|
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
こんにちは、ゲストさん
[ リスト | 詳細 ]
|
昭憲皇太后 御歌
あたらしき年の初日に ふじのねの
雪さへ匂ふ 朝ぼらけかな
初日が富士山に照り映えて、山肌の雪までが
匂うような、美しい朝明けです。
新年あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。
昭憲皇太后は、1850年4月17日、一條忠香公の三女としてご誕生になられ
ました。
明治天皇の皇后になられたお方ですが、その生涯は婦徳のかがみと仰がれ
殊に女子教育のご奨励と、主として赤十字事業など慈善事業に大きな役割
をお果たしになりました。
* 新年の画像は友達のメイさんよりお借りしました。
{
|
|
愛の挽歌 投稿詩 自作
君を失って
愛していた人だと 初めて知った。
今となっては 過去に戻れない
君は遠い南の島へ。
もしも生きていれば いつかは逢える
そんな予感が
僕の脳裏を強く支配し
君と逢える日が来るのを祈りながら。。。
もしも巡り合えたら
想い続けてきた 心の蟠りも消え
愛し続けてきた君への熱情が
僕の手のひらの隙間から こぼれおちないように
君の涙で掬ってほしい。
・ 画像 上 友達の舞さんからいただきました。
・ 画像 下 友達のメイさんからいただきました。
|
|
大型のGWも終わり、平穏を取り戻した頃、みかんの花咲く丘を訪ねるため、
静岡県伊東市に向かいました。
皆さんご存知の童謡『みかんの花咲く丘』は、昭和21年8月25日、伊東市
内の小学校とNHKとの戦後初めての二元放送において、川田正子さんの
歌で発表されました。
『みかんの花』の咲いている丘から、はるかな青い海に浮かぶ、かすんで
見える船と島を眺めながら優しい母親への懐かしい想いを表現しているこの
歌は、伊東駅から車で5,6分の高台にあるホテルで生まれました。
作詞家は、ここ伊東市生まれの加藤省吾。作曲は海沼 実が担当し
ました。終戦後とはいえ、まだまだ電話は普及されていない時代。
この歌を聴いた反響は大きく、たくさんの視聴者の声がNHKに寄せられたそう
です。
写真1 伊東ホテル聚楽のトロピカルガーデンにある童謡の歌碑
写真2 ガーデンに植えられているみかんの木
ちょうど5月の開花時期だったので白い花を<パチリ!>
|
|
【 雪くる前 】
室生 犀星
ひとすじに
逢ひたさの迫りて
酢のごとく烈しきもの
胸ふかく走りすぐるときなり。
雪くると呼ばはるこゑす
はやも白くはなりし屋根の上。
エッセイ ( 解説 ) 青木 健
石を呑んだように灰色の空が重い。
俺は先刻から灯りも付けず薄暗い部屋の中に立っている。
『雪が来るよ。』
戸外をとおるひとの声が聞こえる。
隣家の屋根がうっすらと白くなっている。いつ積もったのだろう。
ガラス窓にあたった雪片はまるで生命あるように這っていく。
不意にあいつの話を想い出した。
『 この間、あなたに逢えなかったとき、湯船の中で、乳を抑えてみた。
最初は静かに、そしてだんだんと力を入れ・・・・・。
そうしたら乳首が赤く、薄いミルクのような雫が浮かんで小玉になり
壊れて乳房の上を落ちていった。。
なぜか悲しくなり、お風呂の中で泣いてしまった。。。』
そう言いながら、彼女は思い出したように眼を潤ませた。
明日になれば会えるのの俺は待てず、雪の降る街路へ出て行った。。。
あとがき
犀星の作品に最初に触れたのは、中学の国語のテキストであったように思う。
詩人であり小説家であったが、大人になり金沢を旅したとき、犀川という川があったが、
室生犀星の出身地であったことから由来になったのかと思う。
犀星の小説には、エロチシズムの表現が見られるのに、抒情詩には、それが希薄
である。
☆ 画像は友達の雅さんからいただきました。。。
|
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | |||||
| 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
| 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
| 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
| 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
[PR]お得情報