高村光太郎連翹忌運営委員会のブログ

4/2は高村光太郎(1883〜1956)の命日、連翹忌(れんぎょうき)です。

智恵子

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昨日に引き続き、NHKさんの「連続テレビ小説 あさが来た」ネタです。

新刊のムックをご紹介します。 
2016/02/20 日経BP社発行 定価815円+税

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約250点の写真、初公開史料、関係者インタビューで綴る「本当の広岡浅子」。
浅子の姉・春(ドラマでは「はつ」)、嫁いだ天王寺屋の末路は?
浅子死す! ―― その“最期”の状況は?
ドラマでは語られていない「真実」が、この1冊に!

今から約100年前、日本の経済、社会の豊かな発展と女性たちの輝かしい未来を祈った女性がいました。
その人の名は、広岡浅子。

時代が大きく転換した幕末から明治の時代を駆け抜け、歴史に名を残す偉人に劣らぬ功績を、いくつも残した女性実業家でした。広岡浅子の生涯は今なお色褪せることのない学びや人生哲学に満ちています。

約250点の豊富な写真、初公開の最新史料、関係者インタビュー。そこから見える「広岡浅子」のすべてを、お伝えします――。

≪主な内容≫
NHK朝ドラのヒロインは“広岡浅子”がモデル
『あさが来た』で注目! 「白岡あさ」の物語

【第1章】 広岡浅子が生きた「九転十起」の人生
【第2章】 浅子が守った「加島屋」と文明開化の日本
【第3章】 浅子の仕事と明治の偉人たち
【第4章】 浅子が育てた人材、築いた「新しい時代」


B5判104頁で、なかなか読みごたえがありました。メインは実在の広岡浅子の紹介ですが、NHKさん提供のスチール写真もふんだんに使われ、番組の紹介も充実しています。

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さらに「【第4章】 浅子が育てた人材、築いた「新しい時代」」の中で、日本女子大学校つながりの智恵子も紹介されています。

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その他、光太郎智恵子と関係の深い平塚らいてう、小橋三四子、井上秀(ドラマでは田村宜)、一昨年の朝ドラ「花子とアン」の主人公・村岡花子らの紹介も充実しています。

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ぜひお買い求めを。


【折々の歌と句・光太郎】

夕ばえや氷河下界に流れ去らず            明治42年(1909) 光太郎27歳

春とはいえ、まだまだ寒い日が続きます。インフルエンザ等も流行中。皆様もご自愛ください。

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イメージ 5明治の女性実業家・広岡浅子を主人公としたNHKさんで放映中の連続テレビ小説「あさが来た」。 いよいよ女子大学校設立に向けての話になって参りました。モデルとなっている学校は、智恵子の母校・日本女子大学校。「日の出女子大学校」という仮名で扱われます。再来週の第23週で、ついに女子大学校開校が扱われるそうです。

同校の開校は明治34年(1901)、智恵子の入学は同36年(1903)。智恵子と浅子、さらに光太郎、そして初代校長・成瀬仁蔵(朝ドラでは成澤泉)との関わりについては、昨年末のこのブログでご紹介しました。

成瀬仁蔵(成澤泉)役の瀬戸康史さんも、なかなかはまり役ですね。ヘンデル作曲の「O' load correct me」を唄うシーンがありましたが、この歌は日本女子大学校の愛唱歌として受け継がれているそうです。「智恵子抄」などの光太郎の詩にオリジナル曲を付けて歌われているモンデンモモさんは、同校の附属高等学校のご出身ということもあり、「智恵子抄」を扱うコンサートではよくこの曲を歌われています。


あさの娘・千代(広岡亀子)の親友で、吉岡里帆さん演じる田村宜のモデルは、同校一回生にして、のちの第4代校長となる井上秀。秀と光太郎智恵子の関わりについても、昨年のこのブログでご紹介しました。

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秀の同級生である一回生には、他にも小橋三四子、柳八重、服部マスなど、光太郎智恵子と関わりの深い人物がたくさんいます。また、ゲスト的に出演なさった三宅裕司さん演じる渋沢栄一は、のちに同校の第3代校長になります(秀が就任するまでの短期間、つなぎのような感じだったようですが)。

また、あさと、既に亡くなってしまった五代友厚(ディーン・フジオカさん)との会話の中で、自転車に関する話題が何度かありました。

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同校ではいち早く自転車を取り入れました。そのための伏線なのでは、と思って見ていましたが、考えすぎでしょうか。ちなみに智恵子のいた寮では智恵子が一番乗りでマスターしたそうです。

今後も目が離せません。


【折々の歌と句・光太郎】

おたがひにおとしめなげく人間のあぢきなきゆゑ寂しさきはまる
大正13年(1924) 光太郎42歳 

朝ドラ「あさが来た」では、女子大学校の開校までの道のりがかなり険しかったこともきちんと描かれています。今朝の回は、あさが刺されて入院している場面でしたが、じっさいにそういうことがあったそうです。


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智恵子の故郷、福島県二本松の観光協会さんのサイトから。 

2015「二本松の四季」観光フォトコンテスト作品展開催中!

【場所】市民交流センター3階市民ギャラリー前通路 福島県二本松市本町二丁目3番地1
【期間】平成28年1月14日(木)〜2月3日(水)9時30分〜17時00分
市民交流センター3階市民ギャラリー前通路にて 、2015「二本松の四季」観光フォトコンテスト「夏」「秋」「菊人形」部門に応募いただきました全作品を展示しています。是非お立ち寄りください!
※月曜日は大山忠作美術館は休館ですが、市民ギャラリー前通路、展望ラウンジスペースは出入り可能となっており、月曜日も観覧できます。 また、現在「冬」部門の作品を募集中です。沢山のご応募、お待ちしております。

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コンテストは、「二本松市内の様々なスポット、名所、四季の風物等の観光資源を、写真を通じて紹介でき、ポスターやパンフレット等で使用できる作品を募集」というコンセプトで行っているものです。

智恵子ゆかりの地を撮影した作品も多く、今回、「秋」部門の最優秀作が、紅葉の安達太良山頂付近で撮影された「ほんとの空の下」という作品。また、「菊人形」部門では、「菊花にかこまれた智恵子さん」という作品が優秀賞に選ばれています。

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その他の入選作もすばらしいものばかり。で、現在、二本松駅前の市民交流センターで、展示が行われているそうです。

せっかくの素晴らしい作品群ですので、市内で展示するだけでなく、市外、県外、特に首都圏などに持って行っての展示などもなされるといいと思うのですが……。


【折々の歌と句・光太郎】

いたづらに富士を負ひ立つ国かこれ島か小島か人なき土か
明治35年(1902) 光太郎20歳

手厳しいですね。今月から通常国会(常会)が始まりましたが、早速話題になっているのは政治とカネの問題。現今のこの国を見たら、光太郎はどういう歌を残すのでしょうか……。

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智恵子の故郷・福島県二本松市からの情報です。

二本松市さんのサイトから。 

「智恵子の生家」二階を期間限定で公開します

明治初期に建てられ、清酒「花霞」を醸造していた旧長沼家。智恵子を育んだ「生家」であり、通常は立ち入りが制限されているこの「生家」二階を期間限定で公開します。
座敷を通り、階段を上がると、智恵子が過ごした部屋が当時のまま保存されています。

この機会に是非ご覧ください。

冬季期間(平成28年2月)  2月の土曜日、日曜日、祝日

公開時間  午前の部 11時00分〜12時30分  午後の部 13時30分〜15時00分
入館料金  
一般410円 ※20名以上の団体は360円 子ども(小・中学生)200円 ※20名以上の団体は150円

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昨年のふくしまデスティネーションキャンペーンにともない、6月に公開を始め、その後、夏休み期間の7・8月、菊人形期間の10・11月にも公開が行われました。

当方は菊人形期間の10月に行って参りました。その際のレポートがこちら

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二階だけでなく、一階部分も歩けます(通常は一階部分、外から見るだけです)。

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智恵子やその係累の息吹が感じられます。ぜひ足をお運びください。


【折々の歌と句・光太郎】

横町の狗まで地図にかいてなし            明治38年(1905) 光太郎23歳

五七五の形をとっていますが、季語はなく、俳句と言うより川柳です。「狗」は犬です。

小説家・山岸荷葉にあてて書かれた絵葉書にしたたtめられました。犬に驚いて倒れている自転車に乗った男の絵が描かれていますが、光太郎が描いたものではなく、既製品のようです。

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新刊情報です。 

妖怪と小説家

2015年12月15日 野梨原花南著 KADOKAWA(富士見L文庫) 定価560円+税

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帯文より
 ここは東京・吉祥寺。小説家の太宰先生と、その担当編集である水羊の行く手には、なぜか怪異がつきまとう。
 原稿から逃げたり、中原先生や谷崎先生と揉めたり、自分の命を削って原稿を書いたり。
 そんな日々の中で、当たり前のように怪異が起きて、当たり前のように太宰先生と水羊は巻き込まれるけれど―やっぱり良い小説を書くために、懸命で。
「僕、太宰先生といるときだけですしこういうの!」
 東京の町で繰り広げられる、文豪たちの不思議な日々の物語。


昨今、実在の文学者を主人公にしたり、モデルにしたりという小説、漫画が静かなブームです。このブログでも、光太郎智恵子が登場する清家雪子さんの漫画『月に吠えらんねえ』を何度かご紹介しました。

こちらの『妖怪と小説家』、いわゆるライトノベルです。

舞台は現代の東京。小説家の「太宰先生」と担当編集者の「水羊」が、時に異界から現れた物の怪(もののけ)と遭遇したり、異界や幻想の世界に迷い込んだりしながら、不思議な体験をする、といったストーリーです。

けんかっ早いイラストレーターの「中原先生」、食道楽の「谷崎先生」、皆から尊敬を集める「宮澤先生」などにまじって、カフェギャラリーの女主人にして、自らも絵を描く「長沼さん」が主要登場人物となっています。「長沼さん」は、天才だけれど経済観念のない彫刻家の「高村さん」と離婚して店を開いた、という設定です。

「高村さん」は本編には登場せず、「太宰先生」と「水羊」の迷い込んだ幻想の世界に登場、また、「長沼さん」と「宮澤先生」の会話に語られるのみです。

「長沼さん」に向けて「宮澤先生」曰く、

「反省頻(しき)りの様子ですが、絆(ほだ)されてはいけませんよ。彼はわたしたちにとってはいい男ですが、あなたにとってはいけないひとだ。」

笑えます。

ところで、この小説では、智恵子を含め、太宰、中也、賢治など、比較的早逝した人々を登場人物のモデルとしながら、誰一人死にません。そのあたりに作者・野梨原氏の強い意図が感じられます。

「長沼さん」と「宮澤先生」の間に、こんな会話もありました。

「先生、それでトシ子さんはお元気です?」
「はい。すっかりよくなりまして」
「それはようございました。ほっとしましたわ。」
「……そのことについて、名前は伏せますが酷いことを言われて傷つきました」
(略)
「あの、何を言われたのですか……。おいやなら答えなくても」
「トシが死ねばさぞ美しい詩ができたでしょうね、と」

念のため解説しますが、現実の賢治には、詩「無声慟哭」に謳われた、妹のトシ(大正11年=1922、数え25歳で病没)がいました。

続く「宮澤先生」と「中原先生」の会話。

「作家をなんだと思っているのでしょう。人間だと、全く思っていないのか、それともその人にとっては他の人間はそのようなものなのでしょうか。愛するものが死ねば傑作がかけるのならば、世の中にはもっと傑作が満ちあふれているでしょう」
(略)
「作家が死ねば話題になって本が売れるから死ねばいいと、世の中に思われているのは知っています」
「それについてはどう思われますか」
「お前が死ねと思って聞いてます」
「おや、過激だ」

結局最後はハッピーエンド。この小説自体、早世していった智恵子達に対するオマージュなのだと言って良いでしょう。


こうした入り口からでも、光太郎智恵子の世界に興味を持って下さる若い世代が増えれば、と思いました。


【折々の歌と句・光太郎】

冬の夜はきりこがらすにきらきらと白きしじまのひかるなりけり
大正15年(1926) 光太郎44歳

このブログを書いている今、南関東には珍しく粉雪が舞っています。夜ではありませんが。






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