高村光太郎連翹忌運営委員会のブログ

4/2は高村光太郎(1883〜1956)の命日、連翹忌(れんぎょうき)です。

智恵子

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平塚らいてう関連。

日本女子大学校での智恵子の一級上で、卒業後に雑誌『青鞜』を創刊、その表紙絵を智恵子に依頼した平塚らいてう。学年は一つ上ですが、早生まれということもあって、智恵子と同じく今年が生誕130年にあたり、記念イベント等がいろいろ組まれています。

特に生誕130年とは関係有りませんが、智恵子も登場する新刊を一冊ご紹介します。 
イメージ 12016年11月15日 朝日新聞出版
シナリオ・氷川まりね  画・土方悠
定価 500円(税込み)

新しい時代の「自由」を楽しんでいるかのような明治の女学生たち
しかし彼女たちも卒業すれば親の決めた相手と結婚し夫の家に尽くす日々が待っていた
そんな女学生のひとりだった平塚らいてうは月のように青白い顔をした世の女性たちに高らかに呼びかけた
――元始女性は太陽であった
それは因習から自らを解き放ち女性が「自分らしく」生きるための独立宣言だった

人物クローズアップ 太陽のように光り輝いた「新しい女」
河合敦 歴史コボレ話 平塚らいてうと与謝野晶子
時代スコープ 明治から大正へ 変わりゆく女性の暮らし
インフォメーション 平塚らいてうと女性解放運動をもっと知ろう!


平成22年(2010)刊行のものの改訂復刊です。

お茶の水高等女学校在学中から、日本女子大学校、卒業後に『青鞜』を刊行するまでのらいてうが描かれています。小学校高学年から中学生を対象としているので、漱石門下の森田草平との心中未遂(いわゆる「煤煙事件」)などはスルーされていますが、入門編としては非常にわかりやすく、よくできています。

かつての「歴史マンガ」的なものは、とても大人の鑑賞にたえるものではありませんでしたが、やはり日本の漫画のクオリティの高さが、こういう部分でも好作用をもたらしているようです。

日本女子大学校での智恵子が登場します。完全に悪役顔ですが(笑)。

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もう1件、舞台演劇の公演情報です。 
期  日 : 2016年11月23日(水・祝)〜27日(日)
会  場 : 下北沢「劇」小劇場  東京都世田谷区下北沢2-6-6
時  間 : 11/23(水・祝) 19:30〜  11/24(木) 14:00〜/19:30〜  11/25(金) 19:30〜
        11/26(土) 14:00〜/18:00〜  11/27(日) 14:00〜
料  金 : 前売3,500円  当日3,800円 未就学児入場不可
主  催 : SPIRAL MOON

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むかし、海賊になりたい少女がいた。
少女は生きて、恋をして、書き、子を産み、育て、死んだ。

少女は、ことばをつむぐ場所を用意した。
「青鞜」と名づけられたその雑誌に、多くの女性が集まった。
嘲笑され、痛罵され、石を投げられながら、息をするように、ことばを書いた。

――虐げられ、搾取される者は、ことばを知らねばならぬのよ、
わたしはここにいる、わたしはここにいるって、言つてごらん、
弱くて情けなくて寂しいものは、そうしなきゃ、生きることを許されない。

やがて冒険の果て、それぞれの生の軌跡が離れていくまでの、これは群像劇。
むかし、海賊になりたい少女がいた。

作   波田野淳紘
演出  秋葉 舞滝子

キャスト
河嶋政規 大畑麻衣子 坂田周子 塩見陽子 渡辺幸司 丸本育寿
印田彩希子 野村貴浩 秋葉舞滝子


らいてうの名がありませんでしたが、問い合わせてみましたところ、やはりらいてうでした。ちなみに残念ながら智恵子は登場しないそうです。


先の米国大統領選挙でヒラリー・クリントン氏が敗北したことにより、「ガラスの天井」という言葉がまたクローズアップされました。性別や人種などを 理由に低い地位に甘んじることを強いられている不当な状態を指す言葉です(まぁ、クリントン氏の敗因は他にも色々あるのでしょうが)。

100年以上前の日本で、「ガラスの天井」に挑んだ人々の物語、もっと取り上げられてもいいような気もします。


【折々の歌と句・光太郎】

女等よ我にをしへよ何物にかへてもこのむ宝てふもの
明治42年(1909) 光太郎27歳

「てふ」は「という」の意。

この年7月、3年半に及ぶ欧米留学を終えて帰国した光太郎の目に映る日本女性は、欧米のそれと異なり、人として生きることに無自覚な、らいてういわくの「蒼白い月」でした。







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明治44年(1911)、智恵子がその創刊号の表紙絵を描き、平塚らいてうが「原始、女性は実に太陽であつた」、与謝野晶子が「山の動く日来る」と高らかにうたった雑誌『青鞜』。

主宰のらいてうも、智恵子と同じ明治19年(1886)生まれで(早生まれのため学年は一つ上)、今年が生誕130年に当たり、いろいろと顕彰行事が行われています。

そんな中から二つ。 

平塚らいてう生誕130周年記念シンポジウム 〜それぞれの言葉で語る「平和」から″わたしたちの現在(いま)″を考える〜

期  日 : 2016年11月19日(土)
会  場 : 主婦会館プラザエフ 東京都千代田区六番町15
時  間 : 13:30開会
料  金 : 一般2,000円 学生1,000円
主  催 : NPO平塚らいてうの会 03-3818-8626

パネリスト : 
 ノーマ・フィールド(シカゴ大学名誉教授)
 青井未帆(学習院大学教授)
 米田佐代子(NPO平塚らいてうの会会長)
 
らいてう生誕130年、らいてうの家オープン10年の現在、「戦争法」を廃止させ、平和憲法を守り、戦争や暴力で傷つけられた女性の尊厳を回復することができるのか−それが問われています。らいてうのめざした「女性がつくる平和社会」を実現するために、わたしたち一人ひとりは何をすべきでしょうか。
アメリカと日本の2つの国をみつめてきた日本文化研究者のノーマ・フィールドさんをシカゴからお迎えし、憲法学者と女性史研究者とともに語り合うつどいを企画しました。
ごいっしょに、それぞれの言葉で“わたしたちの現在(いま)”を考えましょう。

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大統領選挙でトランプ氏が勝利し、今後の日米安全保障の在り方も不透明な中、タイムリーな企画ですね。

当方、残念ながら「第61回高村光太郎研究会」と日程が被っており、参加できませんが。


もう1件、一転してほのぼの系の企画です。 

文京・谷中・三崎坂 江戸ろまん坂物語 江戸ろまんウォーク〜霜月の章〜 朝活コース 元始 女性は実に太陽であった 〜青鞜社街道〜

人気スマートフォンアプリねこあつめとコラボレーション! この秋、街は猫づくしに!

地図を片手に、新たな街の魅力を探しに行きます。朝、昼、夜…いつもとは違う時間に街を歩けば、違った景色を発見できるかもしれません。

定員400 名(事前申込制)・参加無料・雨天決行・自由歩行

期  日 : 2016年11月26日(土)
時  間 : 8:45から出発式 ゴール受付11:00〜12:30
コース   : 文京グリーンコート→団子坂→播磨坂さくら並木→傳通院→源覚寺→東京ドーム
         →江戸川橋地蔵通り商店街 (約10.5㎞)

お申し込みは、お電話またはインターネットから
■江戸ろまんウオーク〜霜月の章〜 
http://www.yc1.jp/edoroman-walk/top.html
■坂物語イベント事務局 03-6672-6392(平日11:00〜16:00)

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文京区商店街振興組合連合会さん、谷中銀座商店街振興組合さん、谷中三崎坂商店組合さんがタッグを組み、文京・谷中・三崎坂商店街エリアに江戸時代から100 以上残る「坂」をテーマにしたイベント『文京・谷中・三崎坂 江戸ろまん坂物語』が11/5(土)から開催されています。

このエリアには“街ねこ”で有名なスポットが多いことから、累計1900 万DLのスマートフォンアプリ「ねこあつめ」とコラボレーションし、地域の魅力をPRするそうです。

ちなみに6月に娘が拾ってきた猫。大きくなりました。寒くなってきたので、ニャンモナイトになっています(笑)。

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シャッター音で起こされて不機嫌です(笑)。


【折々の歌と句・光太郎】

坐りだこ囲炉裏に痛し稗の飯             昭和22年(1947) 光太郎65歳

花巻郊外太田村の山小屋(高村山荘)での作。イメージ 7

硬い床であぐらをかき続けると、くるぶしなどに出来るのが「すわりだこ」です。みちのくの長く厳しい冬の象徴ですね。

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今年度の文化勲章、文化功労者の発表があり、小説家の津村節子さんが文化功労者に選ばれました。ちなみに昨年は、光太郎ファンだという染織家の志村ふくみさんが文化勲章を受章されました。

津村さんは平成9年(1997)に、智恵子を主人公とした小説『智恵子飛ぶ』を刊行、翌年には芸術選奨文部大臣賞を受賞されています。平成12年(2000)には、先頃亡くなった平幹二朗さんが光太郎役で、舞台化もされました。

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そうしたご縁で、津村さんには平成10年(1998)の第42回連翹忌にご参加いただいています。平成17年(2005)には、花巻高村祭でもご講演なさいました。

かなり以前から、津村さんは智恵子に言及されていました。

昭和50年(1975)の雑誌『太陽』(平凡社)の光太郎特集号。津村さんの「無垢の美の世界 智恵子の紙絵」が10ページで組まれています。

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昭和54年(1979)には、講談社文庫から『智恵子から光太郎へ』を上梓。前半50ページほどが智恵子紙絵のカラー写真(光太郎令甥の故・高村規氏撮影)と光太郎詩、後半40ページ強が津村さんによる光太郎智恵子評伝です。

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平成7年(1995)には、故・高村規氏、光太郎と親交の深かった詩人の故・藤島宇内氏、当会顧問・北川太一先生との共著で、『光太郎と智恵子』。新潮社さんの「とんぼの本」のラインナップです。津村さんは「光太郎に捧げられた紙絵」というエッセイを寄せられています。

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平成15年(2003)のエッセイ集『似ない者夫婦』(河出書房新社)では、『智恵子飛ぶ』の制作秘話的な「筆を執るまで」、舞台「智恵子飛ぶ」の初演パンフレットに載った「二人が描いた夢」、公演後に書かれた「二人の智恵子」が掲載されています。

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この頃はご主人でやはり作家の吉村昭氏もご存命で、光太郎智恵子と同じ、夫婦同業という葛藤についても述べられています。

舞台「智恵子飛ぶ」は、平成13年(2001)に京都南座で再演。この際の光太郎役は近藤正臣さんでした。こちらのパンフレットには「いま再び」というエッセイが載っています。

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昨年放映されたNHKさんの「歴史秘話ヒストリア 第207回 ふたりの時よ永遠に 愛の詩集「智恵子抄」」。当方、制作のお手伝いをさせていただきましたが、プロデューサー氏から、光太郎智恵子に詳しい女性のコメンテーターが欲しい、と言われ、迷わず津村さんを推薦しました。

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津村さん、ご出演をご快諾下さり、的確なコメントをなさいました。当時の一般の方々によるSNS等の反応では、津村さんの当を得たコメントを讃える声が目につき、ご紹介して本当によかったと思いました。

ご主人の吉村昭氏を亡くされてからは、加賀乙彦さんとの対談『愛する伴侶を失って』を上梓。逆「智恵子抄」のようでした。また、吉村氏が自作の舞台にされた岩手県田野畑村で、東日本大震災からの復興支援にも取り組まれるなど、エネルギッシュに活躍されています。そのあたりは『三陸の海』というエッセイ集に詳述されています。こちらに両書の紹介を書きました。

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今月に入ってからも、当会刊行の『光太郎資料』第46集をお送りしたところ、ご丁寧なお礼状を賜り、お元気な様子に接し、失礼ながらお歳がお歳だけに案じていたところを安心させられたばかりでした。

これからもお元気で、ますますのご活躍をお祈りいたします。


ついでのような形になって失礼とは存じますが、同時に文化功労者に選ばれました歌人の岡井隆氏。当方、面識はありませんが、ご著書は一冊、拝読いたしました。

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岩波書店さんから平成11年(1999)に刊行された『詩歌の近代』。題名の通り、近代詩歌の概説で、光太郎、特に戦争詩について取り上げて下さっています。

併せて受賞をお慶び申し上げます。


【折々の歌と句・光太郎】

町ふるきパドアに入れば林檎市             明治42年(1909) 光太郎27歳

秋も深まり、梨の旬はそろそろ終わって、林檎が美味しい季節になりました。

当方、父親が信州の出で、幼い頃から信州の親戚が作った林檎を食べて育ち、現在も一年365日のうち360日くらいは林檎を口にしています。旅先でも可能な限り買い求め、林檎そのものが手に入らないときも、コンビニで林檎入りヨーグルト、それもダメなら100%林檎ジュースを購入します。

今も信州の親戚、さらに時折、東北の知己の方々から林檎が送られてくることがあり、有り難い限りです。別に送れ、と催促しているわけではありませんが(笑)。

「パドア」はイタリア北部の街。現在は「パドヴァ」と表記するのが一般的なようです。この年、留学先のパリからスイス経由でイタリア旅行に行った際の作です。

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智恵子の故郷・福島二本松ネタが続きます。やはり生誕130年ということで、いろいろ企画されており、ありがたいことです。

こちらは毎年行われている市民講座です。主催は「智恵子のまち夢くらぶ」さん。当方も何度か講師を仰せつかりました。昨年からの通しで「高村智恵子に影響を与えた人々」がテーマ。昨年、第4回までが行われ、今年は第5回からのカウントです。 

智恵子講座2016

第5回 「セザンヌとポスト印象派」 
 期  日 : 2016年10月10日(月・祝)
 時  間 : 午前10時から
 会  場 : 二本松市市民交流センター 二本松市本町二丁目3番地1
 講  師 : 後藤學氏 (喜多方美術館館長)

第6回 「美の同志 高村光太郎〜クラシックのギターと共に〜」
 期  日 : 2016年11月20日(日)
 時  間 : 午後1時30分から
 会  場 : 福島県男女共生センター 二本松市郭内一丁目196-1
 講  師 : 宮川菊佳氏 (ギタリスト)

第7回 「平塚らいてうと青鞜社」/第8回 「参加者による高村智恵子を語るつどい」
 期  日 : 2016年12月20日(日)
 時  間 : 第7回 午前10時から  第8回 午後1時30分から
 会  場 : 福島県男女共生センター 二本松市郭内一丁目196-1
 講  師 : 澤正宏氏 (福島大学名誉教授)

参加費 : 4,000円 ※ 最終日の昼食・文集代込みで、単回の受講も可。単回受講の場合、1回につき千円を添えて、各1週間前までに申し込みください。

問い合わせ/申し込み : 智恵子のまち夢くらぶ ☎0243(23)6743

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第一回の10/10が、「平成28年(2016年)第62回二本松の菊人形」初日にあたり、また、昨日ご紹介した智恵子の生家2階特別公開、智恵子記念館さんでは智恵子の紙絵実物展示も行っているので、この日にまとめて行って参ります。

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皆様も是非どうぞ。


【折々の歌と句・光太郎】

嘘つかぬ我身あやふし秋のくれ             明治43年(1910) 光太郎28歳

自分に正直に生きることにより、周囲との齟齬やら軋轢やらが起こり、それで危害を加えられる、という意味で「我身あやふし」ではないのでしょう。齟齬や軋轢を回避するために、節を曲げる己を自嘲していると捉えたいところです。
 

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表題の通り、今年、2016年は、智恵子生誕130年、光太郎没後60年ということで、さまざまな取り組みが行われています。特に智恵子の故郷・福島県二本松市では、故・原節子さん主演の東宝映画「智恵子抄」上映など、この秋イベントが目白押しです。

今回、まずは企画展。二本松市さんで持っている智恵子紙絵の実物など、当会顧問北川太一先生の元から智恵子肉筆資料他が並びます。さらに当方もこまごまとしたものをいろいろお貸ししました。 

智恵子生誕一三〇年・光太郎没後六〇年記念企画展 智恵子と光太郎の世界

期  日 : 2016年10月2日(日)〜11月27日(日) 会期中無休
会  場 : 二本松市歴史資料館 二本松市本町1-102
         二本松市智恵子記念館 二本松市油井字漆原町36
        本展では、2会場にてそれぞれ別の展示内容で開催します。
時  間 : 資料館 9時〜17時   智恵子記念館 9時から16時30分
料  金 : 2館セット券 一般 500円   高校生以下 250円
        単館券 資料館 一般 200円   高校生以下 100円
              智恵子記念館  一般 410円   高校生以下 200円

「新しい女」として注目されていた智恵子。高名な芸術家を父にもち、多くの期待を背負った新進気鋭の芸術家である光太郎。二人が育んだ芸術の世界は、智恵子の死を乗り越え、やがて『智恵子抄』へと昇華していきます。
本展では、『智恵子抄』に代表される二人の芸術の世界を智恵子と光太郎の作品を通して紹介いたします。この機会に、是非ご観覧ください。

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関連行事 

記念講演会  『智恵子抄の世界』―智恵子生誕130年に伝えたいこと―

期  日 : 2016年10月2日(日)
会  場 : 二本松市コンサートホール 二本松市亀谷1-5-1
時  間 : 午前10時30分〜12時
料  金 : 無料 先着206人限定のためご入場いただけない場合あり
講  師 : 大島裕子 氏 1959年、福岡県生まれ。エッセイストで高村光太郎研究会会員。著書に『智恵子抄          
        の世界』、『智恵子抄を歩く』などがある。ほかに『素顔の智恵子』や『紙絵にたくす命のかがやき』
        などの連載コラムやエッセイを新聞雑誌に発表している。
その他 : テルミン奏者大西ようこ 氏による演奏も予定

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この日は、地元で智恵子顕彰活動をなさっている「智恵子の里レモン会」さんの主催で、智恵子を偲ぶ「第22回レモン忌」も開催されます。智恵子命日は10/5ですが、こちらはそれに最も近い日曜日開催ということで毎年行われています。 

第22回レモン忌

期  日 : 2016年10月2日(日)
会  場 : ラポートあだち 二本松市油井字濡石16
時  間 : 午後12時30分〜14:30
参加費  : 3,000円
申  込 : 智恵子の里レモン会(戸田屋商店) TEL0243-23-4858

さらに今年は現代美術の福島ビエンナーレが二本松市を中心として開催され、そちらでも「レモン忌」と銘打ってのイベントがあります。期日は智恵子の命日である10/5(水)。他にもビエンナーレ関連で智恵子顕彰イベントがあり、詳細はまた明日、ご紹介します。


【折々の歌と句・光太郎】

栗くへばジユリアンを思ふ君を思ふ          明治43年(1910) 光太郎28歳

昨夜、今年初めて栗御飯を食べました。

「君」は画家の津田青楓。共に留学中だった光太郎と明治41年(1908)頃、パリで知り合いました。「ジユリアン」はパリの美術学校アカデミー・ジュリアン。光太郎、青楓共に通っています。焼き栗は今も変わらぬパリ名物。いずれ彼の地で食べてみたいものです。

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