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 大正末期、彗星のごとく登場し
 
悲運の果てに若い命を自ら断った天才
 
童謡詩人 ・ 金子みすず。
 
 「見えぬけれどもあるんだよ…」という
 
優しく子供たちに語りかける心の詩
 
に今回スポットをあててみました。
 
 
   大泊港  
 
    山の祭りのかえりみち、        山口県仙崎八景  大泊港
    送ってくれた伯母様と、
    別れて峠を降りるとき、
    杉のこずえにちかちかと、
    きれいな海が光ってた。
 
    海に帆柱、とまり舟、
    岸にちらほら藁の屋根、
    みんなお空にあるような、
    みんなお夢にあるような。
 
    峠くだれば蕎麦畑
    畑のはてに見えるのは、
    あれはやっぱり、大泊
    ふるいさみしい港です。
 
 
   金子みすず について
 
  みすずは明治36年4月、山口県長門市仙崎に生まれ本名はテルと言いました。
 父親は彼女が3歳の時に亡くなり、働き者の母と祖母、そして兄の4人家族で明るい家庭に
 育ちました。
  小学校では、6年間すべて甲という優秀な成績を残し、大正9年女学校(現在の県立
 大津高校)を卒業しますが、卒業前に先生からその才能を活かすべく奈良女子高等師範
 (現在の国立奈良女子大学)に行くよう勧められますが、断っています。
  
  テルが童謡を書き始めた大正12年、西條八十から『若き童謡詩人の中の巨星』
 と称賛されました。
  テルにとって、このころが幸せな時期でした。
  以前の記事にも書きましたが、この当時はまだ女性にとって結婚一つをとっても
 そのほとんどが親とか親戚など周りの大人たちにより決められた時代でした。
 
  大正15年2月、結婚し一人娘をもうけるのですが、みすずの詩作に理解も示さず
 遊郭にうつつを抜かすプレーボーイだったようです。
  やがて良人と離婚、昭和5年3月娘のために写真館に行き、その晩は3歳の娘に
 お風呂でたくさんの童謡を歌ったといいます。
  翌3月10日この世を去りました。享年満26才の若さでした。
 
 
   《 出典 》  金子みすず童謡集  (株) 角川春樹事務所  1998年3月
 
 
 
 
   

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