こざくらのデジカメ日記

フランス横断一人旅について更新中。。。自分で書いててまた行きたくなってきた。

Super Express

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突然ですが、こちらはドコの駅でしょう?
 
んートンネルを抜けてすぐの駅なんて東北新幹線にあったかなぁ?
なんて思う方もいるかも知れませんが、、、
 
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実は本命はこちら越後湯沢を通過する323Cです。
一枚目の写真は理由は不明ですが、偶然やってきたE5系でした。
200系に備えてカメラを構えていた時間帯だったので、ラッキーでした。
 
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3連休の中日に新潟に帰ってくる必要があったので、
少し早めに横浜を出て越後湯沢で久しぶりに撮影してみました。
本来ならスプリンクラーで水はじきの瞬間を狙いたかったのですが、上手くは行きませんでした。。。残念。
ただ偶然にもE5系に出くわしたのはラッキーの一言。
 
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この越後湯沢駅は
2面6線の駅ですが、いかんせん電柱とホームの上家柱が邪魔をして、
どうしてもグサッグサッと刺さってしまうのが、難点です。
 
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それでも引退の近づく200系を流したり・・・
 
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流したり・・。
 
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入線を撮ってみたりしていたのですが、
隣で撮られた方から上りもE5系が来るということで、再びカメラを構えていると、、、
 
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こんな感じでやってきました。
露出を間違えたので、大幅な色調補正をかけております(苦笑)
この列車なんと副本線に入ってきたので、追い抜かれる列車はと調べてみると・・・。
 
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なんと臨時ときの200系。
営業列車と回送とはいえ、最新鋭の新幹線が最古参の新幹線に抜かれていました。
 
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引いた一枚はこんな感じ。
んーーー間延びした一枚ですが、まぁ記録ということで。。。。
 
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せっかくなので、雪山とE5系で一枚。
 
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さらに200系と雪山の一枚。
200系の方がさまになった一枚になりましたかね。
 
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最後は新潟に帰ろうと思って待っていた新幹線はK47でした。
古い座席タイプなので、座り心地の悪い車両ですが、良い記念になりました。

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上越新幹線が、今月15日に30周年を迎えたようです。
30周年記念列車も17日に走ったそうで、こちらは見にはいけませんでしたが、
お昼のニュースでE5系が来たことを大々的に放送していました。
 
よく鉄道会社は●周年と記念イベントを行いますが、
今回の上越新幹線30周年は新潟県にとっても思い入れが強いようで、
新聞各社やTV局などもこぞって特集を組んでおり新潟にとってはなくてはならない存在なのだなと
新潟にいて改めて感じる一週間でした。
 
今回は上越新幹線の功罪と未来について考えてみたいと思います。
 
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では何故、新潟の人にとって上越新幹線に愛着があるかと言えば、雪国だからの一言に尽きます。
新幹線が開通すると何時間も東京が近くなったと速度に関するコメントが多くでますが、
上越新幹線が担ったのは、速度と共に冬季の安定性でしょう。
 
昭和38年に起きた三八豪雪では新潟−長岡間の信越線が、1/24〜1/28の4日間全面運休。
その後も運休が続き2/1までの間に旅客列車が6488本も運休する事態が発生しています。
当時は道路状況も悪く鉄道に移動手段を頼っていたため、新潟市内はまさに陸の孤島に。
その後も雪による遅れや運休が続いており、近年でも平成18年や23年の豪雪で上越線が運休が出るなど
暖冬が続いているとはいえ、未だに雪による交通網の麻痺が起きているのが実情です。
 
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そんな中、上越新幹線はいうと雪対策を万全に行った結果、雪による遅れはほとんど聞くことがありません。
例えば、
車両側では
・先頭車スカートと一体となったスノープラウ
・雪が付着しにくい車体下部まで一体のボディーマウント構造
施設側では
・上毛高原−新一運間の明かり区間全線に設けられた消雪スプリンクラー
・上毛高原、越後湯沢、浦佐、長岡、燕三条、新潟、新一運着発線、新一運検修線は全覆いの上家
など、数々の対策が取られています。
 
特にスプリンクラーによる消雪については開業前に先行して浦佐地区に高架橋が作られ、
事前に試験を行うなど、雪に対して万全の体制を整えた結果、
冬季においても新潟−東京間を安定して結ぶことができています。
 
開業時の新聞を見ると真っ白に染まった越後平野に伸びる一本の消雪された高架橋の写真が掲載されており、
当時の方々の夢と希望が詰まっていたのだなと実感する記事を読むことができます。
 
さらに開業後にはバブルと重なり、冬季の安定した輸送に伴いスキー需要と合わせて
湯沢町のリゾート開発など一気に沿線開発が進みました。
 
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そんな上越新幹線が当たり前のように安定して東京−新潟間を結んでいたわけですが、
新潟県にとってその当たり前が崩れたのが中越地震だったのでしょう。
2004年10月23日に起きたM6.8のこの地震は新幹線初の営業列車の脱線が発生しました。
その結果、上越新幹線が12/28の全線運転再開までの間、交通インフラの寸断がおき、
新潟県は再び陸の孤島と化してしまったのです。
 
その結果、交通量は7割減(首都圏等発 新潟着:12→4千人/日)、となり、
代行輸送利用に伴う移動時間増による経済損失は年間172 億円とされています。
※日本政策投資銀行レポート 参照。
新潟県にとって改めて上越新幹線の「足」の重要性が再認識されたと事象と言えます。
 
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これとは逆に上越新幹線の罪の部分を少しだけ考えてみたいと思います。
新幹線のスピードが生み出す日帰り圏域の拡大に伴ういわゆるストロー現象が起きたのは事実です。
ただし新幹線停車駅に限れば自治体合計の人口、事業所数、従業者数の県内構成比は高まる傾向
が見られるようですが、低下している自治体もあり、影響はまちまちといったところのようです。
※新幹線整備が地域経済に与えた影響事例 参照。
 
開業前であればwith、withoutで単純比較をするのでしょうけど、
開業後の効果というのは社会情勢の変化など想定外の要因が加わるので単純な分析だけでは
整備効果の検討というのは難しいですよね。さらに効果の測定には色んな要因があって、
色んな立場から物事を考えると整備が正しかったかどうか見分けがつきにくいです。
 
例えば地方に住む人にとってみればストロー現象で宿泊客が減り減収になったかも知れないが、
都心に住む人にとってみれば宿泊せずに早く会社に戻って来れれば、別の仕事ができて効率があがります。
都心に住む人の方が人口が多いので、開業効果は都心の人ほど大きいのでは?と考えてしまいます。
 
 
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さらに気になるのが新幹線建設費とメンテナンス費です。
インフラを作る際にはモチロン費用対効果を検討して作っているのでしょうけど、
そこにメンテナンスの考え方はどう入っているのでしょうか?
例えば上越新幹線で言えば前述した消雪設備や上家が多数設置されていますが、
全てのモノは限りある寿命がくるわけで、散水設備とかは既に更新が始まっているようです。
さらにコンクリート高架橋はどうするのでしょうか?
河川にかかる橋梁などは在来線では架け替えを行っていますが、
新潟県内全線がコンクリート高架橋の上越新幹線は耐震補強は終えているとはいえ、
これから先100年も持つかどうか?そもそもコンクリート構造物って耐用年数100年だったような・・・。
 
基本的には設備更新は鉄道会社の自前でメンテナンスしますが、
これだけの構造物の老朽取替えなんぞが発生した場合、
運賃への影響さらにはさらなる税金投入も懸念されるわけで、、、
そんな先のことを考えても仕方ないのかもしれませんが、
間違いなくひ孫の世代には発生しうる課題なのかなと思います。
 
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考えれば考えるほど夜も寝れなくなるわけですが、
既にあるものなのですから、今はこれらの施設の有効利用を図り、使っていくことが大切なのかなと思います。
さらに最大限の利用ができるようにしていくことも大事なのだと私は思っています。
 
次回は上越新幹線の近未来予想を考えてみたいと思います。

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先日、新一運で行われた車両センター公開に行ってきました。
この手の鉄道イベントは行かなくなって久しいですが、新潟にJR東日本の新幹線が大集合するとのことで、
ちょっと見たくなったわけで、蒲田の切換え後に東京からとんぼ帰りしてきました。
 
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まぁメインはこの並びですが、彩り豊かな新幹線に圧巻ですね。
この中でも特にE5系は他と違って車体の色合いのせいもあって特別な存在感が出ています。
また先頭車の所謂、お鼻の長さも別格で、となりの200系やE2と比べるとその差に驚かされます。
 
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こちらは新旧コンビ。真正面から新幹線をこうやって狙えるのはいいですね。
通常の停車位置よりも寄せて停めてあるのでしょうか?ギリギリまで寄っててありがたい配慮です。
それにしても背の高さもかなり違いますねぇ。
 
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少し斜めから新旧コンビを。
嬉しい並びを用意してくれました。日差しが出てきて200系のお鼻に影がかかりましたが、まぁよしとしましょう。
 
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E5系をドアップで撮影。
こんな写真が撮れるのも車両センター内だからでしょう。
 
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倉の中も公開されていたので、覗いてみます。
まずは倉の外からドアップで。MAX同士の並びが撮れるのも今日が最後でしょうねー。
 
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倉の中ではE1のアップを。でかいの一言。。。
 
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E4側はお口を開いてまっていました。まじかで見るのは初めてですが、
新幹線の連結器って在来線より小さめなんですね。その割には大きなお口だこと。
 
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再び集合写真から。E4系がはみ出ていますが、こちらは営業してきた回送列車です。
車両センター公開中とはいえ、日々の検査を行わないわけには行きませんからね。
 
 
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最後にもう一枚集合写真を公開して、本日の日記を〆させて頂きたいと思います。
最後まで見て頂きありがとうございました。

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9月28日を持って、E1系の定期運転が終了しました。
デビューして間もない頃、祖母と一緒にお墓参りの帰りに高崎から東京まで乗った記憶のある車両です。
会社に入ってからは高崎⇔新潟間や東京⇔新潟間で度々乗った車両です。
 
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試運転時にはDouble Decker Shinkansenを略したDDSという愛称が付いていましたが、
デビュー時にはMulti Amenity Expressを略したMAXという愛称になっています。
さらに2003年からのリニューアル後からは朱鷺のイラストが入って、
より上越新幹線というよりも新潟カラーを打ち出した車両となりました。
 
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今回はそんなE1系の写真を沢山集めてみました。
先頭形状はエアロダイナミックノーズというらしいです。
最近の新幹線と違って、先を尖らせましたというシンプルな構造ですね。
 
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編成写真はこんな感じです。大きな新幹線ですよね。
 
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東京駅ではE5系とも並びましたが、背の高さの違いが凄いですね。
この差がスピード差に繋がっているのでしょう。ちなみにE1は240km/hどまりですが、E5は320㎞/hと
その差は80Km/h!!
 
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走っているトコの写真もアップしておきます。こちらは和南津地区での一枚。
午前の強烈な逆光下の撮影で、山を登ったのに徒労的な一枚ですが、これも今では良い思い出。
 
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こちらも午前中の一枚。架線設備がモロ被り・・・。ここでのリベンジはできませんでした。。。
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大清水Tから出てきたトコを狙ってみました。ズームがないので、大幅トリミング。
正面からのカットはちょっと間抜けなお顔です。
 
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越後湯沢では撮影に邪魔な設備が多いので、流してみました。
が、逆にスッキリしない一枚になってしまったかもしれません。
 
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越後湯沢でははくたかからの接続や冬季のスキー・スノボ客を受けるため、
MAXの威力を存分に発揮しています。
このキャパの多さが上越新幹線での活躍に繋がったのでしょう。

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120919『Zの形』

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Z工程・・・。
 
聞いただけでも嫌になりますが、自分で引いてみた結果、見えてくると余計に泣きたくなります。
 
名前はカッコイイけど・・・。
 
心休まらない日々が続きます。。。

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