ダーウィン以前に戻って考えよう

斉一説のパラダイムは崩壊寸前です。それに代わるものは何か?

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3.11と定説の破綻

2011年3月11日に東日本を襲った超巨大地震は、いまだ何の検証もなされないまま、ただいたずらに「想定外」という言葉だけが一人歩きをしている観があるが、そもそも「想定外」というからには実際の想定はどうであったのかということを明確にする必要があるだろう。ところが気象庁や地震学者はなぜかその情報を明確に伝えていない。漏れ伝わる話では、今回の地震の震源域で想定されていた地震はマグニチュード7.5クラスの地震、すなわち今回の地震の規模のおよそ五百分の一程度のものであったらしい。皮肉なことには、気象庁や地震学者によると、もう三十年も前から東海地震(場合により東南海、南海を含む)の震源域で最大マグニチュード8.5クラスの地震が起こるといわれてきた。であれば、なぜ今回の震源域での想定が、東海地震の震源域に比べて、それほど小さかったのかということが説明されなければならない。ところが、なぜか彼らはその説明を逃げているとしか思えないのである。いろいろ調べてみると、実は以下のような説明がなされていたらしい。
 
地震調査委はこれまで、巨大地震が起きる海溝型地震について、将来起こる確率や規模を予測してきた。三陸沖から房総沖にかけては八つの震源域に区切って検討。それぞれ別々に地震を起こすと予測。複数が連動すると想定したのは「宮城県沖」と、その沖の「三陸沖南部海溝寄り」だけで、連動してもM8前後との予測にとどまっていた。今回は六つの震源域がいっぺんに動いた。地震調査委は、869年に大津波を起こした貞観の地震を踏まえ、見直しが必要か検討を始めていたが間に合わなかった。阿部委員長は「世界でM9が起きても、日本では起きないと考えてきた。学問的なパラダイムに縛られていた点は大きな反省だ」と話した。
 
地震学者の間では、そもそも海溝型地震の発生メカニズムというのは海洋プレートが大陸プレートに潜り込むことによって生じる歪が一定の周期で解放されることによって起こるのだとされている。それを端的に物語るのは、房総半島沿岸から四国沿岸に延びる東海、東南海、南海の巨大な断層が連動して動くことによって起こった巨大地震が過去の古文書の資料からもはっきりしているということである。それを図解した気象庁の資料を紹介しておこう。
 
イメージ 1
 
                         (図1)気象庁HPより
 
この図解によると、三つの震源域の中で東海地震の震源域だけ一八五四年以来、150年以上も起こっていないことになる。それまでは、100年から150年の周期で起こってきたと考えられるので、理論的に東海地震はいつ起こってもおかしくないということになっている。しかも、東海地震と東南海地震、南海地震は過去度々連動して起こっているので、東海地震が起こると、それに誘発されて東南海と南海の地震が同時発生的に起こる可能性もあるとされているわけである。そして、その際の最大規模の想定はM8.5クラスであるとされている。
 
一方、このような想定に対して、では今回の震源域ではなぜM7.5クラスの想定しかなされていなかったのかという疑問が生じる。実は今回の震源域に近い宮城県沖地震は40年程度の周期で起こってきたが、そのいずれもM7.5以内の地震であったというのである。しかも、近辺の震源域で2003年(三陸南地震)と2005年(宮城県南部地震)にはM7.2の地震が起こっており、プレートテクトニクスの考え方によれば、同地域の震源域に蓄積された歪エネルギーは十分に解放されているはずだとみなされていたようである。
 
もちろん地震学者たちによると、今回の超巨大地震は宮城県沖の震源域に限られたわけではなく、岩手県沖から茨城県沖までの6つの震源域に広がるかつてない規模の断層破壊が同時に連動して起こったことによるもので、これほどの規模の連動型地震は過去の記録にはなかったのだとされている。この地域に起こった連動型地震では、いわゆる三陸沖地震と呼ばれるM8クラスの巨大地震が過去少なくとも4例ほど知られている。1933年の昭和三陸地震、1896年の明治三陸地震、1611年の慶長三陸地震、そして869年の貞観地震である。今回の地震が1000年に一回しか起こらない規模であるといわれるのは、869年の貞観地震に比較されるからであろう。但し、貞観地震が実際にはどの程度の規模の地震であったのかは分からない。通説ではM8.4以上の規模であったとされているが、津波の被害は岩手県沖から茨城県沖まで広がっていたと調査されているので、今回同様の大規模な連動型地震であったのではないかと考えられている。
 
いずれにしても、これまでの地震学者の知見によれば、この震源域でM9.1の超巨大地震が起こったことは少なくとも1000年に1回程度の想定外の出来事であったということのようであるが、しかし、それはあくまでも地震周期説に基づく考え方によればという話であることを忘れてはならない。もし地震周期説の考え方自体が誤りであるとすれば、地震学者の想定には何の意味もなかったということになる。
 
ところで、地震調査委の阿部委員長によれば、「世界でM9が起きても、日本では起きないと考えてきた。学問的なパラダイムに縛られていた点は大きな反省だ」と話したとされるが、この「学問的なパラダイム」というのはどういう意味なのであろうか?これは、従来のパラダイム、すなわち東海地震をはじめとして日本近海で起こる海溝型の巨大地震は一定の周期によって起こるものだとされるそのパラダイム自身が見直されなければならないという意味なのであろうか?
 
そもそもプレートの移動は年間10センチ程度のものであるとされている。したがって計算上百年経てば10メートル動くことになる。海溝型の巨大地震が周期的に起こるとされるのは、そこに蓄積された歪が一定の周期で解放されるメカニズムがあると信じられているからであるが、しかし、今回の超巨大地震では、そのようなメカニズムに基づく地震周期説では現象の説明がうまくできない。なぜなら先にも述べたように宮城県沖ではM7.5クラスの地震が約40年を周期として起こると考えられていたからである。今回の地震はその五百倍にも相当する規模の地震であった。阿部委員長が発表するまでもなく地震周期説のパラダイムが見直さなければならないのは当然であろう。
 
しかし、問題はそのパラダイムがどこまで見直されるべきなのかという点である。プレートテクトニクス理論自体が見直されない限り、おそらく地震学者が信奉するパラダイムに大きな変更はないのであろう。多少のパラダイムの変更があるとはしても、地震周期説のパラダイム自体に誤りがあるとは考えられないのではないか。すなわちプレートテクトニクス理論に基づく地震周期説自体には変更がなく、その周期がこれまでよりも大きな枠組みの周期として考えられるだけではないか?
 
なぜならプレートテクトニクス理論によれば、地殻を構成するプレートは何億年というオーダーの時間を一定の速度で動いているのであるから、たとえ地震学者の想定を超えるM9クラスの地震が起こったからといって、プレートの動きにはいかなる影響もあることはなく、プレートの移動によって蓄積された歪を解放する周期を従来よりも大きな枠組みで考えれば、それで理論上は、さして大きなパラダイムの変更を伴うこともなく解決するとみられるからである。
 
しかしパラダイムの問題は実はそれだけではない。そもそも地震はプレートに蓄積された歪を解放することで起こるのだという定説の理論自体が正しいのかどうかという根本的な問題が今尚残っているのである。そのことを言う前に、そもそも地震というのはどのように説明されてきたのか、その歴史を簡単に振り返ってみたい。
 
つづく

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