琵琶湖歴史倶楽部

琵琶湖瀬田川界隈の歴史と文化について紹介します。

平成19年9月30日(日曜日) 第22回例会の開催

  テーマ:長束正家と水口城の歴史を探る   講 師:郷土歴史家 冨永藤吉氏   場 所:水のめぐみ ウオーターステーション琵琶            (旧 南郷洗堰跡横) 大津市黒津4−2−2      時 間:13時30分〜(2時間程度を予定)   対 象:中学生以上   定 員:30名程度(要予約)   申 込:ウオーターステーション琵琶 077−536−3520

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多羅尾村災害の惨状

2007/9/16(日) 午前 9:14

多羅尾村災害の惨状 災害情況  大戸川水系の水害の歴史のなかで昭和28年8月の集中豪雨は翌9月の台風13号の襲来と合わせて記録的な大惨事をもたらした。この水害は地元でも{28水(すい)}と呼ばれ、人々の記憶にまだ鮮明に残り、他の水害を圧倒している感がある。  昭和28年(1953年)8月14日は、祖先を祭るお盆の中日であった。この年はお盆の 前頃 ...すべて表示すべて表示

郷土史こぼれ話(5)

2007/8/17(金) 午前 10:25

「わが旗をば瀬田にたて候へ」  武田信玄の遺言 第四次川中島合戦のきっつき作戦失敗で苦戦し、謀将山本勘助を戦死させた武田信玄は、それでも信濃の領国化に成功し元亀3年(1572 )10月精鋭を率いて甲府を出発、信州伊那から遠江に入り、要衝二俣城を攻略後、12月22日、三方が原の合戦に家康の軍を大破して 翌元亀4年には、三河野田城を攻略したが、信玄はここで病 ...すべて表示すべて表示

勢多城に関わった人々

2007/8/17(金) 午前 10:05

山内一豊が勢多城に居た  一豊は天文14年(1545)盛豊の第二子として尾張で誕生した。幼名を辰之助といった  辰之助は父が賊徒に襲われたとき、兄を失い、13歳の幼少の身で、九歳の弟吉助(後の 康豊)や四歳の妹合たちと岩倉に逃れた。しかし、岩倉城も永禄2年(1558)、織田信長に 攻められて落城したので辰之助たちは浪々の身となり苦難の大海へ投げ出されたの ...すべて表示すべて表示



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