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台風が近づいています。 家の周りの植木鉢は
軒下などに避難させましようね。
さて中島みゆきの伝言板 その9 では
絶世の美女 山田順子を冒頭にとりあげました。
【 山田順子 】
ふりむかば 涙こぼさぬ 君ゆえに
つれなくわれの 別れこしかな
【 解説 】 大正14年、25歳の順子は、処女作の装丁を依頼するため
竹久夢二を訪れる。このとき女ざかりの順子と女蕩しの夢二は、たちまち深い仲になる。
夢二にはこのときお葉さんなる愛人があり、美女には美女の沽券がある。
そこで 「 つれなく 」夢二の許を去り、時の文豪、徳田秋声の門をたたく。
ただ美女である宿命で多くの男を漁りあるき、処女作のタイトル
「 流るるままに 」堕ちていったのです。
【 呉 智英 】 みゆきへのメッセージ
わたしが中島みゆきの生の声を始めて聴いたのは、東京厚生年金会館
でのコンサートのことだった。舞台に現れた彼女の第一声は
「 わたくしが中島みゆきです。 」
私は感動した。なんのてらいもなくこの言葉は凛然と響いた。中島みゆきであること
を引き受けている決意が短くきりりと輝いていた。この凛然たる中島みゆきが
あるからこそ、歌でしかいえないことを歌たらしめている。
【 呉 智英 について 】
愛知県出身、早稲田大学法学部卒。京都精華大学教授であるが
日本マンガ学会の会長でもあり、ゲゲゲの女房の水木しげるのところで
10年くらい資料整理のアルバイト歴もある。
画像は友達のメイさんから頂きました。
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無題
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昨日は満月でしたね。心地よい風も吹いて。
幸せな気分でした。
それでは、前回「日本の恋歌 ③」のなかから中島みゆきの伝言を書きました。
今日はその続きです。
《 かなしさは きみ黄昏のごとく 去る 》
【 光明皇后 】
我が背子と 二人見ませば いくばくか
この降る雪の嬉しからまし 万葉集所収
〈 解説 〉 光明皇后は藤原不比等のむすめで、聖武天皇の皇后となったひと。
(詳しくは、投稿記事『奈良の旅 光明皇后』参照)
美しいもの、珍しいものを夫である天皇と一緒に見たい。こんなにもたあいのない
恋の気持ちはない。
ほら雪が。。樹の梢に、庭の石に、そして屋根の軒にも、この降り積もる雪を
あなたと二人で見ることが出来たら、どんなに楽しいことでしょう。
平安な夫婦の交情を簡明に述べている。
【 中島みゆき 】 わかれうた
別れの気分に 味を占めて
あなたは 私の戸をたたいた
私は別れを わすれたくて
あなたの眼を見ずに 戸を開けた
恋の終わりは いつもいつも
立ち去る者だけが うつくしい
残されて 戸惑う者たちは
追いかけて 焦がれて 泣き狂う
〈 解説 〉 この「わかれうた」は、七十年安保闘争以降を背景に、
若者の間で行われた同棲、半同棲が倫理観のべとつきなく行われたという
背景から、彼らの心理や、感情をよくすくい上げた歌である。
みゆきは若者たちの生活実感に加え、独特の言葉遣いと言い回しで飾ってゆく。
このこわれそうな声と不安定なうたいかたに、引き込まれてしまう暗さが生ずる。
〈 出典 〉 日本の恋歌 その3 中島みゆき編
株式会社 作品社 1986年2月
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まだまだ暑い毎日ですがお変わりあり
ませんか。
先日読んだ『恋歌』のなかで
中島みゆきは、こう語っていますので紹介
します。
別れの歌を見聞きするには、やはり悲しい気持ちになることを予測して、身構えてしまおうというもの。
( 『恋歌 3』のなかで ) 悲しみや憤りや忍耐,引きちぎられる者たちの痛みは、切々と流れのたうち
まわっている。
嘆き悲しみ消え入ってしまうものならば、それは決して、『別れの歌』ではない。
見るがいい。
こんなに堂々と振りかざしてくる孤独を、嘆きを、愛を。
これは言わばしぶとい生命力である。
それでは、そのしぶとい生命力の詩を2編ごらんください。
< 君と僕のブルース > 井上陽水 (作曲 1974)
君はうつぶせで 僕はあおむけで
夜をむかえた なんてすてきなの
クルクル廻っているのは 君と僕
星が見えるのは 夜が暗いから
言葉がなくて 探しているのさ
指が絡んで とけなくなる君と僕
夜は深い 夜は深い
落ちこむぞ 夜は深い
愛しても 愛しても君と僕
< オイルシルクの傘 > 久坂葉子
オイルシルクの傘
つたって落ちる 雨一しずく
そっと口笛をふいて 呼んでみた
春の午後
おもかげはその窓に
あらわれて たちまち消える
青空がみえだした
傘をつぼめて
会うまい
あなたはその窓のうちに 幸福なんだから
〈 久坂葉子 解説 〉
昭和23年という戦後間もない貧困の時代に、防水加工した「オイルシルクの傘」
をさし、窓の中の恋人を呼ぼうとする少女。
閉ざされた窓を見つめ、もう少し強く吹こうかと戸惑っている。
傘をつぼめて、もう『会うまい』と思い切り別れを。。。
きかん気で感受性が鋭い早熟な少女の思いが歌われている。
久坂葉子が十七歳の時の作品。彼女はそれから四年後に、二十一歳で鉄道自殺する。
〈 出典 〉 日本の恋歌 その3
涙が出ないのはなぜ 中島みゆき編 ㈱作品社 1986年
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民話の旅も第6回になりました。
今回は、日本を脱出し近くの国タイへきました。さあはじまりはじまり〜。
【 欲ばりな 姉さん 】 = バンコク =
1. ねえさんのたくらみ
昔、ある村の金持ちの家に二人の娘がいました。母親はなくなっており、父親が男手ひとつで
育てていたのです。
姉の方は人の顔色をうかがい人に気に入られるようにするのが得意でしたので父にも気に入られ
、姉娘がほしいものは何でも買い与えていました。
妹は無口でおとなしくおっとりした性格で、何をするときでも、よいか悪いか よく調べ考えてから
行動しました。
姉さんは、あることない事父親に妹の悪口を告げ口して、嫌うようにしむけたので、父が亡くなった
とき 大半の財産は姉のものになりました。
妹を家から追い出すことを考えた姉は
「一緒に暮らせないから 出て行ってちょうだい、」
と妹に言いました。
取り付くしまの無い姉の言葉に、いもうとは姉に預けていた少しの財産を返してもらおうとしました。
「あなたの財産なんかわたしはしらないね。
見たこともないわ。」といって姉は妹を追い出したのです
2. 冷たい返事
妹は優しい若者と結婚し、姉
とは少し離れた村で仲良く暮らし
ていました。
ところが ある年台風による
大洪水となり作物も流され、
物の値段も上がり、妹たちは
とほうにくれ、姉さんの家を訪ねました。
「なにかくれというのはごめん
ですよ。あなたにあげるものはなんにもないからね。」とそっけない返事 ゴールデントライアングルの遠景
でした。
その傍にはコメ袋がいくつもあるのに。
妹は悔しくて泣きました。そして心の中では (私たちが、飢えで死にそうなのに、困った人を助けよう
と少しも思っていないんだから。)
妹は夫と家に帰っていきました。
3. 神様のほどこし
夫は次の日、「森へ行って何か探してこよう。」といって山刀をもってでかけました。
朝から晩までいくら探しても食べ物は見つかりませんでした。
その様子を見ていた森の神様は、助けてやろう、と考え 大きなヘビに姿を変え、夫が疲れて座り
こんでいた木の傍に現れたのです。
夫は手を合わせヘビを拝み 祈りました。
「私たちは食べるものも無く、ひもじいおもいをしています。ヘビの神様 死なないですむだけの量で
結構です。肉を分けてください。」といってヘビのしっぽを刀で切り落とし、家に帰りました。
ヘビのしっぽを妻に渡した後料理を楽しみに待っていると、台所にいた妻が大声をあげました。
夫は急いで台所へ行き鍋の中を覗くと、思わず叫びました。
「金だ金だ! 神様がくださったのだ!」と喜び、夫と妻はひざまずいて手を合わせ
感謝の言葉を唱えました。
妹夫婦は金のかたまりを一つ持って街にある金の交換所へいき、お金に取り替えました。
食べ物や着るものをどっさり買い込み、それから夫婦はお金持ちになって幸せに暮らしました。
おしまい
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