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【 雪くる前 】
室生 犀星
ひとすじに
逢ひたさの迫りて
酢のごとく烈しきもの
胸ふかく走りすぐるときなり。
雪くると呼ばはるこゑす
はやも白くはなりし屋根の上。
エッセイ ( 解説 ) 青木 健
石を呑んだように灰色の空が重い。
俺は先刻から灯りも付けず薄暗い部屋の中に立っている。
『雪が来るよ。』
戸外をとおるひとの声が聞こえる。
隣家の屋根がうっすらと白くなっている。いつ積もったのだろう。
ガラス窓にあたった雪片はまるで生命あるように這っていく。
不意にあいつの話を想い出した。
『 この間、あなたに逢えなかったとき、湯船の中で、乳を抑えてみた。
最初は静かに、そしてだんだんと力を入れ・・・・・。
そうしたら乳首が赤く、薄いミルクのような雫が浮かんで小玉になり
壊れて乳房の上を落ちていった。。
なぜか悲しくなり、お風呂の中で泣いてしまった。。。』
そう言いながら、彼女は思い出したように眼を潤ませた。
明日になれば会えるのの俺は待てず、雪の降る街路へ出て行った。。。
あとがき
犀星の作品に最初に触れたのは、中学の国語のテキストであったように思う。
詩人であり小説家であったが、大人になり金沢を旅したとき、犀川という川があったが、
室生犀星の出身地であったことから由来になったのかと思う。
犀星の小説には、エロチシズムの表現が見られるのに、抒情詩には、それが希薄
である。
☆ 画像は友達の雅さんからいただきました。。。
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2014年01月15日
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かなしさは
きみ黄昏のごとく去る
富澤 赤黄男
(とみざわ かきお)
エッセイ 執筆 青木健
富澤の句集『天の狼』は40歳の時の句集。30代半ば以降の句を集めたもので
まさに「青年の歌」の落日を飾るものがこの句である。
掲出の句は,「静けさは きみ曙のごとく坐る」と対になった句で、富澤がこの
二つの句でうたおうとしたのは、女と一緒にいるときの静けさと女と別れる時の静けさで
あったろう。
だからこの句は別離のうたではない。
女とともにいたいという男の欲求をうたったのである。
女の存在を灯明のようにして生きるという恋愛のかたちがここにはある。
女の不在が男の視力を失わせるのである。
≪ 富澤 赤黄男 について ≫
1902〜1962、愛媛県生まれ 俳人
早稲田大学卒業後国際通運(現在の日本通運)に入社、その後故郷へ帰り
国立第二十九銀行(現伊予銀行)へ入行。 (上記写真参照)
色彩感覚に富んだ自由律句を連打した。
参考 日本の恋歌 3 中島みゆき編
(株) 作品社 1986年2月
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