39(サンキュー)通信

おぢやより。野球(阪神)と肉球(犬)と楕円球(ラグビー)と。

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ドラフト

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新潟県 小千谷( おぢや )市
この小さな町の県立小千谷中学校( 旧制中学校・現県立小千谷高校 )は、
日本プロ野球界の発展に大きく寄与した人物を 2名輩出している。


池 田 恒 夫 ( いけだ つねお / 1911〜2002年 )

現魚沼市で生まれ 県立小千谷中学校を卒業。
1946年、自身の興した恒文社より ベースボールマガジン を創刊。
野球ファンなら必ず一度は手にしたことのある 週刊ベースボールマガジン 生みの親である。
1986年、現ロシアに野球を紹介し、国際交流に尽力。
1989年、雑誌記者出身初の野球殿堂入り

金 子 鋭 ( かねこ とし / 1900〜1982年 )

小千谷市で生まれ 県立小千谷中学校を卒業。
1969年、プロ野球コミッショナー委員として黒い霧事件に関係した選手を永久出場停止(追放)するという 日本野球界初の処分を下した。
1976年、日本野球機構 第6代コミッショナー就任
1978年、江川事件 発生。「空白の一日」を利用した契約を無効とし世論の支持を受けるが、讀賣の強硬姿勢に強権発動(「強い要望」)、一転世間の非難を浴び、翌年コミッショナーを辞任。
1982年、激動の晩年であった生涯を閉じた。


数々の人間ドラマを生んできたドラフトは、制度改正を繰り返すも 常にウラと抜け道が見え隠れしている。
一週間後に迫ったドラフト会議。
今年もまた(昨年に続き)特定球団のみ「逆指名制度」が存在しているかのような雲行き。
金子元コミッショナーは 現在のドラフトをどんな思いで見ているのだろうか?
1997年、生まれ故郷の小さな野球場前に 池田氏の手により金子氏の胸像が建立された。

 
ところで池田さんは 自分の母方の祖父と親交が深く、小学生の頃に近所の料亭で お会いしている。
そのとき同席していたのは、かの川上哲治氏だった。
また学生時代には 当時神田にあったBBM本社で 何度かお会いした。
「ここに就職して阪神担当になるか?」
そんな冗談を真に受けておけばよかったかも・・ と今になってちょっとだけ思ったりして。

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