高村光太郎連翹忌運営委員会のブログ

4/2は高村光太郎(1883〜1956)の命日、連翹忌(れんぎょうき)です。

智恵子

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平塚らいてう。

日本女子大学校での智恵子の一級上で、卒業後に雑誌『青鞜』を創刊、その表紙絵を智恵子に依頼した平塚らいてう。学年は一つ上ですが、早生まれということもあって、智恵子と同じく今年が生誕130年にあたり、記念イベント等がいろいろ組まれています。

まずは信州上田から。 
期  日 : 2016年9月12日(月)イメージ 1
時  間 : 13:30〜
会  場 : らいてうの家 長野県上田市真田町長字十の原1278−720
講  師 : 米田佐代子(女性史研究者・らいてうの家館長)
参加費  : 500円(含資料代)

ことしは「平塚らいてう生誕130年」です。NHKの朝ドラでは『あさが来た』に続き、『とと姉ちゃん』で『青鞜』創刊号に載った「元始、女性は実に太陽であった」がリフレインされ、8月9日には真野響子ふんする戦後のらいてうも登場しました。でも、らいてうが戦前戦後を通じてどう生きたかは意外に知られていません。らいてう研究ひとすじの米田佐代子(らいてうの家館長)が新発見の資料も披露しながら語る「現在(いま)を生きるらいてう」秘話を、ぜひお聞きください。


NHKさんの大河ドラマ「真田丸」で注目されている真田家ゆかりの地・旧真田町にある「らいてうの家」。以前に一度、寄せていただいたことがあります。エントランスには智恵子がデザインした『青鞜』創刊号の表紙を用いた大きなガラス絵。スタッフの方々も親切ご丁寧な対応をして下さり、いきなり訪ねて行ったにもかかわらず、手料理の昼食をご相伴にあずかったことを今でもよく覚えています。


続いて皇居北の丸公園の国立公文書館さんでの展示及び関連行事としての講演。 
期  日 : 平成28年9月17日(土)〜10月16日(日)
時  間 : 月〜水、土、日曜日、祝日 午前9時45分〜午後5時30分
        木・金曜日(9/22を除く)  午前9時45分〜午後8時
会  場 : 国立公文書館 本館 東京都千代田区北の丸公園3番2号
料  金 : 無料

平成28年秋の特別展では、明治時代から現代まで、様々な分野で活躍した女性をとりあげます。明治維新後の日本では、近代化とともに、女性が社会進出を果たしました。大正、昭和を経て、女性が女性らしく生きる社会をめざす取り組みは現在も続き、昨年8月には女性活躍推進法が成立しました。女性の活躍が期待される今、当館所蔵資料等から、時代を超えて今も輝きを放つ女性たちをご紹介します。

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関連行事

記念講演会 
 期  日 : 平成28年9月25日(日)
 時  間 : 14時開場 14時30分開演
 会  場 : 一橋講堂(千代田区一ツ橋2-1-2学術総合センター内)
 料  金 : 無料
 定  員 : 500名(事前予約制)
 演  題 : 赤松良子氏「均等法施行から30年をむかえて」
          森まゆみ氏「女性解放のあけぼの―「青鞜」と平塚らいてう―」

『『青鞜』の冒険 女が集まって雑誌をつくること』『「谷根千」地図で時間旅行』などのご著書のある、元タウン誌『谷中根津千駄木』編集長で作家の森まゆみさんの講演では、らいてうにスポットが当たります。


それぞれ、智恵子にも触れていただきたいものです。

この他にもらいてう顕彰のイベント等、まだいろいろあるようですが、また近くなりましたらご紹介いたします。


【折々の歌と句・光太郎】

秋立つと音する風はふるさとに似たる空より来てさむきかな
明治39年(1906) 光太郎24歳

光太郎、留学でニューヨークに滞在中の詠草です。

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今年4月に発行された季刊誌です。情報を得るのが遅くなり、最新号ではなくなってしまいましたが、バックナンバーとして販売されていたものをこのほど入手しました。 
2016年4月15日 株式会社ビューティービジネス 税込定価1,800円

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この雑誌は、「PROFESSIONAL」というタイトルのとおり、美容関係のプロフェッショナル向けの専門誌です。毎号一つのテーマを設定し、一人のモデルさんをメイクアップ、イメージフォトグラフを多数撮影し、掲載するというスタイル。したがって、どちらかというと写真集に近いアーティスティックな誌面です。

第95号、全98ページ中の大半、12ページから87ページまでが「智恵子抄 人類の泉」。光太郎詩「人類の泉」(大正2年=1913)を引用しつつ、そこからインスパイアされた60葉を超えるイメージフォトグラフが添えられています。

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モデルはmiuさんという方。「智恵子抄」ということで、最近流行の「昭和顔」に見えます。これもメイクのなせる技でしょうか?

巻末近くにヘアメイク担当の石井順子さんへのインタビュー、大妻女子大学文学部教授・須田喜代次氏による「人類の泉」解説が、それぞれ2ページずつ掲載されています。

音楽や演劇、絵画に舞踊、能や落語など、これまでも実に色々な分野で「智恵子抄」オマージュの二次創作がなされていますが、こういうアプローチもあるんだと、感心いたしました。

まだ在庫があるようで、ネットで購入可能です。ぜひお買い求めを。


【折々の歌と句・光太郎】

高飛ぶと足をかまへて稲子麿翅(つばさ)薄きに哭く閑暇(ひま)もなし
明治37年(1904) 光太郎22歳

「稲子麿」はイナゴを擬人化した語。源俊頼によって書かれた歌論書『俊頼髄脳』などに用例があります。


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雑誌の新刊です。 
2016年8月17日 日本ヴォーグ社 定価2,250円+税

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色彩アートセラピスト・江崎泰子氏による「巻頭特別エッセイ 色はこころの表現」で、智恵子の紙絵について触れられています。

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「アートセラピー」は「芸術療法」と訳され、精神医療の現場で行われていますが、現在はそれに限らず、一般の人々のストレスケアとしても注目されているとのこと。氏は特に「色」に着目したそれを展開されているそうです。

氏がこの道に入るきっかけの一つとなったのが智恵子の紙絵だそうで、初めて展覧会で智恵子の紙絵を見た際の衝撃などが綴られています。

後の方のページには、他の記事を含め、本文と関連する書籍等の紹介欄があり、筑摩書房から平成5年(1993)に刊行された文庫版の『智恵子紙絵』が取り上げられています。

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現物はこちら。

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「版元品切れ」となっていますが、古書市場ではまだ出回っています。美しい本なので、再版を期待したいところですが。


智恵子の紙絵、といえば、智恵子生誕130年ということで、現在、信州安曇野の碌山美術館さん、奥州花巻の高村光太郎記念館さんで、それぞれ現物が展示されています。また、秋には智恵子の故郷・福島二本松でも。

こうした書籍、展覧会などなど、もっともっと取り上げていただきたいものです。


【折々の歌と句・光太郎】

さいかちのかぶとの角を手に持ちて友も見つつしおどろきてあらん
大正13年(1924) 光太郎42歳

「さいかち」は樹木の種類。その樹液はカブトムシの好物だそうです。

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新刊、といっても4月の刊行なので3ヶ月ほど経ってしまっていますが、最近まで気付きませんでした。
 
2016/04/15  藤田尚志・宮野真生子 編 ナカニシヤ出版 定価2,200円+税

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「愛」の一語が秘めた深遠な思想史の扉を開く。よりアクチュアルに,より哲学的に,何より身近なテーマを問うシリーズ、第1巻。

目次
Ⅰ 西洋から考える「愛」
  第1章 古代ギリシア・ローマの哲学における愛と結婚 (近藤智彦)
     ――プラトンからムソニウス・ルフスへ――
 第2章 聖書と中世ヨーロッパにおける愛 (小笠原史樹)
 第3章 近代プロテスタンティズムの「正しい結婚」論? (佐藤啓介)
     ――聖と俗、愛と情欲のあいだで――
 第4章 恋愛の常識と非常識 (福島知己)
     ――シャルル・フーリエの場合――
Ⅱ 日本から考える「愛」
  第5章 古代日本における愛と結婚 (藤村安芸子)
      ――異類婚姻譚を手がかりとして――
 コラム 近世日本における恋愛と結婚 (栗原剛)
      ――『曾根崎心中』を手がかりに――
 第6章 近代日本における「愛」の受容 (宮野真生子)


編者のお二方は、それぞれフランス近現代思想、日本哲学史を専攻され、九州の大学で教鞭を執られている研究者です。

最初にこの書籍の情報を目にしたとき、「哲学」の文字から、小難しい理屈の羅列かと思いましたが、さにあらず。前半は西洋、後半は日本に於いて、「愛」がどのように捉えられてきたのか、その思想史的な考察……というと堅苦しいのですが、様々な実例を引きながら(近年の映画『エターナル・サンシャイン』や『崖の上のポニョ』まで含め)、いわば帰納的に「愛」の在り方が、かなりわかりやすく説かれています。

特に日本編は興味深く拝読しました。『古事記』や『源氏物語』、『曽根崎心中』、夏目漱石の『行人』、そして『智恵子抄』。

キリスト教の「love」の概念や、中国に於けるどちらかというと道徳的な「愛」の影響を受けつつ、対象と一つになることを理想とする恋愛の形の出現、そして一つにならねばならない、というある種の強迫観念がもたらした光太郎智恵子の悲劇、といった流れで、「なるほど」と首肯させられました。

本書でも、光太郎智恵子の悲劇の考察だけを取り出すのであれば、ほぼこれまでにも様々な論者が述べてきたことの焼き直しのような感がありますが、いわば「近代恋愛史」的なマクロ視点の中にそれを置くことで、また違った見方で見えてきます。ある意味、光太郎智恵子の悲劇は、「近代恋愛史」という壮大なパズルの無くてはならないピースのように、起こるべくして起こった、というような……。

版元のナカニシヤ出版さん。京都の書肆です。こうした真面目な、しかしはっきりいうと商業的にはどうなのかな、という出版に真摯に取り組まれる姿勢には敬意を表します。

ぜひお買い求め下さい。


【折々の歌と句・光太郎】

鳴きをはるとすぐに飛び立ちみんみんは夕日のたまにぶつかりにけり
大正13年(1924) 光太郎42歳

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注文して置いた書籍が届きました。 
2016年7月20日 北野麦酒著 彩流社 定価1,800円+税

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北海道・札幌にある親会社(ビスケットの坂栄養食品)との軋轢から存続の危機に直面している「レトロスペース・坂会館」。

本社と苦闘する坂館長と対峙した渾身のドキュメントを緊急出版します!

札幌市内の私設博物館「レトロスペース・坂会館」。 坂一敬館長は自己の好みを基準として昭和のモノをこれでもかと蒐集し、特異でかつレトロな空間を具現化。いままさに当館が直面する存亡の危機に「命を賭してココを守る!」と意気軒昂だ。

前作の『蒐める!』(彩流社刊)以上のエネルギーで坂館長がこれまでの人生を語り尽くした秘話満載。

「智恵子抄」の高村智恵子のヌード写真、レトロスペースから無くなったマネキンたち、これまで出会った有名・無名の人たち、そして館長をめぐる女性たち、 夢にまで見た幻の1冊。なぜ坂館長はこれほどのモノを蒐めたのか。 運営存続への支援の輪がいま、全国で展開中である!


「レトロスペース・坂会館」さんは、札幌にある、膨大な数のレトログッズを展示している私設博物館のような施設だそうです。ネット上に公式サイト? もありました。

花巻南温泉峡にある「昭和の学校」さんと似た雰囲気のようですが、そこに「秘宝館」的なアヤシい要素がかなり加わっているようで、あちこちのサイトなどで「珍スポット」的な紹介もされています。

書籍の方は、全8章から成り、そのうちの第2章が「坂館長が見た「智恵子抄」の智恵子の幻のヌード写真」、第7章が「ヌード写真の智恵子」となっています。ただし、それぞれ智恵子に触れている部分は少しずつで、大半は別件の記述です。

「智恵子のヌード写真」……いったいどういうことかというと、光太郎との結婚前に智恵子が通っていた太平洋画会美術研究所に関わっています。

坂会館さんの館長・坂一敬氏が、その作品に惚れ込み、親交を結んでいた画家の故・宮田清氏という方がいらっしゃいました。あまり有名な画家ではなかったようで、ネット上に載っている情報も多くはありませんが、裸婦画を得意としていたようです。こちらのサイトに載っているプロフィールが最も詳しいと思われます。それによると、明治22年(1889)、札幌の生まれ。明治末、太平洋画会美術研究所で、智恵子と共に学んだとのこと。明治19年(1886)生まれの智恵子の3歳年下になります。他のサイトによれば昭和61年(1986)ころ亡くなったとのことです。

その宮田氏が、晩年に坂氏に、「薪ストーブで焼いてくれ」と、段ボール二箱半のヌード写真を渡したそうです(宮田家には薪ストーブがなかったとのこと)。おそらく今で云う「終活」の一環だったのでしょう。裸婦画を描くために撮ったヌード写真、生きているうちに処分してしまいたかったというわけです。宮田氏はフィルムの現像や印画紙への焼き付けも自分で行う技術、機材を持っていたそうです。

その中に、「下宿の畳の上で撮ったもののよう」な智恵子のヌード写真が数枚あったというのです。坂氏、それ以前に智恵子と宮田氏のつながりを聞いていたし、通常の智恵子の写真も見たことがあったようで、すぐに智恵子だと分かったとのこと。

智恵子と宮田氏のつながり、というのはこうです。明治末、宮田氏と、それから仲の良かったやはり太平洋画会美術研究所に学んでいた彫刻家の中原悌二郎の二人が、揃って性病に感染、その治療費を捻出するために春画を描いて売りさばくことを考え、そのモデルを智恵子に依頼したというのです。有り得ない話ではありません。

ところが、写真は現存しません。坂氏、それら数枚に写っているのが智恵子とわかり、それらだけ抜いておこうかとも考えたそうですが、坂氏を信頼して処分を委託した宮田氏の心情を慮り、そのまま火にくべたそうです。

もしそれが残っていて、間違いなく智恵子のヌード写真であれば、とんでもない資料です。しかし、他の写真も含めて、脱いでくれた女性たちと宮田氏の間の信義、処分を託された坂氏と宮田氏の間の信義、そういったことを考えると、残っていてはいけない写真でしょう。

そういうわけで、真偽の程は明らかではありませんが、永遠の謎やロマン的なエピソードとして扱いたいと思います。

ちなみに「レトロスペース・坂会館」さん、現在、存続の危機に立たされているそうで、それを救うため、坂氏と親交のある北野氏が本書を執筆したとのこと。北野氏には同趣旨の『蒐める! レトロスペース・坂会館』というご著書もあり、今回のものと同じ彩流社さんから上梓されています。

場所は札幌市西区の手稲通り沿いだそうです。ご興味のある方は是非どうぞ。


【折々の歌と句・光太郎】

わかき日のこの煩悩のかたまりを今はしづかにわが読むものか
昭和22年(1947) 光太郎65歳

作歌の背景は、この年札幌青磁社から刊行された『道程』復元版にかかわります。晩年を迎え、若き日の詩群を読み返しての感想です。

当方、今日は神田の東京古書会館さんで、「七夕古書大入札会2016」の一般下見展観を拝見して参ります。光太郎若き日の書簡なども手に取って見ることが出来ます。光太郎自身が見れば、やはりこの歌と同じような感想を抱くのではないでしょうか。

また、のちの智恵子が若き日の自分のヌード写真を見たとしたら……などと想像が膨らみます。

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