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明治時代の文豪、島崎藤村の叙情詩に触れるとき、懐かしい青春の軌跡を
思い浮かべるのです。
【 初恋 】 島崎 藤村
まだあげ初めし前髪の
りんごのもとに見えしとき
前にさしたる花櫛(はなぐし)の
花ある君と思ひけり
わがこころなきためいきの
その髪の毛にかかるとき
楽しき恋の盃を
君が情けに酌みしかな
≪ 解説 ≫ 青木 健
「初恋」を収めた『若菜集』は藤村の処女詩集として明治30年8月に刊行されました。
藤村にとっての初恋は、明治26年当時明治女学校の教師をしていた藤村の教え子
佐藤輔子への愛ではなかったろうか。
輔子への秘めた愛も打ち明けることなく、女学校を退職し、洗礼を受けた教会からも
退籍している。
このあと2年間、魔の歳月だった。明治27年文学上の兄であった北村透谷が自殺。
また同じ年兄が事業の失敗から屋敷を売却、藤村は島崎家の負担を一身にひきうけ
ることになった。
翌28年8月、初恋の人輔子が札幌で病死。郷里の大火で、藤村の屋敷は焼失
という凶事が続き、精神的支柱を失うが、凶事の続いた翌29年、仙台の東北
学院へ赴任してから、藤村の暗い心に新しい抒情詩の光が差し込むのである。
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詩歌
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伝言板 その31 は、作詞家 来生(きすぎ)えつ子さん を採り上げました。
【 ねじれたハートで 】 来生 えつ子
ためいきのあと タイをゆるめ
くわえタバコに むせながら
いつものように 灰皿さがし
恋も時々 疲れるね
今夜はひとり さっぱりひとり
ねじれたハートは 休ませて
知らず知らずに 恋の背中
見え隠れして 辛くなる
ひとり身こがす せつない時間
恋はやっぱり 堕ちるもの
今夜はひとり さっぱりひとり
せつなくひとり ふたりはひとり
ねじれたハートが うずいている
【 来生 えつ子は、ごく自然な日常の中にある演歌を作る。
都会のビル、コンクリートのかごの中で震える少女を歌ったり(セーラー服と機関銃)、
二度目の恋のもどかしさのリアリティを表現する(セカンド・ラブ)。
この「ねじれたハートで」は、もうあまり若くはない男女が、一つの恋の
様々な節目を共に体験してきて、ある晩、一人づつに戻って、自分を取り戻している。
女だって本当は<さっぱり一人>であるような気がするが、そうしてしまうとこの
からみは成り立たない。
二人の恋はそろそろ終わりなのかもしれない。
これからももっと強い結びつきになってゆくかもしれない。。 】
エッセイ 執筆 井坂 洋子 東京生まれ、詩人
【 出典 】 ひとすじに 逢いたさの迫りて (日本の恋歌)
作品社 1985年9月
画像は友達のメイさんからいただきました。
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