|
前回の門は、桜門といって、重層の入母屋造り、檜皮葺きの二重門でした。本殿入り口に建ち、左右は廻廊につながっています。全体は朱塗りされ、堂々たる風格にあふれた佇まいが見事です。慶長(1596〜1615)年間に石田三成が再興したあと、明治時代に火災で焼失。現在見ることができるのは、1914(大正3)年に再建されたものです。以上説明した部分は、桜門の説明で、前回の写真の分です。今回掲載した写真は本殿のものなので、説明は、前回太宰府で記述したものになります。 そのほかに、境内の池や参道も写真に撮ってたので、つけておきます。 参道のお土産屋さんで、居眠り猫のぬいぐるみがあったので、それもつけておきます。
|
福岡紹介
[ リスト | 詳細 ]
|
6日は、午前中は病院へ行ったけど、午後から太宰府に行って来ました。
菅原道真公薨去の2年後にあたる905(延喜5)年、味酒安行によって祠庿が建てられ、同19年に左大臣藤原仲平が勅によって社殿造営を行ないました。数度の炎上を経た1591(天正19)年、筑前国主早川隆景が再建。五間社流造り、檜皮葺きで、正面には唐破風状の向拝が付く、桃山時代の豪壮華麗な様式で、右には飛梅、左には皇后梅が配されています。内部は6本の金柱、黒や朱の漆、岩絵具などで美しく彩色され、錦の帳奥の内々陣に菅公の御霊代が奉安されています。国の重要文化財。他に神牛、心字池・太鼓橋、宝物殿などが有名です。 ここで、お札やお守りを買いました。祈願の申し込みもしました。雪が降ったせいか、正月ほどの混雑振りではありませんでした。おみくじを引くと、夫婦とも同じ末吉でした。しかも、21番と番号まで一緒なので、内容も同じでした。病気は平癒するとありました。本殿をあとにして、参道のほうを西鉄太宰府駅のほうに向かいました。できたてアツアツの梅ヶ枝餅を売る店が実に40軒をこえ、圧倒的に多く、「食べていかんね」の声を聞きながら賑わう参道を抜けました。でも、最近ではおいしい梅ヶ枝餅を求めて、うわさが広まり、数軒に集中しているようでした。 鎌倉中期の文永10年(1273)、菅家の血統である鉄牛円心和尚によって創建された臨済宗東福寺派の禅寺です。九州を代表する枯山水の庭は、前庭が石を「光」という字に配した仏光石庭。奥庭は青苔で陸、白砂で大海を表現した一滴海庭。紅葉とシャクナゲも美しく「苔寺」の名前で親しまれています。 |




