|
今日はうれしい。 ゴディエジュヌーのマシンを知ったのは75年ころ、RCBにではなく、GLのアイデアとして、示されたものだった。こういうのどう考える?と上司のエンジンやさんから、投げかけられたものだった。
時を経て、2004年秋口、急にあのマシン、どうなっていたのか、すごいマシンだ、一度見たいときになり始めた、ゴディエとジュヌーはどんな人たちなのか。とても気になってきた。
しばらくして、初めて電話してみた。超さび付いたもともと未完成のフランス語で知ってる単語を結びつけ、話した。電話の向こうはアラン.ジュヌーだった。
そうしていうるち会って見たい、マシンを見てみたい気になってきて、格安チケットを買い込み行って見た。
ジュネーブの空港にはアランの彼女が迎えにきてくれていた。英語が出来るので助かるがフランス語を少しでも思い出したいので、簡単な単語でゆっくりしゃべってもらうことをお願いし、数日間の滞在でお邪魔することになった。 そして帰りに、あるプランを話したのである。そしてそのマシンが出来たら、ルマンを走る、そして私には絶対誰も抜かない安全運転の2週をもらうことを約束したのである。 何日もランチ、ディナーとすべて付き合ってくれ、古くからの友達のようにしてくれた。バイクがすきで良かったとまた思う日々だった。
プランはまだ夢、少しずつ固めていく、ホレックスのときのようには行かない事情が多々ある。(アレです)
ともかくそんな中で、去年再訪しようとしたら、アランはレース(マニクールだったか)で足を居る大怪我、電話も元気がない。今年も春に電話したら、まだもう少しかかると。
今電話したら、元気な声が! 最高(mieux)に直っていると。 今週はスパにバイクを持っていくのだといっていた。走るのかな?
よかった。 今年の秋には行きたい(いけるかな?)と言ってしまった。
友の元気がうれしいのでした。
余談-とてもいい旅のこのときの画像は少ないけど、それを美研さんがMのカタログのバックに忍ばせてくれているのは、一緒に喜んでくれたからでしょう。でも誰も気づいていないのですが、それでいいのです。
|