旧街道のおもかげが残る原町本通り。 人通りのおおい商店街から脇道を入った駐車場の真ん中に、立派な松の木が生えています。 この木は、かつてここにあった「宮城郡役所」ゆかりの松とされているものです。 江戸の世が終わり明治に入ると、近代的な地域支配のための行政区画は、さまざまな変遷をたどりました。 明治4年(1871)、それまで使われていた郡町村制を廃止し、郡を「大区」に、町や村を「小区」に改める、大区・小区制が始まりました。 このとき、藩政時代この原町の地に置かれていた宮城郡国分御代官所を利用して、「第二大区事務取扱所」が設置されました。 ところが、それぞれ数字による名称が割振られた大区・小区制は、地域の人々の暮らしになじまず、評判がよくありませんでした。 (たとえば、この原町の場所は、「第2大区小5区」となります) そこで、明治11年(1978)に大区・小区制は廃止され、旧来の郡町村を復活させる郡区町村編制法が制定されることになりました。 その際、この場所に宮城郡を管轄する宮城郡役所が設置されたのです。 明治35年(1902)には郡役所の建物が新築されました。 上の写真は、現地説明版に紹介されている、新築された郡役所の様子。 正面の玄関先に生えている立派な松が、現在もこの地に残っている「ゆかりの松」です。 そんな宮城郡役所も、大正15年(1926)に郡制が廃止されると、その半世紀ちかく続いた役目を終えました。 建物は戦後まで残り、授産所などに使用されたそうですが、いまは何の変哲もない駐車場になっており、かつて広域的な地方行政の中心だったことを伝えるのは、ただ一本の松の木だけとなりました。 ◆アクセス JR仙石線の宮城野原駅から徒歩約15分 【参考文献】 榎森進 2008 「第二章第一節 地域の統合」『仙台市史 通史編6近代1』 |
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