あれから一週間、この世界を揺るがす大地震!!
この地震大国、日本でも全てがうまく回っていないのが現状だろうか?
一週間とはいえ、早すぎるし逆に思い返したくもない自分がいる。
多くの方はもっとすさまじい経験をされているが、自分には1週間前様子が蘇る。
けして思い出したくないはないだろうが、今日は列記してみることにする。
先週、仕事中に地震に会うが、そんな時に限って東京都大田区蒲田にいた。
その日は15時半に仕事が終わり、とにかく道路に出て様子を伺いながら歩いてみる。
思ったより周りの変わりはないが、線路沿いに行ってみて、踏切の前で立ち止まる。
1分2分?なかなか電車行きかいせず踏切が上がらない。ん?やはり電車は止まっているのか?
まずは、隣、大森駅まで歩いてみる。その間線路上は一切通る気配はない。
そのまま、「大森駅」の改札口へ、入口がやはり人だかりと、座り込む人々そして駅中のスーパーや店舗はシャッターを締め切り締め出された状況だ。ようやく事態が飲み込めた気がした。
「もしかしたら」このまま電車は動かないかもしれない。そう察した自分はためらいもせず文京区まで歩くことを決意したのだ。とはいうものの、まずは。品川かな?と心でつぶやきながら。。その日はスーツでおまけに革靴。
すでに歩いている最中に街中の商店は様変わりしていく。「大井町」までついても多くの人はタクシーやバスを求め大行列が。そのあたりくらいだろうか?段々とあきらめて歩き始めている人々の列が各方面につながっていくのがわかるが、人どころではない自分がすでにいた。
お陰さまで自分には方向音痴というものはないので、自分の考えて行く方面はきちんと出現する。
ま、北にまっすぐだから簡単な話なのだが、雨がやみ日が陰り始め、多くのビジネスマンもこの事態に家路を急ぐ時間帯にようやく大崎に。
ここまで来ると気持ちは山手線の中というなかで少しはホッとしたものの、まだ半分も歩いていない事に気を引き締めた。途中レンタカーを手配する人々。しかし、どう見てもすでに車はないのはわかる。そんな途中、ある、サラリーマンが上司にこんな会話をしているのを耳にした。部長、「やはりレンタカーはもうないですね。」
と、私はすでに1時間は歩いているのに、「ありました!」なんて言葉は聞きたくもなかったのでこの時ばかりは、ニンマリしてしまった自分がそこにいた。そこで目にしたのはそのサラリーマンがいた場所には大きく書かれた会社名はレンタカー会社。それには幻滅、自社で借りちゃおうってことか。かなり「やれやれ」である。
しかしそんな風景も、段々と日が暮れるとともに、このビジネス街へと足を踏み込んだ自分には、すさまじい光景に映る。右には品川プリンスホテルがみえるころには、ようやく国道一号線「桜田通り」に入る。
ここで、目にするのは、人、人、人。「人民大移動」。そして片道3車線の道路は大渋滞。ほとんど動いていない。
ここで望みをと、「南北線高輪台」へ。しかし下へ降りる人もいない、まだ、動いていないようだと。わかる。
2時間歩き続けたところで革靴であるいている自分には限界が。明治学院前のベンチで思わず座り込んでしまった。よく歩いている自分にはかなり自信はあったものの、足の痛さに弱音が。
しかし、座っていると、目の前に高いのに、幅が狭いマンション40階ほどだろうか。それがそびえたっていいるのだが、もしこれが、崩れたら怖いだろうな?とその時は妄想を考えつつも、歩き始めた。
後で知った情報でもあるが、先が少し曲がった東京タワーだが、その時ばかりは綺麗なオレンジでそびえたっているものの、ごった返した人々によってかきけさせれていた。コンビニには大行列。待っても来ないバス停も行列。そんな光景がしばらく続いた。「麻布十番」「六本木1丁目」。
六本木アークヒルズが。今日はさすがに、「サントリーホール」では催しものは中止なんだろうな?と勝手に想像しつつ、坂を上がり「赤坂」。あまりにも足が痛くて2回目の休憩を公園のベンチで。
「赤坂見附」「麹町」ここまで来た安堵感から、お腹が空いたのかするビルのコンビニへ。
意外と空いていたので入ったら、ほとんど空っぽ。しかし何を思ったのか買ったのは「マカダミアチョコと板チョコ」この、言動はよくわからない。多分疲れている身体に甘いものを補給しようと考えたのだろうか?
しかし、人の多さに惑いながらも、なるべく自分のペースで歩きたいもどかしさに、ペースのばらつきが段々とイライラになるも「市ヶ谷」。ここまでくると裏通りに入れば後はもう少し。「神楽坂」を降りたころだろうか?コンビニで公衆電話2台。ようやく待たずに使えそうだ。と思い、足立の実家に連絡を。8階に住むオフクロが疲れ果てた声で、寂しく親父の帰りの待って少しの揺れで「怖い」とのひと言。
地震後すぐにはメールで確認していたが、16時以降は携帯のメールも電話も不通。
そんな中、歩き続けた自分には安堵出来た瞬間だった。
そして、坂を上がって、文京区。春日通りも人と車は渋滞。いまだ景色は変わっていない。が、
ようやくたどり着いた。「蒲田」を16時前に出発し、「茗荷谷」到着は21時を過ぎていた。
5時間歩いて携帯の万歩計は18キロ31000歩。さすがに革靴だったので豆ができ、翌日は足がくがくでした。
まだまだ、余震があり、原発も気になる中、計画節電。でも、少しでも前を向いて歩かなくては。
歩いたのは真っ直ぐだったけど、回りながらきちんと修正すればいいですかね?