しているそうです。

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昨今は健康への影響が懸念されるPM2.5(微小粒子状物質)の飛散も問題視されていますね。「あどけない話」が書かれた昭和初期の頃は、まだそうした懸念はなかったのでしょうが、光太郎よりも結核が早く進行した智恵子は、黄砂であっても敏感に反応したとも考えられます。

文学的に考えると、智恵子の言う「東京に空が無い」は、東京の閉塞感を表していると考えられます。絵画修行のため、日本女子大学校卒業後も望んで帰郷しなかった智恵子ですが、アトリエに専用の画室まで作ってもらいながら思うように伸びない自分の力量に対するいらだちはかなりのものだったでしょう。対するにパートナー光太郎の芸術はどんどん世に受け入れられ、明らかにその光太郎は智恵子の絵画を高く評価していません。しかし、実生活の部分では、光太郎は「智恵子によって私は救われた」と公言。それがアイデンティティーの喪失感につながったことは想像に難くありません。

また、もともと社交的でなかった智恵子ですが、光太郎も「俗世間」との交渉をなるべく断とうとしました。後に光太郎はその頃の生活を「智恵子と私とただ二人で/人に知られぬ生活を戦ひつつ/都会のまんなかに蟄居した。二人で築いた夢のかずかずは/みんな内の世界のものばかり。/検討するのも内部生命/蓄積するのも内部財宝。」(連作詩「暗愚小伝」中の「蟄居」昭和22年=1947)と表現しています。二人の間には子供も出来ませんでしたし、まさに「閉塞」ですね。

ところで、昨日のプログラムでは、連翹忌にも触れて下さいました。

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当方自宅兼事務所の庭には、光太郎がその目で見て「かわいらしい花」とイメージ 8言った、終焉の地・中野アトリエに咲いていた連翹の子孫が植わっています。そちらはまだ咲きませんが、剪って花瓶に生けてある方は、室温で暖められ、もう咲き始めました。

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連翹は中国原産です。「黄砂」と同じ「黄色」でも、大違いですね(笑)。


【折々の歌と句・光太郎】

ドナテロの石と対坐す朧月                明治42年(1909) 光太郎27歳

天体系の俳句です。「ドナテロ」はルネサンス初期のイタリア彫刻家。光太郎は高く評価していました。「石」はおそらく野外彫刻でしょう。

ドナテロの彫刻に月光が当たっている、ではなく、「石と対坐」する「朧月」。いいですね。

フィレンツェで詠まれた句ですが、この「朧月」も、サハラ砂漠から飛んできた黄砂の影響なのでしょうか。

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