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高校のころ、近くの平屋の都営住宅に近くの工場(おそらく蛇の目ミシン)に勤める、好青年がいた。(今から思えば、年上だから、そういうのが分かりやすいが、いいお兄さんがいたのだ)
こつこつと、丁寧に作るタイプの人で、山口の50年代のフレームに、山口125ツインのエンジンを載せる改造をやってのけた。たいした、工具など無いのだ。 マフラーも自作して、なかなか静かに上品な音を奏でた。
性能は、山口だから早いというものではないが、当時貴重な125ツインエンジンということで、ちょっとしたものだった。 数ヶ月の間、ガンちゃんが会社から帰って、こつこつやっているのを、小さな窓からのぞいてみたものだ。 年上だから、我々少年にあれこれ話すものでもなかったのだろう。
出来上がると、みんなで、ツーリングに行った、おおだるみ峠などだ。
1000kmも走らないうちに、全開をかました。 かなしいかなツインエンジンは壊れた。 クランク大端部だろう。 引っ張って、帰って来た。 直すのはお手の物、誰もまた直って復帰すると思っていた。
家では、静かにやっていたような空気があった。 おそらく、家計の足しにならないとか、今思えばそんな空気だったような。
それから、ツインは直りもせず、どこかに消えた。そしてガンちゃん一家もどこかに引っ越して行った。
そういう静かな活動に、なんとなく、影響を受けた。かともおもう。 ガンちゃんまだバイクのどっかで乗っているかなあ。
盛り上がりの無い話ですた。
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