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前号のあらまし
奈良で大仏を作るため、行基
というお坊さんを呼び、高い位を授けて、おおぜいの人々に手伝わせ、
皆が力を合わせ、働いたのでしたね。
大仏開眼式
完成した大仏の前で、聖武天皇は光明皇后と娘とともにぬかずきました。
その後、天皇の位を、娘に ゆずることになりました。
娘は〈孝謙天皇〉 とよばれるようになりました。
大仏を 収める金堂もでき、大仏の顔には、金が塗られ、ついに天平勝宝
4年のきょう4月9日、大仏開眼式をあげることができたのです。
インドから来た僧侶が大きな筆で、大仏の眼を、かきいれました。
その大きい筆には 五色の長い紐がついており、その紐の端に 聖武天皇
光明皇太后、孝謙天皇はじめ、多くの人々が 手を添えて、大仏開眼の
喜びを ともにしました。
この開眼式に参列した人々は、記録では1万数千人といわれています。
日本の舞や、中国、朝鮮の踊り、インド、ベトナムの音楽も奏でられ、みんなで
大仏開眼を祝ったのでした。
身体が弱っていた聖武天皇は55歳でお亡くなりになりましたが。形見の品々
は今でも正倉院で大切に 保存され、秋には博物館で公開されます。
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2014年04月09日
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