きょうは、 仙台市太白区富沢にある、富沢館跡の見学会に行ってきました。 場所は市営地下鉄南北線の富沢駅から歩いて15分ほどの場所。 仙台市富沢駅西土地区画整理事業にともなう発掘調査が行われていて、中世の館跡を囲んでいた土塁がみつかっています。 当日はあいにくの雨。 それでも会場には多くの人が集まり、調査事務所の中で発掘調査成果の説明や遺物の見学が行われました。 説明会資料には、仙台市史城館編に掲載されている昭和20年の米軍撮影航空写真が引用されていました。 上の画像は、昭和36年4月26日に撮影された航空写真。 国土地理院の地理空間情報ライブラリーで公開されている画像です。 (※公開され、ダウンロードすることもできる航空写真画像は、出典等を明記すればブログ等で使用できるそうです) 今回調査されたのは、画像の中央やや左より。 北から南に斜めに黒く樹木が写っている部分がありますが、この部分が現在まで残っていた土塁です。 このあたりを中心に、細長い水田や小規模な水田が帯状に連なって四角く囲んでいるように見えます。 これは館跡の堀の痕跡だと考えられています。 館跡の規模は、約300m四方とみられています。 築城者等は分かっていませんが、 粟野大膳ではないかとする史料もあるそうです。 お昼近くになると雨が上がり、発掘現場の見学ができました。 1枚目の写真は、土塁を南西部から撮影したもの。 調査された土塁は、全長約140m、幅約13m、高さ約2m。 こちらは、土塁の上に上がって撮影したもの。 土塁の外側(写真では左側)は堀跡です。 館跡が機能していた当時は、土塁はもっと高く、堀も深く、威容を誇ったことでしょう。 こちらは南側の調査区。 土塁が2条並んでいることが確認されています。 この部分で、西側からぐるりと曲がって来た土塁が途切れ、新しく別の土塁が東側に向かって続いていたとみられています。 ちょうど土塁と土塁に挟まれた部分は通路だったと考えられています。 また、東側の調査区では、門跡とみられる柱穴が2つみつかっています。 市史城館編では、このあたりを1区(主郭)の入口(大手口)とみています。 こちらは、館跡主郭部の中央に設けられた調査区の様子。 建物の柱穴とみられるものが、いくつもみつかっています。 ただし、これらがどのような建物を構成していたのか、戦国期のものなのか、それよりも新しい時代のものなのかは、これから調査を行っていくという話でした。 こちらは、調査で出土した遺物。 これらの他に、13〜14世紀ごろの常滑の甕の破片や、15世紀ごろの在地産陶器などがみつかっています。 こちらは、富沢館跡と同じく、この区画整理事業で発掘調査が行われた鍛冶屋敷A遺跡で出土した、文字が刻まれた平安時代の砥石。 先日新聞報道や、メディアテークで行われた文化財展で展示されたもので、この日も特別に展示されていました。 上の写真は、担当者の方に持って頂いて撮影したものです。 砥石には3つの面に文字が刻まれています。 この面には「大田部」そして「有」の字がみてとれます。 仙台市内の平野部にある中世城館の中でも、もっとも良好な状況で残っていた富沢館跡。 発掘で現れた土塁や堀の姿は雄大でした。 これから本格化する建物跡等の調査にも期待したいです。 【参考文献】
仙台市教育委員会 2014 「富沢館跡発掘調査遺跡見学会資料」 柳原敏昭 2006 「富沢館」『仙台市史特別篇7城館』 |
全体表示
[ リスト ]






