クラシック音楽は、なくならない

〜日本の四季〜コンサートも暑い!熱い!

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115日江戸川の船堀にて、卒業校の定期演奏会である。
かれこれ卒業して20数年になるが最近毎年裏方スタッフでお手伝いに行っている。相変わらず構成は変わらない、まず類をみない演奏会だ。普段あまり演奏会には行かれない方にはとても盛りだくさんなものではあるが、ステージやコンサートを行かれる方にはどうも、凝り過ぎてまた、忙しくよくぞこのステージを一晩でなんて思う方もいるはずだろう。
もちろん、演奏技術などもコンクールなどに出るといったものでもないのだが、この20数年間、部を支え続ける顧問お二人がやはり風変わり。一流を目指すよりまず、楽しくそして心に残るものを目指すが確か私の高一の頃の記憶だったような気がする。
さて最初に構成が変わらないと書いたが、私が在校していたころは吹奏楽部だったのが卒業した年に第1回定期演奏会が音楽部としておこなわれたのだ。まずは、合唱があり、吹奏楽があって、中には弦楽器もあったり最後は合同の演奏となるのである。
 
で今年の構成はこうである。
第1部 女声合唱
第2部 男声合唱
第3部 混声合唱 (中には、弦楽器の曲も入り、そのあとに管楽器も入る
第4部 吹奏楽
第5部 合同合奏
 
多分いつもながら、自分のこのブログでいつも書くとしたら絶対に酷評だろう。
なぜって、長くて疲れてまた、段取りが悪いと!!アハハ自分がステージスタッフをやっているのにね。
結果として、何が悪いかってこの盛りだくさんを2時間ちょいで全てやってしまおうという、無謀きわまる構成にある。とはいってもやはり私の段取り悪さや、指摘されるのは仕方ないのだろう。なんならやらなきゃいいのにと思うばかりだ。今回ばかりは憔悴しきった私だが、次の日なんかはなぜか、空虚感に押し迫られている。演奏者は観客の為や自分の為に奏でていたり、感動や力を与える事ができ達成感をかんじれるだろうが、
 
なぜか、このステージ後は妙に、なにか苛まれるというのか、自分を追い込み気味になり、なんで、こんなことやっているのだろうなんてさえ、思うこともあるのだから。スタッフ業は救われないものだ。
昔プロで舞台裏で仕事をさせていただいたころは、観客の拍手の反応や、アーティストの絶妙な音の素晴らしさなどに舞台裏で聞く音で感動をもらい、また、演奏家からの気持ち良いお礼で救われたものだが。私にとって、それを願うのも無謀なのだろうが、でもあの一生懸命に立ち向かう在校生やひたむきになにか得ようとする若者たち気持ちこそが和らげてくれており、最後の打ち上げでは、出演やスタッフではなく駆けつけてくれる後輩たちはいてこそなのかもしれない。
こればかりは、宿命なのだろうか。母校というものがこれからもついて回る。やはりサポートすることが好きなのだろうか・・・・・・・
 
さてさて、私の独り言はこのくらいにして、今回の演奏会はひとまず無事に終えたことを喜ぶべきかもしれないだろう。今年度は昨年の震災の事もあってか、先生もいつにもまして難曲に挑むというチャレンジや、私の3つ下の後輩が作曲した曲の選曲など、なにか心に感じざるを得ない特別のコンサートだったのは間違いない。
当然、それを意識しているのは在校生、それをとりまくお手伝いを頂けるエキストラだが、やはり目標や求める点に相違があったのは間違いない。
 
今回の演奏では大きく違ったことがある!
まずは、合唱で、民謡や歌謡曲の起用そして、難曲のモーツァルトのレクイエム
吹奏楽では在校生の初の試みであった、曲目説明などのマイクパフォーマンスとソロを含めたフューチャリング!しかし、すこしやらされている感があり、中途半端な演技構成。多分見ている方も恥ずかしかったのでは?
とは否定するも、この試みはまた来年度には改善されることだろう。
やはり、やってみよう!というチャレンジが素晴らしい!なかなかすぐにはできないものである。
 
実は今回、何度かリハーサルを見に行った時に、曲目をみて意識したものがある。
もちろん、モーツァルトのレクイエムや、アヴェ・ヴェルム・コルプスやアンコールの大地讃頌もそうだがポイントは、「あすという日が」だ!この曲は年末紅白歌合戦で夏川りみ氏と秋川雅史氏が、歌ってご存じの方も多いが、
この曲とは関係ないが実はその数週間前だっただろうか。テレビのスペシャルでやっていた年末の恒例の第九だが、大阪で行われた一万人の第九の中で、マエストロ佐渡さんが、冒頭で追悼の為に朗読付きでバッハのG線上のアリアを演奏したのだが、その朗読の内容にただただ、涙したのだった。
 
実はその朗読のタイトルは「高台へ」!
南三陸役場に勤める女性がマイクを前に叫んだ「高台へ」
あらゆる物がなだれ込む黒い津波の映像は、は私たちに何を学ばせたいのか?何を学ばなくてはいけないのか?高台に避難してください!!美しい凛とした声は何百人もの命を救った。
この朗読中、バッハの演奏をする佐渡さんの印象的な祈り的な振り方にも心奪われる。
 
 
そして、「あすという日が」はの歌詞に込められた生きる希望の意味にが上の画像を見てから見ると勇気づけられると勝手にリンクしている。
 
歌詞はこうだ!
 
あすとい日が
作詞:山本櫻子
作曲:八木澤教司
 
大空を 見上げて ごらん
あの 枝を 見上げて ごらん
青空に 手をのばす 細い枝
大きな 木の実を ささえてる
いま 生きて いること
いっしょうけんめい 生きること
なんて なんて すばらしい
あすと いう日が あるかぎり
しあわせを 信じて
あすと いう日が あるかぎり
しあわせを 信じて
 
 
この演奏は八木澤氏の指揮により東北福祉大学吹奏楽団による演奏です。
 
今後この曲を聴くときには語りかけるような歌詞の朗読をするとメッセージの強いコンサートになるだろうと思う。
でも実はこの動画を貼っていて気付いたが、明らかにこの動画より昨日の演奏は素晴らしかった。ゆったりとしたテンポに丁寧かつダイナミックで学生だけではない声のバランスが良かったな〜
確かに、われら後輩の作曲した、八木澤氏らしい柔らかなメロディがほんと泣かせどこでした。
そして少しこだわり過ぎてしまったがゆえに、ステージングに時間がかかってしまったが
唯一ソロでピアノがある旋律があるが、どうしてもあの場所で鳴らして欲しかったのだ。
吹奏楽の中にピアノを入れるという無謀な形になったがうまく奏でられていたようには思う。
 
 
そしてアンコールで歌われた曲で唯一この20数年定演で歌われ続けている「大地讃頌」。
実は自分が中学生の時に歌っていを、あるCDでオーケストラ版を聴いて本当に好きで良く聞いていたものを、ということで確か高1のときかな?われら顧問の板井先生にあげたのがきっかけだったようなきがするが。。。。。。
 
大地讃頌は混声合唱とオーケストラの為のカンタータ「土の歌」の第7楽章にあたる。
これは多分この時の内容のCDジャケットは変わっているが展開部のホルン鳴らし方や最後のシンバルの遅らせ方で理解できる。あ〜よく聴いていたな〜〜〜
岩城宏之指揮 東京混声合唱団 
東京交響楽団のはずである。
 
 
またこの曲の第5楽章天地の怒り、次の地上の祈り、も素晴らしい。是非とも続けて聞きたい。
 
 
 
そしてこの演奏の20年後同じカップリングの東京混声合唱団と東京交響楽団でわれらがマエストロ
山田和樹氏での演奏だ。ゆっくりとしたテンポで優雅に歌い上げる新時代の大地讃頌の聴き比べも面白い。
これはサンプルがe-onkyoにあったので20秒ほどだが、よかったら買ってくださいな〜〜〜
 
 
 
さて高校の話に戻るが初めに板井先生は定期演奏会でピアノと混声だけで演奏し、そのあとに板井先生の編曲による吹奏楽バージョンなような感じで今日に至るような気がするが。
多分この音楽部の伝統がこの曲とうまく渡せない花束ではなかろうか。
あ、花束は所詮、出演者が渡すなんて無謀なことなんだと思う。
 
さてさて、今日はよくもここまで長々と書いたものだが。実際にしてみるとこうした高校生による演奏会ではあるが、多くのエキストラによって成り立っているのだが、やはり続けることの大変さ開催するまでの道のりも大変であるが、これを聴いた人々は新たな元気と勇気が与えられたに違いない。
 
 
 
 
 

 
 
 

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