osca talk

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なあにネットで動画かラジオでも中継が見れる(聞ける)だろうと思ってたが、どこもやってない。
要は放映権の問題だろう。 法外に高いんだろうな。  
家にいてテレビを見るのが一番いいのだけど貧乏性なので、仕事場に来るのでそうもいかない。
サッカー、f1.GP...すべて興行師の手中にある。 そういう世の中なのだ。
 中継でカットなしで見ると、日本がんばれはもちろんあるけど、対戦相手の表情、試合での戦略を含めてみて聞いているうちに、どちらも応援する気持ちにもなれる。スポーツはそこがいい。

スポーツに限らず見えざる組織、力、構造に経済から食品、すべて動かされている。お金がすべての人のために。 
 地球は人口で、すでにこの1世紀ほどで限界を超えている。水も何もかも足りなくなる日があっという間に来る。食料も足りなくなる。 出生率からみた人口減少もある意味自然現象にのっとるのかもしれない。
自然に、素直に、人が生きていける暮らしを金欲の人の手から取り戻す日は来るのだろうか。
 
    

ほっと 

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昨晩帰国 会社にある方からいただいた大吟醸酒が来ていたので、つい祝!と下戸なりに、御猪口で一杯いただいた。 おいしいです。大吟醸の辛口感がたまりません。
 有難うございます。 当ブログにも来て頂いているある方から送ってくださったものですが、つい呑んでしまうことになりました。 日曜なのに手伝いに来てくれていた友人もいたしい。 少なくとも一ヶ月ぶりのアルコ−ルです。 普段は全く呑まないので。
 

多摩テック の2 

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..... to American Honda and Honda Europe to support small engine Vo-Tech training.
The concept started with the Tama Tech Center in the early 60's. Tama Tech was (or maybe still is) in Japan but, it is unclear if this was a state owned training center or whether it was a private institute sponsored or owned by Honda. The Honda T10 engine was originally manufactured to support small engine training at Tama Tech.
Tama Tech was established in October 1961 so it is assumed that the T10 engine was first manufactured around that time. However, according to some Honda Motor historical information the T10 is based on the E40 generator engine which was first offered for sale in early 60s.

なんだか、ともかくT10エンジン(そのうち画像探します)の説明でアメリカ人が多摩テックのことをひとつのホンダの要素として書いているのだ。 ホンダさん、多摩テック、上手に生かしてください。ホンダらしくね。!!  (朝霞テックはホンダ技術研究所朝霞研究所に1970年代半ばに生まれ変わった。)  アシモ的なことか環境系の研究施設にでもなるのかな?

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だいぶ春めいてきたみたいですね。 
仔猿多摩テックミー 何とかやりたいものです。
まずは3月は日本にいるのでマイ仔猿で日曜日には何回か多摩テック詣でをしようと思います。 安全な道も探してみたいと思います。 思い出になる仔猿ミーになるように。
今思いました。 まずやれることから。
どうなっていくのか見守りながら。 ある意味ふるさとです。 
いえ日本バイク文化の原風景なのだと思えてなりません。

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中学生の頃、いつものように友達が家にやってきた。ある乗物で、それは目を見張るものだった。BSモーターだった。
Uコンからラジコンに向かい始めていた興味は、乗れるエンジンに変わっていった。 多摩テックのオープンとかでバイクが乗れることを知った。
自転車で家から2時間くらいかけてか多摩テックにバイクの乗りに行った。
テックの正面を入って左奥の山で、小さいバイクに窮屈なポジションで何回も乗った。右側の駐車場のような砂利を敷き詰めた平坦な場所では C100や C105(スポーツカブの遠心クラッチタイプ)に乗ることが出来た。
ゴムというよりは固めのグリップを握り走った記憶が今もある。C105にはそういう記憶がある、車体は青色、タンクはアイボリーホワイトだった。

しかし右奥のバイクの方に何度も乗った記憶がある。なぜって、左奥の山肌にある乗場コースでは、坂の途中で止まっていいので、一番味わいたいスタートのエンジンの感じを1周のうちに何度も楽しめたからだ。牛乳が20円くらいのころだったから、一周の料金は中学生には大きい額だったからだ。

と、多摩テックはとりわけ東京近辺の少年にはおおきな影響を与えた。ただレポートに残る形は無いだけ。
本田宗一郎さんのバイクをエンジンを少年や社会にこの楽しさを知ってもらおうという思い象徴された場所だ。 宗一郎さんの意思を知らないというのであろうか福井社長は! 無いときは無いなりにそれなりのやり方を工夫する、それがホンダであったはずだ。 

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