東北地方の物流の要、仙台港。 その南側にある蒲生(がもう)は、藩政時代に仙台藩の貢米や塩などの中継地として栄えました。 明治20年(1887)に鉄道が塩竃までつながると蒲生の町は衰退し、この地の人々は農業や漁業に職を変えざるを得ませんでした。 やがて、明治42年(1909)ごろに漁や船の見張りのために日和山は築かれました。 その後、大正元年(1912)に起きた津波で蒲生の町が被害を受けたことをきっかけに日和山はさらに高くされ、約6mの標高になりました。 日和山は、平成に入ってから「日本一低い山」として注目を集め、大阪市にある天保山(標高4.5m)と「日本一」論争が起こったりして話題になります。 日和山の北側にはラムサール条約に指定されている水鳥の楽園、蒲生干潟が広がっており、渡り鳥の観察、さらに正月元旦には初日の出のスポットとなり、市民の憩いの場所として長く親しまれていました。 しかし、2011年3月11日の津波による被害を受け、いまは跡形もなくなっています。 日和山の跡地から西側を眺めてみました。 市中心部とは違い、土台のみとなった家屋が多く広がっており、復旧復興という言葉とは程遠い風景が広がっています。 「日和山」の看板の裏には、ここを訪れた人たちが記した言葉がたくさん書かれています。 かつての日和山は、14段の階段からなる「登山道」があり、夏には山開きが行われていました。 多くの人々に親しまれた山でした。 日和山跡の北にある蒲生干潟。 かつては葦原が広がっていたのですが、まだ再生していないようです。 日和山跡から東を眺めました。 あの日、たくさんの命を奪った海も、今は穏やかに春の陽の光を浴びています。 静かな潮騒が聞こえてきます。 【参考文献】
寺嶋修二 編著 1984 『高砂の歴史』 仙台市高砂老人クラブ連合会 |
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