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ゴデイエジュヌーのマシンにあらためて覚醒しジュヌーのところを訪れたのは別記のとうり。 ジョルジュ ゴディエにもあっておきたいと思ったが残念ながらすでに星空のルマンを走る人になっていた。
行く前にそれは知っていたのだが、アランから写真アルバムを見せてもらって、発見した。
ゴディエには会っていたのだ。鈴鹿8時間耐久を毎年取材をかね、見に行っていた頃、確かにこの人と話している。 例えばスズキではサミン(saminだからサマンが正しい発音のはず)ら、フランスからあの時代、多くの面白いマシンが訪れていた時代だ。
ゴディエはどんな感じだったか、走りのセンスを生まれながらに持ったヤサオトコ、マシンのこととか、鈴鹿のこととか話したと思う。
この時代、鈴鹿8時間耐久参戦には最低1億円(マシン1台)はかかるといわれた時代、遠路はるばるポイント獲得のため孤軍で参戦するこういうチームに応援したい私の気持ちは、彼らと話す勇気を与えてくれた。
こうして彼らは鈴鹿をこなし最終は9月末のボルドールへと向かっていったことであろう。
ともかくあの時少しでもジョルジュ ゴディエにあえたことはとても私の心を許す。
何であの頃あんなにレースなんか見にいたんだろう、出費と原稿代とでは帳尻も合わないことに。好きだからというだけで。 でも何十年もしてリンクしてくる、好きなことは続けるべきだと私は思う。
(なんとか、もう一度早くアランに会って、あのプランの先を進める相談をしたいので、つい思い出したことである)
激しい湿度の鈴鹿8時間耐久、特にフランス人にはきついだろうと思っていた中にジョルジュ ゴディエがいたんだ。 カワサキカラーの姿しか思い出せないが。
(画像は見つかればアップします。)
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